ここが真の勝負所、、とまでは思えない。
だが、この死闘の幕切れは不意に訪れるのかも知れない。
死闘の濃度の高さに、その幕切れの壮絶さが比例するわけではないのだから。
ましてこの舞台にいる二人は至高も至高、最高の拳士なのだ。一瞬の場の綻びが勝敗に直結する。
南斗聖拳はかつて拳を交わしたことのない「未知」と戦っているのだ。
シンは、サウザーの羽根と化すあの奥義と、そして元斗皇拳から着想を得た独自の秘技で、二度目の跳躍を見せた。
その二度目も彼らにとっては低い跳躍。一度目は約2mの高さの跳躍飛翔だったのを、「動」に転じた今回はやや高い。
この秘技、シンとサウザーそれぞれの性質は違えど、生み出す結果は似ている。
サウザーの秘奥義は相手の攻撃を回避し、ほぼ同時にすれ違いながら反撃を加える。そうなることをケンシロウは知っている。
いかに「視る」ケンシロウとは言え、この猛撃を受け続けるのにはリスクがあった。一方でケンシロウには元斗皇拳との連戦経験がある。
シンが編み出したこの秘技も、サウザー戦と元斗戦の経験から既にその性質を見切っている筈である。少なくとも予想は立てていよう。
よってケンシロウの「動」を確実に引き出すため、シン自らが「動」に転じたのだ。誘いであっても本気の殺気。
これでキマるならキメていい。
シンの腕が夥しく増殖し、その一本一本がまるで怨嗟に近いような飢えを以って極上の獲物に食い付き、喰らい尽くそうとする。
一方でその胴体には氣の羽根を重ねた防膜がある。同極の磁石が反発するようにケンシロウの拳を逸らす。
いや、そうではない。その反発を感じて動くのはケンシロウの拳ではなく、シンの身体。
防膜の反発を感じるその無意識の最短反応で、動けない空中であっても身体を捻り、或いは自身の拳にて回避する。
、、、そんなことはケンシロウも知っている、とシンは読む。だから、、、
奴は「撃つ」のだ!と。
ススッ、、、
「!」
予想外!
その想定がないわけではなかったが、ケンシロウは「あの奥義」で撃ち抜くでもなく、素早いながらも静かな足捌きで飢えたヒドラの千の首をやり過ごした。
止まった時の中で自分だけが次元の異なる存在だと言わんばかりのその麗舞の域に達したケンシロウの動き。
シンはそこに南斗水鳥拳の要素が、、いや!奥義があるのでは?と軽く沸き立った。
だが、千の首その拳には雑味がない。着地点となるフロアを斬るや砕くはゼロ。それでも確実に空間は斬られている。「流血」の間もないほどに。
その着地の瞬間を、、ケンシロウは狙っていた。奥義を躱され脱力するその一種をケンシロウは見逃さない。
ターンするようにヒドラの牙を逃れたケンシロウは、西部劇のガンマンが背後を撃つかの如くに左脇の下から右手の「銃」を撃ち放った!
まさに弾丸のような氣の秘孔点穴。北斗神拳のこれも究極の奥義である、あの「天破活殺」!
しかし!!
読み勝ったのはシンだった。本気の殺気を纏っていても、着地に一瞬の隙間があったとて、シンの読みはケンシロウの勝利に繋がる絶対の反撃を超えた!
何よりも、、、サウザーの墜ち際を遠方からとは言え確かに見ているのだ。
ドッ!
シンの右掌が「弾丸」を受け止める!
その衝撃の強さに驚きはあった。貫通させない分、全てが瞬間の衝撃に変換され、粉々になり弾け飛び、、消える。
南斗聖拳の裂の氣を右掌に集中させ、点と線の裂気を面にした。受け止めながら破壊した。それで尚強い衝撃だが、想定範囲の内。範囲内ギリギリの上限!
強大な闘気をこれほど圧縮し、且つ弾丸の如くに撃ち出す。いかにケンシロウと言えど、直後にスキがないわけがない。ないわけがない!
ケンシロウがシンの秘奥義の終わりを狙ったように、シンにとっても最大の勝機がここにある!
サウザーの敗北が、、、幾度にも亘る南斗聖拳の敗北が、此度はそれを見て尚ここに生きているシンに、確かな利となった。
右掌に集めた南斗の氣は天破活殺と相殺している。ここで詰めねばならないが、新たに氣を練るその暇はない。体内に残る氣と、そして肉と骨の力を使い、、
ダン!! シンは出た! 踏み込まれたフロアが砕ける。暗殺拳同士の戦いには不似合いな雑な力だ。
限界をまたも超えた。だが構わない。ここで体勢が整う間を待っては機を失する。
「ぬん!」
身体のあちこちが損傷した。踵の骨にヒビが入り、脚の筋繊維は断裂した。内臓にも強い負担がかかる。
全身が、もうやめてくれと懇願し泣き叫ぶように震えた。
命が、この激闘で縮んだ寿命が更に削られた。
一瞬、ほんの一瞬目が霞む。生命を守るべく身体が気絶によって休息を得ようとした。
だが!ここしかない!!
肉体が、脳が無理だと叫ぶ中、シンは強い意思を以って本能を突き破る!
「フッ」と刹那の呼吸から南斗の裂気を新たに精製する。僅かだがそれでいい。小を集め、研ぎ澄まして刃にするのが南斗聖拳だ。
裂気を、シンは弾丸を受けたと同じ右手に集めた。
ケンシロウは背を向けたままだが、北斗神拳には正面も背後もない。死角はないのだ。
必殺の間合いに入る直前から、全てを載せた一撃のモーションに入る。
左足が間合いを割って着地する。
ケンシロウに指摘された、攻めの際に僅かに前へ出る頭部のことも、氣の乱れによって乱雑に破壊する空気のことも気にしなかった。
神域に達した結露するほどに冷たく澄んだ南斗の突きでもない。
何よりも今、この時だけに賭ける一撃、、、
ザクン!!
不格好な南斗聖拳は空間を粉々に破壊し、その欠片が崩れ落ちる。
「な!!?」
しかし、ケンシロウの姿はない。
その直前に気配は完全に失せ、その実体は気付けばシンの数歩先に、いつもの様に構えた姿で、そして悲しみに満ちた目でこちらを見ていた。