妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

182.

見事だった。

ケンシロウは改めてこのシンという男を認めた。認めざるを得なかった。

かつての強敵(トモ)は今こうして目の前に自身の最高な状態で立っている。

 


今の蹴りの威力は、あのラオウをも思い起こさせた。

しかし感心すべきはその威力ではない。魔闘気を放出するほどの闇を持ちながら、魔界に呑まれず、むしろそれを支配したことだった。

技術は盗み身に付けることができる北斗神拳だが、魔闘気だけは真似ができない。

北斗神拳伝承者とて魔界に堕ちれば自らの力では戻ってくることはできない。いや、誰の助けがあろうと生還の目はなかろう。

それをこの男シンは為したのだ。

 


もちろん、、、シンの闇の濃度はさほどではないということはある。

カイオウの場合は、同じ北斗を冠しながらも魔道と忌避され虐げれた過去があり、更にそこに少年期の個人的な理由が加味される。

一方でシンは南斗聖拳の歴史を踏みにじり、恐怖で沈黙させた北斗神拳に憎しみはあるが、、敬意も抱いている。

 

 

 

「暗黒の深淵に堕ちても、キサマには勝てんのだろう?」

シン自身は知らない、もうひとつ北斗の拳について言っている。

北斗神拳憎しで堕ちに堕ちても勝てはせぬ。、、、そうだろうよ。北斗神拳を倒し得るのは聖なる拳のみ!」

グッと左の拳を握り込む。サザンクロスで破壊された左の拳だ。

 


「、、、」

「穢れ知らぬ処女が聖を気取っているのではない。堕ちた。泥にも塗れた。這いつくばり、そこを踏み付けられた。清濁ともに食い尽くし飲み尽くした!」

シンが寄る。最早無駄な闘気の放出はない。内側には南斗聖拳の裂気が鋭く圧縮されている。

「それが今は俺の誇り!南斗聖拳とともに俺が俺である誇りだ! 北斗神拳を倒すのはそういう男じゃないのか!?」

上目遣い気味にケンシロウを睨み付ける。

 


一方、ケンシロウは、蹴りを受けた前腕を埃でも落とすかのように叩き払い、構えを作り直し、そして言う。

 


「見事だシン」

この言葉に嘘はない。

先の一撃に込められた力が、シン本人の言葉よりも語っている、、、サザンクロスからのシンの険しく長い荊の道のりを語っている。

 


「だが、お前の拳は見切っている!」

 


これは決して挑発ではなかった。

闇に呑まれず、生来の激しやすい性情を抑え、北斗神拳憎しと言えど、それに対する、即ちケンシロウ自身への敬意を捨て去ってはいない。

この生死をかけた勝負であっても拳士としての誇りを他の何よりも重く視て、南斗聖拳という立場と我を失わない。

或いはこの強烈な「我」こそ、シンが堕天しなかったその理由なのかも知れない。

 


しかしだ、、、それでも今シンは熱を帯びている。帯び過ぎている。過熱している。

ここにケンシロウが「見切っている」という言葉の意味がある。

サザンクロスで同じ言葉を浴びせられた時とは違い、激昂して攻め込んでは来ないシンではあるが、技に「雑味」が生じていた。

ケンシロウがシンに不意を突かれたと思われた蹴りも、その雑味が故に「浅い」間合いで受けることができていた。

透き通るように究められた南斗聖拳のはずが、今は僅かに濁りがある。

 


「見切っている、だと!?」

 


ケンシロウが歩を止めている。先程までの死角を突かれる歩みは止まっている。勝機とまでは思わないが、勝利を手繰り寄せる一手!とシンは出た!

 


「おお!」

再びの南斗孤鷲拳奥義千首龍撃!

二本の腕が冥界からヒュドラを召喚する。一度目の「挨拶」ではなく、本気も本気の龍撃だった。溜めていた力が解放される快感がある。

「おおおああ!!」

ドドドドドド!!!

無数の南斗の突きが撃ち出され撃ち出され撃ち出される!

だが、シンは過熱のあまりにヒュドラが空気を裂く音の違いに気が付いていない。過熱のあまりひとつひとつの刺突に微小なズレがあることに気付けない。

 


そして! たしかに見切っていた。ケンシロウはシンの拳を見切っていた。

サザンクロスとの時とは比較にならない成長を見せているシンだったが、彼本来の悪い癖が出ている。

攻め気の強さと激しさ故に、拳を繰り出すその寸前に頭部が僅かに前に出る。

突きがいかに速く、いかに多くても機を悟れるならば回避は可能。その受け手は北斗神拳伝承者なのだ。

流石に間合いを外しての全回避とは行かないが、、、、

「北斗千手羅漢掌!!」

ブワワアァァァ!!

シンに向けた千の掌が巨大な盾のように変化し、ヒュドラの首ひとつひとつを流す。そう、弾くでも受けるでもなく、流して逸らす。

千の突きではなく、渾身の一撃であったなら、撃ち出す勢いを利用され、生じたスキに死点を取られていたであろう。

 


バン!

 


「な、にぃ?」

全ての突きが防がれた。先の千手壊拳のときのように撃ち合ったのではなく、受けに回られその全てを見切られていた。

 


何故?、、一度目よりも本気だったのに?

本気の本気。本気の空回りだった。意気込んだ分、雑味はついに焦げついて全体の動きを鈍らせた。

 


「は!!!?」

 


返す刀で次はケンシロウの番!

ケンシロウの「見切っている」発言は挑発ではなく、「冷静さを欠き拳が乱れている」との助言だった。

ケンシロウケンシロウで、この一戦にかける思いはある。些細なことでこの強敵の力が無駄に削がれることは望ましくない。

最高の敵であってほしい。最強の強敵であってほしい。その最高最強の男を尚超えて北斗神拳伝承者の名をその身に背負うのだ。

「おおおお!!」

だが、手を抜く気はない。天帰掌の誓いがある。その覚悟もある。

何より自分がラオウサウザー、そして北斗琉拳のカイオウを退けた、北斗神拳真の伝承者だという自負がある。

 


「北斗千獄拉気拳!!」

 


北斗千手壊拳よりも強く速い、秘孔点穴なしでも一撃で敵を壊し尽くす拳が無数に放たれた。

シンがそうであったように、ケンシロウも先の千手の交換は「挨拶」だったのだ。

自身の奥義を完全に受けられた直後のスキ。奥義を発動したことにより、一時的とは言え限界を迎えた肉体と、まさかの完封を受けての心のスキ、、、

 


、、、必殺の間合い、、、

 


咄嗟に残った力で退がり、半端な千首龍撃を発しながら、完全なる間合いを僅かに避けた。

だが、、ケンシロウはシンの胴体に浅い、しかし秘孔点穴には十分な深さを伴う拳撃を数発当てていた。

その数発に込められた圧がシンの上衣を破り散らす。十字型に刻まれた深い疵。その型とは異なる箇所に北斗神拳を受けた。

 


「ムグッ」

体内を氣が疾るのを感じた。思い出したくない記憶、、、その感覚はサザンクロスで受けた北斗の死拳と相違ない。

勝負ありか!?

数秒ある。秘孔の効果が出るまでに数秒ある。しかし、体内を蠢くように走り回わる北斗の陰の氣がシンの動きを妨げる。

 


「(ここまでか)」

だが良くやった。まだ試したい技はあったが、そうそう上手くは行かないものだ。

忸怩たる思いとともにそう敗北を認めた時、ある異変に気が付いた。

走り回わる北斗の氣が留まらない。

 


これは!? まさか!!?