妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

56.

「ああ、それですね」
と、まるで忘れていたかのように蝙蝠が言う。とぼけているのは見え見えだった。

「ではお話しましょう。長くなりますが」
「、、、」
北斗神拳を神格化したもの、北斗星君。これは死を司る。一方、南斗六星はどうでしょう?」
道教などに関心はない」
「まあそう言わず。南斗星君は北斗の逆に生を司ると言われています。簡単に言うと命を与えるのが南斗星君なのです。本当にわかりやすく簡単に言うとですよ?」
「頼む、論点は何なんだ?」
蝙蝠はシンに分からないように、失礼とならないようにと小さくゆっくりと溜め息を吐いた。シンの生存に関わる核心に迫る話なのだ。
「失礼しました。この乱世、北斗神拳と表裏一体となるのは、生憎ですが拳としての南斗聖拳ではありません。ケンシロウ様と対となる南斗は、、ユリア様です」
黙ってシンは蝙蝠の続きを待った。南斗聖拳の男として屈辱ではあるが否定出来る材料がない。最強にして帝王サウザー、重鎮にして良心とさえ言われた仁の星シュウが今日同日に散った。
水鳥拳レイも北斗神拳に敗れ、紅鶴拳ユダもやはりレイと同日にこの乱世に散っている。
そして、殉星であるシン自身も北斗神拳伝承者ケンシロウによって敗北を喫している。
南斗六星のうち三人が北斗神拳によって終わらされている。

 

 

南斗乱れるとき北斗現る

 

 

南斗の乱れが北斗を呼び、南斗は正されたというのだろうか? 
そしてユリアには南斗聖拳の能力はない。そのユリアが北斗神拳と一体になる、、、とは?

 

ならば南斗聖拳とは?
まるで北斗神拳の「女」だ。
ユリアを女王として、そして他の五人はユリアの騎士だとでも? それでは五車星ではないか。

 

「それでは南斗聖拳とはただ血筋のこと。北斗の女となって内助の功で貢献しろとでも?」
「ユリア様、即ち南斗正統血統の南斗慈母星には癒しの力があります」
蝙蝠はシンの問いには答えず話を進めた。
「癒し?」

それはあくまで精神的な意味でのものではないのか?

この荒んだ時代に人々の心を照らし安らぎを与える象徴としての癒し、ではないのか?

 

「貴方様に刻まれた北斗の死拳も、実のところ秘薬による仮死状態だけでは不十分だったんですよ。ユリア様の癒しの力、北斗の死の気を中和する慈母星の癒し。
これを加えてこそ貴方の肉体に絡み付いた北斗神拳の死縛をようやく解くことが可能でした」

蝙蝠は「ようやく」を強調した。十字に突かれた一つ一つが致命の秘孔術から命を守ることがどれほど困難だったかを暗に伝えてくる。


「何を言っている? ユリアがいかに南斗慈母星と言え、そんな力のことは聞いていない!」
「それはそうでしょう。貴方様と共に過ごしたユリア様は、まだ慈母星の宿命と力に目覚めていなかったのですから」
「どういう、、ことだ」
いよいよ核心に迫る場面。疑問が遂に解かれるときのようだ。

「シン様、貴方はケンシロウ様を倒してユリア様を奪い、絶望の淵へと叩き落とした。その絶望からの生還がケンシロウ様に北斗神拳伝承者としての宿命と非情を自覚させた。
つまりケンシロウ様に真の北斗神拳伝承者の重さを理解させるきっかけをお与えになった」
それはシンにも理解できる。あの敗北から蘇ったケンシロウはほとんど別人だった。

「それだけではないんですよ。愛するケンシロウ様を殺され、、少なくともユリア様はその時点ではケンシロウ様が死んだと思っておりましたから。
それで、ですね。その悲しみに加えて、キングによって無慈悲にも虐げられ続ける弱者をユリア様は毎日のように目の当たりにしておりました。
ユリア様は深い悲しみのあまり、ときに塞ぎ込まれることもあったのではないですか? どうでしょうね?

それでもあの方は強く気高く振る舞いキングであるシン様の行いが誤りであることを伝え続けた。しかし、シン様貴方は変わらない。ケンシロウ様と同じ道は歩めないのですから。それで、あの方はどうしましたか?」

 

ユリアは身を投げた。

ユリアはそれほどまでに苦しんでいた。

街を与え女王にすればユリアも変わる、、、ケンシロウと同じことは出来ないが、ユリアの歓心を得ることは出来る。

俺は本気でそう思っていた。

俺はユリアを全く理解していなかった。理解しようとしていなかった。

ただ、あの美しい笑顔を俺に向けていてほしかった。

あれは、愛だったのか?

 

ただの我欲ではなかったのか?

 

 

「ユリア様は最後、貴方の間違いを止めるために自らの命を犠牲にしたのです。もちろん、五車様によって命は救われたのですが、あの時たしかにユリア様は死んだのです。もうお分かりですね」
蝙蝠は同情げにシンを見つめた。
ケンシロウ様を真の北斗神拳伝承者となるべく目覚めさせたと同様、貴方様は、もちろんあくまで結果としてですが、ユリア様を南斗慈母星として目覚めさせたのです」