妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ21.ユダ

拳王を迎えるために俺が準備したのは山間にある、かつて栄えた世界での旧温泉街、、、の近くにある、学校と呼ばれた施設だった。
俺は特殊且つ上級国民の家に育ち、後に南斗聖拳組織に送られている。下々の民を寄せ集めたこのような施設とは無縁だった。
感傷に浸っているわけではない。俺はそんな者どもとは違うということだ。

世界は世界戦争の被害のみならず、気候の激変によっても荒廃し切っている。しかし、この地の天然温泉は枯渇もせず質も悪化は見られていない。なかなか奇跡的なことだ。
「あの豪快な拳王を招くのだ。このくらいが丁度良かろう」
と、俺が拳王のために設えたのはプールとして使われていた水溜めだった。美しい景観をゆったりと眺めてもらうというのは拳王ともあれば珍しい経験ではあるまい。
広さを追求したこの湯船と言うには大きすぎる豪快極まりない風呂で覇道の疲れを癒してもらいたい、、、
などとは当の拳王にも簡単に見抜かれる嘘の謳い文句に過ぎない。
あの男がのんびりと温泉を楽しむなど考えにくい上に、覇道の疲れなども無縁であろう。奴は内側から湧き上げる、いや、突き上げる衝動で止まることができない男ではないか。
俺がこの広さに拘ったのは、このプールが拳王との戦いに臨むステージだからだ。
シンプルだ。だがシンプルであることは時にベストだ。策を巡らすほど、一度の小さい破綻が全てを台無しにする。
「ユダ様! け、拳王が来ました!」

拳王軍らしい行列だ。物見遊山な様子は微塵たりと感じられない。行軍の途中に立ち寄ったようにしか見えなかった。
もっとも、拳王本人とてこちらの申し出に乗りはしても、これが善意によるものなど、これも微塵たりとも思っていないだろう。
「よく来てくれた拳王」
黒い巨馬に跨った黒い兜と鎧を着込んだ拳王ラオウ。このユダの気持ちが引き締まる。
サウザーと会う時はある種の劣等感を刺激されるのに対し、この拳王はというと、常にこちらを萎縮させるような重苦しい氣を撒き散らしている。
拳王の後方の兵たちは石像と化したかの如くに直立し、視線が移ろうこともない。拳王に対する恐怖がこれら自軍の兵士たちを金縛りにしている。
俺は敢えて再び化粧を施し、赤い道化のような衣装を身に付けている。これまでと変わらない俺自身を見せるためだが、今の俺にとって化粧やこの衣服は煩わしくて仕方がない。
「、、、、」
拳王は無言で俺を見つめている。いや、見据えていると言い換えよう。弱い人間ならこれだけで自分の企みを白状してしまうだろう強い視線と重い沈黙だ。
ブワサッ
黒一色の中、マントの裏地だけが紅い。それを翻しながら拳王は下馬した。見る者が見ればその振る舞いは、正に世界の王がこの地に降臨した瞬間にさえ見えるだろう。
でかい。俺より30cmほど高い身長。幅もある。単に肉と骨の塊であればこれほどの圧を感じることはない。これが氣を放つとなると巨体な分、さらに氣圧が増し加わり、俺は後退りしそうになるのを堪えた。
「早速だが、、、豪胆で名を天下に馳せる拳王に相応しい風呂を用意した。装飾などなしだ」
「、、、、」
空気がズンと重い、、、常に眉間に皺を寄せ過ぎて皮膚が角質化しているのか、額が異様な形を為している。まるで深い刻み傷だ。
まだ一言も発しない拳王のその目は、こちらに疑いを持っていることを隠さない。それで構わない。罠と言わないまでも何かしらの企みを予想しながらここに来たというのであれば、その望み通りに行かせてもらうだけ。
同盟関係にあると言っても拳王がこちらに何らかの期待をかけているとは思わない。サウザーという敵を見据えた上で、俺たち小さな組織が煩く飛び回るのを少しでも抑えられたら、というところだろうことは知っている。
とにかくだ、この豪快であると同時に慎重な男拳王が、俺の何かしらの意図を感じながらもこの誘いに乗ったということは、転じて考えれば俺を一個の拳士として見てはいるということだ。
この時代でも、旧い時代の知識と乏しいながらも様々な材料はあるのだから、爆薬などによる罠を警戒しないわけはない。
リュウガかザクはこの誘いを「拳王様、お考え下さい。これは罠に他なりません」くらいの進言はしているだろう。
その上で乗って来たということは、南斗六聖拳の一人、このユダの拳士としての矜持を踏まえてここに姿を見せたということか。
拳王、、、、貴様を倒せるとは思っていない。同盟破棄が目的だ。だが、貴様を前に口だけで破棄など難しかろう。破棄した瞬間から敵なのだから。
寧ろ感謝しよう。この同盟のおかげで拳王にも聖帝にも組み入らない単独組織としていられたという面は確かにあった。




流石は拳王。この俺の「ユダの女たち」に並ぶほどの女たちを侍女に迎えていたか。甲冑を外すのも手慣れた女たち。
フッ、、白フンか。、、、ただ巨体だというだけではない。あの人間離れした筋量と骨格。無駄なく引き締まっていて、その身体でも素早く動けるのがわかる。北斗の拳を別にしてもだ。
「案内してもらおう」
「こちらだ」
拳王め、、、とことんこちらの興に付き合ってくれる腹のようだ。この男が、のこのこ風呂に連れて行けなど、現実とかけ離れている。
途中の廊下で緊張の面持ちを見せながら直立する俺の兵、、、昔で言う傾奇者のようなナリだ。統一された甲冑で身を包んでいる拳王のそれとは質の違いを思わせる。
俺はそんな頼りない兵士の一人と目配せした。バカめが。不自然極まりない。拳王が見逃す筈もあるまいて。
だが構わん。
「これだ」
完全に学校のプールだ。先に陣取っている拳王の兵たちも不機嫌な顔を隠すのにも疲れているが、プールサイドには馳走を用意してある。
頃合いを見て接待の女たちを付ければ、情けなく目尻を下げるだろう。ただ、そんな用意はしていない。
「先に詫びる。それらしい一室を用意することはできたのだが、それでは目新しさがないと思ってな。敢えて珍しいものをと思った結果こうなってしまった」
「、、、、」
「だが見ての通りの景観。そして新鮮な山の物を用意した。側近たちの分も準備してある。もちろん、酒と女もだ。湯は源泉を温めたものを張ってある。浅いかも知れぬが、この広さであれば窮屈を感じることはないであろう」
「、、、、、、」
まだ黙しているか拳王。そして兵士たちの緊張がこちらにも伝わって来る。わかっている。信用できる筈はなかろうて。
俺は長い柄杓を取り、プールの湯を掬い取った。それで手を濡らし暗に危険がないことを見せつける。
「うむ、良い湯加減。しかもこの湯、飲むことも可能。もちろん、湯船は綺麗に清掃済みだ」
これは本当だ。俺は柄杓の中の湯をさらに別の小さな柄杓にて掬い、飲んで見せた。何らかの毒が混入してあるが、前以て解毒剤を飲んでいる、とでも思うか? 拳王の側近たちは。
「?」
拳王が動いた。ドボン!と右脚からプール、いや湯船に足を踏み入れた。側近どもは「あ!?」と声を上げそうな顔をしている。気持ちはわかる。
「どうだ拳王、、加減は?」
俺は座り込む拳王に声をかけた。拳王は一言返した。含みのある言葉だった。

「ぬるいわ」