妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

129.

聚聖殿から出て進むこと一時間弱の距離にある深い谷。そこに今回目的の修練場がある。

谷の遥か下に川の流れが見える、落ちたら南斗聖拳の拳士であろうと助からない高さである。
その谷底から数十本の石柱が伸びており、その上、直径1mほどの円形の足場で戦うことになる。
石柱同士の距離は近くても1.5mは離れており、高さもまちまちだ。拠って平地のような移動は不可能。
つまり、相手の立っている狭い足場に飛び込むか、或いはこれが本旨だが、空中戦がメインとなる。
今宵はここで三面拳の一人であるヒエンとやり合うことになる。

「それではシン様、いつでもどうぞ」
この特設ステージでヒエンとやり合うのは初めてだった。
ヒエンの体術は僅差とはいえ三面拳随一で、特に跳躍しての空中からの攻めは、鷲の拳を基盤とするシンから見ても感心するほどの腕前であった。特に、、
「ヒエン、そんなオモチャを隠し持っていたとは」
裂気の使用を禁止しておいて自分は飛び道具を使う。女性的な整った顔立ちのヒエンがやるだけに残虐性や狡猾さが際立つ。
「これは鶴嘴千本。鶴の嘴で鶴嘴と書きます。しかし、隠し、隠すの意味合いも含んで、、、」
言葉の途中で切り、ヒエンが高く舞う!
「哈! 鶴嘴十字打ち!」
金属製で、両端が尖った細い大針。指穴のない峨嵋刺のような形状だった。




そのヒエンと今宵向かい合うはこの特設ステージだ。
何を配合しているのか、各所に据え付けられた沢山の篝火からは青い炎が燃え上がり、小さな足場となる石柱を明るく照らしている。

 

「では行かせてもらおう」
ヒエンから学ぶべくは舞の要素。空中での優雅華麗な武舞だ。実利の拳である孤鷲拳の使い手であったシンからすれば、水鳥拳や紅鶴拳のように、ある意味、利を離れた拳は肯定し難いものである。
しかし、それが敵を惑わし酔わすほどの度合いに達したなら立派に奥義となるだろう。だからこそ、それらの拳は南斗六聖拳に数えられているのだ。

 

「哈ァ!!」
ヒエンが飛ぶ! 南斗鳥人拳。その跳躍は高く軽く柔らかい。
「フォ!」
シンも僅かに遅れて夜の空を舞う。厚く暗い曇天に、重力に逆らった二人の長髪の拳士が拳を交える。
落下地点も考慮しなければならないため、シンの跳躍には迷いもあった。そのため、本来格下のヒエンの高さに及ばず頭上を取られた。
ガガッ!!
ヒエンの上からの突き刺すような蹴りを、いや事実まともに喰らえば串刺しにされるだろう蹴りを受け流して防ぐものの、宙での制御を失いシンは頭から落下した。
運良く石柱の足場に身体を回転して着地、、とは行かず、谷底目掛けて石柱の間をすり抜けるように落ちて行く。
だがシンに焦りはない。南斗の拳を石柱に突き刺して落下を止めた。
こんな真似をして関節や骨を損傷しないのも、今更ながらだが、彼らが人間は元より野生動物の範疇からも大きく逸脱した身体強度を有しているからである。

石柱の上で余裕な体でヒエンは見下ろしている。
「大丈夫ですか?」
シンにとってこれがヒエンの気に入らないところだ。自分でこちらをこの状況に追いやりながら、その一方で本心から気遣いを見せている。
三面拳の中でも天才と言われる力に恵まれながら「成り切れない」心の弱さが腹立たしい。この手の男は怒りの力を借りないと、その本領が発揮できないのだ。

「気を遣うな、氣を使え!」
シンは突き刺してある右手をとっかかりに身体を持ち上げ、石柱の側面を蹴り斜め上に跳ぶ。そして別の石柱を蹴り、また跳ぶ。これを数度繰り返し石柱の足場に舞い戻った。
「流石シン様。お見事」
「フッ」

そのつもりはなくても、ヒエンの言葉は挑発としてシンには聴こえる。
トーン!
シンが舞う。鷲の拳ではない。まだ知識だけの南斗紅鶴拳、朱雀天翔。
「哈ァ!」
ヒエンも舞い飛び宙返りしながら懐を探る。シンに向き直った時、両手に用意しているものは、得意の鶴嘴千本。
それを宙空のシンに向けてを三本ずつばら撒いた!
「チッ」
思い通りにはさせない!とばかりのヒエンの鶴嘴千本には手を焼く。もちろんヒエンの方とてこれで勝てる相手でないのははじめから知っている。
ヒエンが相手にしている男は南斗「聖」拳伝承者となる男シン。
鳥人拳鷹爪殺!」
空中での南斗の突きを、数ではなく速さと正確さで遠慮なく撃って来る!
シンも限定した能力の中ではあっても、その全開の感覚でこれらを凌ぎ、
「は!」
と、逆に蹴りで返り討つ。
「うっ!」
空中でのバランスを失し、ヒエンは先ほどのシンと同様に石柱の隙間に向かって落ちて行くが、ガシ!とシンがヒエンの左手を掴んだ。
「シン様、、、」
「まだ俺の水鳥拳も紅鶴拳も形にならん。お前の飛翔術はまだ必要だ」
「シン様、、、、フフ、、私がこのまま本当に落ちるとお思いになりましたか?」
「!」
シンの手を払い落ちながら、右手で鶴嘴千本を投げ付ける!
そして手近な石柱を蹴り、シンと同じ方法で登って来る、、、後半が異なっていた。垂直の石柱を走り登り、最後の一歩でまた高く舞いながら千本をばら撒いた。
シンも距離がある分、躱すのは容易だが、その着点を狙ってヒエンは千本を投げ付けている。優しげな顔の割に侮れない。

「シン様、、、生意気なことを申し上げてよろしいでしょうか?」
「構わん。この場にあってはヒエンお前は俺の師だ」
ヒエンは俯いて微笑した。師と言われても相手のシンは全力ではないのだ。
「シン様、、南斗水鳥拳にしても紅鶴拳にしても、レイ様やユダ様の格にまで上がることはないのです。シン様とてそれでは時間が足りません」
「何?」
「それを目指しても、やはり本家には及びませんし、それでは結局、中途半端な技を徒らに増やしているだけに他なりません」
「、、、」
「シン様が目指すべきは全ての要素を元から含んでいた源流の南斗聖拳です。しかも現在の南斗聖拳は当初よりもずっと進化している。拳聖レイゲンの南斗聖拳よりもずっとです」
「、、、、」
「大きく広がった南斗の諸流派を」
と、ヒエンは人差し指を立てた。蒼白い炎がうっすらと汗の滲むヒエンのきれいな顔を光らせる。
「また一点に集め直すこと。どうかお忘れなく」
シンとてそれは理解していたが、改めてはっきり言われることで、更に心深く思いに落ちる。

ストン、、、
石柱の舞台から降り、ヒエンはシンを見上げた。
「本日はここまででよろしいでしょうか? これ以上は私が限界です」
当然だった。技の実践はほとんど実戦なのだ。六聖拳ですらないヒエンにかかる負担はシンの比ではない。
「今、編み物に凝ってましてね。この辺りも夜は冷えます。今マフラーを編んでいるところです。出来上がったら今度差し上げます。受け取り拒否はなしですよ」
編み物、、、、引き気味なシンを後にヒエンは去って行った。
これがヒエンという男だ。

「ヒエン!」
離れたヒエンに声をかける。
「次はゲッコウの元を訪ねる。奴は今どこにいる?」
「竹林でしょう」
「わかった」

ゲッコウ、、、奴は大概そこにいる。