妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

131.

「やけに」
シンはライデンに話しかけた。

「今日は黒ローブたちが目につく」
聚聖殿内のそこかしこを宗家のあの不気味な連中が徘徊していた。
更に気になることもあった。
あの出来損ないの機械のようなぎこちなさで歩いていた黒ローブの老人たちの動きが、この日は随分とマシになっているのだ。
そのことも、このナマズ髭の武の求道者ライデンに訊いてみた。
「そうでござるか。またあの方たちは、、、」
「理由を、、知ってるのか?ライデン」
「シン様、、あの方たちの目の下の痣は見ましたか?」
そこまで細かく見たわけではない。腐臭を放つ不気味な連中であることは1ミリも変わっていない。そんな奴らを見つめていたくはない。
ふうぅ、、、、ライデンは自分の出自を悲嘆するかのような重い溜息を吐いた。
それ以上の追及は無意味。だいたい、シン自身があのような者ども向ける関心は少ない。


気配、、、、
「何用だ?」
シンの声にライデンも初めてその存在に気が付いた。この男のみが身に付ける、ほとんど黒に近い濃い赤のローブ。
「こ、これはバルバ帝!」
畏るライデンを余所に、バルバの低い笑い声が聖銀羅髪で隠れたシンの耳孔に届く。

「元気そうで何よりだ、バルバ」
社交辞令というだけではない。本当にそう見える。腰も伸びて、他の連中と同じく動きは機敏で滑らかだ。
「慌ただしいのにはわけがある」
シンは黙してこの南斗宗家宗主の言葉を待った。
「かの男、、、北斗神拳伝承者ケンシロウが、修羅の国を制したからだ」
「、、、、、」
あのラオウサウザーを倒した男。それがケンシロウだ。伝聞通りの修羅の国だとしても驚くに当たらない。
「あの国には、、、魔神がいた。もう一つの北斗の拳を究め、その枠を突き抜けた男だった」
北斗劉家拳、別名北斗琉拳
このバルバに聞いた話では北斗神拳に挑み続けながら、それでいて一度と勝ちを治めたことがない、言わば劣等流派の筈。
「魔神、、、それはあのラオウの実兄、カイオウ」
「!」
これにはシンも驚いた。あのラオウに実の兄がいた?
「あの魔神カイオウを倒したとなると、、、」
いつもニヤけているか、北斗神拳恨んでいるだけのバルバが深刻そうな表情を見せている。ライデンの言う通り、その左目の下の痣は消えていた。
「ならばケンシロウ、奴は真の北斗神拳伝承者。最早その拳、闘神の域に達したか」
「闘神、、、そのカイオウとやらも、ラオウの兄と言うだけでは力は測れん。魔神と呼ぶに相応しい拳士だったのか?」
「今のそなたでも歯が立つまい」
「、、、、、」
以前と比較して確かに拳力は上がっている。これは決して彼の思い上がりではない。しかし、それが爆発的な成長かと言えば、それは違う。
ほとんど南斗孤鷲拳の力のみで突き進んでいたあの頃よりも、技の一つ一つは磨かれている。精神的にもムラはかなり少なくなっている。
だがだ、、、サウザーに、そしてラオウに勝てるかと言うと疑問は残る。自身が敗れたガルゴには追い付いた気はしているが、あの時のガルゴは既に歴戦による氣の夥しい使用によって身体を蝕み、本来の力よりも確実に落ちていただろう。

俺は何をしている?

ケンシロウサウザーラオウを倒し、元斗皇拳のファルコにも実質的には勝利し、そして魔神とまで称されるもう一つの北斗の拳士を超えた。

「それでよい」
「何がだ、、、」
「その焦りの気持ちがだ。シンよ、そなたの拳は随分と真円に近付いた。穴がなく綺麗にまとまって来ている。だがケンシロウめは二回り、そなたよりも大きい真円だ」

迂闊、、、、、
秘伝書の数々と三面拳という優れた錬磨の相手を得て、シンは己の拳格が高まるのを感じていた。油断ならぬ三面拳との手合わせではあったが、ガルゴとの対決のように死と隣り合わせの状況にはいなかった。
南斗聖拳暗殺拳である以上、「現場」を離れていては勘も反応も鈍る。現状のままでは所謂、頭でっかちだ。

「それでよい」
シンの焦りを見てバルバは言葉を繰り返した。
「もう少しだ。もう少し南斗聖拳を円く修めるのだ。南斗鳳凰拳もそなたの中ではある程度形になっておろう?」
秘伝書のない南斗鳳凰拳。だが確かに他の南斗聖拳を学ぶ内に、実際この目で見て、しかも体感したサウザーの拳から、彼の中では以前よりもはっきりと鳳凰拳が形作られている。

南斗聖拳の全てを知り、そしてひとつに固めることができれば、、、」
「、、、」
「次に進める」
「それが、、」
「闇で斬るということだ。北斗琉拳の極み、そなたも見ておくべきだったが、案ずることはない。ここは聚聖殿。至る所に闇がある。闇で照らされておる」
「意味が知れぬ!」
シンは焦り苛ついていた。バルバの曖昧な言い様と、それよりも自分が今身に付けている南斗聖拳の枠を超えて突き抜ける感覚がまるで得られないことにだ。

笑い声、、、、バルバが笑っている。
「修羅の魔神をも葬っては、ケンシロウの拳を高める敵はもうおるまいよ。悲しき男よ。自分を高める好敵手を殺して、積み上げたその屍に上がり高きに至る。ケンシロウめの成長は終わった」
「、、、、」
楽観が過ぎていて鵜呑みにできる言葉ではないが、確かにケンシロウを苦しめるほどの拳士は既にこの地上にいないのではないか。

「時は我らの味方。安心するがいい。そなたを真の南斗聖拳伝承者にする目論見は整っておる」
「俺が無想転生を得ると?」
「無想転生?」
バルバは笑った。シンの傍らにいるライデンは直立したまま微動だにしない。顔には大汗をかいており、遂には顎の先端から滴り落ちた。
ライデンほどの男がこうまでバルバを恐れるのか?

「無想転生をも破る拳をそなたは会得する」
「無想転生を、、、」
シンはガルゴによって元斗皇拳奥義「無心」を観ている。あれは元斗版の無想転生だが、ガルゴの言によると「元斗の性質上完全なものにはなり得ない」とのことだった。
動きの気配が読めず、尚且つこちらの殺気に無想の反応で返す。それは最速であり、しかも受け手側は技の起こりを捉えられない。
元斗皇拳なら氣の放出が大きい故に、何とか氣を感じ、追うことでガルゴに喰らい付いては行けた。
それが、暗殺拳の極み北斗神拳となると事情は全く異なる。僅かな氣の発動で最大の効力を得るのが経絡秘孔点穴の秘拳だ。
究め極まるほどに、、拳が神域に近くなるに連れ、北斗神拳はその威を確かな物とする。
とは言えだ、シンとて無心や無想転生を忘れて己が南斗聖拳の修練にのみ明け暮れていたのではない。
無になるとは言っても実体を本当に消し去ることは、いかに北斗神拳とて無理な話であろう。存在がそこにあるなら全てを破壊するのが、それが南斗の極み。

「元より劣る拳であった北斗琉拳が一皮剥けて闇の花が咲き、一度は北斗神拳を滅ぼしかけた」
「!」
そうなのか? このバルバ、或いは南斗宗家、、、、こいつらの情報網は俺の憶測を超えている? 滅びた世界、、、、それは思い込みなのかも知れん。
こいつらにはこいつらの独自の通信システムでも残っているのか? 確かにあの「白の街」を煌々と照らす照明といい、旧世界の遺産がここにはまだまだ残っていることも考えられる。


「だが、、、そなたが究めるであろう南斗聖拳が出来上がるなら、そこから咲く花弁の黒さは琉拳よりも濃く重い」
「、、、、」
北斗神拳によって分断され、対立し合った南斗の拳がいよいよまとまるのだ。そして更に!」
「闇に堕ちろと」
「ん?」
南斗聖拳を究めて、そして闇に堕ちろということか。究極の闘気、それは狂気。そのことは俺がよく知っている」

バルバは真顔で固まっていたように思えて、
「狂気?」と笑った。
「狂気か。未熟であったそなたでも狂気の力で、同じく未熟だったとは言え、あの北斗神拳を文字通り一蹴した。あれは確かに凄まじき力だった。だが、既に闘神とも言える今の北斗神拳に狂気で挑めるかな?」

自分で狂気と言っておきながら、とてもそんな気がしなかった。
「そなたはまず、真の南斗聖拳を会得することだ」
と笑い、以前と異なり老人ながら颯爽とまで言えるような足取りで去って行く。


「だはあ!」
バルバが去り、ライデンが金縛りから解かれたように息を吐いた。
「ライデン、お前ほどの武人でもバルバが怖いのか?」
個の力としてでなく、組織の上長を恐れる真面目会社員ということかと、そう思っていた。
「シン様ほどの方だから感じないのかも知れませぬ。あの方の恐ろしさは宗主としての権威のみではないのです」
「そうなのか?」
いまだに味方とも言い切れないような疑わしい男バルバの背中を遠くに見ながら、シンは関心なさそうに呟く。