妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

134.

「ライデン、、、これは一体、、?」

久しぶりの、強い雨の日だった。
シンは息も絶え絶えに倒れるライデンの半身を起こして尋ねた。
胸の刺し傷は深く、雨とともに流れ続ける血の量は多い。
「はぁ、はぁ、シン様、、」
「ライデン!」
助からない、、、ライデンの身体から「力」が消えて行くのが感じ取れた。
「奴が、、狂った、のです」
奴?
シンにとって、三面拳の中で最も付き合いが深かったのが、このライデンだった。彼の古今多くの武に通ずる蘊蓄を聞いているのは、シンにとっても率直に言って、極めて楽しい時間だったのだ。
「ライデン!死ぬな!」
ライデンは死ぬ。それが分かっていても無駄とわかる言葉を吐かずにいられない。
「シン様、、三面拳、、最強の男が、はぁはぁ、、あなたを待っており、、ます」
「ライデン、、ゲッコウがお前をやったのか!?」
「シン様、、あなたが、、、北斗神拳を、、倒、す、とき、、、  」
冷たい雨が、ライデンの僅かに残った命の温もりを奪い取って行く。
「何故だ、、ライデン」
痛んだ。友と言っていいだろう、ライデンの死に心が痛んだ。
「ライデン」
泣いてはいない。心は熱く強く揺れ動いた。目に入った雨が零れ落ちる。それだけだ。

「さらばライデン」
後で手厚く葬る。今は先に行かせてくれ。
そう心で呟き、シンは深い谷に掛けられた吊り橋を渡って行った。


殺気立っているのを自覚している。だが、ゲッコウがライデンを手に掛ける理由がわからない。ガルダのこともそうだった。どうしてケンシロウに挑んだのだ?
まるで何もかもがわからない。
疼くような怒りがシンの知能を鈍くする。むしろ爆発させてしまえば、怒りであろうと思考は冴え渡るだろうに。


「ゲッコウ!」
雨の竹林を二つに分ける小道を遮るように、ゲッコウが広い背中を向けて立っている。
「何故だ! 何が!」
ゲッコウは振り向かなかった。
「ゲッコウ!!」
更に強く呼び掛けると、ゲッコウがゆっくりと振り向いた。
「ゲッコウ、、、」
「シン様、、ですか?」
すると、ガクッ、、と、その膝から力が抜け落ち、ゲッコウはその場に座り込んだ。恥も外聞もない、そんな状態で、いわゆる女座りのように、あの力強いゲッコウが膝を崩した。
「これは一体、、、ゲッコウ、、」
瞑った両目からは血が流れている。両耳の穴からもだった。それらはすぐに雨に流されて行く。
そして胸と腹には荒々しく深い傷がある。一目でわかる致命傷だった。
「シン様ですね」
「そうだ」
「すみませんが、、もう何を仰っているのか、聞こえませんので、、勝手に話します」
話し言葉ははっきりしている。助かるのでは?との甘い思いがチラと頭を掠めたが、傷の深さが現実を思い知らせて来る。
「本当の三面拳最強は私ではありません。ヒエンです。奴の中に眠る狂気、それを解放したヒエンこそが最強なのです。お願いです。奴を止めて下さい。救ってやって、、下さい」
「ヒエンが!?」
信じられることではなかった。
もちろん、優しげな顔をしていても戦い方には狡猾な部分もあった。しかし、それは戦士なら当然だろう。
反面、手編みのマフラーをくれたり、ケーキを作って来たりと、それ自体は気持ちの良いことではなかったが、気持ちはありがたかった。そんな男だった筈だ。
南斗水鳥拳と紅鶴拳の空舞や足取りは、このヒエンと、その戦いの中から学んで行った。
「ヒエンはどこに?」
既にゲッコウには聞こえていない筈だが、彼の超感覚なのか、話の先を読んでのことか、正確に答えてくれた。

「頼みます、シン様、、、ヒエンを、救ってやって下さい」
「わかった、ゲッコウ。ヒエンを「救う」よ」
ゲッコウは微かに微笑むと、そのまま動かなくなった。後で手厚く葬る、ライデンに向けたのと同様の言葉を胸に呟き、シンは先へ向かった。
ヒエンのいる場所へと。

 

既に陽は落ちていたが、青い光が各所から伸びて辺りを明るく照らしている。
小雨、、、深い谷底から伸びる一本の鋼鉄棒。その上に一本脚で立っているヒエンを捉えた。
シン自身も集中力と平衡感覚を養うために、この谷を幾度も訪れ、この一本の鋼鉄棒の上に立っている。そのまま瞑想し、想念の中で技を試したこともある。

「お待ちしておりました」
狂ったと、そう言われていた割にヒエンの語り口には何の違和感もない。
青い光が照らすその美形な顔にも狂気を思わせるものは見当たらない。
だが、真っ白な筈の拳法着が赤く染まっている。先ほどまでの強い雨でも血を流し切ることはできていない。

「何故だ、ヒエン。何故ライデンとゲッコウを」
「あなたのせいですよ、シン様」
ヒエンは微動だにせず、鉄棒の上に片足で立っている。
「俺の? どういうことだ? 俺は、ライデンもゲッコウも、お前も! 友だと、そう思っていた。何故にお前が二人を手に掛けた!?」
「友?、、、私にとってあの二人は友などではない」
そうか、、、これがヒエンの本心なのか。三面拳と称されていても、ライデンとゲッコウは比較対象とされる邪魔な敵だったのか?

「友ではなく、、、ライデンとゲッコウは兄弟のようなものだった!」
「!」
ヒエンの言葉はシンの予想の真逆を行った。
「あなたの目覚めが遅いからだ!」
「何だと?」
「シン様」
ヒエンの目が急に光を失い、不透明な膜がかかったかのように見えた。
「我ら三面拳は、あなたとの修練を終えて、それで最後は殺される、、、そこまでは定められていたことなのです」
「ヒエン、、」
「なのにあなたと来たら! 我らを友ですと!?」
「お前、、」
「どんな気分です?」
低い声だった。漸くここへ来て、狂気の一端を感じることができた。
「自分よりずっと格下の拳士に教えを乞い、手合わせと称して手加減し、私たちと互角に戦って、、見せていた」
「、、、」
「悔しいですよ。何故私に才能は与えられなかったのか。才なき者故、技を学び、術理に工夫を重ねて、少しずつでも前に進んでいた! そのつもりでいた!」
「ヒエン、、」
「なのに!あなたのような才ある者は、はじめからずっと高みにいて、決して届くことがない!」
これほど叫んでいても、鉄棒の上に立ちながら平衡を失わないヒエンをシンは誇らしかった。
「もし私に才あれば、南斗水鳥拳南斗紅鶴拳も! あのレイやユダなんかより、よっぽど華麗でキレのある伝承者になっていた筈だ!」
「ヒエン、、、」
「どうですか? 限界を設けられる気分は?」
設けられる? 深い意味があるのか、ただの言葉なのか、、、
「才ある者、あなたでさえ、一線を超えないよう仕組まれているのですよ」
ヒエンが僅かに笑った。その笑みはシンと、いや、それよりもヒエン自身に向いているように思えた。
「それが南斗聖拳です」
「、、、」
南斗聖拳も元は北斗から出た流派。結局最後は経絡秘孔に行き着くことになる!」
今更何を言っているんだ?
「それを否定したのが南斗だろう! 秘孔突きなど無くとも戦える!」
「本当にそうですか?」
「何?」
「たしかに、秘孔を突く必要もなく敵を完膚なきまで破壊できる南斗聖拳の方が、実戦には分があると思われるでしょう」
そのことか、、、シン本人が何度も考えたことをヒエンは繰り返す。
一見、南斗聖拳と違い、秘孔を突かねばならない北斗神拳は不利に思える。
しかし、互いに触れることさえ難しい達人同士の死戦なら、浅い一点の突きでも大きな効果を生む北斗神拳にこそ、実は利があるという、最早定説だ。
その上、闘気でも秘孔を撃てるとまで来ている。南斗聖拳にも裂波のような間合いの広い拳技はあるが、精度、効果ともに北斗に及ばない。
しかしだ、それらを全て理解して、それでここにシンがいる。今更何故、ヒエンはそんなことにこだわるのか、、、

「私に力があれば、私が北斗神拳を滅ぼしている。なのに!あなたには北斗に対する怒りも怨みも欠けている! そんなあなたであるならば!期待はできない!」
ヒエンが大きく息を吸い込んだ。
「それならいっそのこと、私があなたを殺し!この時代での打倒北斗は諦めましょう! 南斗聖拳を継ぐあなたが! 真の南斗聖拳伝承者と期待されたあなたが! 醜態を晒すくらいなら、ここで私があなたを殺します!」
何て目付きをするんだ、ヒエン。挑発された怒りなど少しもない。ただ、あのヒエンが「殺す」を繰り返すことが悲しくあった。
恐らく、、、ヒエンは、ライデンやゲッコウと比べて、彼らを超える能力があっても非情になり切れぬがため、敢えてその才を封じ込めていたのだ。
流石に三面拳のライデンとゲッコウである。彼らはそのことを知っていたのだ。
そしてヒエンは自らを滅ぼす決意を持って漸く、彼が封じていた真の力を解放した。
それでもだ、、シンは思い出す。
ライデンとゲッコウに刻まれた傷は荒い。南斗聖拳を究めた者の残す爪痕ではないのだ。
「ヒエン、狂気の威を借りて力を増そうとも、その程度で俺に届くことはないとわかってるだろう!」
きつい言葉だが現実は現実だ。生き死にに深く関わる戦士にとって、自分の力に夢幻を見るということは、紛れのない確実な死に直結する。
「そうでしょうか?」
ヒエンが静かに身体を沈ませ、「哈ァ!」と跳躍した。流石に南斗鳥人拳、空気の流れを掴んで、より高く舞う鷹のようだった。
だが、既にシン自身がこれを超える空の武舞を身に付けている。
「(ヒエン、お前のお陰でだ)」

ゲッコウの言葉が頭の中で繰り返された。ヒエンを救ってやってくれ、、、
ならば!
「倒すことが救いか、ヒエン!」
「フフッ、、だからぁ、もう一度言う。そうでしょうか?と」
と、ヒエンが胸元から取り出したのは彼の得意とする武技、鶴嘴千本だった。
「俺にそんな物が通用すると思っているのか?」
「思って、、ませんよ!!」
ビシュン!
速い。確かに普段の千本よりも速い投擲だった。狂気によって得た氣の力と、狂気に心身を委ねることで放棄した相手を思いやる心。この二つの要素がヒエンの鶴嘴千本に、これまでない鋭さを上乗せした。
だがだ、既に脳の回転速度を上げているシンである。しかもヒエンの騙しのない「投げナイフ攻撃」など、二人の距離からしても当たろう筈はない。
同時に投げられた三本を全て右手のみで掴み取ると、一気に親指でグニャリと曲げ捨てた。雨で濡れた地面に落ちた瞬間の鶴嘴千本は更に細かく寸断されていた。南斗の指が触れたところは全て破壊されるのだ。

「今更流石とは思いませんよ、シン様。こんな物で倒せないことは百も承知! ですがね、私の南斗鳥人拳はほとんど全て!この鶴嘴に依存すると言ってもいい! こんな使い方もある。これが鶴嘴千本の極みだ!」
「な!」
なんと!ヒエンは手にした千本を自分の身体に突き刺し始めたのだ。
「ヒエン、、、本当に狂ったのか?」
「何故お前だった? ここに来るのが何故キサマだった!?」
「何?」
サウザーなら! あいつが最強の南斗鳳凰拳を引っ提げて、我ら宗家を受け入れてさえいれば! 私たち南斗宗家こそ!南斗聖拳の未来をキサマらなどよりもずっとずっと!憂いているのだ!」
「、、すまんな、俺で」
嫌味ではなく、シンは心から詫びた。サウザーがシンのように宗家を受け入れるとは考えにくいのも事実ではあったが、、、

ドズッ!
ヒエンは身体を、腕、肩、太腿、と先ほどのものよりも短い千本で深く刺き刺し始めた。

特に太腿には三本ずつ、やや内側に突き刺した。その出血量もただごとではない。シンが知る由もないが、その計六箇所は北斗神拳で言うところの刹活孔であった。

身体に突き刺さった鶴嘴千本をそのままに、最後ヒエンは自身のこめかみを更に短い千本にて両脇から突き刺した。
「ヒエン、、お前これは?」
「これぞ、、、」
と、言った直後、「う、うう、、」とヒエンが苦しみ始めた。何かが出て来る、そう思わせるような、まるで産みの苦しみのように思える様子であった。

「うぉ、ごおおぉ!!」
ヒエンから放射された氣圧がシンを押す。シンは強い風に対するかのように腕を十字に組んで、その勢いをやり過ごした。
強烈な氣の放射が落ち着いたとき、シンが目にしたヒエンの姿は、おぞましく、そして、それよりもずっと悲しかった。
両目は充血し真っ赤に染まっている。顔は血管が毛細に至るまで浮き出、ヒエンの優しくて整ったあの面影はどこにもない。千本の突き刺さった各部からは血が流れ続け、一部煙となって立ち消えている。

 

「シン、様、、、これぞ南斗宗家極武、、終焉節!」