「ところで、、天帝さんも来てるね」とガルダは言う。
「天帝まで? 来てもおかしくはないが」と少し眉根を寄せてギルが返す。
ガルダは完全に毒が抜けた様子だが、一方で流石に天帝ともなれば少しばかりは畏まるくらいの心情がギルにはある。
もっとも、かつては天帝に叛旗を翻していた、、とそこまでの意図があったわけではないにしても、天帝の支配を受け入れず好き勝手やっていたのは事実。
ジャコウが滅んだ今、天帝ルイはギルを朝敵扱いどころか気にもしていない。それどころかほとんど知ってさえいないのだが。
「あの天帝さんは陽の光が苦手らしい。ずっと暗い地下に閉じ込められてた影響で眼もやられてたらしいが」
「眼の方はケンシロウさんが秘孔を突いてで良くはなってるって聞いたが、、」とギルは実はその辺りに興味はない。
「だからそのお姿は見せず、豪華な山車みたいなのがあって、その奥にいるっぽい」
「ほぉん」とギルはやはり関心はないようだ。
「あと、、ナンフーさんなんだが、さっき別の場所でモウコさんを見ている」
「モウコってシュメの頭の?」
下部組織に過ぎないシュメの棟梁だから、、というのではなく、モウコは南斗将星付きのシュメの中でも特殊にして選りすぐりの忍たちのトップだ。
元より関わりがないのである。
「リュウキさんはこないだおっちんでしまったから、、他にもまだナンフーさんをやる人いるんだな」
「まあ、知らんけど」
「ああ、知らんけどね。しかしあのナンフーさんとやら、、あれは只者じゃないな。押し隠してるけど、只者しゃない感が漏れ出てる」
「まあ、、、知らんけど」
モジャモジャでボサボサの黒い長髪頭を掻きながらギルは言う。
「ところで、なんで前は仮面付けてたの? ガルダ君」
虚塵排體、、、
これがかのサウザーの奥義に勝るか否か、、、、そこは問題ではなかった。
仮に同等であってもケンシロウには見切られている技だ。
だが、この南斗聖拳極技には狙いがある。誘い、なのだ。ケンシロウの一手を誘うため、極技と呼ぶほどの仕掛けが必要だった。
今更ながらケンシロウとはそれほどの拳士、最強の北斗神拳伝承者であった。
サウザーの天翔十字鳳と似て非なる大技でケンシロウの癖とも言える「視る」を先ず誘う。その間なら無想転生はないはず、、そう読んでいる。
間合いに入る直前でシンは低く跳んだ。低いというのはもちろん、彼らでの話。2mは床面からシンの身体は離れた。
空からの攻め、、宙での位置そのものは変えられないが、身体の捻りと千の手でケンシロウの迎撃を回避する。
という、意識を無意識に委ねる。
そして!
「あたぁ!」
ケンシロウが右の剛拳しかし無駄な氣を撒き散らさない強烈な一撃を見舞う。これは明らかな有意。無想の拳ではない。
ケンシロウもケンシロウでシンを倒せるその一撃を放ってはいるが、これには慎重さと様子見も混ぜ合わせている。
南斗聖拳極技とまで言ったそれに警戒しつつ、同時に興味はあった。
ボッ! 拳が着弾するその時!
シンの身体を覆う氣の羽根がケンシロウの一撃を柔らかく払い流した。
「!(これは!?)」
サウザーのあれとは違う!?
サウザーは自身を羽根と化しケンシロウの拳を回避した。それは詰まるところ極限の技量・見切り能力であった。
シンのこれは言ってみればバリアと言おうか、膜と表現すべきか、氣が着弾を防いでいる。ケンシロウの脳裏をファルコが過ぎる。
プシュッ
ケンシロウの鋼鉄より硬い左肩が浅く裂け、血が神域に飛び散った。
スッ、、、シンは着地直後に再び舞う。「低く」跳ぶ。氣の羽根を纏い飛ぶ。
先ずはシンが読み勝った。先のケンシロウの一撃はわかりやすい。回避は比較的容易。そこではない。先ずは「観る」という読みが当たったのだ。
ケンシロウを見切ったが、流石に返した一撃は期待よりずっと浅い。これを避けたのはケンシロウの無想だった。
無想、無意識、、、人は無意識の奴隷だという。
人間はその行動の95%までもが無意識だとする説さえある。たしかにそれは当たっていると思える。
離れたテーブルの上に置かれたコップに入った水を飲もうとしよう。
どうやって椅子から立ち、どちらの脚をどの程度出し、どこまで歩いて止まり、どのタイミングで手をコップに伸ばすか、、、
細かく考えるなら他にも細かい様々な動作が、ただ一つの目的「水を飲む」によって無意識に為される。
他に例を挙げればキリはない。それほど脳は自動化されている。
それどころか、「水を飲む」という初めの動機さえ、実は後付けなのだという。
脳による行動前の「起こり」があり、一瞬遅れてそれを欲求や目的として後付けするというのだ。
「彼ら」神域に登り詰めた二人は、氣の起こりよりも早い脳の起こりを感じ取る。正確に何が来るかを知れないまでも、その「機」は知れる。
同時に実戦、いや死戦で培った経験による予測で、、備える。「境界」に備える。これをあのラオウは別の言葉で言い表している。
フワッ
続く第二合。ここまでだとシンは予測を立てる。
第三合まではない。非なるとは言え、効果はサウザーの奥義。ならば打ち破る策も同じ。
本気の殺気を以ってシンは舞う。攻め気はわかりやすいほどに溢れているが、どう撃つかは状況に適応する無意義に任せている。
ブワワワア!!
シンの手が無数に「分裂」する。シンの無意識はこの闘いで幾度も使用した孤鷲拳奥義千首龍撃だった。上からの龍撃だった。
まず受けから始まった第一合とは違い、先を取るこの第二合。これはサウザー十字鳳での第三合に似ている。
サウザーが「動」に転じた飛翔だ。これに合わせケンシロウも「動」に転じ、これもまた究極奥義とされる秘技を繰り出している。
それに似せている
これがシンの誘いと罠。過去の南斗聖拳の敗北を雪ぐための、この舞台での演出だった。
帝王サウザーを看板とした南斗聖拳という天空を舞う鳳(おおとり)を撃ち落とした北斗の秘奥義。先にこれを破ってこそ南斗聖拳の勝利には意味がある。