「人の思い、、、」
ケンシロウがシンの言葉を繰り返す。
「思い、、」
ケンシロウの闘気は甦っていた。
「その思いは、、この俺にもある。俺を幾度も死の淵から救い出しだものだ」ギン!
「、、、その中には南斗の男たちもいるんだろう?」
「俺は約束した。レイやシュウたちだけでなく、俺を救った多くの男たちに。この乱世に光を取り戻すと!」
その為にもこの闘いで果てるわけには行かない。この闘いに持てる能力全てを注ぎ込んでも、先を見据えねばならない。それが北斗神拳伝承者だった。
シンは思う。北斗神拳は重い。南斗聖拳も決して軽いものではないが、北斗神拳を追う者だ。ただ独り最強という孤独の荒野を行く者、、、
その歩みは独りでも、無数に背負う思いがある。それはケンシロウ本人が新たに背負った重荷ではない。
北斗神拳がその背に負う、二千年にも及ぶ人々の思い。その思いは重さとなり北斗の拳に力を与える。
北斗神拳伝承者ケンシロウは、北斗神拳という神技だけでなく、その思いも継承しているのだ。
、、、徐々に間合いは詰まる。必然に詰まって行く。
ケンシロウは改めて構え直し、瞬間! 氣が爆ぜた。ケンシロウの上半身に付着していた血が吹き飛び、その傷口は完全に塞がっていた。
次いでその鋼鉄のような肉体に刻まれた大小無数の傷が光を発した、、ように見えた。氣眼でのみ確認できる、ケンシロウの古傷だった。
「この身体に傷が刻まれる度、俺は強くなった。シン! キサマが刻んだこの新しい傷も!新たな俺の血肉となる。そして!この心に刻もう」
そして構えを崩さず、間合いを寄せ始めた。シンも応じて構えを作り直す。やはり、その構えは最も好む双鷲の構え。しかし、ほんの数センチ高い。
胴体の秘孔はまだ無効化できる。かつて、特異体質にあるサウザーの秘孔の位置を知るのに「一手」が必要だったように。
それとも既に、ケンシロウはこちらの秘孔を見抜いたか?
しかしだ、やはりここで最も危険なのは頭部。いや確かに、北斗神拳ならば腕や脚からでも命を奪う点穴術はあるだろう。
だが、既にお互い「舞台の最高潮」にある。シンはそう確信し、ジリジリと間合いを詰める。確実な一点、とケンシロウを読む。
ある意味、とっくに間合いに入ってはいるが、この距離から放つ伝衝裂波が有効とは考えられない。
そして、シンはケンシロウの「飛び道具」を知っている。単なる剛の闘気弾など、この距離で回避できないようなノロマではない。
そう、問題は北斗神拳秘中の秘である、弾丸の如き闘気で秘孔を撃つ、落鳳の奥義だ。
サウザー個人は気に入らないが、南斗聖拳の帝王、南斗の顔とも言えるサウザーを敗北に追いやったあの秘技を打破したいという気持ちもある。
これは「南斗聖拳伝承者」としての意地だった。
二人の距離、約2m、、、、
暗殺拳としての戦い。二人の間に圧縮された高濃度の氣は存在しない。
秘孔を極めればいい。突き入れればいい。目的に特化した極めてシンプルな状態であった。
小鳥が二人の間を通り過ぎても不思議はないような、穏やかでさえあり、眠りを誘うような静けさだった。あくまで第三者視点では、だ。
そして、、、呼吸が合った。間が、、魔が合った。
スッ
互いに最速の詰め、ではない。そこに力は割かない。
しかし、無数の闘気の突き、相手の読みにのみ感じさせる虚の突き、そして一撃で確実に終わらせる混じり気のない、北斗と南斗の拳が「静かに」交差する。
究め極まったシンとケンシロウが無意識無想の中で拳を交えたまま、すれ違う。
南斗聖拳が空気を切り裂くこともない。北斗神拳も空気を破り壊すこともない。だが、その空間は確実に死んだと錯覚させる。
互いに向き直る二人の身体に新しい傷は一条もない。
シンは確信した。来るところまで、本当に自分が達したのだと。ここが極み、まさに究極なのだと。
昨日でもなかった。仮に明日生きていたとしても、もう恐らく留まれないこの「究極」。
ただの言葉ではない究極に、今立っていることを実感した。恍惚にも近い思いで確信した。
「神域か」
思わず口に出た。対してケンシロウは無言だが、シンの言葉に目で相槌を打つ。
ケンシロウも同様の感覚を得ていた。
ラオウやファルコ、カイオウとの死闘とはまるで性質が違う。同じ南斗聖拳故かサウザー戦に感覚は似ている。
ハンマーで打ち合うような戦いではなく、鋭い剣での斬り合いであり突き合いだ。冷たい緊張感があった。
拳の神域、、それは風も匂いも色彩もない、凍て付くような、時さえも止まった静寂だった。