妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

135.

変貌を遂げたヒエンから、これまでの彼にはなかった闘気が吹き出ている。
闘気が吹き出る、、肉眼にも赤い蒸気が見えるが、これはヒエンの血液が渇いて塵となっている状態である。こんな状態は本来の暗殺拳南斗聖拳ではない。今更だ。なのに何故かそれをしみじみと感じさせられる。
ヒエンがあまりにも不自然で、らしくないからだ、、すぐにそう思うに至った。
本当に今更だ。以前の世界なら、ほとんど誰も南斗だ北斗だ、などと知りはしなかった。それが今では南斗聖拳や一子相伝北斗神拳を知らない方が稀だ。
ヒエンの極端な変化が、同様に激変した人間世界を改めて思わせる。

氣の放出量は多い。単純な出力も相当なものだ。間違いなくヒエンの生命力を放出していることによる。

その予想を、ヒエンの様子からして外し用がないこの予想が、正解であることをヒエン自らの口が語る。

「この力の代償は命! これで私の死は不可避! 確定した!」
「ヒエン、、、」
悲しかった。確かに南斗聖拳らしからぬ強大な氣だ。だが、、、、
「私たち南斗三面拳は、この世に生を受けた日は違えど、死する日は同じ日と誓っている! ありがたいことだ! その誓いは叶う!」
悲しい気持ちがシンの心を満たして行く。そこまで思える仲間がいても、こんな悲劇的な願望の成就などあろうか。自らライデンとゲッコウの命を奪っておいて悲願達成とは滑稽でさえあった。
そして、如何に氣を強化させても、この強化状態でヒエンは戦ったことはない。力が暴走するだけだ。氣の制御は困難。氣を集中させ鋭くするという南斗聖拳の本質から離れている。
今のシンにとって、この狂気と死を以って挑むヒエンですら、少しも脅威に思えなかった。

「では!」
ヒエンが堂々たる立ち姿でシンに呼び掛ける。
「いいいくぞ!! シン!!」
ドン!!
毛細血管の浮き出たヒエンの顔がすぐ目の前に迫る!
シンの予想を上回る凄まじい速さであった。

確かに予想は上回った。しかし、これは油断ではなかった。予想はしていたが、決め付けてはいない。
加えて、凄まじく速いものの、サウザーの、そして今やその速域の住人であるシンを捕まえる程のものでもなかった。

ビビュン!!
その速さから繰り出されたヒエンの突きは鋭さも威力も十分。
だが! やはり躱すのは容易なのだ。
思った通り、ヒエンは力を制御できていない。今のシンから視ると、そんなヒエンの突きですら雑味が感じられる。透明感がない。
無論、透明感とは感覚的な話なのだが、裂かれた空気の散る様子、氣と体の連動に見える齟齬、そしてそれらよりも、狂気故の単純な勢いだけの思考。全てかけ離れている。
総合力なら元のヒエンより上でも、既にシンを脅かす要素がまるきし見当たらない。

「おのれ! シン!!」
ビシュ! ドシュ!
冷静さを欠いたヒエンの大きな攻めも、シンには完全に読まれていた。段々とシンは、ヒエンのその命懸けの猛攻をさえ、最小の動きで見切りはじめた。
スキが多い。ヒエンの速いだけの突きを躱しながら、「ここで入れられる」と心中にて己が技を試す。
一撃一撃、徐々にヒエンの攻めは鋭さを増して行くが、代わりに出血と生命力の浪費も大きくなっている。
続くヒエンの一撃からは、遂に増し続けていた鋭さが損なわれはじめた。
それでもシンに油断はなかった。敢えてそう見せての最後に、ヒエン渾身の一撃を溜めている可能性を否定しない。

「ヒエン、、」
当たらない攻撃を繰り返す度に、ヒエンらしからぬ汚い言葉が発せられる。それに伴いヒエンの力が急速に失われている。確実にヒエンの命が萎んで行っている。

「くっ! 当たらない! 何故だ!」
「、、、、」
「フッ、、フフフ、、こういうことですよ、シン様」
「?」
「我ら南斗も北斗神拳の秘孔点穴術を極めようとしました。なのに、その企ては成功したことがない」
ヒエンが寄る!
「ほぉう!」
またヒエンが距離を詰め、動きの大きい旋風脚を見せるも、、ただ空を切る。ますますシンに当たる見込みはない。
「フッ 当たらないか、もう、、、」
「ああ、当たらない。もうな」
ヒエンの肉体から柔らかさがなくなり、重く硬直して行くのが、シンの氣眼にははっきりと視えた。
「そう、、南斗が秘孔点穴術を得ようとすると、不思議とその者は何処へと消え去った。或いは拳士同士の私闘にて命を落とした」
「、、、」
「何故か。それは貴方もご存知でしょう。北斗神拳は自分たちの秘術を決して渡さない。それでいて他流派からは見ただけで奪う!」
「、、、ヒエン」
南斗聖拳組織には、自覚もないまま北斗のスパイにされている者も多い。それもわからずに親北斗派もいるのだから馬鹿らしくて可笑しくなる」
そう話すヒエンの足元の血溜まりは広がっていく。浮いていた顔の血管も治まり、血の気の引いた青白い肌が、皮肉なことに本来のヒエンの美形を際立たせる。
南斗聖拳を愛したのに廃された私たち南斗宗家。もちろん、北斗神拳の使い手どもによって悪評を流され、時に秘孔点穴によってそう思い込まされ、南斗聖拳そのものによって危険視され、排斥された!」
「、、、」
「南斗には絶えず内紛があり、将星と正統血統が反目するように謀られた。結果どうなりましたか!?」
普段の優しげで、どことなく浮世離れしたようなヒエンに、これほど強い北斗神拳への怨念があったことに驚く。
「門戸を開き、流派を増やすことで発展した南斗聖拳の筈が、奥義の密度は薄まり、最高峰の六聖拳ですら北斗神拳に及ばない、、、そのように、謀られたんですよ」
「その怨み、怒り、憎しみ、、、全て俺の力となっている。安心しろ」
「、、、そんな気はしませんが、、、しかし、私の時間ももうここまで」
「、、、、」
「ならば、、」
とヒエンが目を閉じた。シンがその隙を狙わないことを知っている。
「このヒエン最期の秘拳、見てもらいます!」
「見せてもらおう」
シンは油断なく構えを取った。自身の拳は「南斗聖拳」としての幅を大きく拡げたが、いざという場面は「孤鷲拳」の構えが出る。
しかも、孤鷲拳は南斗源流直系であり全ての南斗聖拳の骨子を色濃く残した拳。散らばった南斗諸派がここにまとまるにおいて、最も相応しいのは、まさにシンしかいなかった。

「哈ぁぁぁ!」
ヒエンが氣を、そして命を振り絞る。
そして!
「南斗宗家最終極義!紅漿霧!!」
瞬間!ヒエンの命の躍動が止まった。その直後!
バッ!!
血と氣が爆ぜてシンの眼前に、紅く濃い霧の壁が作られた。シンは肉眼も氣眼も共に眩まされた。
受けに回ったがため、思い掛けないヒエンの大技に完全に絡め取られる状態となった。氣だけでなく、体内の血液を瞬時に吹き出させる死亡確定の秘奥義。
いや、既に終焉節によりヒエンの死は確定している。シンはここにヒエンの武の極みを見た。
ここで鶴嘴千本を投げ付けられては、気配でも目でも視ることは困難。シンは止むを得ず千の突きで無闇矢鱈の防御壁を張り巡らした。

シンの千手突きが、目の前の血と氣の障壁を払い退ける。
手応えあり! 数本の鶴嘴千本を斬り落とした。
しかし、千手突きの一瞬に氣を集中したため、ヒエンの位置を見失う。それでなくても死を賭けた壮大な目眩しの中にあったのだ。
それでもだ、研ぎ澄まされたシンの聴覚は、ヒエンが高く跳躍したのを感じ捉えている。
鶴嘴千本を投げ付けながらの跳躍、いや飛翔。まさに飛翔、そして、、、
「(美しい)」
南斗水鳥拳の男レイは、その最期の奥義にて同じ南斗六聖拳の一人ユダの心を奪い、その心の虚無に勝利の一撃を極めたと聞く。レイは最後の最期で自身の拳の極みに到達したのだ。
もちろん、レイの最後の飛翔は見ていない。故にシンはこのヒエンの飛翔に別の影を見た。


ヒエン、、、才なき者よ。確かにお前に才あればレイやユダを超えていたやも知れぬ。だが、お前にその天質はなかった。だから、技が極まったのだ。

 

ヒエンが最高点に達し、シン目掛けて落下に移行する。
ガッ!
ヒエンは強く合掌し、全ての力をその両掌に込めた。もう防御も回避もない。どうせヒエンはここで死ぬ。攻撃力に全振りの捨て身の一撃!

「甘えるな」
シンは呟いた。
頭上高くからの全霊の一撃など、その場を移動するだけで容易に避けられる。相手が自分の一撃に付き合うこと前提の死技だ。

何故にそんなものに付き合う必要がある?

熱い思いなど、一振りで無効にできるのだ。南斗聖拳は戦場の拳だ。そして暗殺拳だ。実利の拳だ。

なのにシンの脚はその場から離れることを拒否した。命が尽きようとしているヒエンの一撃を、無下にすることができなかった。

「うぉおおおぉ!!」
落下速度、、その「遅い」ヒエンの空襲。しかも「正直」な一撃。その場を移さずとも見切るのは容易だった。かと言って、シンに油断はない。目と氣でヒエンの全てを洞察する。その時間的余裕がある。

「(いい目だ、ヒエン。悲しいな。救うために殺さねばならぬとは)」

そして、、、

ズン!!

ヒエンの両掌渾身全霊の突きを受け止めたものは、シンの左の、、、掌だった。ケンシロウに破壊され、奇跡的に回復したものの、その表裏の傷が消えることはない。
その刹那の後、ヒエンは着地もままならず、崩れるように地面に叩き付けられた。

 

「、、、これほど、差が、、、さあ、、トドメを」
もっと言いたいこと、話したいことはあるであろう。
その時間も力もないのは明らかだった。限界はとっくに振り切っていた。

しかし、、、、

 

「! すまない、ヒエン」
介錯の必要なし。ヒエンは既に事切れていた。

「お前の最後の飛翔、、、、サウザーを思い出させた。倒すためでなく、散るための、、、」


ヒエンは元の顔に戻り、実に安らかに眠りに就いている。自身の血で紅く染まっては紅鶴拳にもなれぬのに、それでも最後の飛翔は美しく且つ雄大だった。

 

「さらばだ、ヒエン。さらばだ、南斗宗家最強の戦士、南斗三面拳」