196.
烈火の如き激怒とドス黒い憎悪を均等にこねくり回した殺意を刃とし、一条の槍となりシンはケンシロウを追った。
赦せなかった。赦せるものではなかった。
南斗聖拳の顔であったサウザーの飛翔術を平然と我が物顔で、むしろこれが当然であって本来の自然の姿である、、、
とばかりにこの死しか存在しないような非常事態を悠然と滑空していくケンシロウに混じり気のない殺意で、シンは追撃を狙った。
あまりに強烈な殺意ゆえ、真の南斗聖拳の拳士でさえも、それを槍先にだけ集中させることができず、余った憎悪が黒い衣装となり身体を覆う。
シンはバルバや、かの北斗琉拳カイオウが纏っていた本当の魔界の深淵には到達していない。それはシン本来の性状による。
激しやすい炎のような人格でも、特にバルバのような汚物の浮腫からひり出た呪いのような悪意とはものが違う。
それが此度だけは話が違った。
怒りと憎悪に身を任せ、シンは魔界の瘴気に尾びれを引かせてケンシロウ目掛け、両手を合掌した状態で突進した。
合掌してはその攻めに拡がりはない。少なくとも遅れる。
そんなことを考えられる冷静さは、既にシンから消え失せている。いや、その思考を置き去りにする速さだった。
その異様な何かの接近に気が付かない北斗神拳ではない。視覚や氣の障りより、ほとんど嗅覚が反応したような気付きだった。
シン以外には考えられない。落下速度よりも速く降下し、それがこちらに向かっているのだ。
落下しながらも飛翔するケンシロウは、身体を反転させ上方を見やった。
黒く小さい氣の塊が恐るべき疾さで迫っていた!
僅かでも振り向くのが遅ければ、まさかの空中決着となっていたであろう。
流石のケンシロウでさえ、この落下からの安全着地が第一にして唯一の課題だった。
意表を突かれたケンシロウだか、シンの呪いの合掌突きが自身を突き破る寸前で、「ガシッ!」両手を使いシンの合掌を挟み込む!
シンの双眸が、、、黒い。黒い煙を発するような人の形をした一本槍の中に、黒よりも黒い暗黒の点を二つ、見た。
落下中では避けきることができず、またシンの合掌突きに極限まで濃縮された氣を感じ取り、両手で受け止めるより他なかった。
冷たい手だった。黒い氣を全身から発していても、その手は冷たかった。瞬時に理解する。
無駄な力が出ていない、、、、ない。
この氣の集中、、、まさに南斗聖拳だった。手の冷たさを感じたが、その指先は南斗の裂気の特異点。全てを破壊するだろう。
これほどの呪の氣を纏いながら、指先に集中しているのは「南斗聖拳」だった。
ケンシロウには当然ながら、何がシンを憎悪に駆り立てたのかはわからなかった。その謎の憎悪が魔闘気となり、この疾さをもたらしたのであろう。
それでいて、、、あの魔闘気に身を委ねても尚、魔界に呑まれずに南斗聖拳を駆使するシンが、何故か変に誇らしかった。
それを受け止めた!
だが!
もう時間がない!
195.
崩落!
「んお!?見てみい!ガルダくん!!」
ヒゲも髪も真っ黒でウザいほどにボサボサな痩せた南斗の男ギルが声を張る。
「見てるよ!」と派手さを纏った若いもう一人の南斗の男が応える。その、見てるよの言葉が終わる前にタワーのフロアが崩落する小さい音が二人の元に届いた。
暗殺拳の極みに達した超人の闘い、、、こんな様相を呈するとは思っていなかった、とまでは言わないが、、、
瞬間!ガルダは両の目に氣を集める!
その一瞬で、鷹の目の如くに遠くを見渡すを可能にする。いや神鳥の目だ。
いる! 崩れる瓦礫の中に二人の姿がほとんど点となって混じっているのが見えた。だが流石に詳しい状況までは判らない。
これはケリが着いたか?
そうでなくとも勝負における大きな転機を迎えたのは、誰が見ても間違いはなかった。
地獄の蓋を開いてふたりとも御陀仏、、、いや、冗談じゃない。地獄に堕ちても仏になるつもりはない。
どこまで堕ちようと俺は修羅だ。闘うことをやめられない。
これで全てを終わらすつもりではなかった。当たり前に知っている。そうと決まってさえいる。まだ終わりはしない。
“人間”なら神の奇跡なくして命が助かる見込みはない。そしてこんな呪われた二人に奇跡が起きるなど考えられない。期待できない。
かと言ってこの時代、善良な弱者にも奇跡が訪れることはない。
鉄くずと大小様々なコンクリート石とともに地面に叩きつけられようとしている。元から瓦礫に覆われた灰色の世界を、さらに分厚く上塗りする。
そこにシンとケンシロウの二人分の血肉も添えられるか?
これまで幾度も繰り返された様に、この腐った大地に赤黒い血化粧を施すか?
そうじゃない
シンはこの後も考えている。
奇跡はなくても、彼らには既に南斗聖拳と、そして一方では北斗神拳という奇跡がある。二人にとっては当たり前にありふれた奇跡があった。
崩落の瞬間、不意を突かれながらもケンシロウは咄嗟の判断で落ち行きながらも、その床石を蹴りタワーの外装鉄骨を目指した。
シンも同様だ。もうボロボロの身だが、脳をヒートさせて“時の流れを遅くする”。それと同時に落ちる床石を蹴って鉄骨までの道筋を、瞬時に描き出す。
あわよくば、、、、ケンシロウの上を取り、落下のバランスを崩すこともできよう。
だがケンシロウの回避コースはシンとややずれていた。流石にこんなときに奇跡と言わないまでも、そんな幸運には恵まれない。
“時は動き出す”
ガララ!という崩落の轟音に初めて気付く。しかし随分と余裕があった。石埃の中、顔に当たる小石のひとつひとつを感じるほどに。
どうだケンシロウ? こんな経験は初めてか? 俺はあるんだ。もっともすぐに気を失い、あの蝙蝠に助けられていたがな。
と、大きな床石を蹴り、鉄骨までの到達を確定させた落下という無重力の中、シンは改めてケンシロウを見やった。シンよりも7、8メートル下方のその姿は、、、
「!!!」
肉体は限界を迎えている。それを氣にてごまかしごまかし、この派手で馬鹿げた行為に及んでいる。
そんな最中に彼が捉えたケンシロウの姿。それは“飛翔”であった。もちろん、落下の中の生存コースを辿っているそのほんの一コマだが、それはまさに飛翔術であった。
ただの飛翔ではない。シンは激昂した。何故ならその飛翔に、、、サウザーの影を観たからだ。
ケンシロウとしては、北斗神拳の静かなる飛翔術、空極流舞にてこの静けさとは真反対の騒がしい混沌の中を、器用に華麗に切り抜けているだけであったが、
確かに、舞うその姿の中にサウザーを思わせる雄大さが、無意識に取り込まれていたとしても不思議ではない。
あらゆる条件下で常に最適解を出せるのが北斗神拳だ。無想転生でなくても無意識にそれを為す。
キレた、これにはキレた。
まだそんな余力があった。いや、怒りがシンを突き動かした。
床面をスゥと滑るかの様な、恐らく南斗水鳥拳レイの足捌きを見せられてはいたが、此度はどうにも赦せない。
いかに今のシンが唯一真なる南斗“聖拳”を名乗ったとて、かつてキングと呼ばれたシンという男は表向き組織の崩壊とともに滅んでいる。
南斗聖拳の帝王でありその看板であったサウザーも、群衆の目と北斗南斗の拳士たちの前に、、散った。勇ましくも悲しく散った。
現在のシン生存を知る者は、“この界隈”の者たちのみ。南斗聖拳はサウザーの死によって、北斗神拳に完全に敗北しているのだ。
シンにしても北斗神拳に勝利にしたとて、それを宣伝する気はない。あくまで南斗聖拳シンと北斗神拳ケンシロウの対決なのだ。
とは言え、シンにも未だに割り切れない部分でもある。
これがシン個人の誇りのための闘いであっても、南斗聖拳は彼の自己認識なのだ。彼を形成する全てなのだ。
同じ時代を生きたサウザーやレイたち。それだけではない。先代も、それよりも前の、遥か前の、それこそあのバルバから聞かされた南斗聖拳創世の拳士たち、、、、
擬人化された南斗の人型の影、その顔面に泥を、いやもっと黒い消せない液状の何かをぶちかけられた。
北斗神拳の威に怯えた南斗は遂に敗れ、そして汚され犯された。陵辱されたのだ!
赦せない!、、、赦すな!
外装鉄骨に達したシンはそのまま下方のケンシロウに向かい、、、サウザーの飛翔を犯したケンシロウに向かい、跳んだ!
落下速度よりもずっと速く下方に向かった。
ほんの刹那の時ではあるが、空気抵抗を極力受けないよう身体を一本の槍のようにして、南斗の裂気と憎しみの魔闘気で、文字通り空気を裂きながらケンシロウに襲いかかる!
暗黒の瘴気が尾を引く!
194.
敗れた、、、肉体の損傷を覚悟して踏み込んだ必殺の間合いに、奴はいなかった。
これは、、、ずるい。
思わずシンは笑った。
互いに限界の果てにまで及びながら、最後の最後で北斗の究極奥義を出すとは。いや、まさに無意識に発動したのだ。あの、
「無想転生が」
無想転生を破らずに最強の北斗神拳伝承者を倒すことは不可能だった。
常時発動しているわけではないだろうから、その隙間に倒せる目はあると考えてもいたが、ここぞの場面に来るのが、このケンシロウだった。
シンは自身の肉体を内視した。少なくとも戦闘継続可能な状態にまで誤魔化すにはまだ時間が要る。
最大の勝機と見た先の場面に代償として支払った損傷という代価は、この一戦にあっても、これも最大だった。
当然、ケンシロウがそのシンの状態に気が付かない理由は、残念なことにどこにもない。
シンは何とか体内で調氣し、回復を待つが、よく聞く鉛のように身体が重いという感覚を味わっていた。
回復どころか遂には右膝を着く有様だった。
ケンシロウがゆっくりと迫る。その目は悲しいが、強い決意が目ではなく氣から感じ取れた。
「シン、この一撃がこの戦い最後のものとなろう」
それでもシンは氣を調え続けた。ケンシロウが「最後」と言ったその一撃にスキはないか?
思考が定まらない。油断したら身体が眠りに落ちそうだった、、、死という名の眠りに。それでも氣を調え続けた。
違う、、、ここではない、、、
「?」
何がだ? 何がここではないのか!?
シンは無意識に浮かび上がる自身の思考の意味と理由がわからなかった。
だが、そのお陰で一瞬冴えた思考が細かく砕けたフロアや壁の欠片が散らばる自身の足元に、「印」を見つけた。
「フフ、フ、、、ケンシロウ」
身体を起こして顔を向けるのにも体力を消耗する。だから目だけでケンシロウを横目に見て、シンは話した。
「拳士として至高の、この神域の舞台での戦い、、、だが、キサマの奥義は破れず」
「、、、」
この会話で回復までの時間稼ぎをする? そうであろうと無想転生を身に付けた最強者ケンシロウに油断はない。
「或いはキサマとのこの戦いで殺気を見切り、俺も南斗聖拳の無想転生に辿り着くことはできんかと思っていた」
しかしケンシロウに、究極の暗殺拳に過剰な殺気はない。むしろ、死を優しく受け入れさせるほどだ。
その実、優しさに似て非なるものがある。考え様によってはそれこそが最恐だった。
「すまん、、、そんな奥義など撃ち破ってやるつもりだったが、甘くはないな」
「、、、」
「勘違いはするな。謝ったのは俺が無想転生を破る程の技を持たなかったことではない」
肉体の悲鳴は治まった。回復ではない。そうではなく、漸く満ちた氣が身体を熱くしていた。
「俺が謝ったのは、拳士として全て、、技だけでなく紛れのない崇高な志を以って挑むという天帰掌の誓いを汚すから、、だ」
「なに、、?」と返すケンシロウには、やはり一毛のスキもない。
「俺は、キサマがここに着くより先にここにいた」
ガクッ、、体勢が崩れ、シンは両手を着いた。しかし氣は全身を急速に流れている。その氣は圧力さえ発生させ、その逃げ場を探しているかのようだった。
「俺のような小悪党が、ただ一人ここにいるとな、フフ、、馬鹿なことを考える!」
ギラッ! シンの顔に血色が戻っていた。
「仕掛けをしておいた!」
「!」
「破!!!」
南斗聖拳の氣でもなく、元斗皇拳でも北斗神拳でもない、ただの圧力の氣を下方に向けて爆ぜさせる!
「ケンシロウ!! こんな方法しかあるまいよ!!」
インペリアルタワー展望台の床が崩れ落ちた。
193.
ここが真の勝負所、、とまでは思えない。
だが、この死闘の幕切れは不意に訪れるのかも知れない。
死闘の濃度の高さに、その幕切れの壮絶さが比例するわけではないのだから。
ましてこの舞台にいる二人は至高も至高、最高の拳士なのだ。一瞬の場の綻びが勝敗に直結する。
南斗聖拳はかつて拳を交わしたことのない「未知」と戦っているのだ。
シンは、サウザーの羽根と化すあの奥義と、そして元斗皇拳から着想を得た独自の秘技で、二度目の跳躍を見せた。
その二度目も彼らにとっては低い跳躍。一度目は約2mの高さの跳躍飛翔だったのを、「動」に転じた今回はやや高い。
この秘技、シンとサウザーそれぞれの性質は違えど、生み出す結果は似ている。
サウザーの秘奥義は相手の攻撃を回避し、ほぼ同時にすれ違いながら反撃を加える。そうなることをケンシロウは知っている。
いかに「視る」ケンシロウとは言え、この猛撃を受け続けるのにはリスクがあった。一方でケンシロウには元斗皇拳との連戦経験がある。
シンが編み出したこの秘技も、サウザー戦と元斗戦の経験から既にその性質を見切っている筈である。少なくとも予想は立てていよう。
よってケンシロウの「動」を確実に引き出すため、シン自らが「動」に転じたのだ。誘いであっても本気の殺気。
これでキマるならキメていい。
シンの腕が夥しく増殖し、その一本一本がまるで怨嗟に近いような飢えを以って極上の獲物に食い付き、喰らい尽くそうとする。
一方でその胴体には氣の羽根を重ねた防膜がある。同極の磁石が反発するようにケンシロウの拳を逸らす。
いや、そうではない。その反発を感じて動くのはケンシロウの拳ではなく、シンの身体。
防膜の反発を感じるその無意識の最短反応で、動けない空中であっても身体を捻り、或いは自身の拳にて回避する。
、、、そんなことはケンシロウも知っている、とシンは読む。だから、、、
奴は「撃つ」のだ!と。
ススッ、、、
「!」
予想外!
その想定がないわけではなかったが、ケンシロウは「あの奥義」で撃ち抜くでもなく、素早いながらも静かな足捌きで飢えたヒドラの千の首をやり過ごした。
止まった時の中で自分だけが次元の異なる存在だと言わんばかりのその麗舞の域に達したケンシロウの動き。
シンはそこに南斗水鳥拳の要素が、、いや!奥義があるのでは?と軽く沸き立った。
だが、千の首その拳には雑味がない。着地点となるフロアを斬るや砕くはゼロ。それでも確実に空間は斬られている。「流血」の間もないほどに。
その着地の瞬間を、、ケンシロウは狙っていた。奥義を躱され脱力するその一種をケンシロウは見逃さない。
ターンするようにヒドラの牙を逃れたケンシロウは、西部劇のガンマンが背後を撃つかの如くに左脇の下から右手の「銃」を撃ち放った!
まさに弾丸のような氣の秘孔点穴。北斗神拳のこれも究極の奥義である、あの「天破活殺」!
しかし!!
読み勝ったのはシンだった。本気の殺気を纏っていても、着地に一瞬の隙間があったとて、シンの読みはケンシロウの勝利に繋がる絶対の反撃を超えた!
何よりも、、、サウザーの墜ち際を遠方からとは言え確かに見ているのだ。
ドッ!
シンの右掌が「弾丸」を受け止める!
その衝撃の強さに驚きはあった。貫通させない分、全てが瞬間の衝撃に変換され、粉々になり弾け飛び、、消える。
南斗聖拳の裂の氣を右掌に集中させ、点と線の裂気を面にした。受け止めながら破壊した。それで尚強い衝撃だが、想定範囲の内。範囲内ギリギリの上限!
強大な闘気をこれほど圧縮し、且つ弾丸の如くに撃ち出す。いかにケンシロウと言えど、直後にスキがないわけがない。ないわけがない!
ケンシロウがシンの秘奥義の終わりを狙ったように、シンにとっても最大の勝機がここにある!
サウザーの敗北が、、、幾度にも亘る南斗聖拳の敗北が、此度はそれを見て尚ここに生きているシンに、確かな利となった。
右掌に集めた南斗の氣は天破活殺と相殺している。ここで詰めねばならないが、新たに氣を練るその暇はない。体内に残る氣と、そして肉と骨の力を使い、、
ダン!! シンは出た! 踏み込まれたフロアが砕ける。暗殺拳同士の戦いには不似合いな雑な力だ。
限界をまたも超えた。だが構わない。ここで体勢が整う間を待っては機を失する。
「ぬん!」
身体のあちこちが損傷した。踵の骨にヒビが入り、脚の筋繊維は断裂した。内臓にも強い負担がかかる。
全身が、もうやめてくれと懇願し泣き叫ぶように震えた。
命が、この激闘で縮んだ寿命が更に削られた。
一瞬、ほんの一瞬目が霞む。生命を守るべく身体が気絶によって休息を得ようとした。
だが!ここしかない!!
肉体が、脳が無理だと叫ぶ中、シンは強い意思を以って本能を突き破る!
「フッ」と刹那の呼吸から南斗の裂気を新たに精製する。僅かだがそれでいい。小を集め、研ぎ澄まして刃にするのが南斗聖拳だ。
裂気を、シンは弾丸を受けたと同じ右手に集めた。
ケンシロウは背を向けたままだが、北斗神拳には正面も背後もない。死角はないのだ。
必殺の間合いに入る直前から、全てを載せた一撃のモーションに入る。
左足が間合いを割って着地する。
ケンシロウに指摘された、攻めの際に僅かに前へ出る頭部のことも、氣の乱れによって乱雑に破壊する空気のことも気にしなかった。
神域に達した結露するほどに冷たく澄んだ南斗の突きでもない。
何よりも今、この時だけに賭ける一撃、、、
ザクン!!
不格好な南斗聖拳は空間を粉々に破壊し、その欠片が崩れ落ちる。
「な!!?」
しかし、ケンシロウの姿はない。
その直前に気配は完全に失せ、その実体は気付けばシンの数歩先に、いつもの様に構えた姿で、そして悲しみに満ちた目でこちらを見ていた。
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夕陽の柔らかな光が降り注ぐ中で、ガルダは軽やかな口調で問いかける。「ところで、天帝さんも来てるんだってね」と彼は微笑みを浮かべる。ギルは少し眉根を寄せ、穏やかな口調で答える。「天帝まで? 来ても不思議ではないけれど」。
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「あと、ナンフーさんなんだけど、さっき別の場所でモウコさんを見ていたよ」。彼の言葉に、ギルは疑問を持って問い返す。「モウコって、シュメの頭の人?」。
シュメの下部組織の棟梁に過ぎないというわけではなく、モウコは南斗将星の中でも特殊で、選りすぐりの忍者たちのトップだ。ギルは元から彼とは関わりがないのだ。
「リュウキさんはこないだお亡くなりになったんだけど、他にもまだナンフーさんをやる人がいるんだな」。ギルは無関心な口調で応える。「まあ、知らないけどね」。彼はモジャモジャの黒い長髪頭を掻きながら言う。
虚塵排體……
その奥義がサウザーのものを超えるかどうか、それは問題ではなかった。
たとえ同等であっても、ケンシロウには見切られている拳法だ。
だが、この南斗聖拳極技には狙いがある。誘いなのだ。ケンシロウの一手を誘い出すため、極技と呼ぶほどの仕掛けが必要だった。
もはや最強の北斗神拳伝承者であるケンシロウを相手にするのだから、計算され尽くした戦略が必要だろう。
サウザーの天翔十字鳳とは異なるが似て非なる大技で、ケンシロウの「視る」癖を先ず誘い出す。その間には無想転生はないはず、そう読んでいる。
シンは間合いに入る直前で低く跳躍した。彼にとっては低い跳躍だが、彼らの世界では2メートルは床面から彼の身体が離れていた。
空からの攻撃、宙での位置を変えることはできないが、身体の捻りと千の手でケンシロウの迎撃を回避する。
それは、意識を無意識に委ねるということだ。
そして、彼は声を放つ。「あたぁ!」
ケンシロウが右の剛拳を放ったが、無駄な氣を撒き散らさない強烈な一撃だった。これは明らかな有意。無想の拳ではない。
ケンシロウもまた、シンを倒せるその一撃を放ったが、その中には慎重さと様子見が混ざり合っていた。
南斗聖拳極技と言われるそれに警戒しつつ、同時に興味を持っていた。
拳が着弾するその時!
シンの身体を覆う氣の羽根がケンシロウの一撃を柔らかく払い流した。
「!(これは!?)」
サウザーのものとは違う!?
サウザーは自身を羽根と化し、ケンシロウの拳を回避した。それは極限の技量・見切り能力だった。
シンのこれは言ってみればバリアとでも言おうか、膜と表現すべきか、氣が着弾を防いでいる。ケンシロウの脳裏をファルコが過ぎる。
プシュッ
ケンシロウの鋼鉄よりも硬い左肩が浅く裂け、血が神域に飛び散った。
スッ……シンは着地直後に再び舞う。「低く」跳ぶ。氣の羽根を纏い、飛ぶ。
シンが読み勝った。先のケンシロウの一撃はわかりやすい。回避は比較的容易だ。だが、それが狙いではない。先ずは「観る」という読みが当たったのだ。
ケンシロウを見切ったが、返した一撃は期待よりもずっと浅かった。これを避けたのはケンシロウの無想だった。
「無想、無意識……人は無意識の奴隷として描かれる。行動の95%さえもが無意識に遵従するという説さえある。その真実を垣間見るかのように、一場面が幕を開ける。
離れたテーブルの上に置かれたコップに水が注がれている。水を飲もうとするとき、その一瞬の行動に隠された多くの無意識の踊りが始まる。椅子から立ち上がる間、足の位置や歩みのステップ、コップに手を伸ばす瞬間。細かな動作が無意識に誘導され、ただ一つの目的「水を飲む」を果たすために舞い踊る。
脳は見えない裏方として機能し、行動前の「起こり」があって、一瞬遅れてそれを欲求や目的として後付けしているという真実を彼らは知る。神域に登り詰めた二人、ケンシロウとシンは、氣の起こりよりも早い脳の起こりを感じ取る。正確な予測はできないが、未知の「機」の存在を感じる。
そして彼らは実戦の経験から得た知恵で備える。それは境界に備えることと同義であり、ラオウが別の言葉で言い表した哲学でもある。
静かな瞬間がフワッと満ちる。続く第二合。シンは予測を立てる。第三合まではないが、その効果はサウザーの奥義にも匹敵する。打ち破る策を模索する。
シンの本気の殺気が漂い、攻め気が溢れる。しかし、どう撃つかは状況に適応する無意味な感じも持ち合わせている。
ブワワワア!!
シンの手が無数に「分裂」する。彼の無意識が幾度も使用した孤鷲拳奥義千首龍撃が繰り広げられる。龍撃が舞い踊る。
第一合とは異なり、第二合では先を取る。これはサウザーの十字鳳での第三合に似ている。サウザーが「動」に転じた飛翔だ。ケンシロウも「動」に転じ、究極の秘技を繰り出す。
それに似せている。
この舞台はシンの誘いと罠が渦巻く。過去の南斗聖拳の敗北を雪ぐための演出だ。帝王サウザーを看板とし、天空を舞う鳳を撃ち落とした北斗の秘奥義。南斗聖拳の勝利には先にこれを破る必要がある。
192.
「ところで、、天帝さんも来てるね」とガルダは言う。
「天帝まで? 来てもおかしくはないが」と少し眉根を寄せてギルが返す。
ガルダは完全に毒が抜けた様子だが、一方で流石に天帝ともなれば少しばかりは畏まるくらいの心情がギルにはある。
もっとも、かつては天帝に叛旗を翻していた、、とそこまでの意図があったわけではないにしても、天帝の支配を受け入れず好き勝手やっていたのは事実。
ジャコウが滅んだ今、天帝ルイはギルを朝敵扱いどころか気にもしていない。それどころかほとんど知ってさえいないのだが。
「あの天帝さんは陽の光が苦手らしい。ずっと暗い地下に閉じ込められてた影響で眼もやられてたらしいが」
「眼の方はケンシロウさんが秘孔を突いてで良くはなってるって聞いたが、、」とギルは実はその辺りに興味はない。
「だからそのお姿は見せず、豪華な山車みたいなのがあって、その奥にいるっぽい」
「ほぉん」とギルはやはり関心はないようだ。
「あと、、ナンフーさんなんだが、さっき別の場所でモウコさんを見ている」
「モウコってシュメの頭の?」
下部組織に過ぎないシュメの棟梁だから、、というのではなく、モウコは南斗将星付きのシュメの中でも特殊にして選りすぐりの忍たちのトップだ。
元より関わりがないのである。
「リュウキさんはこないだおっちんでしまったから、、他にもまだナンフーさんをやる人いるんだな」
「まあ、知らんけど」
「ああ、知らんけどね。しかしあのナンフーさんとやら、、あれは只者じゃないな。押し隠してるけど、只者しゃない感が漏れ出てる」
「まあ、、、知らんけど」
モジャモジャでボサボサの黒い長髪頭を掻きながらギルは言う。
「ところで、なんで前は仮面付けてたの? ガルダ君」
虚塵排體、、、
これがかのサウザーの奥義に勝るか否か、、、、そこは問題ではなかった。
仮に同等であってもケンシロウには見切られている技だ。
だが、この南斗聖拳極技には狙いがある。誘い、なのだ。ケンシロウの一手を誘うため、極技と呼ぶほどの仕掛けが必要だった。
今更ながらケンシロウとはそれほどの拳士、最強の北斗神拳伝承者であった。
サウザーの天翔十字鳳と似て非なる大技でケンシロウの癖とも言える「視る」を先ず誘う。その間なら無想転生はないはず、、そう読んでいる。
間合いに入る直前でシンは低く跳んだ。低いというのはもちろん、彼らでの話。2mは床面からシンの身体は離れた。
空からの攻め、、宙での位置そのものは変えられないが、身体の捻りと千の手でケンシロウの迎撃を回避する。
という、意識を無意識に委ねる。
そして!
「あたぁ!」
ケンシロウが右の剛拳しかし無駄な氣を撒き散らさない強烈な一撃を見舞う。これは明らかな有意。無想の拳ではない。
ケンシロウもケンシロウでシンを倒せるその一撃を放ってはいるが、これには慎重さと様子見も混ぜ合わせている。
南斗聖拳極技とまで言ったそれに警戒しつつ、同時に興味はあった。
ボッ! 拳が着弾するその時!
シンの身体を覆う氣の羽根がケンシロウの一撃を柔らかく払い流した。
「!(これは!?)」
サウザーのあれとは違う!?
サウザーは自身を羽根と化しケンシロウの拳を回避した。それは詰まるところ極限の技量・見切り能力であった。
シンのこれは言ってみればバリアと言おうか、膜と表現すべきか、氣が着弾を防いでいる。ケンシロウの脳裏をファルコが過ぎる。
プシュッ
ケンシロウの鋼鉄より硬い左肩が浅く裂け、血が神域に飛び散った。
スッ、、、シンは着地直後に再び舞う。「低く」跳ぶ。氣の羽根を纏い飛ぶ。
先ずはシンが読み勝った。先のケンシロウの一撃はわかりやすい。回避は比較的容易。そこではない。先ずは「観る」という読みが当たったのだ。
ケンシロウを見切ったが、流石に返した一撃は期待よりずっと浅い。これを避けたのはケンシロウの無想だった。
無想、無意識、、、人は無意識の奴隷だという。
人間はその行動の95%までもが無意識だとする説さえある。たしかにそれは当たっていると思える。
離れたテーブルの上に置かれたコップに入った水を飲もうとしよう。
どうやって椅子から立ち、どちらの脚をどの程度出し、どこまで歩いて止まり、どのタイミングで手をコップに伸ばすか、、、
細かく考えるなら他にも細かい様々な動作が、ただ一つの目的「水を飲む」によって無意識に為される。
他に例を挙げればキリはない。それほど脳は自動化されている。
それどころか、「水を飲む」という初めの動機さえ、実は後付けなのだという。
脳による行動前の「起こり」があり、一瞬遅れてそれを欲求や目的として後付けするというのだ。
「彼ら」神域に登り詰めた二人は、氣の起こりよりも早い脳の起こりを感じ取る。正確に何が来るかを知れないまでも、その「機」は知れる。
同時に実戦、いや死戦で培った経験による予測で、、備える。「境界」に備える。これをあのラオウは別の言葉で言い表している。
フワッ
続く第二合。ここまでだとシンは予測を立てる。
第三合まではない。非なるとは言え、効果はサウザーの奥義。ならば打ち破る策も同じ。
本気の殺気を以ってシンは舞う。攻め気はわかりやすいほどに溢れているが、どう撃つかは状況に適応する無意義に任せている。
ブワワワア!!
シンの手が無数に「分裂」する。シンの無意識はこの闘いで幾度も使用した孤鷲拳奥義千首龍撃だった。上からの龍撃だった。
まず受けから始まった第一合とは違い、先を取るこの第二合。これはサウザー十字鳳での第三合に似ている。
サウザーが「動」に転じた飛翔だ。これに合わせケンシロウも「動」に転じ、これもまた究極奥義とされる秘技を繰り出している。
それに似せている
これがシンの誘いと罠。過去の南斗聖拳の敗北を雪ぐための、この舞台での演出だった。
帝王サウザーを看板とした南斗聖拳という天空を舞う鳳(おおとり)を撃ち落とした北斗の秘奥義。先にこれを破ってこそ南斗聖拳の勝利には意味がある。
191.
覚悟はできた。
ガルゴに敗けた時は死の恐怖によって、取り乱した。恐慌していた。
それと違い今ここ、自分の背骨と重なるように、本当の覚悟は彼の中に据えられている。
それは彼が到達すべき拳の神域に達したからである。思い残すことはない。若しくは、、北斗神拳伝承者がその標的に死を覚悟させるからか、、、
上出来だろう、ケンシロウ?
この俺が人を理解し、無想転生を会得したキサマに少しばかりは食い下がった。
それと、勘違いはするな。敗北は覚悟したが、敗けるつもりでは戦わない。諦めたなら、そこで拳を下げる。
シンはリ・シャンロンの構えを取った。ケンシロウも左右逆に同じ構えで面する。正に北斗と南斗。同じ構えでも相容れない。
そしてシンは自分の中の最後の抽斗(ヒキダシ)を引いた。
今現在の真の南斗聖拳を別とすれば、南斗最強の鳳凰拳を最強たらしめる秘奥義。
きっと全く同じには再現していない。会得していない。いや、既にケンシロウに破られている。だが、意表を突く一手にはなろう。
俺は自分の為にしか戦えない
限界点は過ぎている。ここから更に力を出すには、更に生命に踏み込まなければならない。
影力!
「む! シン!」
戦闘ではなく生命活動に回される氣を持って来る。更に地獄の蓋を開け憎悪の力を解放する。解放しつつギリギリのところで制御する。
それは闇を踏み付ける彼の銀色の闘気。銀と暗黒の氣が靄の様にシンから湧き出る。
シンを中心に数メートルを満たした時!
「おおお!」
「まだ、これほどの力が!」
今度は拡がった銀と暗黒の闘気が渦を巻きながら、その渦の目にいるシンに戻る。どんな氣であれ、集中し研ぎ澄ますのが南斗聖拳。
満ちた!
サウザーの羽根と化す秘奥義、、シンなりの解釈に加えて、かつてガルゴに見せたこの奥義を更に練った新解釈の極技。
闇を呑み込み銀に統一された闘気を内に秘め、シンは身体の表層を「羽根」で覆った。
無意識無想ではなく、意識と無意識の狭間にあって、そこに溶け入る極致の技量。至高の一点。
もう今この時しか使えないと確信する秘中の秘。ケンシロウ相手だからこそ、ここまで追い込まれたからこそ、「覚悟」を有したからこその秘奥義。
フワッ
天翔十字鳳と異なり跳んではいない。
無想転生と違い実体はある。
だが、技量と覚悟と、そして身体に張り付いた無数の銀の羽根が、ケンシロウの死の秘拳を一瞬一手先に感知する。
そこに、、ケンシロウの氣起こりあれば!
羽根のような軽さでシンは出た。それなりに速いが、神速の手前。異様なのは床面に及ぼす影響がほぼない。
シンが駆けているのに、床面の塵がほとんど浮き立たない。
ケンシロウ、、無意識がキサマの拳を感じ取り、意識でそれを避け、そして討つ!
これが、ここが南斗聖拳まことの窮み!
南斗聖拳は人の拳の極限! 人の拳、神に届くか!?
ザッ
「ん? お、寝ちまったか」
その足音に気が付き、居眠りから覚めたのは、今や「一人」で南斗双鷹拳を再編纂途中のギルだった。
かつてのショーレスラーのような身体はしていない。南斗聖拳らしく痩せて精悍だ。
一見すれば痩せた分だけ神経質にも見える時があるが、性根の図太さは変わらない。
北斗南斗の頂上決戦の最中でも、壁に隔てられた舞台の上の出来事はわからない。
決着次第では、いや、どんな結果になろうと今後の南斗諸派に及ぼす影響は甚大だろう。だが、この男には居眠りをこく無神経さがある。
「ダメじゃん、ギルさん。スキだらけだよ」
「おう!」
振り返るギルの先には銀髪の若い男がいる。
「ガルダ君! はん、いいんだって。殺気がある相手なら気付くから、多分」
と、ギルは笑う。
「まあ、やっぱりここから、、だよね」
北斗南斗の、あのケンシロウとあのシンの対決、、一度はケンシロウに立会人を申し出、受諾はされたが、二人の晴れ舞台の場所が知れなかった。
二人は待ち合わせもないまま、不思議と舞台に辿り着き、そして「幕は上がった」。そこに呼ばれなかった。導かれなかった。
「あん?何がよ?」
「うん、いやねぇ、、やっぱり二人っきりにさせないと、ダメだよねぇ」
銀髪に、今日は漆黒のマント。羽根飾りの付いた肩当て。
しかし、これまでと違いガルダは飄々としている。常に思い詰め鬱屈とし殺気立っていたあの頃ではない。
「なんか変わったか?ガルダ君。フハ!あの仮面もしてないしな」
「あぁ、あれね」
「傷や火傷跡があるってのは、ただの噂か。それとも、自分で流した嘘か?」
「、、、」
「だよな。でもわかる。俺も前はバカみてえな格好してたからよ。昔でいう何だっけ?中学生が陥りがちな、あの」
「そんな病じゃないよ」
少しの気恥ずかしさを誤魔化すようにガルダは顔を上げた。やはりの蒼天。
「遥か彼方の蒼天が、今日だけはあそこにも降りて来てる」
と、遠くの折れ曲がったタワーに目を移す。
「いやいや、誤魔化してもダメだから(笑)」