敗れた、、、肉体の損傷を覚悟して踏み込んだ必殺の間合いに、奴はいなかった。
これは、、、ずるい。
思わずシンは笑った。
互いに限界の果てにまで及びながら、最後の最後で北斗の究極奥義を出すとは。いや、まさに無意識に発動したのだ。あの、
「無想転生が」
無想転生を破らずに最強の北斗神拳伝承者を倒すことは不可能だった。
常時発動しているわけではないだろうから、その隙間に倒せる目はあると考えてもいたが、ここぞの場面に来るのが、このケンシロウだった。
シンは自身の肉体を内視した。少なくとも戦闘継続可能な状態にまで誤魔化すにはまだ時間が要る。
最大の勝機と見た先の場面に代償として支払った損傷という代価は、この一戦にあっても、これも最大だった。
当然、ケンシロウがそのシンの状態に気が付かない理由は、残念なことにどこにもない。
シンは何とか体内で調氣し、回復を待つが、よく聞く鉛のように身体が重いという感覚を味わっていた。
回復どころか遂には右膝を着く有様だった。
ケンシロウがゆっくりと迫る。その目は悲しいが、強い決意が目ではなく氣から感じ取れた。
「シン、この一撃がこの戦い最後のものとなろう」
それでもシンは氣を調え続けた。ケンシロウが「最後」と言ったその一撃にスキはないか?
思考が定まらない。油断したら身体が眠りに落ちそうだった、、、死という名の眠りに。それでも氣を調え続けた。
違う、、、ここではない、、、
「?」
何がだ? 何がここではないのか!?
シンは無意識に浮かび上がる自身の思考の意味と理由がわからなかった。
だが、そのお陰で一瞬冴えた思考が細かく砕けたフロアや壁の欠片が散らばる自身の足元に、「印」を見つけた。
「フフ、フ、、、ケンシロウ」
身体を起こして顔を向けるのにも体力を消耗する。だから目だけでケンシロウを横目に見て、シンは話した。
「拳士として至高の、この神域の舞台での戦い、、、だが、キサマの奥義は破れず」
「、、、」
この会話で回復までの時間稼ぎをする? そうであろうと無想転生を身に付けた最強者ケンシロウに油断はない。
「或いはキサマとのこの戦いで殺気を見切り、俺も南斗聖拳の無想転生に辿り着くことはできんかと思っていた」
しかしケンシロウに、究極の暗殺拳に過剰な殺気はない。むしろ、死を優しく受け入れさせるほどだ。
その実、優しさに似て非なるものがある。考え様によってはそれこそが最恐だった。
「すまん、、、そんな奥義など撃ち破ってやるつもりだったが、甘くはないな」
「、、、」
「勘違いはするな。謝ったのは俺が無想転生を破る程の技を持たなかったことではない」
肉体の悲鳴は治まった。回復ではない。そうではなく、漸く満ちた氣が身体を熱くしていた。
「俺が謝ったのは、拳士として全て、、技だけでなく紛れのない崇高な志を以って挑むという天帰掌の誓いを汚すから、、だ」
「なに、、?」と返すケンシロウには、やはり一毛のスキもない。
「俺は、キサマがここに着くより先にここにいた」
ガクッ、、体勢が崩れ、シンは両手を着いた。しかし氣は全身を急速に流れている。その氣は圧力さえ発生させ、その逃げ場を探しているかのようだった。
「俺のような小悪党が、ただ一人ここにいるとな、フフ、、馬鹿なことを考える!」
ギラッ! シンの顔に血色が戻っていた。
「仕掛けをしておいた!」
「!」
「破!!!」
南斗聖拳の氣でもなく、元斗皇拳でも北斗神拳でもない、ただの圧力の氣を下方に向けて爆ぜさせる!
「ケンシロウ!! こんな方法しかあるまいよ!!」
インペリアルタワー展望台の床が崩れ落ちた。