妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

142.

シンは上げた右手をピタと止め、次いで膝を一瞬だけ脱力した。
自然に下がる身体操作に加え、南斗聖拳の氣をシンならではの解釈の元、「南斗紅鶴拳」の斬撃を放つ。
生憎その比較対象はもうこの世に存在しないが、その拳の速さと鋭さは本家に劣らないものだった。
だからと言って、これは南斗紅鶴拳と呼べるものではない。
あくまで南斗聖拳である。
統合された南斗聖拳のひとつの技なのである。


無駄な氣の放出はない。しかしそれは氣の総量が少ないということではない。
南斗聖拳として限界まで鋭く小さく凝縮されているがため、無駄な力を溢れさせていないのだ。

ザウッ!!
シンの右手が空気を斬る音だった。
それぞれの指先に集まった氣の一点は動くことで線となり、それは斬撃に変換され、シンの速い斬り下ろしに乗って発せられる。
その衝撃波斬は敵の大斧と量豊かな筋肉、鈍い神経、太い骨、汚れた内臓、そして体液までも鋭く通過する。
ほぼ全て斬に力を変換した雑味のない衝撃は、シンに向けて走る敵の勢いを、少しも止めることはない。
ただ、背面から静かに敵は裂け、シンに到達する前に縦に切断されて地面に崩れた。
その空間は斬撃が余韻を残すが如くに透き通り、聴こえぬほど高い音が反射しあうかのような、超越領域であった。

ケンシロウ、今のはサービスだ。いちいち雑魚たちにこんな高出力の斬撃は用いない。北斗神拳というものは、戦えば全てを知り、それを自分のものとするのだろう?
これは一種の挑戦だ。
上手くやるコツ? 秘訣?
そんなものはない!
南斗聖拳の名を負う伝承者だからこそ、練り極められる技がある。
刮目しろ!
真似できるならしてみろ!

俺は南斗聖拳真の伝承者!
シン!!

殺到する狂った賊兵たちは、先頭の男が縦に斬り裂かれても、前に出る勢いを止められず、結果として逃げる間もなかった、、、


「、、、、シン」

ケンシロウも「斗」の領域さえ突破したような力をその目に見ている。体験している。戦っている。
ラオウの天破る剛拳、カイオウの魔闘気、、、
そして今ここに見るシンの南斗聖拳もそのひとつの極み。
しかし、それは「斗」同士の対決に見える繊細な機微を含んではいない。つまり、拳士としての全体の技量をまでは容易に察することはできない。
だがだ、、、あのシンの斬撃の極限までの鋭さから、ひたすら修練にかけた歳月が見て取れる。


「オゥルラ〜!! よそ見してんじゃねえ!!」

鉄棍を構えながらケンシロウに襲いかからんとする賊が近い!
シンの圧倒的暴威を見ながら、その男が背中を任せるケンシロウに襲い掛かるというのは、度胸でも勇気でもない。
その背後に拳王のような絶対的恐怖があるのでもない。既に正常な思考がぶっ飛んでいるだけだった。


いいだろう、シンよ。ならば俺もお前の誘いに乗じよう。最強の暗殺拳北斗神拳、見るがいい。

一斉に飛び掛かるような賊兵たちの隙間を、いや、賊兵たちそのものをすり抜けるかのような無駄のない幽玄のようなケンシロウの拳は、まさに神の拳!

「北斗断迅拳!」

一人につき、ひとつの秘孔点穴のみで半ダースの賊が一瞬にして崩れた肉に変化する。

「こ、、ここここ、こいつら、、、」

薬物中毒兵たちを率いる粗雑なリーダーの男だけは、正常な思考が残っている。
とても冗談ではなかった。
二人、、いや二つの殺人マシーンは互いを意識して技を見せ合ったのだ。それが感じられる。
奴らの自信を誇る技がこの虐殺である。自分も暴虐の限りを尽くして来たが、比較できるようなものでは、全くない!
その人外の強さを見て、いや、とても「強さ」などという表現では間に合わない何かを前に、男の魂は既に死の恐怖で凍て付いていた。

「こ、これが、北斗と南斗、、、」

「もうお前だけだな」
「は!?」

いつの間にか北斗の男が背後に立っていた。
薬物で理性を彼方に吹き飛ばした凶悪な兵士が三桁はいた筈だ。
それがだ、北斗南斗の凄まじい殺戮ショーに圧倒されていたほんの少しの間に、その半分は狂っていても本能的恐怖から武器を投げ捨て逃亡し、
一方の残り半分は、かつての人の形を全く以って為さず、ただただ無惨に転がっている。


「テメェに聞きたいことがある」

北斗の男の反対側から届く声、、それが既に刃物だった。
よく言葉は、時に刃物より鋭いとはいうが、その銀髪の男の声は、まるで音声そのものの中に刃が仕込んであるかのようだった。

「何故この村を襲った? 略奪目的ではなく、キサマらのやり口はただの虐殺だった」

「あ、ああ、、」

「その男は、キサマの意思に関係なく口を割らせることができる。俺もキサマの口を割ることはできるが、その方法は、わかるだろう?」
「待ってくれ! 言う!言う!言う! 話す! でも結局話しても俺を殺すんだろ!?」
「そんなことはしない」
「ほ、本当かよ、、、わかったよ」

このような状況に置かれては話す以外に選択の余地はない。僅かな希望を掛け、男はまさに命懸けで全てを話し出した。

「やはりな。わかった」

ピトッ
「え?」

シンの右の貫手が男の胸に当てられた。
経絡秘孔を突いたのではないというのに、恐怖で麻痺した身体は動かすことができず、ただ冷たい液体が全身を巡るのだけが感じられる。

「は、話したろ、、? 話したら助けるって、、」
「ああ言ったな」
「で、てすよね! 何か怖い目してるなぁなんて!思って!」
「言ったが、あれは嘘だ」

ヌプ、、
半液体半個体に指を挿し入れるように容易に指が男の胸に滑り込む。

「あ!?、、、あおおおおあ、、、!!?」

胸毛の濃い厚めの皮膚は元より、心臓部を守る胸骨も、シンの突きを止める術を持たず、男は自分の胸に優しく入り込むその指を理解できず、どこか他人事の視点で見ていた。


「片付いたようだな」
ケンシロウが低い声で言った。
「、、、、」
「、、、」

仕事が終わった途端、どこか気まずい沈黙が漂った。そう思っているのはケンシロウもだろうか?とシンは考える。

ケンシロウ

シンは弱い氣を右手に込めて血を振り落とした。

「なんだ、シン」

シンは笑いそうになった。この凄惨な死骸の数々が散らばる中で笑いそうになった。
ケンシロウから受ける鋼鉄のイメージ。これは拳のみでなく、精神性の表れでもあるのだろう。

「この出来事の裏にいるのは俺の身内だ」
「南斗宗家と、この男は言っていたな」
と、胸に穴が空き白目を剥いて倒れる男を一瞥した。

「その始末は俺がする。その後だ」
「、、、ああ」

シンは目を瞑った。
ケンシロウ、、、ただ、北斗神拳伝承者であるという事実が、その事実だけが、この男との死闘を望む理由。

「今更憎しみなどない」
「、、、、」

言いつつ、無理やりにサザンクロスでの敗北を思い出す。血が黒くなる。
北斗神拳の前に敗れ、恐れ怯えた南斗聖拳の先人たちを思う。特に南斗聖拳最強だったサウザーの敗北を。
だが、そんな暗い感情だけではない。
シンは確かに見たのだ。あの南斗の先人たちの修練場で。

「俺は、、南斗聖拳伝承者になった!」
「、、、南斗聖拳の、、、」

そうだ、ケンシロウ。俺は南斗「聖拳」の伝承者だ!
南斗孤鷲拳ではない、単に数ある南斗聖拳の流派を多数会得したということでもない。

南斗聖拳伝承者として南斗の恥辱に塗れた敗北の歴史を背負い、そして一人の男、拳士として!」
「、、、、」
北斗神拳伝承者に勝負を挑む!」

ギラッとシンの目が光る。
ケンシロウはその強い目線に、シンの思いの全てを見た。そして目を閉じた。息を吸い込み、吐く。次いで目を開いた。

「旧き友との再会も、、、、これも北斗神拳の宿命か。いいだろう。誇り高き拳士の挑戦を北斗神拳が拒むことはない!」

大きな声ではない。だがその低い声には強い決意があった。

「感謝する」
「シン、、」
「だがまだ一仕事残っている。「その時」は追って伝える。構わないか?」
「うむ」

もう後には戻れない。いや、そもそも分かれ道のない一本道だった。
全てこの宿命の対決のために生かされた、そのために死の淵より戻されたと、そう捉えるしかない、、、