妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

175.

ケンシロウは動かない。待ちに徹しているというわけではなかった。

 


互いに待ちに入れば、先に動くのはシン。そうに決まっていた。

ケンシロウ北斗神拳真の伝承者らしく、偏りのない真円なる拳であるのに対して、シンは攻に寄っている。

少なくとも現在のシンは迎撃や守りが苦手ではないが、性格的には元々攻めの拳だ。

 


挨拶程度の、しかしそれはこのあまりに特異なフィールドの中でのみ言える「挨拶程度」の接触を三合繰り返した。

互いに被弾なし。衣服にも擦り傷一つない。ないが、超人の動きに耐えられず、関節部には既に綻びが生じている。

 


「さて」

挨拶はこれまでとしよう。このような浅い間合いの乳繰り合いでは天帰掌の誓いに反する。シンは一段高く身体を調整した。

ある意味に於いては、「本気」にシフトした。

 


「改めて行くぞ!ケンシロウ!!」

シンが出る!

石床にしっかりグリップした足裏の感触が良い。つまりはまだ、床を打ち砕くほどの全力ではなかった。

「むぅ!!」 シンが唸る

ケンシロウが、、ケンシロウも出た!

 


巧い!

こちらの機を読み、待ちと思いきや意外にして最適解な動きに出る。

「おあたたたた!!」

拳(コブシ)の「壁」がシンを迎え撃った!

その場から退くために必要な一歩は、まだ着地しない。

カッ!!

「えやぁ!!」

ケンシロウの拳壁、その一つ一つに南斗の突きを放ち、受けとした。

南斗千手殺!しかし、全てを破壊する南斗の拳も、無数の北斗の拳の一つとて破壊できない。

もちろん元々は二本の腕である。壁を構成するほどの数全てに南斗の拳を当てたということは、同じ箇所を幾度も突いているということ。

破壊専門の南斗聖拳でも砕けない、まさに神の拳か。

ダン!! 着いた一足で退がり距離を取る。此度は全力の足捌き。流石に石床が砕け飛んだ。

 


「(危ない)」

ケンシロウの間合いを割った。奴から初めて動いて、だ。血と魂が凍り付くような底知れぬ何かに触れたような感覚だった。黒い、何か。

「死か」

そう、シンは知っている、、、、そう、、この見放された大地で誰よりも。

血と魂が凍り付くような、、と感じたシンではあるが、同時に不思議な感覚にも見舞われていた。

死を恐怖するよりも、それを覚悟する心、もっと言えば、受け入れるような心持ちになる。そこに陥る。

それはケンシロウが紛うことなき北斗神拳、究極の暗殺拳北斗神拳でシンに臨んでいるということだ。

それ自体は率直に言ってありがたい。しかし、こうも思う。

ケンシロウの強さを目の当たりにした弱き己が心が圧される故に、死を覚悟せざるを、受け入れざるを得ない心理へと追い込まれているのではないか?

ザス!!

斬り裂いた。シンはそんな雑念を心の中で大上段から振り下ろした聖なる拳で真っ二つに断ち斬った。

どんな捕食動物であろうと、シンを襲い捕まえ食らうことはできない。

なのに、この目の前の男はシンを喰らう強大な存在なのか? 故にシンは喰われる覚悟をしたのか?

ザン!!

繰り返す雑念妄念を今度は横に斬った。

 


恐れも結構。それもまた危険を回避する術となろう。恐れの囚われ人にならない限りは!

「おおお!」

シンが更なる「力」を解き放つ。

ケンシロウ!!」

シンがケンシロウに飛びかかる。

 


ケンシロウが誘うように動く。広いフロアの中央にスキを作らずケンシロウは移動した。

到着の早かったシンの「掃除」によってフロア中央には障害物はない。ダンスフロアのように何もない。

環境を活かし得る戦闘ではなく、純粋な拳の勝負に移行したのだ。

「それでいい」とシンは勝手に独りごち、声に出す。

すると、それと同時にケンシロウがストトン、スタトンとリズムのあるフットワークを開始した。

ケンシロウのモードが待ちから動に入ったということを示していた。

そして「ほぉ〜」と息を吐き調気しながら両の腕を円の軌道に沿って回す。ピタッと止まったその構えは、やはりいつもの構えだった。

合わせてシンが出る。床は砕けていない。

速すぎては、咄嗟の停止や方向転換に難が生じる。

格下相手、もしくは勝負所であればともかく、ケンシロウを相手に僅かでも制御を乱すような行動は取るべきではない。全力が正解とは限らない。

(局面を見極めよ。内なる感情ではなく、俯瞰して見よ)

かつて蔑んだ師父の声が脳内に想起された。こう攻めたい、は正解ではない。

南斗聖拳の強さと才能に恃んだ「安い」武ではこの舞台の主人に通らない。

 


どこからでも来い!と言わんばかりの万全なる構えのケンシロウ

もちろん、行こう!とシンが軽く跳躍する。軽いとは言ったが走り幅跳びのような跳躍だ。いかなる猛獣をも容易く凌駕する南斗という名の死の獣が獲物に食らいつく!

シンは更なる氣を解放する。血流が速まり、それに伴い全身を熱い氣が巡り、そして満たす。

ケンシロウはシンの跳躍によるその突進を避けない。受ける気でいるのだ。

「(ならばここが間合い!)南斗!!」

シンの手が疾さで「分裂」する! 二本の腕が四本、八本、、、、と倍々に分裂した。

「千首龍撃!!」

ブワラ〜!! 隙間のない南斗の突きが、これもまた壁になりケンシロウを狙う。

無論、秘孔点穴ではないが、当たればその部位は確実に破壊する。

その一撃が仮に致命傷とはならずとも、ケンシロウの戦闘力は大きく下げられる。事実上勝負が決するほどに。

 


ボボ!ボボボボ!!

黙して待つのがケンシロウの役目ではない。シンが奥義にて間合いを割って迫るのだ。無想というわけでもなかろうが、拳士として反射がケンシロウを最高のタイミングで動かした。

「おおおお! 北斗!!」

シャアアア!! 拳(コブシ)が壁を形成する! 鋼の拳の壁だ!

「千手壊拳!!」

 


バシュ!、、、、、

 


というたったそれだけの音だけを残し、二人は後方に弾けた。連突の疾さはほぼ互角。

時が止まったかのような速度域でぶつかり合った互いの拳は互角、いや、そう、、ほぼ互角だったのだ。

氣当たりによって弾けた余力が床や壁を傷付けるということもない。まるで無駄な力がない、高純度な拳の衝突。無数のだ。

 


ポタ、、ポタタ、、、

この一戦の初めての出血は、、ケンシロウだった。

外部からの破壊を極めに究めた南斗聖拳。その先人たちの思いがここに成し遂げる絶美なるシンの「聖拳」が、鋼より遥かに硬い北斗の拳を凌ぐ。

もちろん、これは当然の結果とも言える。北斗南斗の拳の性質から考えるならだ。

だが、北斗神拳のみならず南斗元斗他あらゆる死闘から身に付けた珠玉ようなケンシロウの拳を、僅かながらとは言え、破壊力では凌いだのだ。

嬉しくはあった。誇らしくもある。南斗聖拳を究め、唯一人の真の伝承者を謳っただけの価値が証明できたのだ、と。

一方、ケンシロウは自分の拳を見た。複数の浅い傷があり、血が流れ出る、鋼を優に超える神の拳を見た。

「、、、」

が、スゥ〜、、、続く一呼吸で血は止まった。

 


「見事だ。あの時より速く強く、数もある」

そう言いながらケンシロウは拳の血を舐める。

次いでククッと再びいつもの構えに戻すと、口の中の血を吐き捨て、「もう一度やってみろ」と右手の指でシンを誘う。クイックイッ。

「フッ」

シンは嗤う。もう一度来いと? 見切ったということか?

葛藤があった。

挑発されたなら、その上から更に食い尽くしてやりたくなる。もう一度来いと言うなら、対策ができているのだろう?

抑えろ!これは罠のようなものだ。乗るな、乗るな!、、、、無理だな、行くぞ!ケンシロウ!!!

だが、氣が起こり、右の爪先が動き始める寸前でシンの自制が勝った。

そんな葛藤があったことを知られまいとシンが口を開く。

「怒れよ、ケンシロウ

「、、、」

「俺はかつて、そうよ、あの時とやらに、テメェの怒りで敗れた。テメェの怒りが見てえ」

怒りは北斗南斗の拳を強化する。特に北斗神拳にその傾向は強い。

「怒ったテメェを、ぶち破ってやる!先ずはあの時の負けを雪がせろ!」

ケンシロウは、、、右の親指で自分の鼻をピンと弾くような仕草をし、そして言う。

「今のお前に怒りは持てない。だが、怒りを超える力が、俺にはある!」

いよいよお前も来るか、、、ケンシロウ

「見せてみろよ、、ケンシロウ。怒りを超えたそれを見せてみろ!本気を見せてみろよ。それを凌いで引き裂いてやる!これも本気だ!」

 


師父よ、、俯瞰して見るのは難しい。やっぱり熱くなってしまう。それに、、このケンシロウを前に俯瞰なんて無理だ。目に映るのだけでいっぱいだ。