妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ.29

息つく暇もない。
そんなセイランの烈しい攻めを、俺はギリギリの間合いで躱し続けた。

奴の動きは直線的で、その速さを無視すれば単純で読みやすい。
だが、速さを無視できるわけは、、当然ない。

ひとつひとつの移動ごとに十字斬を放つ攻撃主体の南斗鵷鶵拳、、、、
六聖拳と比較しても決して劣らない流派。流派だけではない。セイランの拳士としての能力も、六将に並ぶほどだ。
これほどの男を自分に忠実に従えるサウザーの度量の広さが察せられる。


セイランの動きは読めるが、スキを突けるほどではないという現状。

トキなら?
トキなら、この男の拳も流せるだろうか?

しかし、今の俺がトキを真似たところで、それはリスク以外の何物にも当たらない。

今のところ、奴の猛攻を躱してはいるが、決して余裕を持って躱しているのではない。回避に専念しているから、、、
いや、正しくは防戦一方に追い込まれているのだ。

ビシュ!
鋭い氣刃が頬を掠める。

このままではいずれ捕まる。
かと言ってもちろん、俺とてただ回避に徹しているのではない。追い込まれながらもセイランの攻め疲れを待っているのだ。
疲れが出れば必ずその拳は雑になる。そこを突けばいい。文字通り突けばいい。
だが、この男セイラン、、、手強い。
逃げ続ける俺を、言葉で挑発したり誘導したりとはしてこない。
プロフェッショナル、、、そんな言葉がよぎる。
実力では将クラスでも、この男はサウザーという絶対君主に、恐らく盲従している。
自分で考えることを放棄し、一つの役割に徹しているのだ。こんな男が、その唯一の役割である「この場」に力を発揮しないわけがない。

シュバ!!
ガッ!
「くっ!」

俺は足元に倒れている錆びたゴミ箱に足を取られた。
ユダが「あちら」の世界で言っていた通り、俺の南斗水鳥拳の奥義は、脚にある。
逆に言えば、脚を崩されれば南斗水鳥拳はその威を失うのだ。
故に、戦闘の場となる地面の様子は正確に把握しなければならない。もちろん、それを怠ってはいない。
だが場合が場合だ。それほどセイランの攻めは烈しく、俺のミスを招いた。

俺は体勢を崩しながらも地に手をついて、それを軸に半回転し、奴と間合いを離す。
追撃を恐れ、俺は伝衝裂波の体勢にはいるが、それは来なかった。

こちらの意図を読んだか?
それとも、ついに疲労が来たか?来ないわけはない。

気に入った。
疲れを誤魔化す話術を用いない。徹している。随分と頼もしい南斗が、六聖拳以外にいたものだ。

だが、、そろそろこちらの番だ。

この男の休みのない猛攻のお陰で悟ったことがある。
俺はなんとか奴の拳を流そう流そうと試みていたが、相手の拳に触れて、その勢いを加速させてのスキを討つ、、ということが柔の拳ではない。
湖面を滑らかに進むのだ。滞りのない柔らかい動きを以って、寄らば引く、引かば押すの絶妙なる間合いを支配すること。
これこそ南斗水鳥拳に必要な柔の拳技だ。

そして、、、
少しでも「あの境地」に至るのだ。あの時の俺ならセイランでさえ圧倒できる筈だ。

既にこの場の地形とガラクタの配置は詳細にまで記憶した。しばらくは目を瞑っても不自由ないほどに。
そしてセイランの猛攻が故に欠いていた冷静さも取り戻して来た。
輸送車に閉じ込められている子供たちの悲しみと不安と、そして人外の二人の戦闘に恐怖している感情が見えてきた。
背負ったままのバックパックにも、漸くにして思い至る始末。
中身は軽く、主たるものはと言えば双眼鏡程度だったが、大して重くない物でも、スピードに乗るほど枷(かせ)にはなる。
だがセイラン、奴は俺がバックパックを置く数秒を許してくれた。
プロフェッショナルだけに、その矜持もそれなりだ。手段選ばずの現場の工作員とは流石に違うか。

セイランの向こう、この俺たちの小休止に合わせて漸く踏ん切りがついたのか、機能を失って久しい家がわりのクルマから一人の老人が逃げ出したのも見えた。


ここから次のラウンドだ。

「、、、、」
この乱世に「覇」は必要という理屈はわかる。だが、それなら俺は乱世を鎮める「王」を求める。

サウザーのやり方を肯定することはできない!

「セイラン! 今度は俺の番! 退かぬなら斬り捨てるのみ!!」
「退く?だと? 知らんのか? 聖帝に、、後退はない!」
「、、、いいだろう」

バックステップ。奴との距離をやや広げた。奴の一歩の間合いは既に見知った。この距離なら奴でも一歩では届かない。
もちろん、俺にとっても同様なのだが、奴が距離を詰め、俺たちの間合いを割ったときに迎撃する。
俺はそうと決め、雑念から心を離すべく努めた。

、、、、バカじゃない、、流石はセイラン。不用心に近付くバカじゃない。流派の力だけで強者となったわけでは、やはりない。サウザーの片腕と名乗る男。
既に奴の呼吸も元通りに調っている。

互いに間合いの機微を伺いながら動けずにいた。なるほど、奴の猛攻が止んだのは疲れだけではない。
速さに任せただけの拳では、俺に通用しないことを学んだのだろう。


「俺は無駄と思われる疲れを否定しない」
「なに?」

無駄なことを話さないと思われたセイランが不意に言い放った。

「落ちぶれても流石は南斗水鳥拳のレイ。俺のこの連撃を見切ったのはお前がはじめてだ」
落ちぶれただと? しかし女の振りをして野党どもを呼び寄せていた事実が俺を黙らせる。

「というよりもだ、我が敵は全て一撃で葬って来た。よって疲れるほどに連続で攻め続けたことはかつてない」
「、、、」
「ありがたい」
「!」

この男、セイラン、、、自らの役割に徹するプロであり、そしてやはり真の武芸者か!

疲労こそが自身の拳にある無駄を教えてくれる。何度もキサマに空振りさせられたお陰で我が拳さらに高まった」
「、、、何だと?」

それを聞き、俺は無意識に防御主体の構えへと移った。

「我が南斗鵷鶵拳は最強の南斗鳳凰拳の流れを汲む。南斗鳳凰拳同様、、、」
と言いながらこちらへ向けてゆっくりと踏み出した。
その固い表情が語る。奴も、この間合いを割ることに大きな危険があることを重々承知なのだ。


「、、攻撃あるのみ。前進し、そして敵を制圧する!」

シュ!ドン!

セイランは、やはり十字の斬気を盾に詰めて来た!
しかし、飛ばす裂波ではないため、十字斬の効果は短い。効果の切れ際を読み、俺も出る。

スッ!

自分で驚くほどに身体は軽く、柔らかであった。
試行錯誤を繰り返した結果がここに、急に出たのだ。修練を続けた成果が、この強敵との対決で遂にオーバーフローした。
そして、奴を真似たわけではないが、俺も両腕を交差させ、そこから、、、

ブヒュア!!

十字に斬るではなく、真横に十本の裂気を斬りつけた!

既視感!!

トキがラオウ剛拳を引いて躱すことに専念していた状態からの一転! 間合いを詰めて一撃を放ったあのシーン。
シチュエーションは違えど、本質的には同じだ!
そして!!
自らの拳が「あの時」に近付いた感覚がある。

バシュッ、、、
俺が後にしたその空間に血の飛沫が舞った。
手応えは確かにあったが、これまでよりも軽い。あの時に近い感覚だ。
だが、わかる。あの境地には、あの状況でないと立てないとわかる。
それでも、「こちら」では起きていないトキとラオウの戦いを観ていたことが、ここへ来て意外にも、そしてやっと、俺の真ん中に経験としてズンと収まった。
そのトキ本人と戦えたのは更に大きい。戦いを通してトキは、南斗の男であるこの俺に技を無言で伝授してくれた。
今の俺に起きた変化、これは革命的な出来事と言えるだろう。決して大袈裟な言い方ではない!


もっとも、、、
それは全て「あちら」での自身の経験有りきのことだ。
今は「境地」に立てなくても、その記憶はある。この世のどこでも起きていないあのことの記憶が。


振り返るとセイランの左手の指、小指と薬指が落ちている。それだけではない。俺のもう片方の刃は奴の腹にも触れている。
南斗の手が触れるということ、、、セイランが全身を氣で満たしていても、今の俺からすれば豆腐を切るよりも容易い。
だが流石はセイラン、流石の南斗鵷鶵拳。
痛みを感じる暇さえないのは俺も同様。胸から右肩にかけて浅く斬られていた。
肩当てはこの時代のフォーマルアイテム。しかし、南斗聖拳を相手にしてはほとんど無価値だ。

こちらのダメージは僅か。一方でセイランは腹の傷こそ浅いものの、左手の損傷は大きい。
覚悟を決して必殺の間合いを割ったセイランと、南斗水鳥拳の極意を意識した俺の差だろうか。
やはり南斗水鳥拳南斗水鳥拳として、六聖拳の一つに確立されていることには納得の理由がある。

これで俺は、この戦闘において有利な立場に、、、と言い切れないのが南斗同士の死闘なのだ。
ここで燃え尽きても構わない、むしろ本望という意気込みでセイランが、俺を睨む。
油断だけはいけない。

俺は再び、セイランに向けて構えを取る。