「フフ、レイ、お前は何をしている?」
サウザー、、、、
「決まっていよう! ケンシロウを助ける!」
久しぶりの再会はさておき、勝ち目の少ない相手に激昂して見せる俺は、まるでキャンキャン吠える仔犬に思えた。
「そんなことはわかっている。お前は、「何をしている」と、問うているのだ」
サウザーが眉根を寄せる。だが、それでいて明確な敵意は感じられない。
ケンシロウを奪い返しに来た俺が、サウザーの片腕と自称したセイランを倒したことを知らぬ筈もなかろうに。
このまま去ることも、サウザーに挑むこともできず、選択肢を失った俺は、ただその場で固まるしかなかった。
一方で、サウザーは常に能動的だ。先ず自分が動くことから始まる。始める。
「レイ、、俺はお前が嫌いではない」
「、、、」
無慈悲な悪の帝王サウザーの意外な言葉。俺はその真意を汲み取ろうとした。
だが、それは無意味なこととすぐに悟る。この南斗という特別な枠組みの中でも群を抜いて並み外れた男の真意など、俺には理解のしようがない。
「レイ、、ケンシロウを救ったとして、どうするつもりだ?」
「何!?」
俺は言葉に窮した。
救い出し、そしてもう一度サウザーに挑めとでも言うのか?
今更にして、俺は自分の動機と向かい合う。
いいや!
そうだ、先ずは友として!ケンシロウを助けたい!
「ケンシロウをここでみすみす殺させはせん!」
俺はサウザーに構えを取った。俺の南斗水鳥拳、どこまで通じる?
だが、これはサウザーに勝つのが目的ではない。ケンシロウを救い、、、、と、それがよりによって相手がサウザーでは、それを為せるかどうか。
俺は構えたまま、また不覚にも石像のように不動状態に陥った。
「そんなにこの男が大事か?レイ」
溜息混じりに南斗の王が言う。
「あ、ああ、そうだ! ケンシロウはこの乱世の救い主。俺はこの男に賭けている」
思いを掛け、命を賭けてもいる。
「あきれる」
サウザーはやれやれ、というようにかぶりを振った。
「六聖拳の一人といえ、所詮鴻鵠か。鳳凰の志は知れぬか」
「それよりむしろ燕雀で結構。だが俺は義の星の宿命に従うのみ」
衛兵たちが一人として駆けつけて来ない。サウザーが人払いしているのだろう。俺とサウザーだけのこの空間だ。ありがたくはないが。
この先にケンシロウが囚われているのは間違いあるまい。なのにサウザーというたった一人が俺の侵入を、させない。
「レイ」
「なんだ!」
俺はサウザーの刺すような氣に負けじと語気を強めた。
「仮りにだ、俺の覇業がここで閉ざされたとしよう」
「、、、」
「結局はラオウが覇者になるだけだ。それははっきり言って大分タチが悪い」
「何!?」
「わからんか? それほど愚鈍なのか?南斗水鳥拳の伝承者は」
正直言ってしまえば、わからないことはない。サウザーの言いたいことの、続く言葉は予想がつく。きっと外れない。
「ラオウ、、あの男は内なる衝動にまかせて走り続けているだけだ。先のことなど考えていない」
「サウザー! お前は違うのか!?」
俺は戦意を見せないサウザーに対しての構えを解くことができないでいる。格が違う。まさに南斗の将の将。帝王!
「もちろん、違う。考えてみろ。俺は悪の帝王と呼ばれ、その汚名に恥じない行いを続けている」
くっ、汚名に恥じない、だと?
サウザーは今スキだらけだ。
一歩寄り、一瞬身を低め、それから半歩でも寄れるなら、そこから間合いを奪える。脱力し油断しているサウザーを今なら、、、殺れる、、、!
「だがな、レイ」
「!!」
制せられた。
俺の心理は、俺の殺気は読まれている。「あの時」を経て「こちら」に来てからトキとも拳を交え、強敵セイランにも勝利した。
そんな俺が狙う「先」を、ただの言葉で制すとは!!
「俺が覇者となって尚も悪の帝王であり続けると思うか? 俺は激減した人類を滅ぼしたいと、そう考えているのか? 無論、甘い世界などは造らない」
「、、、、」
「だが、ラオウでは無理だ。奴は何も考えていない。それともケンシロウがこの乱世を平定し支配する男に、まさか思えると言うのか?」
「う、、、」
それは、、ない。ケンシロウは王というタイプではない。王というならまさしく拳王を名乗るラオウの方が王だろう。
そしてサウザーが言う通り、いや、、かのリュウガも同様のことを言っていた。ラオウは走り続ける。だからその後始末をする必要があると。
そう、、、第三勢力、、サウザーでもラオウでもない、まだ知られていない別の王がいる。
ケンシロウ敗れし今、俺とシュウはその王を頼らねばならん。
それに! ケンシロウはまだ生きている。この奥にいる。なんとか、、何とかこのサウザーを掻い潜れないだろうか、、、?
「セイランは」
「!!」
「どうだった?」
「ぬ!」
「奴は俺の右腕と言っていい男だった。軍を率いる才には恵まれなかったが、一個の拳士として、己の武に他の誰よりも誠実だった」
セイラン、、俺もそれはわかっている。奴は愚直なまでに武芸者だった。奴に勝てたのは運。奴と戦えたことは俺も誇りとするところ。
サウザーの表情に、片腕とまで言い切る男を喪ったことに対する怒りは見えない。この俺がセイランを亡き者にしたと言うのに。
「俺が憎いか? サウザー」
恐る恐る、情けないことに俺は恐る恐る問うてみた。
「セイランは、純粋な戦士だった。お前と誇りを賭けて戦い、そして敗れて死んだ。これを聖帝の怒りとし、仇討ちとしてお前を斬るのはまた違う」
歯向かう者には降伏さえも許さない悪の帝王が、何を!?
「聖帝はセイランと正々堂々と対し、勝利したお前に敬意を表する」
「サウザー、、、」
「だが!」
来たか! この辺でモードが変わるか? サウザー! やはりセイランを喪ったことに穏やかでは、いられないのか?
「あくまでこの聖帝に敵対するのであれば!」
腕組みしていたサウザーが両腕を下げた。そして躰を正面に、すなわち俺に対して真正面に向き直した。
さっきまで腕組みし、時に壁に寄り掛かったりと、余裕の立ち居を見せていたが、、、
いや、言い直そう。
一見無防備な状態で立つその姿は、少しも無防備ではない。構えている筈の俺が押し込まれる勢いだ。
ケンシロウ、ラオウ、トキ、、、一応はこの三人と拳を交えた俺が戦慄した。
「こちら」でのケンシロウはラオウ戦を経ていない。その分の拳力は伸びていないのかも知れないが、少なくとも「あの時点」でケンシロウはラオウと互角に渡り合った。
捕らえられたケンシロウへ続くであろうこの道は、狭いというほどではない。
なのに、、昔読んだ漫画「副主将ツバメ」に出て来たキャラクター、最強のゴールキーパー老森を彷彿させる、、、守り。
もちろん、ただのイメージだ。実際は比較にならないほどに無敵の壁として、俺が足を踏み出すを躊躇させる。心を阻む!
「!」
その時だった。サウザーを刺すような強い氣を、当の本人ではない俺も感じることができた。強い氣だ。強い!
そのスキ、まさに千載一遇の機を捉え、俺は咄嗟に疾った。跳躍し壁を駆け登りながらサウザーの通せんぼをやり過ごした!
追ってくるか? 背後を振り返ることで僅かに遅くなる。そのリスクは犯せない。そのまま俺は走った。