妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

113.

ファルコに会うことはできなかった。
シンが帝都を訪れるのとほぼ同時にファルコは旅に出たと、従者を名乗る少年は答えた。

「私には行き先を教えてくれませんでした」

本当かどうかはわからない。だが、嘘をついているような兆候は一切現れていなかった。
その若き従者にガルゴの遺灰を託し、帰って来たファルコに渡してもらうよう頼んで、戦の後始末で忙しい巨大な暗黒の塔、帝都を後にした。

「結果的には、はい、良かったかと思います」
蝙蝠が去った後、シンはすぐに単身帝都へ向かっていた。体調は万全とは言い難い状態だったが、回復具合を確かめるためと、それよりもじっとしているのが辛かったからだ。
そして蝙蝠が追い付いたのはつい今し方。バイクで出かける直前のファルコを遠くから見たという。
「シン様が南斗聖拳諸派様を「南斗聖拳」として認めないにせよ、その看板を損なった元斗様に怒りを覚えたように、シン様も帝都の将軍ボルツ様と金獅子ガルゴ様を倒しています。ファルコ様とて、」
「俺はガルゴには負けている」
「それはお聞きしましたが、ガルゴ様の死を早めたのは間違いありません」

そもそもこの北斗をも巻き込んだ一連の戦いは今は亡き提督ジャコウにあった。
「本音ではファルコ様もご理解下さるかも知れませんが、立場上はシン様を赦すということはできないかもです。色々と元斗様にもあるでしょうから」

と、停めておいたクルマに戻った。
「ありがとうございます。この時代盗まれる方が100パー悪いのでね。助かりました」
「いえ!」
とオンボログルマを見張っていた若い兵士たちは緊張気味である。ただの兵卒に違いないが元斗の将軍たちを幾度も目にしているだろう。シンと蝙蝠の異質な雰囲気に何かを感じ取っている。

クルマを走らせることしばらく。
無言に耐えられなかったのは、やはり蝙蝠だった。
「それにしてもファルコ様、旅に出るとはどんなご用件なのか、、、」
「、、、」
「私はね、帝都兵に変装してケンシロウ様との対決を観てたんですよ。この顔の傷は巧妙に隠したんで特に目立つこともありませんでした。目立つってのは忍には歓迎されることではないので」
無言でシンは運転する蝙蝠に顔を向けた。乗ってきた!と言わんばかりに蝙蝠が口元を緩める。
「正直、あれほどの戦いは見たことありません。以前遠くから観戦したサウザー様との対決も技対技のハイレベルなものでしたが、ファルコ様との一戦はもっとぶつかり合いの色が濃く、そのぉ、、見応えがありました」
「引き分けとのことだが?」
「う〜ん、そうでしょう、、かね。しかし、私の見解は異なります。確かに勝負着くことなくジャコウさんの横槍が入りましたが、あれはケンシロウ様の勝ち、ですね」
「、、、そうなのか」
「はい。いえもちろん、ファルコ様の強さも別格です。ですがケンシロウ様には、何というのでしょう、、情と言いましょうか、、手加減とも思いませんが、、、」
「やる気に欠けていた、、か?」
「申し訳ありません。それも違うんですが、、、いや、、近いかも。本気ではあったと思うのですが、殺気、、、そう殺気です。明確にファルコ様を倒そうという意思が見られなかったように思えました」

ケンシロウがその明確な殺気を見せた時、その力はシンこそがよく知っている。そして様々な拳士との戦いで、今のケンシロウはあの頃より格段に力を増しているだろう。
サウザーを、そしてあのラオウをも倒した男。文句なしに北斗神拳伝承者だ。

「ファルコ様は一度ね、ケンシロウ様に秘孔を極められてるんですよ。あの時点では「その気」だったかも知れないんですが、、とにかくその後です。どうやって秘孔の術から逃げたと思います?」
舗装されていてもガラクタはよく落ちている。ほとんどスピードを落とさずに避ける技量はなかなかのものだ。道の状態を熟知してもいるのだろう。

「秘孔から、、、」
「驚きました。拳を受けた傷にですよ?自らの手を突き刺して元斗の氣で焼き尽くしたんです。焼いたというか滅殺というアレですね」
「なるほど」
「お、そんな驚きませんか?」
と、蝙蝠はシンのリアクションの少なさに残念そうな顔をする。
「秘孔点穴を受けた傷を滅殺して北斗の陰の氣が疾るのを防いだ。大胆な発想だが放置していたら確実に終わりだからな」

南斗聖拳にも秘孔点穴を受けた後に対処する方法はある。、、、なくはない。
北斗神拳陰の氣が体内に回り、効果を発する前に自らの経絡を断ち切るのだ。
もちろん部位を選ぶ。秘孔術を防ぐために急所を切断しては意味がない。
どの途、、、一撃必殺の北斗神拳を少しばかり誤魔化したところで、その自傷行為が勝負の流れをひっくり返したりはまずしない。

 

一撃必殺、、、その北斗神拳に何故百裂拳のような連撃打があるのか。
それはもちろん、南斗聖拳や件の元斗皇拳泰山寺などの北斗に並ばんとする流派との攻防で技術的な利を得るためである。
正確で速い北斗の一撃も、同じ舞台の演者たちはそれを回避し防ぐ技を持っている。一撃を極めるために無数の多撃を用いる、、分かりやすい道理だろう。

それだけではない。
一撃での秘孔点穴には稀にリスクがある。
秘孔の位置はサウザーの例があるように万人全て同じとも限らない。
その一撃で仕留めたかに見えて、まさかの反撃を受けてしまうことがあったためでもある。
また、指一本で必殺の点穴を極めたとして、秘孔の効果が発動するまでの数瞬から数秒までの間に、また反撃を受けることがある。
勝負を決したと思った直後、そこには最大の油断が生じているのだ。

まだある。
これは更に稀なことだが、強い精神力が秘孔の術を破ってしまうことがある。これも同様に最大の油断を突かれる羽目に陥る。

その油断を突いて来るのが南斗聖拳なら、泰山寺拳法なら、そうでなくても刀剣類を持った敵の一撃は命への最短の近道を通って来る。


そしてファルコがしたように、大きなリスクはあるが北斗神拳封じの術を使われてからの逆転、という目も無いではない。
もっとも、北斗神拳の拳格が上がるほどに無駄な拳を撃つことは逆に少なくなって行く。
拳が熟練するに連れ、個々人の秘孔の位置に多少のズレがあっても経絡の流れを感じ取り無意識に点穴箇所を修正する感覚を得、そしてその一撃に込められた強力な氣は敵をほとんど麻痺させるほどになるからである。
拠って点穴された後、その不幸な敵にできることは、北斗神拳という死神を敵に回したことの後悔くらいであろう。

 

「まあ、それをファルコ様はやったわけですよ。しかもですよ! アレやって尚戦い続けて一度はケンシロウ様をお倒しになりましたからね」
そう言う蝙蝠の表情は何故か冴えない。
「倒したって言いましたが、ダウンしてたってことです。それで、その直後なんですが、ファルコ様はトドメを刺せなかったわけです。あれは多分、、」
「多分何だ? 何があった?」
ケンシロウ様はその後に襲われないと知っていたから倒れていたのでしょうかと。金色のファルコ様から赤い闘気が放出された!?って思ったんですがね?それ、血、血液だったんです。やっぱり、、、北斗神拳は恐ろしいですね」

「今更何を?だな」
そう、、、北斗神拳は恐ろしい。北斗神拳を認めない、なんてのはただの感情だ。北斗神拳の恐ろしさは否定しようがない。

そもそも、あの時のまだ甘いケンシロウだからこそシンはユリアを奪うべく兇行に及んだ。
だが相手がラオウなら、トキなら、、シンはあんな無茶をしてはいない。先ず戦おうとする前に納得してしまうからだ。
ラオウには問題があったが、力で言うならユリアを守り抜くことができる、容易に。
病魔に冒されていたことを抜けばトキにも穴はない。
一度は諦めていたユリアへの思いが再燃したのは、甘いケンシロウでは乱世の中ユリアを守り切れないと判断したからだ。

あのラオウも、トキも、とっくにいない。
ユリアも恐らく既にこの世を去っているだろう。南斗六星もシンただ一人である。
ガルゴも灰となって消えてしまった。

「忘却の空、、、か」

「はい? 、、、さっき遠くから見たファルコ様。まずいですね、アレは。湯治にでもお出かけになるというならともかく、あの思い詰めたようなお顔」

「、、、」

「あれは戦いに赴く男の顔です。間違いありません。しかしながら氣はブレブレでした。そうでしょうそりゃあ。自分の胸に滅殺の闘気をかましてるんですから」

真剣な面持ちで蝙蝠は呟く。

「あの方も、、、ファルコ様も忘却の彼方に旅立ってしまわれるのでしょうか」