妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ.24

一体、何が起きたんだ、ユダに。
こちらを侮り、見下すような素振りもない。
本当にユダか?この男は。
そう疑うほどに落ち着いている。
というよりも、、、凄味がある。
纏っている。
この男もラオウと同様に闘気を纏っている。もちろんラオウほど強大なオーラではないが、近寄った物を全て切り裂くような南斗独特の裂のオーラだ。
理由は不明だが、正体の掴めないような妖しい男であったユダがこうまで変わっている。拳王から聖帝サウザー配下に組み行ったことに関連があるのか?
だが、俺にでもわかることはある。自身の経験からそれが理解できる。
変わる時、人は変わる。
ただ生憎なことに、俺は今、あの死人の境地に、、、南斗義の星として最も強く輝いたあの時のようにはなっていない。
「俺は」
ユダが言葉を投げかけた。
「昔のユダではない。それは見た目からもわかるだろう」
!!
しえあっ!!
いきなりユダが仕掛けた!!
遠い間合いだが、裂気によるユダの手は長い。俺よりも長い。空気と乾いた地面を斬り裂きながら氣の刃が迫る!!
この世界では経験していないが、あの恐ろしい記憶が脳裏を掠める。水面を裂きながら迫るユダの秘拳。目では捉えていただけに、襲い来る刃は恐怖そのものだった。
咄嗟に横に逃げ、俺はユダの裂波による先制攻撃を回避した。
「避けられると知っていた。これは始まりの合図だ。悪く思うな」
ユダ、、、
「構わんさ」
あの時と比べれば、些か安い舞台だが、あの村にはまだマミヤたちが残っている可能性がある。
いや、残っている筈だ。マミヤはそこそこ戦えるがアイリたちでは、この非情の世界を生き抜いては行けない。
あいつらを守る為ならば、この戦いも十分理由になる。
この俺の義の星が光り輝く理由に。
俺は構えを取ってユダの動きを待った。流砂で脚を取られてはいないのだから、ユダも裂波だけで俺を倒せるとは思っていまい。
「ゆくぞ!レイ!」
ズダダダダ!
斜め下に広げた両腕のままユダが迫り来る! だがその表情はまさに冷徹なる拳士のもの。俺の水鳥拳への嫉妬や殺の激情が出ていない。
これは手強いな。
間合い!
「!!」
ドシュ!!
速い!! 流石に最速の拳、南斗紅鶴拳!!
蛇鶴の構えからバカ正直に撃って来た突きのその速度に驚く。俺が「知っている」ユダの突きよりも疾い!
だが!見えている!
フゥ、、、続くユダの突きをただ退がるではなく、斜め後方に、例のトキの動きで躱した。
「! レイ、、、こんな動きもできたのか。だが、そんな動きでは次の俺の攻めを凌げるか?」
生憎、こちらもトキの動きを究めてはいない。しかしここで迂闊に反撃に転じるべきではない。このユダの凄味、、、初対戦と言っていい。いや、初対戦ではあるのだが、、、こちらでは。
ユダの拳は速いが、俺はそもそもユダに間合いを取らせない。当然こちらも攻めることはできないが、ユダの集中が切れる時を待つ。
ユダの油断に乗じて前に出る狙い。この宿命である筈の戦いはすぐにでも終わるだろう。もちろんこの狙いが当たればの話だ。
整えられた足場ではない。ユダの動きを避けながらも、足元を気にしておくのは思った以上の労力だ。
ユダの部下たちもいつの間にか俺たち二人から遠くに避難している。
冷静にユダを観ているつもりでも、俺も実際かなり追い詰められている。
「いつまで逃げている?」
挑発に乗るな。
「そんなものか? それは俺が知る南斗水鳥拳ではない。少しも優雅華麗さを感じぬ」
くっ、、、俺の拳はトキの柔の拳を修得するため、今は過渡期にあると言っていい。動きに「膿」があっても仕方がない。
「そんなお前の拳に、、」
ユダが詰める!!
「俺は酔えん!!」
!!
南斗紅鶴拳奥義!裂波狂斬舞!!」
流砂で脚を取られた俺を斬り刻んだあの技!?
これほど鋭い拳の連撃では流すも何もない。俺は反射的に宙へ跳んだ。
ザゾバゾン!!
不吉が過ぎる音を立てた下方を、俺は見た。上がる砂煙の中、俺を見上げるユダがいる。
空中戦となるか!?
その思いと裏腹にユダの追撃はなかった。俺の南斗水鳥拳の空舞を恐れたわけではない。それを言葉よりも語っているのがその蔑むような目だった。
「何だその跳躍は? 南斗水鳥拳なら飛翔しろ。確信した。俺は今のお前では踊れない」
着地した俺にユダが言葉を投げ付けた。
「俺は自分の道を得た。今の俺にはキサマなど敵ではない。俺は南斗紅鶴拳伝承者、妖星のユダ。キサマに六聖拳の称号は不相応」
「なに!?」
「上には上がいる。キサマが必死で跳んで逃げた今の技は、あの拳王ラオウには傷ひとつ付けられなかった」
ラオウに!」
どういうことか? ユダはラオウと戦っている? それでサウザーに付いたということか?
「そうだ! ラオウだ! キサマがまるで歯が立たずに敗れ去ったあのラオウだ!」
ちぃ! 拳士としての誇りを汚されたようで俺は冷静さを失った。
、、、、!!?
「なに?」
俺は、、拳王ラオウとは対決していない!
そう、「こちら」では戦っていないのだ!
「ユダ!」と俺は声を荒げた。先ほどの挑発に対する怒りも混じっている。
「俺はラオウと、、、戦ってはいない!」
自分で言っておいて、、、死闘の最中になんて言葉だ。
だが、この言葉はユダを一瞬だが確かに慄かせた。
「、、、そうだったな。レイ、キサマはラオウと戦っていないのだったな」
どんな勘違いだ?ユダ!
「ならば、今のキサマに南斗水鳥拳を究めた姿は期待できぬということ。間抜けなピエロのままだ、キサマは!」
「んなんだと!」
「もうキサマに用はない。遊びはこれまでだ」
ユダがやや低く構えた。そして右手を下からゆっっっくりと上げている。これはまずいと俺は判断した。
ユダの右手が、この目線の高さで止まり、、、

来る!!
ピゥ!!
豪快に空気を裂くのではなく、極限まで細く、そして鋭いユダの裂気が放たれた。あまりにも鋭利なため、氣眼でも確認が難しい。
伝衝裂波よりも、俺にとって更に好ましくないユダの秘技だ。
俺は修得中の柔拳を一旦置き、本来の状態に戻って、ユダの死拳を横に避けた。避けはしたが、タイミングで避け、それが上手く行っただけだった。やはりこのユダの氣刃は見えにくい。
! 
低い!
ユダの重心がだ。
そう、これが南斗の戦士の良くも悪くも恐ろしいところなのだ。精神状態がその戦力を大きく左右する。その振り幅は本人でも想像し難い程に、時としてなり得る。
伝衝裂波を無傷で耐えたというラオウでも、この斬撃ではそうも行くまい。そんな恐怖の刃をやり過ごしたばかりだが、その後のスキも休みもなくユダは攻め込んで来る。

、、、美しかった。

俺は必死にユダの攻めから逃げ続けて、そんなことを思った。
南斗紅鶴拳の空舞も美しいことで知られている。だが、この確りと地面を捉えた力強い足の運び!
静の態から動に転じて強く踏み込むその一歩。
これが南斗紅鶴拳の真髄。
敵する者の血で身を紅く染める鶴。

そして自分の場所を見つけた迷いのない今のユダは拳士として異物のない、混じり気のない純粋な拳士としての結晶。赤い、、紅い、、真紅の結晶だ!
「逃げるだけか! それならこの場から去れ! そんなキサマに用はないと!さっき言ったろう!」
ぐく、、、言ったか?
「何がお前をここまで変えた!?」
俺は問わずにいられない。
「さっきも言った筈だ。俺は妖星のユダ! だが!俺は常に自分で自分を輝かすことしか考えなかった」
ユダ、、、
だが確かに己が宿星が「妖」星とは如何なる思いだったか。裏切りの星であるということを、どんな思いで背負っていたのか。
それが今のユダは、南斗の敵に対して「妖」であることを知った、受け入れたのだ。浮き足だっていないのは、、地に足が着いているのは、拳技に限ったことだけではない。
いや!そうだ!それが南斗の戦士!
奴の精神状態が、奴を「あの時」と別人のような男に変えている。
一方で! 俺はというと、、、程遠い。義の宿命をこの場で受け入れることが、、やはりできない。
そもそも「義」の字の由来は、羊を犠牲に捧げて神に祈願したことにあるという。

だがここで?何に俺の命を捧げようというのか?

「ユダ! ならばキサマが仕えるとしたサウザー大義はあるのか?」
俺はユダに言葉を投げ付けたが、これはただ言い返しているだけに過ぎない。
サウザーは南斗の将ではなく、この世の覇者となろうとしているのだろう! それは南斗の宿命に反すること! それを助けるというのであれば、ユダ!!キサマの立場も揺らがんのか!」
「ほざけ凡夫が!」
凡夫、、、、だと?
「乱世は英雄によって治世に導かれるを知らんのか? サウザーの他に誰がいる? 世界は一変した。南斗がこの世界を征するのも不可能ではないのだ! それを邪魔するのであれば!南斗のキサマでも斬り捨てるのみ!」
ダメだ!今はとても勝ち目がない。かと言って逃げようものなら、あの村は間違いなく滅ぼされる。楽観的に考えるなら村人は助かるかも知れないが、いや、、そんな保証はどこにもない。
この窮地に、何故俺の「義」は光を放たない!!?


ユダの猛攻が不意に止んだ。奴が何かを察知したのだ。その見る先を、俺も警戒を怠らずに、意識はユダに残したまま後方を振り返った。
遠く5,6階建ての傾いたビルの上に、4人の男がいる。皆一様に長い布で全身を覆っている旅人の様相で、最も目立つ一人は岩のような大男だった。

残りの三人も間違いなく只者ではない。奴らもこちらを凝視している。
リーダーは、、あの中央の男。両脇の男と体格差はないが、異質な氣で満ちているのが、この距離でも何とはなく感じられた。

鷹の目のような鋭く射し抜く視線は、俺ではないユダへと向けられているように思える。
「フフ」
と笑ったのはユダだ。
「奴め、、、あちら側に付いたか」
何の話だ?ユダ。
「いいだろう。この場は退こう。俺はサウザーではない。状況によっては退くことも躊躇わない。これは戦略的撤退だ」
と、いきなり俺に背中を向けて離れて行く。
どうなっている? 俺は何か大きな流れから弾かれている、そんな気がして屈辱感を覚えた。
バギーに乗ったユダが俺を見た。
「レイ、今のお前は俺が見たお前ではない。俺は先に進んだが、お前は荒野を魔獣と化して彷徨っていた頃のまま。足踏み状態だ。俺はもう、南斗水鳥拳の幻影を追わない。追えない」
「ユダ!」
待てユダ!
「レイ、俺は一度死んでいる。この世で最強最麗の拳によってな。それが俺の武と分をわからせてくれた。死んで蘇った俺だ。違って当然だろう」
「ユダ、、、」
「もちろん、、」
ユダを載せたバギーが向きを変える。来た道に返している。
「夢の中の話だ」
ユダたちは去って行った。
振り返るとビルの上の男たちも消えていた。

俺だけ、まるで話が見えぬまま、荒野に取り残されている。