妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ18 ユーディーン③

「貴様が顔を出すとは珍しいな。ユーディーン」
と、帝王は顔も向けずに言い放った。聖帝の紋章が刺繍されたマントが風で揺れている。
この男こそ生まれついての帝王だ。

一度この男の失脚を謀ったが、容易く覆された挙げ句に、、、そして赦されている。
言うまでもなく情によって赦されたのではない。利用価値があると判断されたからだ。

「今俺をその名で呼ぶのはお前だけだ」
神殿然としたビルから建設現場を見下ろしている帝王の背後から声を返した。
背中で返事するというのでもなく、無視しているというわけでもなく、しかもこちらの襲撃を警戒しているでもない。そんなことを仕掛けることはないと見透かされている。
俺のことよりも、この帝王の見る先は巨大な建造物だった。角が四つの星型、十字型だ。
「随分と出来上がって来たな。お前自身の墓が。墓穴を掘ることにならなければ良いが」

という俺の言葉を帝王は鼻で笑い「それで何用だ? ユーディーン」と初めて振り向いた。自信に満ち、不敵に口角を吊り上げる嫌味なほどに完璧な男。
しかし、その帝王の目がギュッと険しくなった。俺を見て驚いたのだろう。
虚栄心を捨てた。毎夜行っていた虚しき乱交を止め、高級でも味わうことのない酒を棄てた。化粧道具など触りもしなくなった。鏡の前ではポーズを取る代わりに拳の構えを見直した。
赤い髪はほとんど無造作に後ろで束ねているだけだ。赤や紫の目がチラつくような煩わしい服など、今では道化のように思えてとても袖を通せたものではない。

 

衰えたな、ユダ

 

レイは言った。いや、言ってはいない、、ことになった。
確かに衰えている。無駄な肉が付くことこそなくても拳には「贅肉」が付いていた。これでよく「俺はこの世で最も強い」などと宣ったものだ。
何の笑い話か。

「ほぉ、、、何か心境の変化があったようだな、ユーディーン」
と、茶化し気味に言うが、俺の変化には注意を払っている。
「まあいい。それよりもだ、俺は寛大が故に貴様をここに通したが、、」
この男が寛大かどうかは甚だ疑問だ。
「貴様はラオウと手を組んでいる筈だな」
強く問い詰めるような様子ではないが、この問いをはぐらかすことはできまい。
「俺は覇者になれぬ。だがサウザー、俺はお前を担いでやる。お前をこの世界の帝王にしてやる!」
「!」
流石にこの発言は予想外だったか、俺を探る目つきに変わった。
「フン、、フッフフ、貴様の力を借りなくても俺はこの世の覇者となるが、、それが本気なら、覇までの時が五日は縮まるか」
五日とは随分と舐められたものだが、これもこの帝王の遊びだ。よく知っている。
「それにしても、貴様らしくない服を着ているな、ユーディーン」
俺は黒を基調とした服を身に付けている。確かに派手さはないが、それでもそこそこ上質の皮革と綿だ。赤い髪が黒を引き立てるだろう。

虚栄心は棄てても、だからと言ってボロは纏えない。俺は六将の一人だ。
「何があった? 喪にでも服しているのか?」
そう、確かに俺は喪に服している。愚かで恥知らずなピエロであった自分自身の。
「そんなところだ」
「フン、、、、だが貴様は妖星の男。嘘を吐いている顔ではないが、賞を取るような役者かも知れん。違うか?ユーディーン」
「妖星は裏切りの星ではない。知略の星だ」
サウザーはまだ訝しげな目を俺に向けている。無理もない。一度は叛旗を翻した俺だ。この南斗の帝王に逆らいながら赦された極めて稀なケースなのだ。
もちろん、それは裏切りなどではない。いかに南斗の将の将サウザーとはいえ、他の五星が将星に隷属しているわけではないからだ。
帝王を名乗り、南斗組織を統べようとしたサウザーに対して湧き上がる各方面からの不満をバックに、かつて俺は立ち上がった。

そしてサウザーを貶め俺が南斗のトップに君臨しようとした。それだけだ。はじめからサウザーに与してはいない。
「フン、いいだろう。信じよう。だが、ただ信じることはできん。この聖帝に降るというのであれば、それなりの課題をクリアしてもらわねばならない」
「当然だ」
「課題というよりも、試練。この聖帝の試練、優しくはない。当然、理解しているな」
「当然だ」
俺は言葉を繰り返した。自分の器を知った。俺は王器ある男ではない。
仮にサウザーや拳王が覇者となっても、いや、、それは仮定の話ではあるまい。この二人のどちらかが覇者となるだろう。そうなるにしても、覇王の支配から逃げることは南斗紅鶴拳の俺なら容易。
行く先々で小さな王となり、サウザーラオウか、どちらかが現れてからでも、逃げることは容易なのだ。だが、そんな逃亡を続ける屈辱は受け入れられない。
ならば、同胞南斗の帝王を担ぐしかないではないか。あり得ないが、シュウと組んでゲリラに堕ちたところで、小さな邪魔を続けるのが関の山。
現にサウザーの勢力はシュウの抵抗など関係なしに拡大している。シュウでさえも正面切ってサウザーを止めることができない。
、、、、俺ならどうか、、、、

サウザーの拳技は計り知れない。挑んだ者もいるにはいるが、帰って来た者はいない。
サウザーの拳は演武でのみ見てはいるが、あれが南斗最強と謳われる鳳凰拳でないのは明明白白だ。
思うに、「あのレイ」も俺が一方的に押されるほどであったが、サウザーとは比較する方がない。
「では」
サウザーの声で俺は我に返った。いつの間にか思考が泳ぎ始めていた。不覚。サウザーを前に集中を欠くなど。「あの時」のレイに対してといい、俺は集中を欠くことが多々あるのではないか。だが、自覚した弱点は改められる。

いや、そもそも「あの時のレイの奥義」に心奪われたのは俺だけではあるまいて。あれに関しては、ただレイ見事!としか、、、、

「ユダ」
!、こういうところだ、俺の改善点は。

サウザーめ、俺をユーディーンと呼ぶのは飽きたのか? それとも既に自分の配下に置いたという現れか?
何にせよ、その口から出た条件は戦慄するようなものだった。

ラオウと袂を分かってこい。明白にだ。その上でこの聖帝と組むことを伝えろ」
「!」
「フフッ、、、あのラオウのことだ。どうなるか、楽しみだな」
と言うと、帝王は俺に背を向けた。
もう俺になど無関心、そう言っている。

 

フゥ、、と俺は息を吐いた。

「あの拳王と、、、」

その一言は、南斗の帝王も背中で聴いている。気配でわかる。

「これは、なかなかの宿題だな」

俺は言い捨てるようにして踵を返した。