妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

148.

時は少し戻る

 

、、、バシュッ
赤い飛沫が舞った。

幾度か拳の応酬を経て、遂に二人が互いの間合いを掴み始めた。

シュラインの右肩が浅く斬られている。その一方でガルダの右肩にもシュラインによる指突の痛々しい跡が残る。
血が舞うかわりに、ガルダの肩当てに装飾された白い羽が超速の二人の拳と対照をなすかのようにゆっくりと地に落ちた。

ケンシロウと戦ったガルダならわかる。必殺の経絡秘孔を極められたガルダだからよくわかる。シュラインに受けた一撃は致死点には当たっていない。

 

「ほお、、、この俺に触れるとは少しはやるな若造」
「あんたもな。だが、そんな浅い踏み込みと間合いじゃ俺は取れないよ、オッサン」
「フフッそれでいいんだよ、まだお前にはわからんだろうがな。それにしても、、」

何が「それでいい」のかガルダに疑問が芽生えるが、続くシュラインの問いが思いを脇に追いやった。

「凄い手だな。ニワトリの足のようだ」

ニワトリの足というような印象は受けなかったが、シュラインは辛辣な表現を選んだ。

「ああ、この手ね」

一方のガルダは自身の手について語れるのが誇らしかった。ニワトリと揶揄されても、真に誇りと自負するものは揺るがない。

「この手は俺に才能がないことの証。才能ある拳士なら歳若い頃から南斗聖拳の氣を以って岩を斬り鋼を断つもんさ」
「なんだ若造。お前は凡人か?」
「そうだ。南斗の氣を上手く扱えなくて、何度も何度も岩壁にこの手を叩き付けて来た結果がこれだ」
と、言葉とは裏腹に愛しげにその猛禽類の足のような両手を、ガルダは見つめた。

「今こうして南斗の爪を身に付けても、既に傷の上に傷を重ねたこの手が戻ることはない」
「ふうん、なるほどお前は才なしか」

シュラインは素っ気なく言い放ったが、本音ではますますこの若い拳士が侮れない相手であるとの認識を改めた。
今現在、この「地点」にいるのなら才能の有無は関係ない。才能でここにいようが、努力の末にここにいようが、ここにいる、ということに変わりはないのだ。
むしろ、才能がないという分、様々に遠回りしているやも知れない。それが、実戦の機微に寄与することは十分あり得る。
それに才能なしもガルダ自身の申告に過ぎない。

そもそも西斗月拳の達者であるシュラインに傷を負わせるだけの能力があるのだから、この若造も自分と同じ地点にはいるということの証。

 

「アンタは俺と逆に才能があるみたいだな」

しかし、そんな言葉に気を良くするほどシュラインは単純ではない。その後に続く言葉にどんな嫌味が含まれるか。

「だってそうだろ? 俺はアンタも西斗の名も聞いたことがない。それでいてこの俺に一撃を入れる程度の力がある。今までどこで何してた?
かつてはこの地に拳王や聖帝、他にも南斗聖拳元斗皇拳の猛者たちがいた。そんな拳の巨人たちの時代にオッサン、アンタは現れなかった。それでそこまでやるんだから天才に決まってる」

皮肉を込めて言ったものの、どことなく全容が知れないシュラインの拳、西斗月拳が小気味悪い。
自分を汚物のような肉片にしようとするシュラインの意思は感じる。それは大有りだ。もちろん、お互い様ではあるが。
それでいて間合いが浅い。明確な殺意は感じるのに、それが技に反映されていない。
もちろん、勝敗を一瞬一撃で決することのできる超越者同士の戦いなのだから、殺気全開で正面から踏み込むのは愚かである。
だが、そういうことではないのだ。シュラインの拳技なのか、はたまたこれが西斗月拳とやらの戦法なのかはわからない。
確かなのは、ガルダとて下手な真似をすれば一撃で死点を抜かれるということ。それは全く変わらないのだから、シュラインのペースに乗らざるを得ない。

 

「蝙蝠、そなたの焦りが伝わる。シン様を憂いているのだろう。ここはガルダ様に任せる他はない。先に行くがいい」

モウコが蝙蝠を見ずに言う。ガルダとシュラインから目を離せないのだ。
モウコは将星付きのシュメその棟梁である。ガルダサウザーを仇として憎んでいたことを知らぬ筈はない。
だが、既にサウザーもいない今、そして南斗聖拳自体が滅亡に瀕しているこの現状故か、ガルダは自身の拳南斗神鳥拳を南斗の一派であると矜持を以って認めている。
いかに南斗宗家が様々な南斗聖拳の秘伝書を有していたとしても、それだけで真の拳技が伝わることはない。
良くて無慈悲な快楽殺人者を造るのが関の山。いや、良くはない。悪い事態だ。
それをガルダは理解している。それが伝わる。

変われば変わるものだ。

一応はガルダも自分たちシュメの主人にあたる。だが聖帝への叛意ありとして監視対象にはなっていた。
しかしだ、今こうして南斗聖拳の名を負い戦うその姿は、既に六聖拳の一人として数えるのに申し分ない。
ケンシロウとの戦いを経て、ガルダには何かしら変化があったのだ。
間違いない。改めて知らされる。南斗聖拳北斗神拳の影響から逃れられない。いや、全ての超戦士たちの中心に北斗神拳がある。

南斗神鳥拳と謎の西斗月拳。

この二人の戦いからでさえ、北斗神拳という最強の称号を冠する拳の重い存在を頭上に感じる。
あれだけ我道の、たった一人帝王の道を突き進む彼らが主サウザーが拳王に並んで、いや、実はそれ以上に気にかけていたものが北斗神拳伝承者。
今ならながら、そして尚のことモウコにはそれが理解できた。


蝙蝠はモウコに一言礼を言い、その場を後にした。

脱線

見て、まずあの大きな選手。
チーム北斗の大黒柱、センターのラオウ
身長210cmで筋骨隆々。他を圧倒する無類のパワーでゴール下を支配する。
器用ではないけどオフェンス、ディフェンスともにチームの要。
言ってみれば古いタイプのセンターだけど、じゃあ誰がその古いプレーを止められるの?ということよ。ゴール下の覇者、リングの下の王、円王と呼ばれ一部のサポーターたちからは崇拝に近い熱烈な支持を受けてる。

そしてPFのカイオウ。
センターのラオウとほぼ同じ体格。パワーはやや落ちると言われてるけど、私の見方ではほとんど変わらないわね。
その上、テクニックはラオウよりもあり、シュートレンジもやや広い。
チームの存在感ではラオウの方が上だけどその分、自由なプレイができる。欠点はラフプレーが多くてファウルトラブルに陥りやすいことね。
このツインタワーは他のチームと比較しても間違いなく最強のインサイド。しかもラオウの実兄。そんなに仲は良くないみたいだけど、ゲームともなれば共通の敵がいる。もうゴール下は彼らの独擅場と言っていいわ。


次にSFのケンシロウ


出ましたね。最強のプレーヤー。


そう。全てのプレーをこなす器用さ、、そんな言葉では表せない。全てが最高水準の超天才プレーヤー。スピード、テクニック、ゲーム感覚、パワーにスタミナまで、どこにも穴がない。

敢えて無理矢理に欠点を挙げるならカリスマ性の無さかしら。チームに勢いを与えるのは苦手というところね。とにかく超然とし過ぎてるせいね。


彼を止めることは誰にもできない、ですね。無双天才かぁ。


少しでも、そうね、どれだけ彼のプレーを抑えられるかが、どのチームでも最大の課題なんだけど、インサイドにはラオウとカイオウもいるし、ケンシロウがいなかったと仮定してもどうにもならないかもね。
そんな彼にも、実は一つ、大きな弱点があるのだけど。


なんですか?それ?


後で話す機会あれば。


はい、、わかりました。んと、チーム北斗はガード陣も最強ですか?


そう、、ねえ。
SGのハン。バリバリのスラッシャー。アウトサイドのシュートが苦手なわけではないけど、あまり見せることはない。とにかくそのスピードを活かしたペネトレイトが持ち味ね。
そのスピードはリーグ最速クラス。彼に並べるのはケンシロウとチーム南斗のサウザーくらいね。
でも彼には欠点と言える箇所がないわけではないの。興奮しすぎると肌が粟だってしまうところ。要は湿疹ね。もちろんチームは彼の粟立ちを抑えるようにも機能できるけど。
ストバス上がりのトリッキーなテクニックも侮れないけど、一対一の場面がとにかく好きで、大事なゲームのときでも個人勝負にこだわってしまうこともあり、それが欠点ではある、、わね。

司令塔PGはトキ。
先に言うけど彼には大きな欠点がある。持病のせいでスタミナがない。激しいプレーを続けることができないの。ある意味チーム内で最大の欠点と言えるかも。
でも、、スタミナを除けば、その他の能力はほぼ完璧。特にディフェンスではあのラオウインサイドゴリ押しを、力の方向を変えて崩すほどの技術の持ち主。PGがリーグ最強のセンターをゴール下でディフェンスできるのよ?
ありえないわ。あとはゲームの流れを読む能力ね。冷静さと柔軟な思考で勝機を見逃さない。典型的な天才よ。


なんか、そんな弱みがあるところがいいですね、トキ選手。控えの選手はどうなんです?


そうね、なんと言ってもSFのヒョウ。
能力を円グラフにしたら真円に近くなるバランスの取れた凄いプレーヤー。でも、同じ真円のケンシロウよりも少しだけ円が小さい感じかしら。
彼の代名詞、万手ドリブルは誰にも真似できない超絶スキルよ。ちなみにだけど、ケンシロウのお兄さんなの。

そして、、、問題児ジャギ。
バスケプレーヤーとしての能力も悪くないんだけど、周りが凄すぎて霞んでしまってる。
だけどね、、彼の持ち味はなんと言ってもラフプレー。


カイオウと同じですね。


ちょっと違うわ。カイオウはファウルトラブルに陥りやすいとは言ったけど、ジャギの場合はそれが主目的なの。
だからエースキラーというありがたくない別名がある。アンスポーツマンライクファウルはいつものこと。試合出場停止もね。
際どいディフェンスで、、、と言うか明らかに故意の反則で相手チームのエースプレーヤーを退場させるというとんでもない男よ。
リュウケン監督も何故彼をチームに置くのかわからない。エースキラーという汚れ仕事の重要さを知ってのことかも、なのだけど。


ま、まあ、最強なのは間違いなさそうですね。兄弟も多いし、結束力はなんだかんだでこれも一番ですかね。


そう、最強はチーム北斗よ。他にもシャチという若い選手やバランというラオウの付き人から選手になった異例の経歴の持ち主もいる。でもシーズンでの連戦の結果ならともかく、このワンデートーナメントならわからない。

そこが要チェックなところ。


なるほど、、チーム南斗はどうなんでしょう?


一言で言えば、、、個々の能力は高いけどまとまりがないってところね。チーム力が不安定なの。逆に言えばチームの全員が完璧な化学反応でまとまれば、チーム北斗をも倒せるポテンシャルはある。


でも、そうはなかなか行かないってことですね?


そう、、、キャプテンのサウザー。彼については最後に語るとして、、先ずはPGのシュウのことを話させて。彼の最大の特徴は盲目なのに誰よりも正確無比なパスができること。
元々目に頼らないからパスの時に顔や視線を向ける必要がない。そして、特に速攻ではチームメイトと相手ディフェンスの位置を俯瞰的に把握できるらしいの。
人格者としても知られていて、彼はまさにチームの要。彼がいなかったらチームがまとまることは万に一つもないと言われてるわ。
でも、盲目だから、動きがないリングにシュートをきめるのは苦手。それが唯一の弱点ね。


苦手? シュートをきめることができるんですか?


そうなの。誰かのシュートが外れたときの、そのバウンドの音でリングの位置を一時的に認識してシュートをきめてしまうのよ。

フリースローのときなんて、相手チームのサポーターが騒いで集中を妨げようとするでしょ? 関係ないの。「わたしはリングを心で見ている」なんて真剣に言う人なのよ。素敵よね。


はぁ、、、異能中の異能ですね。


センター、、、チーム南斗は最も身長が高くても188cmのレイなの。
だから、チーム北斗に対しては当然としても、バランスの良いチーム泰山や、インサイドゴリゴリのチーム元斗に対しても最も大きなウィークポイントであって、ここで勝負することはないわね。

チーム南斗と対戦するチームはそのゲームのフィールドゴール成功率が、特にインサイドで跳ね上がるの。レイの身長の低さとパワー不足が要因。あとは、、、サウザーね。まあ、後で。でも、チーム南斗はとにかく走れる速いチーム。いくら失点されようと、それより一点でも多く取ればいいんでしょ?なくらいに走るチーム。

身長は低くても誰より高く跳べるレイがディフェンスリバウンドを取って、そのまま速攻のダンクをきめる光景は珍しくも何ともない、いつものこと。
彼の空中でのプレイはあまりにエレガントで顔もいいでしょ? 女性人気は当然なんだけど、あのルックスでも浮いた噂はまるでない愛妻家で妹さん思いな一面もある。関係ない話ね。

ところで、チーム南斗にはもう一つ変わったところがあるの。PFがいないってこと。現代バスケは明確なポジションごとの役割は少なくなって来てて、ユーティリティープレーヤーが望まれるのよ。オールラウンダーね。
そんなプレーヤー二人がフォワードのシンと、そして、、サウザーなの。サウザーは後で話すわね。

シン、、彼の弱点はメンタル。メンタルが弱いというか、不安定なの。不安定を弱いと言えばそれまでだけど。とにかく、ノったときの勢いは凄い!
最強最高プレーヤーのケンシロウが相手でも互角にやり合えるときもあるほど。もっとも、それはケンシロウの調子が良くないときだけど。勘違いしないで? ケンシロウは不調なときでもトッププレーヤーよ。


まあ、人間ですもんね。不調のときはあるんでしょう。でも、彼が不調のときって何なんでしょう?


それは客席をよく見ればわかるの(笑)
恋人の姿がそこにあれば、そういうことよ。


あ、ああ、、なるほど。


そういうこと。大人の夜の事情ね。話を戻すわ。

シンというプレーヤー、まあ、とにかくノってさえいればチームの最多得点は無理だけど、それに近いほどポイントを重ねるし、スティールにリバウンドに、と大活躍できる。

事実トリプルダブルの回数はリーグでも常に上位でクワドラプルダブルさえも記録するほどよ。ノってればね。
そして、ここが面白いんだけど、、、どうやらケンシロウの彼女のことを好きらしくて、それで彼女が現れると猛烈に燃えるみたい。
彼女が会場に来るとケンシロウは本調子ではなく、一方でシンは絶好調になると。
あ、でもそんな激情家だから挑発や悪質なファウルには弱い。だからチーム北斗のジャギとの相性は最悪。オウガイ監督も苦労するところね。

次はユダ。生粋のシューターよ。他のこともそれなりにこなす器用な選手だけど、とにかくロングレンジのシュートね。
3Pシュートの精度、、これが怖いほどに高い。シュートモーションの速さ、ノーマークになる能力、マッチアップする相手の心理やゲームの流れを読むクレバーさ。シューターに必要な全てを持ってる。
1ゲーム個人最高の77ポイントを稼いだときも、その内3Pは23本をきめてる。シーズン通しても3P成功率は驚愕の54%。


5、、、半分以上きめてるんですか!?


そう。でも、弱点はシンと同じくメンタル。噂なんだけど、一応は噂なんだけど、ナルシストが過ぎてその日の肌の調子がゲームの出来に直結するみたい。
それとこれも、真実味のある一応の噂なんだけど、同じチームのレイに強いライバル意識というか、もう敵愾心があるらしく、彼の調子がいいと負けじと頑張り過ぎて空回りしやすいみたい。
彼の調子がいいときは、あ、ユダの方ね。ユダの調子がいいときってのは大体においてレイが不調だったり、チーム北斗のツインタワーやチームファイブホイールのフドウにやり込められたときなのよ。


はぁ、、なんか強いチームとは思えませんが、、、メンタルに難がありすぎなんですかね。もうそれこそまさにチーム難斗ですね。


、、、、、、、、、、、、、


、、、、、、、、、、、、、


最後ね。さあ、サウザーよ。
チーム南斗最強の得点能力を持つ、最大の問題点。


は?


彼は今までどんな試合でもチーム内の最高得点を獲得として来ているの。全てよ。ちなみに彼のキャリアハイは、いい?驚かないで?


は、はい、、、


108点!


、、、もうすご過ぎて、、、


彼は、、オフェンスしかしないの。ほとんどディフェンスはしない。今はそれでも改善されたわ。それはシュウがこう言ったそうなの。
「バスケのディフェンスはディフェンスではない。相手からボールをもぎ取るオフェンスだ」って。
それ以来、パスカットや一発狙いのスティールや、いわゆるギャンブルディフェンスだけは参加するようになった。でもマッチアップする相手にもディフェンスフォームを取らず、それどころか腕組みさえする始末。
チームが負けようとディフェンスしない姿勢には尊敬するほどよ。そんな彼でもチームから放出されないのは、彼がオウガイ監督の義理の息子だから、、ということじゃない。


オフェンスですね?


彼のペネトレイトを止めることは本当に困難なの。フェイクは使わずに、こっちから行きますよと言わんばかりなんだけど、それでも止められない。ハンやケンシロウも速いけど、テクや読みもセットでしょ?
純粋に速さでのみ勝負してるサウザーはちょっとある意味頭おかしい。でも、彼のそんなスタイル故か、ファンは多いわ。私も実はそう。彼の豪快なレーンアップ(フリースローラインからのダンク)を見たとき、口を開いてたのに気付くまで時間がかかったわ。
レイのレーンアップはふわっとしてるけど、サウザーは違う。もう空気を切るというか、「貴様らは全て下郎! どけっ! 我は帝王ぞ!」って感じなの。
パスしない、ディフェンスしない、反省しない、その姿勢は帝王三原則として語られるほどよ。


先輩、抑えてるけどサウザー選手好きなのわかります。


、、とにかく、そんな難ありありのチーム南斗だけど、今日この日という一日だけなら、優勝もあり得るわけ、、、、、でもまあ、、ないかな。

 

でしょうね。

 

147.

「バルバ。俺を闇から救い出したのは、、、」
「、、、」
「南斗の先人たちだ」

その言葉はバルバを驚かせるものだった。思わず口を開いてしまうほどに。
幻覚作用により見せられた南斗の先人たちによって、北斗神拳への怨念を増し重ねる狙いは失敗していただけではない。
闇から救ったというのだ。

「、、、、いかに北斗が輪姦される女のように南斗を汚し、犯し、踏みにじって来たかを聴かなかったのか? 私の口から語る以上に知れたであろう?」

馬脚を現したな、、シンに新たで静かな怒りが増し加わる。
感情的になったせいか、バルバは余計なことを言った。そんな亡霊のようなものがあったとして、それらが至極具体的な内容を伝える筈もない。

これは矛盾するシンの考えだった。

シンはその古の修練場に残る微かな血と汗の匂い、加えて残氣とも言おうか、それら顕在意識では感知できない何かが、シンに幻を見せたと結論付けている。
一方で、「彼ら」が語ったことが闇に堕ちようとしているシン本人を救い上げたとも信じるのだ。

「俺が見聞きしたのは、北斗への憎しみなどではない」
「、、何?、、」
「そこに「見た」のは最強北斗神拳を超えんと技を練り、日々拳を高めようと邁進する南斗の拳士たちだった」
「、、、、、」
「時に、血気にはやるあまり、北斗神拳に挑んで敗れた拳士もいた。それ故、怒りと復讐に燃えた者たちの姿もそこにはあった。
だがそれでも、、それでも、最強北斗神拳に対する敬意と正々堂々正面から挑み超えんとする意気に逸れはなかった。その姿は、、」
「、、、、」
「誇るに値する真の武人。南斗聖拳の先人たちだった」

聴いていたバルバの表情が、不信感と不快感混ぜ合わせた、怪訝で呪わしい何かに変わる。
しかし、シンは構わず続けた。

「そして、かのセイケンが、南斗聖拳創始者が俺に「話しかけた」。いくつか言葉を交わしたが、一つ諭すように俺に言ったよ」

「しゅるる、る」

意味不明なバルバの声、、、精神が崩壊しかけているのだろう。しかし、シンは構わず続ける。

「憎しみの拳では北斗神拳には勝てぬとよ」

 

シンの言葉の端にバルバへの侮蔑が滲み出て、耳にしたバルバの影が揺らめく。それは護摩焚きの炎のせいだけではない。

しばしの沈黙があった。
外での戦闘の音も届かない。
だが、その沈黙は重く濃い。

「愚かな」

しゃがれた声を発したのはバルバだった。

「聚聖殿で多くを学び、拳を高めたのではないのか? 今のそなたの拳格に立つに至ったのは、三面拳の死があったからではないのか?」
「、、、、」

ヒエン、ライデン、ゲッコウ、、、
シンの胸に小さな刃が刺さる。だが、今はそこに思いを囚われている時ではない。

「そなたも同類だ。我らの恩恵を受けて、そなたはその力を得た。それを、、得るものだけ得て、あとは知らぬと?
まことの聖なる御手をこの聖殿で授かりながら、俺はキサマらとは違うと? 王族の食卓につく我らは汚穢、そなたは濁りもなき全き浄だと?」

「何故、、暗殺の血塗れの拳が聖拳なのか、、、俺は昔、考えたことがある」

「ししゅしゅ、しゅ」

微かな空気の振動を感じた。その振動がシンの鼓膜を微かに震わせる。その振動が徐々に奇妙に強くなっていく。そしてわかる。
バルバが笑っているのだ。

「愚かなり、我が主よ」

バルバが言葉を発しているのに、笑い声の弱い振動がなくならない。
流石のシンも不気味に感じはするが、そこは南斗聖拳伝承者である。
そこに人ならざる妖魔がいたとしても、その妖魔を貫き討てばいい。南斗聖拳の刃は神をも斬らんとする、まさに神殺しの剣。

指先に南斗の氣を集める。

 

「俺の手は穢れている。人から産まれていても闇に蠢く人外の化生だ。たが、、闇の力で光に資する。それが南斗聖拳!」

それが答えなのか、シンにもわからなかった。単に北斗神拳が「神」だから、南斗は「聖」としただけなのかも知れない。

だが、かつての南斗の荒鷲と恐れられていた頃のシンには有り得ない思考の傾向だった。

 

「ジョウ!! ジョウ!!」

「!?」

 

誰ぞかを呼んでいるのか?

そう考えたシンだが、繰り返しバルバは「ジョウ!! ジョウ!!」と叫んだ。

直後、シンは不意に理解した。これは鳴き声なのであると。

元から不気味ではあっても理性的な面を見せていたバルバが、怪鳥のように叫んでいる。バルバに対する嫌悪が増加して頭から湯気が出るのではと思うほどだった。

六聖拳の一人として武力も権力も併せ持っていたシンがこれほど嫌悪を募らせたことはない。これほどになる前に「手」が出るからだ。

「ジョウ!! ジョウ!! 主よ!我が主よ!御前は愚かなり! ジョウ!! ジョウ!!」

叫ぶあまり、フードで隠れていたバルバの両眼が見えた。炎に照らされていても、一切その光を反射しない。暗い、深い、底のない闇だった。

ゾワッ
南斗の真拳を得ていても、こんな人間を見るのは初故に、シンの身体が粟立った。

 

「ジョウ!! ジョウ!! 我が主は狂われた! 罪少なき者も咎多き者も変わらず突き討つが紅き聖なる血穢れの拳。主は間違われた!

ジョウ!! ジョウ!! この「呪聖殿」におわすのに、我が主は答えを誤られた! ジョウ!! ジョウ!! ジョウ!!」

 

そんな自身の強い不快感を恥と感じ、早々と打ち消すべく、シンは右足を踏み出した。
その一歩、地に着いた感覚に違和があった。暑く積もった灰を踏んだような感覚に近い。だがもちろん、灰や砂埃が舞い上がることはない。
既に、この暗がりに乗じバルバの暗黒の闘気、北斗琉拳でいうところの魔闘気に似た濃度の高い粘液がシンを捕まえていたのだ。

 

「!」

「愚かなり!愚かなり! 我らが主よ、、ジョウ!!」

「!?」

その叫びとともにバルバが両腕を上げると地面に敷かれていた黒い「膜」が持ち上がった。

その膜は包み込むようにして183cmの鍛えられた鋼の肉体を楽々と宙に浮き上げた!


シンの全身を捕らえた膜、、重さも強い圧力も息苦しさもあった。
押し潰すようでいて、逆に四肢を離れ離れに引き裂くような力も感じる。
両腕を上げたバルバの赤黒いローブもはだけ、その下はどこぞの宗教指導者のような高貴な衣装を纏っていた。
しかし、いかに着飾ろうと、その不気味を通り越した両の眼の黒い穴、そして瘴気と呪いの言葉と意味不明な叫びを撒き散らす穢れた黄黒い口が全てを損なう。

窮地に陥りつつも、シンにはまだ少しの余裕があった。

何故なら、これが今の彼自身を倒せるほどのものなら、初めからバルバが北斗神拳に挑めばいい。
つまり、この力は言わばまやかしの類ということだ。

もう一つある。

ファルコと同じ金色の闘気を纏い、元斗最強の名をも分かった男。
天帝守護のために、誇り高き元斗皇拳の戦士でありながら、暗殺の汚れ仕事を請負い、その名を元斗の歴史に残さず散った男。
元斗聖穢の拳、金獅子ガルゴ!

シンを苦しめ勝利したガルゴの力の一つ、、、、影力。
闇に堕ちた心と、生命力を削っての黒い闘気。
バルバのものと全く同じではない。ないが、同じ範疇には分けられる。

「(南斗聖拳の裂気で、、闇をも断つ!!)」

呼吸もままならないが体内の氣を練り、指先に集める。繰り返し繰り返し磨きに磨いた南斗至高の極意。

だが、、、

「!?」

低く、そして高い大きな笑い声が聞こえた。
バルバの笑い声だった。
一つの声門から発せられているとは思えないほど様々なこの世のありとあらゆる禍々しい叫びが掻き混ぜられているようにも聞こえる。

南斗の裂気が散る?溶ける?

墨汁に浸した筆を水入れに突っ込んだように、全てを破壊する南斗の氣が融けていく、、、氣の密度が保てない。

これが、、幾世代にも偽りの呪いと怨みを継承してきた南斗宗家の、その中でも傑物中の傑物バルバの力!!

 

「間に合うか!?」

その声の主は蝙蝠だった。
西斗月拳シュラインの相手はガルダがしている。その隙に蝙蝠はその場を離れた。

「モウコさん! 申し訳ありませんが先に行きます!」

シュメの棟梁から見ても別次元の高域でやり合うガルダとシュラインから一瞬目を離し、彼は蝙蝠に頷いた。

、、、胸騒ぎがしたのだ。
蝙蝠は手練れの忍にして南斗聖拳の一派の使い手。そんな彼の勘は幾度も彼自身を万策尽きる手前一歩から救って来た。
その蝙蝠が目にした光景。いや、それは「光」という字を使うには適さない、「闇景」ともいうべき事態だった。
邪悪な魔術の使い手が自分の真の主、南斗聖拳伝承者であるあのシン様を!冥府の呪力で苦しめている!
今にもそのお命を絞り千切ろうとしている!!

「なるほどまさに!!」

蝙蝠は駆け出した。
途中、黒いローブを着込んだ僧兵が行く手を阻んだ気がするが、ほとんど無意識に大きめの苦無で退けた。
もうその記憶も残らないほどに、蝙蝠は意識をシンの救出にと集中させていた。
それほどに蝙蝠は急いだ。疾った。無論、肉体を超える力、南斗蝙翔拳の力で!

あらゆる魑魅魍魎の封印を解いたが如きのバルバだが、それ故に南斗の氣全開で迫る蝙蝠の気配には感づかない。
もちろん、追い込まれているシンも気付かない。自身を飛車角金銀に詰め寄られた王将のように思えていた。

何故そんな間抜けなことを思い浮かべるのか?

 

「シン様!!」

蝙蝠は理解した。この「場面」なのだと。この「時」なのだと。

ここでシン様をお救いできなくては、大ファンなどと威張れませんよ、、、

不思議と穏やかだった。指の間を通り過ぎて行く風が優しく感じられた。石畳を叩く急ぎの足の筈も、フカフカな赤絨毯を歩いているかのような錯覚をした。


その蝙蝠でさえ、黒い呪怨に蝕まれたシンが笑ったことには、少しも気が付かなかった。

 

 

 

146.

シンは聚聖殿のほぼ中央に位置する、南斗を祀る古の祭壇の前にいた。
闇の中、その燃え盛る炎の前で護摩を焚いているのは南斗宗家宗主バルバである。

その煙はもうもうと上がり、煌めく星の夜空へと吸い込まれて行く。
シンは、北斗七星があるかも知れぬ天を見上げる気にはならず、だだ言葉を発せず赤黒いローブの背中を見ている。

何を祈念しているのか? 相変わらず北斗神拳をただ呪っているのか?

それが何であるにせよ、シンの心は決まっている。バルバに対する明確な殺意がシンの心内に宿っている。

この決定は揺るがない。

 

「来られたか、我が主よ」
バルバは背を向けたまま言う。
主、、、、そんなバルバの安い佞言に乗せられるわけもない。そもそも、シンには南斗宗家を継ぐつもりはない。

 

「その箱はこの私からの贈り物だ。開けて中を確かめてほしい」


やはり振り向きもせずにバルバは言った。
シンが右側に目をやると、そこにシンプルだが上等な材質でできていることがわかる四角い箱があった。

贈り物という言葉に期待したのではない。
この期に及んでバルバが自分に何を渡したいのか、それが気になった。
炎が照らす中、シンはその箱の蓋を持ち上げた。布、、服のようだった。
「これは何だ?」
「それはいずれ我が主に献上したいと思っていたもの。手にとってみよ」
「、、、」
暗い中、そして炎の光が正確な色を判断を難しくさせているが、それは赤い戦衣装であった。

南斗の拳法着に似ているが、滑らかで柔らかな手触りでありながら脆い質感ではなく、かなり高貴なものだと理解できる。

腰帯の色は、、見づらいが恐らく青紫。そして、この時代の標準装備とも言える肩当てはなかった。

 

南斗星君は赤い衣装を纏っているという。南斗聖拳真の伝承者にして、その名をかけ北斗神拳に挑み、永久に滅ぼすそなたに相応しかろう」
南斗星君は命を与えるというが、南斗聖拳は奪う」
北斗神拳を滅ぼせば、南斗聖拳は宗家に命を与えるであろう」
バルバが立ち上がりシンに向き直る。
「そして南斗宗家の新たな、、」
「その気はない」
食い気味に言い放ち、バルバの言葉を遮る。
「バルバ、お前はバカじゃない。俺がここに来た理由がわかるだろう」


無表情で言うシンの顔を炎が照らす。


北斗神拳ではなく、南斗宗家を滅ぼすとでも、、、言うのか?」


フードで隠れてバルバの目は見えない。


北斗神拳は倒す。宗家の人間も皆殺しにするわけではない。三面拳たちのように邪心なくとも宗家に仕えている人間も多い」
「では、、、この私を?」
声に凄味が加わった。その口から放たれた悪臭に瘴気が混ざる。
「そういうことだ。キサマと司祭たち上層部の、人を食らう悪鬼たちは滅ぼす。そうでなくては俺の心に曇りが残る。それでは北斗神拳に勝てぬ」
「愚かな、、、あの悪の極み北斗神拳を倒すのに清流のような心が要るとでも? 南斗聖拳はそんな清いものか? それに、そなたは北斗神拳を倒す、ただそれだけを思い見て魔道にさえ堕ちたであろう」
「闇で斬る、か。そう俺は確かに闇を得た。だが、俺は呑まれてはいない」
「そんな者はおらんのだ!」

バルバが昂る。

 

「闇は便利な道具ではない。踏み込んだが最後、戻ることはできぬ!」
次いで、ニヤァ、、、とバルバは口を吊り上げる。
「その力こそだ! まことの闇こそ!北斗神拳を打ち倒すもの。北斗神拳にも真似できぬ力なのだ!」

「もし、、、」

シンが冷静に言い返す。

 

「俺個人の力であれば、確かに闇に呑まれ、魔人と化したであろう」
「しかし、闇の力は手に入れていたであろう、、、主よ」

と、バルバがシンを覗き見る。落ち窪んだ暗い二つの穴だ。

俺はお前の道具になる気はない、シンは心内で呟いた。

 

「俺が、古代南斗の修練場で見たものを、、まだ話していないな。いや、いずれこの場面が来るを、俺は知っていたのだ。その時に話すことになろうと」


「おい、そなた」
黒ローブの男が、やはり隣の黒ローブに話しかけた。二人ともまだ比較的若く、カクついた動作はない。目の下に痣もない。
「さっきから落ち着きがない。らしくない。どうされた? 敵の襲来に慄いたか? それなら案ずるな。銃を持った兵士たちに加え、バルバ帝が連れて来たあの拳士がいれば、ここは安全だ」
という男本人にも多少の不安はあるが、自分たちが命じられた役目を放棄はできない。


「それにシン様がバルバ帝の元へお向かいになったであろう。正にこの門を通って。あのお顔を見たであろう? 精悍が過ぎて震えるほどだった」


古く大きな黒い鉄門。その両脇に立ち、警護するのが今の二人の役目だった。
彼らも自動小銃一丁と剣を一振り備えているが、多数の敵兵がなだれ込んで来れば、そうそう長くは防げるものではない。
仮に敵兵が押し寄せる事態ともなれば、奪い取られた銃器もあるだろう。
何にせよ、ここに敵兵が姿を現したとき、彼らの命運もここに尽きる。外で戦う謎の拳士がそれを阻止するか、或いはシンがこの門の奥から戻るのが早いか、だった。

 

「やらかしたのだ」


かなりの間を置いて怯える男が答えた。


「ん? 何をだ?」
「ガスが出なかったのだ」
「、、ガス、、?」
「わからんか!?」


男は取り乱し気味に言った。


「シン様が禁区にお入りになったろう。あの古の修練場に!」
「あ、ああ、それのことか」
「そこで幻覚作用をもたらす薬剤を噴霧させる手筈だった。シン様でも感知できないだろうガスだった。何度も点検し、確認し、抜かりはなかった」
「、、、ダメだったのか?」
「そうだ、、、」


男は冷や汗が伝う顔で、縛られて動けないかのように小刻みに震えながら、真っ直ぐ前を向いて続ける。
「それが何故かやっとこの本番に! 出なかったんだ!、、、しかもだ!!」
「な、なんだという!?」
「シン様に覚醒を促すための、、、」

 

シンを闇に堕とすことを彼らは覚醒と考えていた。強ければいい、拳技であの憎き北斗神拳を超えられるなら、何だろうと構わない。
そんな「教育」が行き届いていた。

 

「ああ、、」
「あの「劇団員」たちが誰一人来なかったんだ!!」
「声を控えられよ! それは我らの命だけでは済まぬ話ぞ! 何故今迄黙ってい、、、」

 

言いかけて男は納得した。
そう正に、自分たちの命だけでは済まない。バルバ帝が怒り狂う姿が目に浮かぶ。どんな目に合うか、、、、

だがだ、、、

「しかし!禁区から戻られたシン様は魔人になっていたんだろう? 上手く行ったんじゃないのか?」
「いや、ガスは放出されてない、一切。もちろん劇団員もいなかった」
「、、、、だが、、、だが結果的に目的は成し遂げられた。それなら、それで、、」
「それならそれで、では何故シン様は魔人になってお戻りになられたのか?」

 

とにかく、彼らは幸運の訪れを信じ、沈黙を貫くことしかない。それしかないと、二人同時に心を決めていた。

故に彼らは思考を止めた。

145.

一人のシュメが人質の救助が完了したことを告げた。

「うむ。だがまだだ。供物にされようとしている子供たちがいるかも知れん。慎重に進むぞ!」

モウコは自らも気を引き締めた。白の街から大きな門を抜ければ、さらに奥に続いた道があるが、、、狭い。
このような事態を想定した何かしらの罠があると考えて間違いない。


フラフラ、、、フラァフラァ、、と、男がふらつきながらモウコの元に近付いて来る。

「ん? ヨギ! どうした!?」
と声をかけるモウコの脇では蝙蝠も怪訝な目を向けている。
「ヨギ!」
そのヨギという男の目は虚ろ。
直後だった!
「うぐごご!!」
と身体内部の異変を伝える不気味な声を発した後、、、ドバッ!!
胸の中央が内部から破裂した。

その血を顔に受けながらモウコは動揺もせずに言う。仲間を失うのは辛いが、このような死は常に突然訪れる世界の住人なのだ。

「これは北斗の、、、、」
「、、、ですねぇ」
「しかし、ケンシロウ様の筈はない。他に北斗神拳を使う者が?」
「まさかいないとは思いますがね、、、いや、現にいるのでしょうが。どうやら銃器を備えた賊たちではなく、コレが奴ら宗家の隠し玉、、というところですか」
「な!!」

不意にモウコが彼らしからぬ動揺を見せた。蝙蝠もその視線の先を向く。
「!」
蝙蝠は唇を噛み締めた。、、、その視線の先の彼は、もう助からない。

シュメ最強のあのリュウキが、二人の元に足取りも不確かに歩み寄って来る。
彼自身の二本の剣が背面から突き刺さり、左右それぞれ両方の胸から貫き出ていた。
駆け寄ろうとするモウコを手で制し、何かを伝えようとしている。既に声は発せられない状態だった。

逃げろ

彼の口の動きがそれを告げていた。
リュウキが「逃げろ」と伝えるのであれば、その判断に間違いはない。
モウコはシュメの棟梁。シュメを統率する者として、ここで無駄に果てることはできない。悲しむのは後からでいい。

「四(シ)!」
リュウキが倒れるのを他所目にモウコは大声を上げた。四は退却、それも「仕事」途中であろうとも、とにかく退却しろという緊急の符号だった。
それを聞いたシュメたちがそれぞれ「四!」と叫び、聞き逃す者がないよう伝えて行く。

「蝙蝠、退くぞ!」
「いえ、、、」
「どうした!?」
と言った途端にその理由を理解した。
二人の退路を塞ぐようにして一人の男が立っている。

「逃げようにも、あの御仁がそうはさせてくれなそうです」
蝙蝠が冷たい目で謎の男を見据えて言った。
「そのようだ」
と、モウコも男を見て得心した。

状況からわかる。戦士としての経験でわかる。忍としての勘でわかる。
その男が北斗の拳の使い手であり、リュウキを殺したと。
そして、逃亡を試みたとて、それが失敗に終わることを確信した。確信させるだけの要素を感じさせる。

「困りましたねえ。我ら二人がかりでも北斗の拳士にどこまでやれるか」
「蝙蝠逃げろ。互い別の方向へ疾れば一人は助かる」
「モウコさん、あなた逃げる気ないでしょ? いいんですか? シュメの将が簡単にやられるわけにもいかんでしょ」

違うのだ、、その男ははっきりとモウコを標的にしている。

「お前ら!」
その謎の男が言った。

北斗の拳士と言ったか?」
余裕のある声だった。この後の死闘への緊張感がまるでない?、、、そうではなかった。
あのリュウキを全く無傷で倒す男。死闘というよりも一方的な虐殺になるであろうことから溢れる余裕なのだ。モウコはそう理解した。

北斗神拳?、、、あんな人の寝込みを襲う拳と一緒にするな」

敵兵がその男の背後に集まりつつある。もちろん自動小銃を持った兵たちもその中に含まれる。

「俺の名はシュライン。お前たちが北斗神拳と見誤った俺の拳は、、、西斗月拳という」

「!」
セイト、、、西の斗であろうか?
蝙蝠もシュメの棟梁モウコも聞いたことがなかった。
北斗神拳とは異なると言っても、内部からの人体破壊と、あのリュウキを無傷で倒す強さから考えて、、大きな差は感じられない。
細かい点はともかくとして、少なくとも二人がかりで挑んだところでどうにもならないのは変わりがないだろう。

蝙蝠も同様のことを考えていた。
シンとの戦闘は、その性格を熟知していた上に入念な準備があった。今回のこの事態とは置かれた状況が違う。

「フッ、さっきの二刀持ちの奴は、偉そうな顔してやがったから俺が直々に相手したが」
と余裕の笑みのまま自身の後ろを振り返る。

「お前らはこいつらで十分だな」

既に銃で狙いを付けられている。正規に訓練された兵はいない。常識の範疇にない能力の持ち主である二人なら、或いは逃げることも可能だった。
全てはタイミング次第。だが、最高の機は逸した。シュラインからの圧力が彼らに逃亡の機を奪ったのだ。
それは圧倒的な実力差が可能にする彼の射竦め(いすくめ)の術、一種の金縛りであった。

蝙蝠とモウコとて、放たれた弾丸を避けることはできない。撃たれる前までが勝負なのだ。

、、、それぞれが覚悟を決めた時であった。
銃兵たちの背後に、横に一閃したオレンジ色の光線が見えた。その光は僅かな遅れの後に揺らめく炎となった。
同様の光、そして揺らめく炎が数度煌めくと、銃を持った敵兵が燃えながら「崩れて」行った。

「こ、これは!?」
蝙蝠が声を上げた。

「その者たちの命を奪うことは許されない」
炎で身を包んだ若い男が言った。
メラメラと燃え盛り、そしてクネクネと揺れる炎である。

「あの方は、、、」
モウコが険しい目をしながら静かに言った。

「仮面の下は醜く焼けただれていると聞いていましたが、そんなことはなかったようですね」
と、蝙蝠が抑揚もなく言う。

「フッ、、こんな時に現れるのだから、俺は「持ってる」ようだな」
と若い男が笑った。

「はん? 何を持ってるってんだ? 若造」
そう返したのはシュラインである。兵たちのやられ振りを間近に見ても臆するところはない。流石の手練れ、謎の流派西斗月拳の使い手である。

「何だっていいさ。アンタには分からねえよ、、オッサン」
そして、まだ周囲に残る兵たちを静かに睨み付ける、というより、それはまるで流し目を送るようでさえあった。だが、その効果は覿面(テキメン)。
それもその筈。燃えながらバラバラに崩れる味方の最期を目の当たりにしたのだ。既にその場が自分たちの持ち場でないことを理解できないほど奴らもバカではない。

「そうそう、逃げとけ逃げとけ。残ってたって死ぬだけだ。どいとけよ、雑魚は」
と、シュラインに向き直り、「アンタの相手は俺だよ、オッサン」と笑いかけた。若造と言われたのが気に障ったらしい。

「はん、、何なんだよお前は? 若造」
シュラインも自分の姿勢を崩しはしない。

「わかったよオッサン! とりあえず名乗っておくか」

炎と光を発しながら男は自分の武舞を披露した。
力強いその武舞は、肉眼にも氣眼にも残像をもたらす活き活きとしたオレンジ色が煩わしく、そして同時に美しい。

「俺はガルダ。南斗神鳥拳のガルダ

上に向けたその猛禽類のような指四本で「クイックイッ」とシュラインを挑発する。

「相手してやるよ。かかって来な、オッサン!」

 

 

レイ.33

南斗聖拳の本質は暗殺拳
闇に紛れた時、その真価を発揮する。

松明の下にいる柄の悪いモヒ二人の背後を、俺は駆け抜ける。

「ん?」
「どうした?」
「いや、、風、だな」
「ビル風が強いからな」

わざわざ見張りを死体にして騒ぎを起こすことはない。俺は誰にも気付かれることなく街の中を深く、中央へと入り込んで行った。
つまらない頭のおかしな犯罪者が、誰にも知られぬよう、どこかで自分が拐った被害者を監禁しているのではない。
あのケンシロウ北斗神拳伝承者だ。
いかにもここだ、というような場所に囚われている筈だ。逆の意味で特別待遇に決まっている。
厳重な警備がなされている、そんな所に違いない。俺はまさに風のように暗い街中を走り回った。それでも俺に気が付く奴はいない。

「?」
物陰に隠れる黒装束の男が、俺の目に入った。闇夜に紛れるための黒装束。油断なく辺りに気を配る仕種。
猿のような身軽さで塀を乗り越え、壁を登って行く。しかし、そこに氣の流れは見えない。だからこそ、逆にその体術の見事なことに尊敬を覚える。
誰がどの角度から見たって聖帝に与する者ではない。俺はその男の背後に忍び寄る。完全に背後を取ったが、黒装束の男は俺に気付く様子はない。
男の視線の先、、、一際明るい街中の一角だった。想像していた通りの堅固な守り。護衛の数は他の比ではないほどに多い。
これが思わせぶりをしているだけの罠の可能性は少ないように、、何となく思える。
俺に背後を取られていることに気が付かない謎の男は、変わらずその街中の一点を凝視している。
侵入経路や見張りの交替の機を伺っているのだろうか。だとしたら、この男の目的はケンシロウの奪還ということになる。
そう、先ずは「救出」ではなく「奪還」と言わせてもらおう。
俺は一旦、その男から離れ、遠巻きに監視を続けることにした。
南斗聖拳の俺とは比較にならないが、この男もかなりの体術の使い手。この男がどのような侵入経路を見出し、そして実際に入り込んで行くかに少なからず興味を持った。
そんな時間的余裕があるのか?とは自問したが、夜中でも麓付近を炎でライトアップされたあのピラミッド然とした建造物の土台にケンシロウを据えるというなら、
恐らく日の中も日の中、真っ昼間にケンシロウを犠牲に捧げるのではないか。
そのようにして北斗神拳に対する南斗聖拳の勝利を公然のものとし、歴史にも聖帝サウザーの最大の偉業として語り継がせる気であろう。
俺は、、、南斗の男だが、表裏一体の北斗神拳は敵視するよりも、むしろ手を組むべきだ、という考えに傾いている。
だが問題はそこではない。
俺は北斗神拳伝承者の「ケンシロウ」にこそ、この乱世を治世に変える光と希望を見ているのだ。

「!」

などと考えに囚われていると、謎の男が動き出した。そして、やや遠くの炎の微かな光が照らす男の顔を見て、俺は驚いた。
いや、もちろん黒布で隠していたが、その額にエンブレムと言おうか、彫刻された装飾がしてあった。
翼を持ったコブラ

「拳王の!」
俺は思わず口に出していた。
何故だ!?
まさかラオウが弟のケンシロウを救うために? それとも単に同門北斗神拳が、しかも正当なる伝承者が南斗聖拳に敗れるを許さじとしてか?
、、正確なことはわからない。
しかしそれにしても、、、拳王の手の者とわかる紋章を付けて忍び込むとは。
まあいいだろう。
平和のテーブルに着きながら、足元では蹴り合っているような仲ではない。聖帝と拳王はな。

俺はその手練れの拳王の手下を忍び見しながら、距離を保って付いて行く。
奴はそこそこ間隔の広いビルの間を跳躍し、見張りの想定外の経路で、明るく照らされた中の陰から陰へと素早く移動して行く。

「やるな」

そして暗がりに着地した男は、二人の見張りを背後から一瞬で、しかも悟られる間もなく始末して見せた。

「やるなぁ」
俺は再度感心した。

奴が始末した二人の遺体を跨ぎ、俺はその背中を追う。
外はなかなかに厳重だった警護も、中に入れば割と兵士の数は少ない。これは異様なことに思える。


その時だった!

「どぅい!」
拳王の手下、謎の男が意味不明な言葉を発した。いや、それは短い断末魔の叫びだったのだ。

「フフ、、ここまで忍び込めるとは、かなりの腕前だったが、、」
と、男の死体の頭部を足で踏み付ける、また別の男が視界に飛び込んだ。まさに飛び込んだと言える衝撃だった。

「おまけとして面白い男を連れて来たものだ」

まさかの登場に俺は血の気が引いた。明確に敵としての立ち位置で以って、その男と向かい合うということ故、だ。

「まさかお前が来るとはな、レイ」
サウザー!!」

あの拳王ラオウには、壁が押し寄せるような圧迫感があった。
このサウザーには、、、剣を突き付けられたような威圧感がある。

南斗の勘が告げる。
危険だ、逃げろ、と。
勘てのは当てにならないこともある。だが、今回に限って言えば、この勘が外れということはない。

100パーセント、、、ない!!


レイ.32

「すまん、、、、わたしがバカだった」

そう深く詫びたのはシュウだった。
不幸中の幸いと言おうか、ケンシロウサウザーに敗れたが、その命までは奪われていないという。
どうやらあのピラミッドの地盤に据えるとか、要は人柱として犠牲に捧げる魂胆とのことだ。サウザーめ、何てことを考えるんだ。
だが、ひとまず最悪の事態は免れたと言えるだろう。

では、どうやってケンシロウを救い出すか、だ。そんなの決まってる。俺が行けばいい。
だが、シュウとレジスタンスの幹部たちから俺の名は出ない。気を遣っているのだろう。
俺は俺でレジスタンスの一員になったつもりでいたが、まだ一時の客人扱いなのかも知れない。
もちろんここで、、、シュウ本人が救出に行くことはできない。
レジスタンスはシュウという人物がいなければ成り立たない。それは明白だった。
レジスタンスの面々はサウザーそのものの力を見たことはない筈だ。その一方でシュウの南斗白鷺拳の持つ恐るべき強さを繰り返し見ている。
そのシュウを、死闘でないしても力で退けた北斗神拳伝承者ケンシロウには当然のというべきか、過分というべきか、とにかく大きな期待を抱いたであろう。
ところが、そのケンシロウがまさかの敗北を喫し、敵に囚われてしまった。
その救出と奪回にシュウが出てしまってはレジスタンスはまとまりを失くす。あのシュウが向かったとしても、確実な成功が約束されているのではないからだ。
実際、レジスタンスの戦士たちや女子供たちも、全てにあってシュウ頼みなのを隠せない。ある意味当然ではある。敵はあのサウザー率いる強大な組織、聖帝軍だ。
いや、シュウならケンシロウを救い出せるだろう。だが、仲間たちを不安に、いや、恐怖に晒してまで動くことはできない。
それがシュウ。それが仁の星というものだ。
その苦悩が顔に表れているぞ、シュウ。

それにだ、、、

あのリアルなビジョンが頭に浮かんでしまう。シュウがピラミッドの頂点で何本もの矢で射られ、最後に太い槍で胸を貫かれてしまう不吉なビジョンだ。
シュウをそんな目には合わせられない。
その時だった。

「わたしが行きます!」

部屋の外から、透き通るような若い声がした。澄み渡るような魂の持ち主でなくばこんな声は出せまい。そう、この声は、、
ガチャ、、とドアが開いた。

「シバ」

一人の戦士が彼に声をかけた。シュウはドアの向こうにシバが立っていたことに気付いていたのだろう。驚きがない。

「何を言ってる。シバ、お前に任せるわけにはいかない」

他の男がそう言った。

レジスタンスリーダーの息子と言っても特別な地位にいるわけではないらしい。

「わたしでは頼りないのはわかります。ですが、上手く紛れさえすれば、わたしなら怪しまれません」

皆が「はっ」とした顔をした。
ピラミッド建造にこき使われる子供たちよりも年上なシバは、過酷な労働に回されることはない。
本来の軍なら、見習いとして兵士たちの世話を任される役目になっているだろう。
だが、聖帝軍の場合はもう一つ役割がある。痛みと恐怖だけで強制労働に就かされては子供たちの精神が壊れる。
そのサポートとして鞭を持ったモヒ野郎と子供たちの間に入って世話をする「お兄さんお姉さん」役の少年少女だ。
それはあくまで役目なのだが、まだまだ幼いとさえ言える子供たちの世話をしたい、心のケアをしたいと願う者も少なくない。
だから一度忍び込めさえすれば、何食わぬ顔で歩いていても特段怪しまれない。「お兄さん役」としか思われないからだ。

と、そういうことらしい。

しかも、シバはシュウの実子だけあって「感化」する体質の持ち主なのだという。というより、既に「感応者」であるらしく、その身体能力は並の大人では比較にならない。
それなら見張りのスキを突いて忍び込むこともできるだろう。

だが、、、

「シバ、やめておけ。俺が行く。それがベストな選択だ。俺自身、ケンシロウを救い出したいという強い思いがある」
「レイさん、、、」
「言うまでもないが俺は南斗水鳥拳の伝承者。サウザー本人でも現れない限り、救出に失敗はない」

そのサウザーが仮に囚われたケンシロウに会いに来たとしても、一軍の王、いや帝王が単身で出歩くことはない。必ず取り巻きがいる筈だ。
つまりサウザーとは顔を合わせずに済むということだ。
ケンシロウの居場所を吐かすのもお手の物。俺の指は鋭い凶器なのだから。

かと言って油断はならない。

奴らの中には、、あのユダがいる。他にユダやセイランほどでないにしろ、何らかの南斗の拳を修めた者がいる可能性もある。

「すまん、レイ。わたしもレイに任せるのが一番成功率の高い選択だと思う」
というシュウの言葉に対して、小さな疑問を差し挟むような気配も、他の者たちからは感じ取れなかっな。

「わかりました、レイさん。行く前にわたしの所へ寄って下さい。お渡しするものがあります」

わたしの所、、、か。シュウの息子シバであっても、自分だけの部屋を有していない。同年代の少年たちとの相部屋だ。
戦士見習いとは言え彼らも年頃だ。恋愛の一つや二つや三つくらい、浮いた話もあるのだろう。
南斗の人間には訪れない青い春が、きっとこんな暮らしの中でも彼らには訪れるのだ。
それでいい。
シュウが息子シバに白鷺拳を継承しない気持ちは、、よくわかる。愛する我が子の両手を血で染めたいとは思わない。

俺は胡座の状態から立ち上がった。
夜、、、善は急げ、だ。

「レイ、気を付けろ」
「フッ、そんな顔をするな、シュウ。サウザーとやり合うわけじゃない。必ずケンシロウを連れ戻す」
「ああ、信じている。ケンシロウのことも、まだ、、、」
「当たり前だ。ケンシロウはこの世を照らす光なのだろう? この世界に平和を取り戻すために奴の力が必要だ。必ず生きて連れ戻す」

そして、俺は早速身支度を整え、一人闇夜に紛れ込んだ。どこまでも広い夜空を照らす月がキレイだった。

敢えて、敢えて北斗七星からは目を逸らした。見たくもない星が見えてしまうかも知れないからだ。

 

途中、自分が発した言葉を反芻する。

「この世界に平和を取り戻す、、、」

この言葉は間違いだ。
この時代になる前、俺たちは裏でいろいろと蠢いていた。その俺たちの世界は平和と言えるような代物では、とてもなかった。
平和は取り戻すものではない。
新たに造るのだ。
そのためにケンシロウの力は欠かせない。奴の可能性は無限だ。「あちらの世界」で俺は見た。
圧倒的な実力差があるように思えた拳王ラオウとさえ、互角に戦うケンシロウを。

 

ケンシロウを救い出す、、、そのために歩む暗闇の道。
だが俺は確かに感じる。
その真っ暗な道を、義の星の光が照らし、導いていることを。