妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

133.

「そう、、、」

売りを生業としている馴染みの女だった。
つまりはこの時代の女には最も一般的な仕事と言っていい。やや異なるのは彼女は実質的にはシン専属だった、ということだ。
シンも南斗の拳士といえ、女を求める衝動はある。感情が女を求めなくても、自分の肉欲を禁じてはいない。
もちろん、宗家が用意した女たちの一人ではあるが、この女だけが唯一人、気が合うようなところがあり、結局シンはこの女だけを選ぶようになった。
サバサバしているようで、その根っこには砂漠の中に見つけるオアシスのような潤いがあり、それが時折乾いてしまうシンの心を癒すのだ。
もちろん、、ユリアとは違う。似てもいない。というよりも、シンはもう女に慈愛を求めていない。母性を求めてなどもいない。
過去の話だ。
過去は過去で現在の自分を形作っているが、どう考えても自分とユリアは釣り合わないと認めている。
釣り合わないとわかっていたから、力でどうにかできると思った。思い込んだ。もう遠い遠い、遙か昔のことのように思えた。

「ああ、そろそろお前ともお別れだ」
紫のカーテンの隙間から差し込む揺れる光が、女の肌の曲線を優しく撫でる。綺麗だった。
彼らしからぬ思いが込み上げそうになったが、気の迷いだと自身に言い聞かせる。


数日前、、、
久しぶりにバルバがシンの前に姿を見せた。その手には白い布で覆った小さい包みを持っていた。
バルバが丁寧にその布をほどいていき、その中身が露わになる。光沢のある金属製の何かだった。
見覚えがある。
手渡された時、それが何であったかはっきりと理解した。
「これは、ガルダの仮面」
「そうだ」
常にガルダの右顔を覆っていた仮面。バルバの表情はいかにも悲しげだった。
「どういうことだ。ガルダに何が?」
一度、軽い手合わせをしてはいるものの、正直ガルダのことは大して気にもならない存在だった。だが、仮面だけがここにあるという、そのことの原因は気になる。

ガルダは、、」
と話すバルバの顔は、わざとらしいまでに悲しげに作っており、その醜さに苛立ちが増す。だが、今はそんなことに意識を向ける時ではない。

北斗神拳に挑み、返り討ちとなった」
「だろうな」
予想は付いていた。それ以外は考えにくい。数多の英雄たちが去った現在、ガルダを倒せる男は他にもういないだろう。

「何故だ。理由は?」
「わからん。が、恐らく、そなたに先を越されたくなかったのだろう」
「先を?」
ガルダは南斗を冠した拳の伝承者であっても、本人は組織としての南斗聖拳とは別だと言っておった。だがだ、本家南斗聖拳が滅亡に瀕した今、自分が北斗神拳を倒し、新たにまことの南斗聖拳を名乗りたかったのだろう」
「、、、」
「そなたよりも先に北斗神拳に勝ってな」
と付け加えるが、シンは今一つ腑に落ちない。ガルダはシンより年若いとは言え、決して愚かな男ではなかった。自分にケンシロウを超える拳力が備わっているかどうかも理解しない男ではない筈だ。
「挑まれたのであれば、北斗神拳伝承者としてケンシロウめも拒むことはできまい。だとしてもだ、また南斗の血が北斗神拳によって流されたのだ」

おかしい、、そう思いながらも、また北斗神拳に敗れた南斗聖拳という構図がシンを心の奥を静かに揺り動かす。
やがてその静かな揺れはいつの間にか強くなり、気付けばシンは拳を握り込んでいた。
ケンシロウと戦うに至った本当の理由は不明だろう。

だがだ!

南斗聖拳と別物だと言っていたところで、南斗神鳥拳は共通の起源を持った、間違いなく南斗聖拳の、それも六聖拳に数えられるべき最高峰の拳だ。
そして、もう一つの共通点がある。それは北斗神拳に及ばない、という悲しいサダメだった。
とは言えだ、南斗の拳士に挑まれたのであるなら、ケンシロウも無視はできない。
どのように感情に表すべきか、その方向がわからない。

「シンよ。そなたはケンシロウを誤解している。そなたも今となっては北斗神拳ケンシロウを分け、古き友人であるという側面をだけ見ようとしている。だが、よおく思い出すのだ」
「、、、」
「その胸と背の惨い傷はどうやってできた? そこに意識を向けろ。そなたは敗者だ。その上、命をかけて会得した南斗孤鷲拳の奥義を見切られ、奪われておる」
「、、、、、」
「全くバカにしている。ガルダの南斗神鳥拳も既にケンシロウめの数ある小技の一つとなっていよう」

また南斗聖拳北斗神拳の進化に寄与し、南斗聖拳は代わりに敗北者の名を得る、、、そうなのか?
結局、北斗神拳から派生した南斗聖拳は、どんなに足掻こうと本流北斗神拳のために尽くすだけの拳なのか?

「う、、、?」
シンの視野、いや、知覚範囲の末端が疼くような気味の悪い感覚があった。すぐに消え去るが、実に変な感覚だった。
一瞬の小さなその変化をバルバは見逃してはいなかった。だが、あえて触れずに話を続ける。
北斗神拳ケンシロウが、いまだに正しき道を孤独に進む乱世の救世主などと思っているようでは、決して奴には勝てん」
「わかっている。だがバルバ。俺がケンシロウを憎むように仕向けようとも、それは無意味なことだ。怨みも憎しみもないが、俺は南斗聖拳伝承者として奴に挑む」
「まだ勝てぬ。技は全て盗まれると思え。北斗神拳を抹殺するものは、技ではない」
ならば単純に力か?
速さか?
闇で斬れ、、、それが答えであることは知っている。だが、まだ答えには辿り着いていない。

 

 

ケンシロウは闘神だ。人では奴に勝てぬ、、、それがあのジジイの言うことだ」
「、、、雨、、」
雨の気配は感じていたが、思い詰めたあまりか、降り始めていた雨にはまるで関心が向かなかった。
「綺麗、、、、」
緑に覆われた傾くビルのフロアから滴る雨水は徐々に量を増し、そして小さな滝となる。それが至る所で見られるようになり、幻想的な美しさを誇っている。
「私も南斗宗家の女。北斗神拳を憎むように教育されている。きっと、、洗脳されてる。私はね、あの「偉大なる」北斗神拳が憎いのよ」
シンはそう話す綺麗な横顔を見ながら、ある言葉を思い出した。
「拳を究めるとは、人間を究めることだ、、、そう言った男がいる」
恐らく、、俺の南斗聖拳が完成を迎えることはない。完成に向けてどれだけ修練を積もうと、その時はきっと来ない。
「その男もケンシロウに敗れ去った。サウザーでさえ、あれほどの男でさえ、、、人間だった。聖なる拳を持っていても人間。だが奴はその名の通り神の拳を持っているということか」
「ただの、、」
「ん?」
「そんなのただの名前よ」
女はシンの手に触れた。
「私はこの手が北斗神拳を突き抜くのを信じてる」
何気に恐ろしい言葉ではあるが、今は狂気の時代。そしてこの女も所詮は南斗宗家の一人。
何より、そんな彼自身も暗殺拳の伝承者。しかも更なる殺人の技を得ようとしている。 


シンは女を手繰り寄せた。

「別れは近い。だが、まだ今日はその日ではない」

 


「バルバ帝」
「そなたか」
「あの者、如何ですか?」
「近い」
「、、、そうですか」
「奴は扉の前に到達した。あとは、開けて踏み込み、そしてその住人になればよい」
「複雑な思いです。やはり人を棄てねば北斗神拳には勝てませんか」
「聖では神には及ぶまいよ。神と対になるのは悪魔であろう?」
「激しい男ですが、悪魔に堕ちる男には思えません」
「何を言う、、キングは悪魔だったであろう?」
「たし、、かに」
「だが小悪魔だった。多くの命を奪った罪の重さこの上ない男だったが、所詮小悪魔だ」
「、、、、」
「もうすぐ、極上の魔神が産まれる。リハクよ、長生きはするものだ。魔神が闘神を喰らう時を、、我らは見る」