妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

127.

ほとんど夢中で秘伝書の数々を読み、知識を吸収している。
そんなシンにバルバは気を遣うかのような静かな声で話し掛ける。
「シンよ、石像に刻まれた南斗の一撃の話をしてよいか?」

カァァァ、、、と脳が忙しく働いている。そのせいで体内のエネルギーが激しく消耗していた。そろそろ一旦の限界が来る。
一息吐く頃合いだった。
シンは目でバルバの申し出を肯定した。

「レイゲンの三人の高弟の一人、血気盛んな若い弟子は北斗神拳伝承者に敗れた。残り二人のうち一人はレイゲンの実子。先ほど言った、石像を斬り付けた男だ」
「ああ」
パタッと本を閉じ、バルバに向き直す。侮蔑の一撃と言っていた斬撃の話だ。
「北斗南斗の話は奥深いが、ここでとりあえず、南斗聖拳二世代目の話に戻る」
「続けてくれ」
わざとバルバは遠い目をするが、もちろん本人が見ているわけではない。巧みな話し手なのだ。
「先にも言ったが、北斗神拳は新たな脅威である南斗聖拳をたった一度の対決から全てを見切り、その対処法は弟子にも受け継がれていた」
「、、、」
「一方で兄弟弟子が敗れ、しかも敢えて惨い死に方を見せつけられた残った弟子二人に怨みと怒りは根付けど、同時にそれ以上の北斗神拳への恐怖が植え付けられていた」
バルバも狙ってなのか、感情が入ってなのか、声が低く重々しい。やはり影が微かに濃くなっている。
「?」
影、、、光源は壁面にある松明置きと、やはり壁面に設置された燭台だ。影はそれぞれ複数あるが、そのうちの一つの影のみが微かに濃くなった。
いずれ、この影に関して尋ねなければなるまい。それにしても、秘伝書の質を守るため空調は調っているというのに、灯りは火とは。大切な書をつまらない事故で無くしてもいいのか?
もっとも、これは写本。手に取りやすいようになっている。原本はまた別に保管されているのだろう。

「残った弟子たちは、、」
バルバは続ける。
北斗神拳に怯えながらも、更なる研鑽を止めなかった。結果的により多くの優れた拳士を生み出した。 そして!!」
バルバの氣が昂った。蝋燭の火が揺れる。その影も乱れた。影の乱れは揺れた火のせいだろう、、、
「その新しき拳士も北斗神拳に挑んだ。以前とはやや異なる型と動きを身に付けてな。善戦はしたが、、結果は変わらず。レイゲンの実子であった男も、息子のように育てた弟子が敗れるのを見るのは堪え難かった」
「、、、」
「老齢に達した頃、弟子たちは増えたが、既に北斗神拳に挑まんとする者はおらず、せめて南斗聖拳を強化させんと技を磨いたが、北斗神拳への恐怖と無力感は時が経つとともに深く染み込んで行った」
なるほど、その有様を見てレイゲンの子は、、、
「レイゲンの直弟子のもう一人は南斗を去ることこそなかったが、新しき筈の南斗聖拳に限界を見、聖十字霊拳に原点回帰した。改めて南斗聖拳を作り上げるためだ」
「それが北斗神拳が仕掛けた分断か?」
「時系列で話さなかったことを謝ろう。それはもう少し先だ。だが、南斗聖拳に起きたこの二つの内部分裂。まぁまだ小さい仲違い程度だが、わかるか?」
「理解した。一方が南斗六星南斗聖拳を、もう一方が南十字星の聖十字霊拳に回帰した。だから南斗聖拳にはもう一つ、南斗十字星を主星とする鳳凰拳があったのだな」
「流石だ。その通り。後の南斗鳳凰拳はこの男から生まれ、やがてレイゲンの実子が伝えて来た源流を破る。もっとも、その頃には南斗聖拳には多くの分派が生じていたがな」

一息吐いてバルバは顎を上げ、フードで隠れたグレーの目でシンを見た。
「わかるか? この思い。いやまだわかるまい。今はそれで良い。ここに飽きたなら、いずれ秘伝書の原本も見せよう。そなたなら感じる筈だ。それを手にした時、恐怖と無念の内に散って行った南斗聖拳の先人たちの思いを」
そんな心霊現象じみたことを信じはしない。それでもバルバの言葉には説得力があった。
「だから崇敬の念を込めて作り上げられたこの石像には、その深い思いが詰まっているのがわかるだろう? 実父でもあったのだから」
「それが、か」
「うむ。北斗神拳を倒せながら敢えてそれをしなかったが為、南斗聖拳の次代は屈辱の泥沼に落とし込まれた。塗炭の苦しみだ」
「、、、、」
「何故!北斗神拳を倒さなかった!? 父よ!師よ! 貴様のせいで南斗聖拳は!!」
「それで、、、」
「その通り、先ほど見た斬撃跡を思い起こせ。あの鋭さに込められた殺意と怨みを」

 

「そなたはここを自由に使って構わない。技を試したいなら、その相手も用意してある。期待はするな。先に言うが誰一人そなたには及ばない。あくまで技の新たな感覚を試すためと思ってくれ」
誰も俺をここに縛り付けることはできん、と内心思うシンだが、しばらくはこのジュセイデンとやらが根城になろうことは否定できない。

バルバは興味深そうにシンの横顔を見つめた。好奇心に満たされた、あの南斗の荒鷲シンらしからぬその姿を。
実際問題、既に外の荒野にシンに匹敵する拳士は恐らくいない。強いて挙げるなら南斗神鳥拳のガルダがいるが、ガルダにはまた別の使い途がある。
であるなら、今シンのすべきことはここでの座学ということになる。やがて座学から実践へと移行し更に積み重ねろ。
そんな経過を辿り、彼の南斗聖拳は孤鷲拳ではなく、統合された最新で真の南斗聖拳となる。
そこまで来て、、、もう一つ上がある。
そして実戦へと繋がるのだ。北斗神拳との勝負に。

読み耽けるシンを横目に見、ニヤリと微笑を浮かべながら、バルバは重い扉を軽々と開け書庫から黙って出て行った。

 

 

一人暗い路を進むバルバ。
スゥッ、、とバルバの背後に寄る人影があった。
小柄なバルバと対照的な大男である。並の体躯ではない。巨漢だが老齢。老齢だが剛拳な身体の持ち主。
「バルバ帝、ご無沙汰です」
「そなたか」
バルバや他の黒ローブの者たちと違い、動きにぎこちない仕種がない。フードで隠れてはいるが、目の下には痣もない。
「あの男に、本当に北斗神拳に勝てる見込みがあるとお思いで?」
「、、、、、わからん。だが案ずるな。それならそれで、また我らは待つばかり」
「待つ、、ですか」
バルバたちは真顔で「今がそのときでないなら、また輪廻転生して機を待つ」と言うような者たちだ。本気なのかどうか真意はわかりかねる。
「それにしても、真の南斗聖拳のその先とは、、、、北斗神拳の無想転生にあたる秘技でもあると?」
バルバは笑った。
「そうではない。シン、あの男が全ての奥義を究めたとしても、無想転生を身に付けることはない。これは資質の問題だ」
「資質の」
「そう。シンという男は、常に自分というものが中心にある。他人の悲しみに同調できぬ。まして悲しみを背負うなど、、できたとしても凡人程度」
「、、、確かに」
「あの北斗のラオウが、ユリア一人への悲しき情ひとつで無想転生を会得したというのに、シンにはそのような深い情愛というものがない」
「、、、はい」
暴虐の拳王が実は深い愛を秘めていたなど、そんなことを認めるのは難しい。だが、そのラオウがユリアへの真の愛から無想転生に至ったのも事実。
もちろん、ユリアの件たったひとつだけが要因ではないだろう。あの悪の王にも秘めたる多くの破片があり、それを繋いだのがユリアだったのだ、、、そう考えるしかない。
怒りと悲しみ、そして愛。北斗神拳とは南斗宗家の一人である彼にとっても理解し難き至高の拳だった。

ケンシロウは今修羅の国へ行っています。そこには北斗神拳に匹敵するほどの、もう一つの北斗の拳があると聞きます。仮にそれでケンシロウが命を落とし、北斗神拳が途絶えたとしたら、我らの先はどうお考えですか」
「そんなことに気を病むのか? 若いのぅ。それならそれで、北斗劉家拳を呪えばいい。今は北斗琉拳と言うのか」
歩きながらバルバは笑い、大男は一歩退がってついて来る。
北斗神拳が敗れたなら北斗琉拳を呪えばいい? そのよく言えば機転の良さ、悪く言うなら一貫性の無さ。

「バルバ帝、、一度は去った私を受け入れて下さり、感謝致します」
「構わぬ。我らは南斗。才ある者はいつでも受け入れる」
「私も、、、私なりにこの世界を平和の世とすべく尽力したつもりなのですが、、、」
「フホホホ。フッハッハッハッ。南斗を北斗の女とし、、というあれか。上手く行ったではないか。ほんの短い時の間だけ」
「はい。ユリア様の病だけはこの私の目を以ってしても見抜けず、、、不覚。一生の不覚でした。それにしてもです。北斗の拳は乱の業。北斗神拳を滅ぼして恒久的な平和を招くというのは、果たして真理なのか、、、」
バルバは振り向き、フードの下から覗くグレーの目で睨み付けた。
「誰だ? 我らが平和を求めているなどと、そなたに吹き込んだのは?」
「!」
その目の強さと言葉に圧された。
「そなたも丸くなったのぅ。まさかそんな勘違いをしておったとは。良かったのぅ、戻って来れて。思いを調整しろ。平和などない。そなたもかつては軍師として兵団を思いのままに動かしたであろうて」
「、、、、、」
恐ろしかった。
この組織に、、、南斗宗家に重い大義などない。呪いながら、ただ新たな獲物を探して生き延びているだけの年老いた大蛇だ。
だが、言い返す言葉はない。バルバの言う通り、かつて軍を率いた興奮は、今思い出しても血が熱くなる。結果は敗北したが、罠を廻らし娘の仇ラオウと対峙したあの時は、恐れはあったが、この老躯が滾ってもいた。
今でも平和を望みながら、ならばと平和の裏側の闘争を探し求めている、、、のを認めざるを得ない。
「凪いだ穏やかな海よのぅ。荒れた海を、嵐のような海を私は待ち望む」
図星、、、話を逸らすべく、別の話題を振った。
「レイゲンの話は聞いておりましたが、まさかのシンに酷似していたとは」
バルバの後ろ姿が震えている。何か気に障ることを言ったのか?
そうではない。バルバの震えは押し殺した笑いだった。
「フゥ、、、あれは私が作った」
「なんですと!?」
「出来上がってから、その手の職人に年代物に見えるよう細工をさせた。あやつは所詮一個の拳士。流石に気付きはしまい」
「、、、、」
なんという男なのか。なんという組織なのか。
「そ、そう、秘伝書を読めるようになる、あの秘孔ですが、、、」
「あれは半分真実」
半分、、、?
「南斗の秘伝を穢らわしき血に授けるのは赦されぬ」
穢らわしき、、、それがレイやユダのような外部から南斗聖拳の門戸を開いた者たちを指すのは明白だった。
「かのシュウには埋め込まれた秘術だったが、初めから期待はしていなかった。予想通り、奴めはあろうことか北斗に追従する道を望んだ」
「そ、それも南斗六星の崩壊が故でしょう」
サウザーか」
六星の崩壊、、、ここでユダの名ではなくサウザーを挙げたのは流石のバルバ。訳知りである。
「あやつなら、北斗神拳を滅ぼせたやも知れぬ」
意外なサウザーへの高評価である。
「深い悲しみを負っていたからのぅ、、、とは言っても一子相伝南斗鳳凰拳を嗣ぐというのであれば、当たり前のことだが。 、、、オウガイ、、、奴は本当に素晴らしき伝承者であった」
更に意外な鳳凰拳先代オウガイへの評価だった。
サウザーは悲しみを受け入れ共に歩まなかった。反対に悲しみを否定し、そして悲しみの元として愛を捨て去ろうとした」
「はい、、、」
「ここが面白いのだ」
「何がです?」
「もしサウザーが悲しみを受け入れ愛を肯定した男であれば、奴の奥義十字鳳は南斗の無想転生たり得た。北斗神拳をも超える男となったであろう」
「、、、はい、、、」
「しかし、サウザーがそんな男であれば悪の帝王と呼ばれる男にならず、北斗神拳と争うこともなかった」
サウザー、、、南斗の将の将。彼が正式な伝承者になる前、少年時代、、、、南斗聖拳は明るい材料で溢れていた。それが彼は一子相伝南斗鳳凰拳の宿命を愛深すぎる故に受け入れられず、、、、歪んだ。

「もし、、バルバ帝、サウザー北斗神拳を倒し、そして修羅の国にいるという北斗琉拳をも倒したら、我らはどうしたのですか?」

「わからぬのか? 困ったものよ。、、、、簡単だ。その時は我ら南斗宗家を滅ぼした「南斗聖拳」を敵とするのみよ」

「、、、、、」
「面白かろう? そして理解するであろう? これが、、、」
松明を右手に持ったまま腕を広げた。
「この世界なのだ!」
とゲラゲラ笑う。虫唾が走る思いを呑み込む。
そう、、、真の平和などない。何度も何度も割り切って出した解答の筈だ。しかも、自らの内にも戦いを求める心が、老境にあって尚無くならない。悲しき矛盾を内包していることに奥歯を噛み締めた。

「だが、今回は更に面白いと思っておる。あの北斗神拳を倒し、倒され、死から蘇る。北斗神拳と対するは源流直系南斗聖拳の伝承者。同じ女を取り合った友」
バルバは「友」という自分の口から出た言葉を嗤う。
「最弱にして最強の北斗神拳伝承者と、死から起き上がった南斗聖拳を復活させる男」
「、、、はい」
「これが楽しみでなく何であるのだ?」
そう言うとバルバは足を早める。
「今宵は久しぶりに馳走が準備されておる。そなたはその食卓に与かるまい?今回も」
腐臭に満ちた口臭がする。
まだ、こいつらたちはあの「食卓」を、、、、
卑しく穢らわしいのは貴様らだ!
という言葉は間違っても口に出せない。

立ち尽くす彼を置いてバルバは消えて行った。
代わりに静寂と闇が彼を囲み始める。