妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

141.

「おぉ、、この子だけは!この子だけは!」

老人は必死の思いだった。
この非情な世界を何とか知恵を駆使して生きながらえては来たが、遂にその人生も幕を閉じる。
それは構わない。
ただ、この子だけは、孫だけは守らなければならない!
両親を失い悲しみの果てにいる孫を思いながら、何か自分にできないか、それだけを思って生きて来た。この生きる価値のない世界を。

まだ幼い彼に笑顔が戻った時は、こんな時代だというのに、あろうことか神に感謝した。
この子がいたから生きていられた。生きて来られた。
なのに、、突如村に現れた残虐な暴徒は次々に人々を襲い、何故なのか食糧庫にさえ火を放って回った。
もう何が奴らの目的なのかわかりもしない。
強いて言うなら虐殺そのものが目的なのだろう。
よだれを垂れ流しながら、人々に凶刃を突き立て、女の肩を噛みちぎる残虐な悪の使徒。極悪というだけではない。完全に狂っている。
老人は孫を連れて夢中で逃げた。
だが、身体は衰えており、恐怖が更に逃げ足に重さを増し加える。

せめて、この子だけは!
おお、神よ!!
神への請願など無意味だと知っている。
それでいて、ここで神の救いの手が自分に、いや孫に伸ばされることを祈る無力な自分に、恐怖で思考が鈍る中でも嫌気が差す。


「待てゴラァ!」

素手でも自分を容易に殺せるだろう逞しい肉体を持つ悪魔が、人の血を存分に吸って尚溢れるような恐ろしい武器を手にして追いかけて来る。
笑いながら追いかけて来る。

この子だけは!この子だけは!!

その時、老人は目の前に現れた黒い皮で身を覆った鋼鉄のような男に救いを求めた。
その男の静かで険しい両の目は、背後に迫る狂人とは明らかに別物だった。

次の瞬間、、、何が起きたのかは老人に理解できなかった。
その男は指一本で悪魔の突進を止めて、一言だけ言った。

「お前はすでに死んでいる!」

悪魔が光を放ちながら砕け散って行くように見えた。本当は光など出ていないかも知れない。だがそう見えた。そう思えた。
神よ、、、
悪魔をこうも簡単に滅ぼせるのだ、、この人は神に違いない。老人は安堵から眠るように気を失った。

 

追い詰められた男が剣を構えながら言った。

「てめ、てめえケンシロウか!」
「、、、」

頭のいかれたこの賊たちの中では、比較的明瞭な判断ができる男のようであった。

「くそ!くそが!」

逃亡という選択肢もなく、覚悟を決め、剣を上段に構えながら男は突進した。

「あた!」
ドッ!
剣を振り下ろす間もなく、、そんな間は全くなく、先にケンシロウの右拳が男の左頬骨を打ち砕いた。

「ぐ、ぐご、、」

それでいてまだ倒れず踏ん張る男に対しケンシロウは、「ほぉぉ、、、あたたたあ!!」と鋼鉄よりも硬い拳を撃ち出した。
その一瞬で繰り出された拳は十数発!
「ゲブォ!」

全身に神拳の跡を残された男は吹き飛び、背後のコンクリート壁に激突した。
経絡秘孔を突くまでもなく、壁に激突するまでもなくのオーバーキルであった。

その直後だった。
もう一人の男がケンシロウに飛び掛かる。その勢い、速さは常人のものではない。
しかし、ケンシロウは振り向くまでもなく右後方から襲うその敵を、裏拳の一撃で地面に叩き付けた。
ケンシロウはベタン!と地面に打ち付けられた暴徒の姿に目を下ろした。

「む!」

ピ、ピピッ、、

「これは!? 南斗聖拳?」

叩き付けた敵は幾条もの線に沿うようにバラバラと解体されていた。
飛び掛かって来たのではない。こちらに向けて吹き飛ばされたのだ。
ケンシロウは直前まで男がいたであろう方向に目をやった。
そこには、、、、、

「お前は!?」
「、、、久しぶりだな、ケンシロウ

ケンシロウが記憶に混濁を来していたあの時を除けば、まさに文字通り、久しぶりの再会だった。
それは、宿命・因縁の再会にも拘らず、やけに唐突で、もっと言ってしまえば味気ないものだった。

端正な顔に銀の髪、無駄の一切ない極限の戦闘に特化した肉体、そして南斗聖拳独特の身に纏った鋭い氣。

「シン、、、」

意外にも、ケンシロウの驚きは少ない。
自分になど既に今更の関心はないからか?と訝る彼にケンシロウは言った。

「噂は本当だったのか」



時はまだケンシロウが天帝とことを構える前だった。

廃ビルで火を起こし暖を取って休んでいた時、「ケンシロウ様」と背後から声がした。

北斗神拳伝承者の不意を突くように現れることはできない。だから、いきなりのように現れても構わなかった。決して無礼なことではない。北斗神拳に属する下部組織オウガに属するその男はケンシロウに物資を届けるために姿を見せた。

「今回は遅くなりました」

南斗聖拳と違い北斗に属する人間は少ないがため、オウガの人員はシュメよりもずっと少ない。
それが先の大戦で更に数を減らしている。ケンシロウの好む皮革製の衣服にプロテクターを付けて届けるのにも結構な手間を伴う。

「すまない」

早速ケンシロウは届けられた新しい衣服に袖を通す。

 

「良い品質だ」

無愛想に聞こえるその言葉も、北斗神拳に任務を超えて陶酔するオウガの男には何よりも有り難い。

古い衣服を回収し、丁寧に畳むと自分の皮袋にしまった。新たな衣服の調達の際、小さな修繕などに用いられるのだ。
次いで男は干し肉や缶詰のように保存の利く食糧を入れた別の皮袋を手渡した。

そして付け加える。

「今日はもう一つ、、、物ではなく情報があります」
「情報?」
「、、、、はい」




「知っていたのか」
「聞いていたのはレッドイーグルという名の賞金稼ぎと、そして帝都の将軍の一人ボルツを倒したという男のことだ。その特徴を聞いていた」
「、、、」
「まさかとは思ったが、、シン、本当にお前だったとは」

ケンシロウの視線が僅かに下がった。シンの胸から胴を見たのだ。
確かに秘孔は突いた筈、と。

一方でシンも、改めてケンシロウと対面してわかったことがある。いや、逆にわからない。わからないことを知った。無知の知だ。
ケンシロウは、鋼鉄のような硬さを感じさせながら、同時に砂煙のような危うげで朧げな気配も漂わせている。
もっともこれは、シンだからこそ感じ取れる最強者の気配というものなのだろう。

「シン、話は後だ」

頭の逝かれた暴徒たちの怒号と逃げる人々の叫び、、爆発音までが彼らの耳に繰り返し繰り返し猛烈に飛び込んで来る。

「フッ、、、そのようだ。南斗北斗が揃う日にここにいたことの後悔を、地獄でもしてもらおう」

乗って来た。
殺人が楽しいわけではない。
力を解放するのは南斗三面拳のヒエン戦以来だった。しかし、あの戦いは哀しいものだった。
それが此度の戦闘には逃げ惑う人々を救うという大義名分があり、彼の背中を後押ししてくれる。遠慮はしなくていいんだと言ってくれる。

「先に行くぞ!ケンシロウ!!」

バッ!
シンは多数の新手に向かって走り出すと、そこから一気に跳躍した。いや、それは飛翔である。
人間による、、少なくとも人の形をした者の常識外れの高い飛翔に呆気に取られた賊たちはほとんど動けず、彼らの中央にシンが着地するのを許してしまった。

ケンシロウに自身の拳を見られてしまう?
そんなことはどうでも良かった。何故ならこいつらに見せる拳など、今の自分の極々一部の力に過ぎないからだ。
ケンシロウはその拳士の、本人さえ意識できない癖を見切るのだろう。

見切れるなら見切ってみろ!
ケンシロウ!キサマのその見切りさえ、、、俺は!

「見切ってやるわ!!」

賊たちも、いきなりそんな言葉を掛けられたところで意味不明である。
もっとも、言葉を理解できるような状態とはとても思えない。血に酔ってとち狂っているだけではない。
間違いなく何らかの薬物にどっぷりと浸かっている。
しかし、それがシンの無慈悲で聖なる拳を止める理由になどなりはしない。

当然の如く、暴れる狂人たちは突然に肉塊と化し始めた!

荒く裂く!鋭く斬る!防具ごと貫く!肘で頭部を吹き飛ばす!
飛び蹴り一つ、つま先から発する南斗聖拳の裂気で同時に五人の賊がバラバラと崩れ落ちる!!

薬漬けで正常な思考を失っている賊たちでさえ本能的な恐慌を来たし、例外なく我先にと逃げ出すが、その先には、、、

「お前たち、どこへ行くんだ?」
と低い声がした。

「あとぉぅお!!」
ケンシロウ独特の高い怪鳥の声が響く。

賊たちは北斗の拳にて、その場に倒れ、或いは北斗の蹴りで吹き飛び、数秒のラグの後に肉体を不自然に変形させ、
そうでないなら内部から激しく破裂し、臓物と血液と、そして糞尿を撒き散らした。

「うおおおお!」
更なる敵が押し寄せる。今時どこにこれほどの賊が?

「囲め!!囲んで一気に叩くんだ!!」
現在、これほどの兵数を動かせる軍組織はもはや存在しない筈である。
徒党を組んだ小さな組織は幾つもあるにせよ、この数はあまりに不自然である。それなりに有力な指導者がいなくてはまとまる訳がない。
ならば考えられるのは一つ。

宗家以外には思い付かない。

 

蝙蝠に案内された廃棄場で見せられた凄惨な眺めがシンの意識の内を掠める。
人骨、、、特に小さな人骨の夥しい量、、、
それはむせるような悪臭とともに、シンの脳に強烈に記憶された。

「奴らは、、、戦争を作り出しては金儲けし、その際に孤児たちをさらっていたんです。以前の世界でもね」


死体を畑の肥やしに使い、できた作物で兵を雇う。その兵たちを薬漬けにして村を襲わせ、人が食してはならないものを食糧として蓄える。
それが南斗宗家の支配層の美食だと、奴らは言うのだ。

「蝙蝠、ただの正義感ではなさそうだな」
「これでお怒りにならないようなシン様ではないでしょう、、、、、個人的な理由については、、、いずれ、お話しできれば」

 

敵の配置が完了した。
百を優に超える武装した賊兵が二人を囲んでいる。
だが、、、それがどうかしたか?とばかりにシンは笑う。

一方でケンシロウの表情には変化がない。凄味と蔑みの混ざった眼で敵を睨んでいる。
敵とはいえ、「敵ではない」ような連中だが、囲まれた状況故、二人は自然と互いの背中を合わせる形となった。


ケンシロウは遠い日のことを思い出した。牙一族を相手にレイに背中を預けたことを。
シンにとっては、これは初めての体験だった。同じ南斗の拳士にも背中を預けたことはない。
それより先ず、このような状況がなかった。シンにとって、同門とはいえ南斗六将は牽制し合う仲。
それがここへ来て初めて自分の背後を任せるのが、、、北斗神拳真の伝承者であり、かつての強敵、あのケンシロウ
ユリアのことはある。胸に七つの傷を与え、生死の境を彷徨わせたこともある。
シン自身もその復讐で受けた、胸から背中まで突き抜けたような十字型の傷がある。

だが、今はそこに思いを向ける時ではない。


「キサマら取るに足らない雑魚でも、逃げるならば追いはしない。だが、我らが間合いに入った者には、、、」
シン、そしてケンシロウという超絶的な拳士にとって、既に敵は間合いの中にいると言っても間違いではない。
敢えてシンがそう言ったのは、高揚しているが為、自分が快楽殺人者になるのでは?と自身を恐れたからであった。
正確には殺人ではなく、自分の拳を存分に発揮できるほどの戦いを好んでいるのだが、南斗聖拳がその持ち場に着けば死者の出ないことなどありえない。

「、、、死あるのみ!!」

その場の空気を斬り裂くような声が響き渡った。恐怖が辺りを支配し、誰も言葉を発しない。
それで良かった。
今は暗殺拳としてではなく、戦場の拳としての南斗聖拳である。敵に死を受け入れさせるよりも恐怖させるのが正解だ。
そうでなくても、こいつらに人間的な判断は期待できない。

「くっ、テメェら! 行け!この人数だぞ!」

それでも賊たちのリーダー格の男が無理に喚き上げる。
その安い口調から知れる事実は、この程度の男がこの狂賊どもの本当の主導者ではないということだ。
そんな出来損ないのリーダーの言葉に煽られ、比較的思考が冴えている賊どもがそれぞれの武器を握りなおす。
相手は超人的な戦闘力を有していてもたったの二人という数的有利な状況が、愚かな賊どもの戦意を呼び戻すのだ。

ポキポキ、ポキキ、、、
シンの背後のケンシロウが拳を鳴らす。

「死にたい奴から、前に出ろ」

と、抑揚の特にないケンシロウの死神の低い声が敵の恐怖を煽り、そして挑発していた。

「怖気付いてんじゃねえ! こいつらをヤりゃあ、報酬は思いのままだろう!?」
「報酬、、、、そうだ!報酬だぁ!!」

力だけは強く、しかし特に頭の悪そうな一人の賊が、最早言葉にならない何かを叫びながら、シンに向かって走り出した。
報酬、、、偽りの楽園を視せてくれる白い粉か、或いは液体か。

 

「何でもいいか」

と、シンはケンシロウにも届かないような独り言を呟いた。

そう、何でもいい。戦場での南斗聖拳を前に、それがどんな意味を持つ?

 

一人の突進を切っ掛けに周囲の賊兵たちも走り出す。
対してシンは右手首をほとんど直角に下に曲げ、そうしてゆっくりと上に振りかぶった。
先ほどの男が怒号とともにシンの「一線」を超えた。まだまだその男が持った装飾付きの大斧が届かない間合いである。
シンは氣だけでなく、身体の運用にも意識を集中した。上げたシンの右手が止まる。

 

「鬼神をも斬り裂く南斗聖拳の爪の跡、、、その身に刻まれ地獄に堕ちろ!」