全ての奥義を会得し、北斗神拳伝承者となったとは言え、その時点で真の伝承者になったことにはならない。
その北斗の宿命故に数多の強敵と死闘を繰り返し、時に敗北し、そこから這い上がった。
それが北斗神拳伝承者でありながら敗北をも知る男、ケンシロウだった。
サウザー戦に遡る。
サウザーの秘孔を確実に突いたつもりでも、実は秘孔点穴は為されておらず、手痛い反撃を受けた、という経験がある。
それ以来ケンシロウが敵の秘孔点穴を為すにあたっての意識が深まっていた。
拳を当て北斗神拳陰の氣を通して極め(キメ)とするところを、その氣が確かに「流れた」かを意識する様になっていた。
その経験が、このシン戦、この直後の致命傷を回避するに助力した。
シンはほとんど感覚的に理解した。まだその理解が言語化される前に、自身の肉体に起きた不可思議な現象を知るに至った。
駆け巡る北斗の氣が極点を見つけられず消散し、本来の役目を果たせない。
拳撃そのものの強い衝撃はあったが、今やシンの強度も成長している。僅かな怯みの後に反撃に転じるだけの間は取り戻すことができていた。
拳に押される身体を右足で踏ん張り、やや無理な体勢ながらにそのまま軸とし前進する。
無駄な力を撒き散らしながら、即ち床を蹴り砕きながら、サウザーが宿ったかの如くにシンは出た。
両腕を下げたままの状態だが、ケンシロウにはスキがあるはず。絶対である北斗神拳が効かなかったことを気付いていないはず、と。
サウザーを意識したつもりはないが、下げた両腕を大きく斬り上げクロスさせる。
極星十字拳ではないが、見た目は変わらない強烈な十字斬り!
ズバッ
音は小さい。力に無駄がなく音になる分のエネルギーは威力に変換されている。彼が身に付けた本来の純度の高い透き通るような南斗聖拳だった。
「!!?」
それを回避したのは正に北斗神拳伝承者というだけでないケンシロウ本人の経験だった。
自身の拳から発せられた北斗神拳の氣は目的を為していない、、、それをこれもやはり感覚的に悟ったケンシロウは無意識無想の回避を見せていた。
シンの斬撃は空を、文字通り空を斬るがケンシロウには触れていない。
「ぉあた!!」
その空振りを見、ケンシロウは反撃を試みる。無意識と意識の狭間の一撃であった。
だが、、
「けあ!!」
シンは交差させた十字を逆に開きながら再度強烈な十字斬を、しかも微かに退がりながら、斬衝を浴びせるように斬り放った。
「な!?」
直接触れなくても、これほど南斗の裂気極まるなら、北斗神拳伝承者といえど確実に斃せる。それほどまでに満ちた拳であった。
生と死が瞬く間も無く交差し、その「担当者」は目まぐるしく交替する。
ついにシンの斬撃はケンシロウを捉えた!
シンの予想とは違い、今の斬撃でも斃せない。ケンシロウの闘気はその極限まで防御を強化している。
北斗神拳伝承者を倒すには必殺の間合いで南斗の拳を突き入れるしかないのだ!
だが、追撃のチャンス!
先程、着弾を許し敗北を覚悟したせいか、脳内は変に落ち着いていた。拳に純度も戻っている。
ここしかない!!
だが?
、、、、、
、、、、、
、、、、
北斗神拳奥義
無想陰殺
ドゴォ!!
一瞬にして三撃もの拳をシンは被弾していた。
無意識無想ながらにケンシロウは秘孔点穴を狙っていない。
シンの胴体には、少なくとも現時点で秘孔点穴は効かない。ケンシロウ本人が意識せずとも、先ず一旦は間合いを離す必要がある。
押す力を優先した拳であった。シンは吹き飛び数m先の壁に激突し、尻を着いた。
拳と壁面激突の衝撃が彼を一時的な、ほんの一瞬だが、一時的な戦闘不能状態に陥れる。
にも関わらず、次がない。
血が舞っていた。
シンの斬撃を受けたケンシロウの身体から血が噴き出ていた。
「ぐぅおおおぉ」
無想陰殺にて絶対の危機から脱したケンシロウであったが、先の斬撃は十分過ぎるほどのダメージをもたらしていた。
最強の男が、よろよろと退がり左膝を着いた。
「うぬぐおお」
敢えてケンシロウは苦悶の声を上げ続けた。そうしなければ全ての生命力が、噴き出す血と共に虚空へと消えてしまうように思えたからだった。
どこか勝手に飛び出しそうな我が命を、声を出し続けることで、無理矢理掴んで逃すまいとする。そんな状態であった。
北斗神拳真の伝承者がそんな状態に追いやられていた。