妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

137.

ヒエンの冷たい身体を抱き、シンは彼らしからぬ悲しみの深き谷の中にいた。

「なんとなく、最後はこうなるのではと予想はしていたが、これは決まっていたことなんだな」
シンの独り言ではない。背後の気配に言っている。南斗宗家宗主バルバである。
「彼ら三面拳の気持ちを汲んでやってほしい。そなたが聚聖殿を訪れた時、彼らの死は定まったのだ。それほどの思いを、彼らはそなたに懸けていた」
「何故だろうな」
「どうした?」
三面拳の死は悲しい。それこそ、途轍もなくだ。ユリアが身投げしたあの時とは比較にならないまでも、深い悲しみであることに変わりはない。
こんな時は土砂降りの雨に打たれたい。それなのに雨はとっくに止んでしまっている。

「まだ俺の悲しみは足りないか? それともまだ技を究めていないから、俺は無想転生に至らないのか? それとも、、これが南斗聖拳の限界なのか?」
バルバはすぐには答えなかった。彼の中では目まぐるしい計算が繰り返されている。
「愛の深さ。それが重要だ。技を究めても、このはじめの資質を得ることは、恐らくできぬ。だが、、」
シンはバルバに背中を向けたまま、その続きを待っている。
「そなたの中には三面拳によって学んだ武技がある。まるで分身のように、そなたの中に生きておろう。意識せずとも彼らが必要な状況に応じて姿を現す。そなたの南斗聖拳という至高の武技の上に」
「、、、」
「それでも北斗神拳の無想転生、、「無」には及ぶまい」
無、、、、無さえ南斗聖拳で砕いて見せよう! そう嘯いたこともある。結果、ガルゴの元斗究極奥義である無心に敗れている。大敗だった。
今までの南斗聖拳では「無」に勝つことはできない。それをシンは自身の経験から知っている。

「そなたが学ぶ最後の技は「無」をも引き裂く真の力だ」
また繰り返されるこの言葉。
シンは元から南斗の人間だ。闇の世界の住人だ。ここから更に暗く冷たい下の世界に行けという。常人には覗くことも不可能な暗黒の極みに堕ちろという。
だが理解している。それでなくては北斗神拳には勝てないことを。闘神の域に達したケンシロウに勝てないことを。
スッとシンは立ち上がった。
「三面拳を弔いたい」
「ライデンとゲッコウは既に霊安舎に、ヒエンは、、、」
「俺が運ぼう」
死体は、、重い。今回は特にそう感じられる。
「南斗の拳士たちの慰霊園がある。彼らもそこに葬られる」


ケンシロウへの怒りなどない。
左手を潰され、北斗の死拳を十字に叩き込まれても、あれは戦いの結果だ。怨みもない。
それよりも、、、過去を振り返って、友と呼べる者は、今日同時に三人とも失うことになった彼らを除けば、やはりケンシロウしかいない。
ユリアが愛した男だから、という湿るような感情も今では湧くこともない。

だがだ、、、、、
今やシンは南斗聖拳唯一の伝承者となり、しかもそれは真の南斗聖拳と言えるものに昇華されつつある。
その滅びに面した南斗聖拳を名乗るのであれば、覚悟の上で背負わねばならないものもある。
バルバや不気味な黒ローブたちのことはどうでもいい。ただ、三面拳や北斗神拳に敗れ去った南斗の拳士たちの思いを他人事として捉えることは、もう許されはしない。

シンは思い詰めたまま遠く一点を見つめている。

、、、、、ズ、、ズズ、、、ズズ、、ズズズ、、、
視界の端が侵食される感覚がある。
自分の呼吸音がやけにはっきりと聴こえた。
呼気に体内の汚物が混じるような感覚があった。

「お、おお」
この予想通りと言えるシンの変化に関わらず、バルバは思わず慄いた。予想通りの変化ではあったが、今にも湧き上がる寸前の黒い闘気の中に感じる、南斗が持つその独特の鋭さは、それ自体がバルバの予想を大きく超えていた。
だが、、、
「霊廟に案内してくれ」
「、、、、」
「どうした?バルバ」
「いや、、こちらだ。案内しよう」
バルバはほぞを噛む思いだった。ギリギリでシンはとどまったからだ。
まだ足りぬ!とバルバは怒りに近い感情を内に孕んだ。
南斗の主星帝王サウザーや、近いところではガルダを討ち取られ、三面拳の死を賭した思いを受け止めても尚、この男は魔界に堕ちぬ。
ニイィィ、、、
しかし、シンから見えぬのをいいことにバルバは口角を吊り上げた。まだ足りぬでも構わぬ。手は残っている。焦ることはない。極上以上の魔神に、この男はなり得る!

 

 

「墓と棺まで既に用意を」
「これは三面拳が望んでの結果だ。全ては南斗聖拳伝承者が北斗神拳に勝利するための礎になる、と」
飾り気もなく、いや、飾りはいらないだろうが、勇猛な拳士の弔いの地としては、あまりに簡素だった。
「こんなものか。こんなもの、だな。所詮殺人者の墓場だ。墓があるだけいい」
シンとバルバが見守る中、黒いローブの男たちが棺を穴に納め、土を被せて行く。いつもの黒ローブの不快な老人ではなく、若くはないが力はまだ十分な者たちだった。顔に痣もない。

「シンよ、、、」
埋葬される三人の棺から目を逸らさず、シンはバルバに耳を傾けてた。
「この近くに、、」
「、、、、」
南斗聖拳の先人たちが、北斗神拳抹殺に焦点を定めて代々鍛錬を繰り返した古の修練場がある」
南斗聖拳の中でも古代の拳士たちか」
「そう。聖十字霊拳の頃から含めれば、それはそれは永い年月を経ておる。行ってみるか?」

 

バルバが先導し、二人は暗い石道を進んで行く。するとすぐ、例によってかなり年代物の大きな鉄扉の前に出た。
扉の両脇には黒ローブの男が見張り役なのか、退屈そうに突っ立っていたが、バルバを認めるとまさにシャキッと背筋を正した。
「バルバ帝」
軽い会釈の後、二人の黒ローブは鉄扉を力任せに開き始めた。単純に筋力であり、氣の発現はない。この二人も比較的若く、顔の痣もない。

開かれた扉の先はそのまま階段になっており、光を吸い込むような闇が遥か下方へと続いている。
「これより先は、南斗聖拳の拳士以外は立ち入れぬ。私も多少の聖拳は扱えるが、流派を代表する正式な拳士ではない」
確かに、とシンは独りごちた。拳士や戦士の類でなく、むしろ魔術師や妖術師の範疇に入るだろう。それよりも妖魔の類か。
「故にシンよ。そなた一人でこれを降りてみよ。さすれば感じるだろう、そなたであれば」
「、、、何を」
「南斗の男たちの無念、いや怨念の数々を」
「そんなものは信じないのだが」
と言い残し、シンは松明を受け取ると暗い石段を降り始める。電気の供給は可能だろうに。これも雰囲気作りか?と内心思いながら。
シンが降りて行くのを確認し、鉄扉は閉じられた。そしてバルバは黒ローブ男の一方に目配せした。男は無言で頭を下げると何処ぞへと急足で消えて行く。
残った一人はバルバと二人残る形になり、その恐怖で居心地が悪い、それ以上だ。
「ぬしは何処ぞへと引っ込んでおれ」
如何にも邪魔臭そうにバルバは言い捨てるが、むしろ男にとってはこれ以上ないほど待望の好ましい言葉。
男は一礼し去って行く。その背中にバルバの視線が突き刺さるような気配を感じるが、実際はバルバがその男に示す関心はゼロ。見ることもなければ既に意識の外に追いやられていた。

 

数分後、代わりに現れたのは老齢ながら力強い歩みをする巨体の男だった。
「バルバ帝」
「そなたか」
「亡霊、、、私には信じ難いのですが、亡霊がかの男に何かを訴えかけるとでも?」
「フフフ、そんなことを考えていたか」
「、、、、なるほど、そういうことですか。壁を見れば南斗の爪痕がある。染み付いた汗と血の匂いがある。既に敵は北斗という偏った先入観に支配されたかの男なら、それら古い小さな断片が力の元となると」
地の底から響くような低い笑い声がした。バルバのものだと理解しているが、あまりに不気味が故、リハクは鳥肌が立った。
そんなリハクをバルバは睨むように見やり、きつい口調で言う。
「何を言っておる! 北斗神拳は敵、これを偏見だと言うか?」
「あ、いいえ」
数多の戦場を越えてきたリハクが恐怖した。ズワワ、、、バルバの影が揺らぐ、そんな気もした。
「それとだ。かの男だの何だの言うが、そなたは南斗聖拳伝承者への敬意に欠けておる。そなたが仕えた将の一人は既におるまい。シンは唯一の南斗聖拳伝承者にして、南斗宗家新たな宗主となるのだ。気を付けるがいい」
「、、、は」
「フフ、、亡霊な」
不快感を表した後の急な笑顔でも、少しも気が緩められない。逆にバルバの不気味さが際立つ。
「南斗の拳士であろうと感知できぬガスなどいくらでもある。シンに幻影を見せる」
「幻覚ということですか」
「だが騙しではない。動機付けというところだ」
リハクは鳥肌を通り越して寒気を覚えた。北斗神拳だけは純粋に拳技で凌ぐ、それ以外は何でもありか。
「空腹だ。シンが戻るまで時間はある。そなたも共するか?」
「いえ、遠慮させていただきます」
「フフ、、王族の食卓にあずかるなら、そなたはすぐに私に継ぐ地位だ」
「このリハク、とてもそのような格にはありません」
「そうかね」とバルバは笑いながらその場を後にした。

一人残ったリハクは唾を吐きたくなるのをギリギリで堪えた。口の中に汚物が在るようで気持ちが悪い。
何が王族の食卓だ!
あんなものを口にしたなら、このリハクも悪鬼羅刹に堕ちよう。如何に時代が時代でも限度がある。やはりこの南斗宗家は滅びねばならない。
そのための問題は多いが、既に蝙蝠は動いている。最大の難関は言うまでもなくバルバ。奴の力は底が知れぬ未知のもの。
やはり北斗神拳伝承者ケンシロウの助力が必要だ。助力どころか主力になろう。
だが、そんなリハクでさえ、シンとケンシロウの、つまりは南斗聖拳北斗神拳の完全決着を邪魔する気はない。
果たして、この重い扉が再び開かれるとき、シンはどれほどの魔神となって姿を現すのか、、、
思いつつ、リハクも場を後にした。