バン!!!
「!?」
一瞬だが、シンは自分が宙に浮かんでいるような、或いはそれとも異次元に立っている?そんな感覚を得た。
ただ光だけが満ちており、自分の影さえ映らない。一つの例外を除き、全ての存在が消えており、
自分が立っているのか、宙に浮いているのか、それさえもがわからない。そんな光に包まれた空間を、ただ、観ていた。
一つの例外、、ケンシロウが前にいる。それだけが、この光の中の唯一の真理の如く、絶対的な存在感を以って重く色濃く映えている。
その致命的ともなる一瞬の虚無。ケンシロウが見逃すとは思えない隙間にも拘らず、その神撃はなかった。来なかった。
何故か? 何故ならケンシロウも同じ幻覚にあったからであった。
だが、この不可思議な状況においてもシンと違い、僅かな困惑の後には、何か得心しているような、そんな気配があった。
ォォォォォッ!
その一瞬から我に帰ったシンは言う。所詮は幻覚。集中すべきは現実なのだ。
「ケンシロウ、折角今一番良いところに来ている。見せろよ」
「、、、」
「まさか、この期に及んで出し惜しみか? 神域を汚すな、、穢すな!」
強い感情が伴う。積年の仇敵を前にするかのように睨んでシンは言った。
ケンシロウは重厚な声で返答する。北斗神拳の重みが上乗せされているかのように。
「、、、無論だ。見せよう。そしてこれを見る時、シンよ、、強き古き友よ、それが別れとなろう」
何という、、、悲しい目なのか、、、睨むようなシンの目線に対したのは、ケンシロウの悲しげな目だった。
、、、背筋に冷たい汗が伝った。それが「お前の最期だ」なんて言葉ではなく、「別れ」と表したのがいい。
もうこんな思いはできまい。ケンシロウを相手にしたからこそ、この神域に立ち、今まだ留まっていられる。シンは自らの呼吸に集中した。
口をやや窄め、ゆっくりと吐く。吐き続ける。
元斗の聖にして穢れた戦士ガルゴの見せた元斗皇拳秘奥義「無心」と、それに似通った性質がある北斗の奥義「七星点心」。
しかし、予想は予想。確実なのは、その二つを超えて来る秘技だということだ。
どのような体験をさせてくれるのか、、拳士としての好奇心と恐怖ギリギリ手前の緊張がある。
と、ケンシロウが構えを解いた。そして一つ、力を緩めるように息を吐く。
「北斗神拳究極奥義」
神域にいるシンがざわつく。氷の棘が全身を包み込むようだ。チクチク刺さり、しかも冷たい。
「無想転生」
「まだ、決着はなし、、か」
シュメの手練れ、クラマは呆けた顔で声の主を見ていた。まだ若いがその忍び働きはシュメの幹部たちに劣らない。
そのクラマが驚きながら言う。
「! モウコ、いや、、」
まさか自分の野営地にシュメの棟梁モウコが現れるとは思いもしなかった。そういう意味では油断もあったが、その気配を全く感じなかった。
「ナンフウ様!」
服装だ。今日のモウコは忍衣装ではない。実用的なだけでない、装飾が施された煌びやかな武衣を纏っている。つまり、「ナンフウ」だ。
しかし、顔を包帯で隠していない。それが不思議であった。
戦友にして副棟梁だったリュウキがこの世を去って以来、モウコの眉間の皺は更に深くなった。そう伝え聞く。
直接会うのは、もうかなり前のこと。五年は経っていよう。しかし忍でありながら武芸者でもあるモウコのその武威は衰えていない。
クラマ自身の成長もあることを考慮するなら、モウコの武威は年齢を裏切って尚上昇しているようだ。
「モウコだ」
不機嫌なわけではないが、不機嫌そうにモウコは言った。
「決着は、まだ、、のようです」
憶測を伝えるのは常に現実を要求される忍にとっては不適格であり、ときに生き死にをも左右する。
しかし、遠く聳えるインペリアルタワーの中のことまではわからない。わからないという現時点での最適な返答のつもりだった。
モウコに、それを咎める気はない。何の間違いもない。しかし、咎めるような顔でクラマに返す。
「うむ。もういいそうだ」
何がだ?とクラマは頭を働かせる。この棟梁の言葉は行間が広すぎる。
「影を用いるのは、もうやめるということらしい」
「、、、は、、」
「フッ」と笑ったモウコに驚いた。
「この格好を見ろ。その気だったのが急に気が変わったかのようだ。恐らく、北斗南斗のこの一戦に、あの方も思う所あるのだろう」
「は。ナンフウ様が、、」
モウコにしては言葉が長い。それよりも今し方笑ったことが信じられない。
「いや、こちらも整いつつある」
天帝周りの状況が、ということであろう。
「既に天帝を脅かす大敵はいない。その心算あってか、それともただの結果論か、、北斗と南斗が敵を一掃している」
と、和むような微笑を見せる。クラマは悟った。モウコは身を引く気だと。忍は生きてはやめられないが隠居するのだろう、と。
「この私も、決着は気になる。天帝のお側に控える大役。これを今日はナンフウ様自らやるとのことだ。行け、そう仰ってくれた」
「そうでしたか」
あのまだまだ歳若いナンフウ本人が? しかし、それだと色々と齟齬が生じそうだが、、?
そんなクラマの隠した戸惑いを見抜き、モウコは開き直ったように話す。
「だが、長くはなるまいよ。実は決まっているのではないか?既に」
真っ白な頭髪のモウコが振り返り、折れたタワーに目をやる。