「はぁ、、はぁ、、、はぁ、、、」
自分の息遣いだと理解した。そう気が付いた。
ケンシロウが片膝を着き、血が溢れ出す傷を押さえながら苦悶の声を上げている。最強の男がそんな姿を晒している。このシンに対して。
それは彼が、全南斗聖拳の悲願をかけてこの一戦臨んでいながらであっても、あまりに信じ難い光景だった。
だが、何故にシンの身体に北斗神拳が効かなかったのか?
やっと今、理由が言語化されて理解できた。
シンの肉体は一度北斗の拳にて破壊されている。そこに回答があった。
、、、シンはここからの追撃をしない。躊躇いがあったのでも、情けをかけたのでもない。
勝負所に思えても、下手に追撃を仕掛けたなら確実に迎撃される、、、そんな予感がある。ほとんど確信めいた予感だった。
つい今しがた、ケンシロウの「起こり」のない無意識無想の拳撃がシンを弾き飛ばしたばかりだが、
これとは違う何かへの警戒が、シンの追撃を止めていた。
その間にも、ケンシロウの呼吸は調って来ていた。調気法かそれとも自らの秘孔を突いたのか、出血は治り、再び力が漲り始めていた。
最後の一瞬だけ噴き出し宙を舞っていた血液が、闘神像の上半身の様に見えたのは気のせいか?
シンの追撃を止めた予感、、超越した拳士が本能的に悟った何か、、、それがいよいよ残る例の奥義か?
それでもまだ膝を着いたままのケンシロウに言った。
「まだなんだろう?」
まだ、あるんだろう? この期に及んでも尚この俺の、この南斗聖拳を超える秘奥義が。北斗神拳究極の秘奥義が、、、
「あるんだろう?」
「何故だ、、」
そう言ったのはケンシロウだった。
「秘孔を突いたはず」
正確に言えば秘孔は確かに突いている。サウザーのように秘孔の位置そのものが異なるのとは話が違う。
対してシンは答える。
「皮肉なことだ。それはあまりにもな」
(回想シーン)
かつて南斗の荒鷲として、そして乱世にあっては非道の王として、残虐なる行為を繰り返した。
そしてユリアを喪い虚の王となったシンを終わらせたもの、、、それはケンシロウの、北斗の死の秘拳だった。
「人の意思、、、なんだよ、ケンシロウ。こんな俺を生かし、そして「ここ」に今お前といる」
「、、、」
ケンシロウも漸くにして通常の呼吸を取り戻していた。自身の血でヌメるように貼り付くやぶれた革ジャケットを身体から剥ぎ取った。
「これは天の意思ではない。人の意思、人の思いなんだ!」と、かつて破壊された左の拳を握り込む。
死までのカウントダウンの最中、シンはサザンクロス、キングの居城から身を投げた。
それを受け止め、秘薬にて死神の業を欺いたのは蝙蝠。それ以前にそのビジョンを以って蝙蝠を動かしたのは、、ユリア!
ユリアは、その癒しの力でゆっくり死んでいくはずのシンの肉体に残る生命力を活性化させ続けた。
数ヶ月もの生と死の譲り合わない拮抗に、最終的に勝ったのはシンの、これも皮肉なことに、死を決意したはずの彼の肉体だった。
北斗神拳によって破壊されながら、回復を同時に並行し、シンは命を長らえた。
無論、代償はあった。
南斗の氣を扱う術を、彼は失い、ただ半端な武術の心得のある、それでいて満足に身体を動かせない、ただの男に成り下がった。
だが!そんな自分を助け見捨てなかった、あの村人たちへの思いと、今まさに自分が殺されるという場面でもシンを気遣ったリマの叫び、、、
自分の欲望や執着でなく、初めて「誰かのために」南斗の拳を用いたいと、魂で叫んだその時!
ズタズタに破壊され繋がることのない本来の「道」が、彼自身の肉体の中で強く蠢く南斗の氣によって無理矢理に新たに構成された。
ほとんどそれは産みの苦しみの如くに、出血と激痛を生じさせ、新たな南斗聖拳としての復活を生誕させた。
その時は、これに気が付かなかったが、今こうして北斗の死拳が無効化されたことで、やっと理解したのであった。
とは言えだ、、、これがケンシロウ相手に優位に働くかと言えば、そうではない。一回限りのことだ。
恐らく、この現象はシンの胴体のみに限定されるだろうし、となると頭部や腕脚に、秘孔と経絡の変異はない。
更にその上、この最強者ケンシロウなら秘孔点穴なくしても十二分にシンを倒す力がある。
そう、まさに一回限りの幸運に過ぎなかった。それでも、感極まるものがある。
かつて、蔑んだシュメや無名の人間たちによって、そしてユリアによって、、、この「一回限り」があったのだ。
ここに、あるからだ!