妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

126.

中は思ったよりも狭い。

もっと如何にも、、、なものを想像したが、まさにただの小さな書庫に過ぎなかった。
石造りの部屋なのは同じで、中央に木製の本棚があるでもない。壁面に窪みがあり、そこに古い本が並んでいる。これらの本が何を記しているかは想像を裏切ることはないだろう。
シンはここでも反射的に罠の有無を感知しようとしたが、ここまで来て今更罠、ということもないだろうと、同じ結論に達し、その歩みを進めた。
古の書物とはいえ、ボロボロの巻物ではなく糸綴りの冊子本だ。何度か、少なくとも最低一度は写本されたものだろう。
もっとも、南斗聖拳は分派と進化を続けて来た拳だ。数が増えるに従い内容も更新されて行くだろう。とは言え、108冊ほどの数には遠く、ざっと30というところか。一流派につき一冊、とも決まってはいないだろう。
シンは早速、目の前の一冊を手に取った。
「! これは?」
まるで見たことのない文字だった。言語に精通しているわけではないが、一度たりとて見たことのない文字。当然、中身を理解することはできない。
人体を表す絵図の類もあるので、辛うじて伝えんとしていることが読み取れなくはないが、全容からすればほんの極々僅か。

「これではどうにもならん!」
期待から一転しての落胆。シンの苛つきは止まらない。
「この文字をこれから学べとでも言うのか!?」
対してバルバは余裕でシンを宥めながら言う。
南斗聖拳の将とは、単に最強の流派、最強の五人というだけではない」
「要点を頼む」
ここへ来てシンの苛つきが、容量の少ないそのキャパシティを満たして溢れ始めている。
「秘孔、解醒呪を突け」
「そんな秘孔は聞いたことが、、、、」
、、、!?、、、ある!
思い出したというよりも、その名を聴いたことで記憶の封印が解かれたのだ。
「南斗の将たちには、いずれこの場を訪れるを予め見込み、北斗にもない秘孔でその鍵を授けてある」

もちろん初耳だった。でき過ぎているように思える。そもそも南斗組織から排除され、いや排除どころか滅ぼされた筈の南斗宗家にそんな真似が可能なのか。

だが、、今はそんなことはいい。
記憶に蘇ったばかりの秘孔をシンは自ら点穴した。

数秒後、突然に頭の中が透き通るような感覚になった。全てが色鮮やかに見え、コォォという音が聴こえる。

しかし、それもすぐに落ち着き平常に戻る。そうしてからシンは改めて本を手に取った。
「!、、、読める、、、」
手にした本は自分の拳、南斗孤鷲拳の秘伝書だった。実のところ、シンは秘伝書の類で拳を身につけてはいない。ほとんど全てが師の技を見て、受けて、実践してで会得している。

脳を覚醒させ、速読で自分の流派の秘伝を読み始める。真新しいことはないが、意外な視点があることを知り、既に忘れていた、というよりも不必要と切り捨てた技や、身体の運びまで仔細に記されていた。
今この時点で振り返ると、それら小さな技術に大きな意味があったことを学ばされる。
しかし、これは致し方ない。「斗」の拳士が陥りがちな罠と言っていい。
人域にはない身体能力による超速で相手の間合いに入り、常人では受けが不可能な南斗の一撃を突き入れる。これだけで敵は斃れるのだ。
あらゆる武の体系立った技術の数々も、人間の枠を大きく超越し、猛獣さえも脅威とならない彼らにとっては全く必要性も重要性も感じるものではない。
しかし、、、シンも現在の域に達し、並ぶべくは「斗」の最早残り少ない拳士のみ。ケンシロウや元斗のファルコ、そして彼らが向かった先にいるやも知れぬ人外の拳士たちなのだ。
傲慢なサウザーでさえ、実はそんな下流の武人から教えを乞うていたように、そして拳王ラオウでさえもが、北斗神拳に遥か及ばない流派の奥義を得ていたように、更なる高みに上がるには「技」と「知」が必要になる。
自分に足りず、そして欲するものが、この中にある。シンは貪るように書の中に没入する。

だが、ない、、、先ずは最も読みたい書がない。
「バルバ、ここには、、」
言いかけたシンの思いを先回りしバルバが答えた。
鳳凰拳はない。あれだけは書に残さず、直接の伝授によってのみ継承される」
僅かだがシンは落胆した。だが、すぐに思い直す。いかに南斗最強の鳳凰拳でも、既にケンシロウに敗れている。
それに最強とは言え、自分の根幹を鳳凰拳にするのでは彼自身の独自性にも関わる話だ。今のやるべきは、ここにある全てを可能な限り吸収することだ。
だが、知識を得ても実践がなければ技は身に付かない。技を試す相手も必要だ。それに、バルバが言う真の南斗聖拳という言葉も気になる。
そして、闇で斬れ、とは?

「シンよ、、昔話に戻って良いか?」
「ああ」
昔話、、、南斗の初期。そこに真の南斗聖拳はあったのか?
「先ほども言ったが、北斗神拳南斗聖拳を脅威と見た。ただ南斗聖拳の挑戦を待っていたのではないと」
「、、、、」
シンは開いていた南斗白鷺拳の秘伝書を一旦閉じた。バルバの話に興味があるからだ。

「最強、、この二文字を脅かしかねない強敵の出現。自分たちが最強である、これを守るため、北斗神拳はある仕掛けをしたのだ」
「仕掛け?」
既に、シンにはバルバを疑う気持ちもない。この秘伝書の数々は紛れもなく「本物」だ。自身が南斗の拳士だからこそ、それが判る。

「そう。このままでは北斗神拳の脅威となる拳士が一人や二人では済まなくなる。故に北斗は南斗聖拳に分断の種を仕込んだのだ」
「それではまさか、、、」
「その通りだ。南斗聖拳が分裂し様々な流派に分かれた原点はここにある」
南斗聖拳は分派することで少数では不可能な知識と経験を溜め込み、その実践から進化したのではないのか?」
「それも正しい。確かにそれもある。だがだ、、旧きものを否定し、廃し、そして見直す。その末に進化した新しい武技を、、その完成に至る前に戦いを挑み北斗神拳が潰す。そればかりか奥義水影心にて容易く自分のものとしてしまう」
「、、、、」
言葉が出なかった。
「そして北斗神拳打倒を悲願とする南斗聖拳の拳士たちは、また新たに強化された拳を編み出し、、」
バルバは苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「それを北斗神拳はただ盗む!」
「つまり、、、」
つまり言い用によっては、
「ある意味では北斗神拳を進化させたのは南斗聖拳だと?」
ところが、流石にバルバである。ここで「そうだ!」と言ってシンを下手に煽るでもなく、一旦トーンを落とす。いっときの激情では冷めるのもまた早い。
情だけでなく理屈でもシンの心に北斗神拳を憎む心を植え付けたいのだ。