妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

26.特徴のない男

サウザーはシンの要求に応じて精鋭でなる小部隊を派遣した。さすがに決断と行動が早い。

部隊長は下位も下位ながら南斗聖拳一派の使い手であり、少しばかり面識があった。
「シン様、ご存命でしたか!」
以前なら南斗の名を冠しただけの雑多な流派などゴミクズほどにしか思えなかったが、シンの心境には確実な変化があった。
「いや、俺は既に死人(シビト)だ。それよりも、件の村を頼んだ」


任せはしたが、リマたちが住むその村のことは気になる。ほとんどが暴徒と化した元拳王軍が跋扈している恐れがある。
とりあえず現時点、どこへ向かうというあてもない。ならば予め危険は排除しておく必要があろう。そう考え、部隊よりも先行し村への復路に着いた。


破壊された都市部を抜け、荒れたかつての田園地帯を進んで行く。

見通しは良いが物騒な時代のせいで道往く旅人の姿はない。こんなところを進んでは賊に襲ってくれと言っているようなものだからだ。
耳を澄ますとエンジン音を感じ取った。その方向から一台のバイクが近付いて来るのが見える。
シンとしても隠れながら進んでいたわけではなく、むしろ目立つことで危険なならず者たちを引き寄せたいという狙いはあった。

そのバイクがこちらに向かっているのは明らかだが、敵や賊というような空気ではない。といって衣服からしても聖帝の伝令でもないだろう。
やけに座り姿勢が良い。近付くバイクを見て気付く。
「あいつは、サトー」
シンから少し離れたところにバイクを駐め、小走りで近付き膝を着いてから男は言った。
「シン様、お久しぶりでございます。本当にご無事だったとは」
無事だったかというと、それも曖昧なところではあるが今は「力」は取り戻している。
実のところ、シンはこの男がとにかく苦手である。不気味なのだ。

南斗聖拳の下部組織であり、様々な場面での補助の役目を生業とした集団シュメ一族。南斗の補助という役目からして決して健全な組織ではない。
その黒い組織の人間が、このような暴虐が全開にされた時代にあるにも関わらず清潔な服装で身を固めている。

スラックスを履き、ウィンドブレーカーの下のワイシャツにはネクタイまで締めている。


このサトーを一言で表すなら、兎にも角にも特徴がない、これに尽きる。
中肉中背、整えた黒い髪、今は日焼けしているが元々はやや色白の肌、目と眉毛の距離は狭くも広くもなく、目も細くも大きくもない。

鼻も大きくも小さくも高くも低くもなく、唇も厚くも薄くもない。とにかく特徴がない。悪い部位もないため、所謂いい顔ではあるのだが。

年齢もはっきりしない。孤鷲拳先代のお気に入りだったのか何度か孤鷲門に出入りしていたため、少年の頃から知っているが、その当時と見た目がほとんど変わっていない。
40にはなっている筈だが20代後半に見える。
「シン様、我々シュメの中に、一人変わり者がおりまして、名は蝙蝠と申します」
この男の最も不気味なところは、会えば思い出せるのだが、一旦別れるとその顔がまるで思い出せないというところだ。

思い出そうにも顔にモヤがかかってしまうのだ。それが生理的に、というところだろうか不気味で仕方がない。

分野が違えど、その道の恐るべき手練れであることには変わらなかった。まずたった一人でこの荒野をバイクで行き来している時点で、何かしら有効な身を守る術を持ち得ているということになる。

「以前のように報酬は出せない。なのにまだ南斗に仕えるのか?」

「我らシュメはそれ以外の生き方を知りませんし、出来ません。南斗様にお仕えするのが我らの存在意義です」

堅い、、、シンを恐れて畏っているというよりも自分の仕事に忠実すぎるというところだ。

「戦争で我らの数もかなり減りましたが、それでも戦争前の南斗様のご配慮により組織を運営できるだけの人数は残っております」

生真面目というのだろうか? 治世における銀行員の一般イメージのような男だ。

「その蝙蝠という男が、どうやらシン様に付き纏うというような噂を小耳にしまして。しかしお恥ずかしい話、蝙蝠は既に我らシュメとは絶縁とまで行きませんが、、、」と話は続いて行く。

性格なのだろう、事細かに情報を伝えずにはいられないようだ。それにしても「付き纏う」とサトーは言った。

シンの表情に変化を見取った筈だが、顔色を変えず話を進めて行くのは流石と言える。

「その蝙蝠という者は俺に付き纏い命を狙っているのか?」とは敢えて訊ねなかった。

だが、当然湧き上がるその疑問を察知してサトーは話し続ける。

「本当に不思議な男でございまして、何を以って行動しているのかは私にも分かりかねます。ただ南斗様しかも六聖人様の一人であられるシン様に害意を持ってはいないと思っておりますが、、、」と話が止まらない。

要はシュメ一族の変わり者が南斗に非礼を働き、機嫌を損なうのが怖いというところだ。

「では、ご報告は以上となります。失礼致します」と丁寧に頭を下げてシンに背中を向けた。

「サトー」

「はい」

「お前も仕事でないときは今とは違う人間なのか?」

「はい、もちろんです。ただ現在の状況ですと世相からしてプライベートはないようなものですが。失礼致します」

シュメ一族、、、南斗の下部組織である以上はシュメを生きて抜けることはできまい。だがこのサトーがその一つ一つの任務を終えた後の素の姿を見たいと、シンはそう思った。

そして蝙蝠という男。サトーが事細かに説明してくれたので特徴は掴んだ。サウザーの元に単身乗り込みながら生還するほどの男ではあるようだ。

そして今後このシンの前にも現れるということだろう。


それにしてもサトー、、、名前にさえ特徴がない。

バイクで去って行く姿勢の良い座り姿を見る。

サトーの顔は既に思い出せなかった。