妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

147.

「バルバ。俺を闇から救い出したのは、、、」
「、、、」
「南斗の先人たちだ」

その言葉はバルバを驚かせるものだった。思わず口を開いてしまうほどに。
幻覚作用により見せられた南斗の先人たちによって、北斗神拳への怨念を増し重ねる狙いは失敗していただけではない。
闇から救ったというのだ。

「、、、、いかに北斗が輪姦される女のように南斗を汚し、犯し、踏みにじって来たかを聴かなかったのか? 私の口から語る以上に知れたであろう?」

馬脚を現したな、、シンに新たで静かな怒りが増し加わる。
感情的になったせいか、バルバは余計なことを言った。そんな亡霊のようなものがあったとして、それらが至極具体的な内容を伝える筈もない。

これは矛盾するシンの考えだった。

シンはその古の修練場に残る微かな血と汗の匂い、加えて残氣とも言おうか、それら顕在意識では感知できない何かが、シンに幻を見せたと結論付けている。
一方で、「彼ら」が語ったことが闇に堕ちようとしているシン本人を救い上げたとも信じるのだ。

「俺が見聞きしたのは、北斗への憎しみなどではない」
「、、何?、、」
「そこに「見た」のは最強北斗神拳を超えんと技を練り、日々拳を高めようと邁進する南斗の拳士たちだった」
「、、、、、」
「時に、血気にはやるあまり、北斗神拳に挑んで敗れた拳士もいた。それ故、怒りと復讐に燃えた者たちの姿もそこにはあった。
だがそれでも、、それでも、最強北斗神拳に対する敬意と正々堂々正面から挑み超えんとする意気に逸れはなかった。その姿は、、」
「、、、、」
「誇るに値する真の武人。南斗聖拳の先人たちだった」

聴いていたバルバの表情が、不信感と不快感混ぜ合わせた、怪訝で呪わしい何かに変わる。
しかし、シンは構わず続けた。

「そして、かのセイケンが、南斗聖拳創始者が俺に「話しかけた」。いくつか言葉を交わしたが、一つ諭すように俺に言ったよ」

「しゅるる、る」

意味不明なバルバの声、、、精神が崩壊しかけているのだろう。しかし、シンは構わず続ける。

「憎しみの拳では北斗神拳には勝てぬとよ」

 

シンの言葉の端にバルバへの侮蔑が滲み出て、耳にしたバルバの影が揺らめく。それは護摩焚きの炎のせいだけではない。

しばしの沈黙があった。
外での戦闘の音も届かない。
だが、その沈黙は重く濃い。

「愚かな」

しゃがれた声を発したのはバルバだった。

「聚聖殿で多くを学び、拳を高めたのではないのか? 今のそなたの拳格に立つに至ったのは、三面拳の死があったからではないのか?」
「、、、、」

ヒエン、ライデン、ゲッコウ、、、
シンの胸に小さな刃が刺さる。だが、今はそこに思いを囚われている時ではない。

「そなたも同類だ。我らの恩恵を受けて、そなたはその力を得た。それを、、得るものだけ得て、あとは知らぬと?
まことの聖なる御手をこの聖殿で授かりながら、俺はキサマらとは違うと? 王族の食卓につく我らは汚穢、そなたは濁りもなき全き浄だと?」

「何故、、暗殺の血塗れの拳が聖拳なのか、、、俺は昔、考えたことがある」

「ししゅしゅ、しゅ」

微かな空気の振動を感じた。その振動がシンの鼓膜を微かに震わせる。その振動が徐々に奇妙に強くなっていく。そしてわかる。
バルバが笑っているのだ。

「愚かなり、我が主よ」

バルバが言葉を発しているのに、笑い声の弱い振動がなくならない。
流石のシンも不気味に感じはするが、そこは南斗聖拳伝承者である。
そこに人ならざる妖魔がいたとしても、その妖魔を貫き討てばいい。南斗聖拳の刃は神をも斬らんとする、まさに神殺しの剣。

指先に南斗の氣を集める。

 

「俺の手は穢れている。人から産まれていても闇に蠢く人外の化生だ。たが、、闇の力で光に資する。それが南斗聖拳!」

それが答えなのか、シンにもわからなかった。単に北斗神拳が「神」だから、南斗は「聖」としただけなのかも知れない。

だが、かつての南斗の荒鷲と恐れられていた頃のシンには有り得ない思考の傾向だった。

 

「ジョウ!! ジョウ!!」

「!?」

 

誰ぞかを呼んでいるのか?

そう考えたシンだが、繰り返しバルバは「ジョウ!! ジョウ!!」と叫んだ。

直後、シンは不意に理解した。これは鳴き声なのであると。

元から不気味ではあっても理性的な面を見せていたバルバが、怪鳥のように叫んでいる。バルバに対する嫌悪が増加して頭から湯気が出るのではと思うほどだった。

六聖拳の一人として武力も権力も併せ持っていたシンがこれほど嫌悪を募らせたことはない。これほどになる前に「手」が出るからだ。

「ジョウ!! ジョウ!! 主よ!我が主よ!御前は愚かなり! ジョウ!! ジョウ!!」

叫ぶあまり、フードで隠れていたバルバの両眼が見えた。炎に照らされていても、一切その光を反射しない。暗い、深い、底のない闇だった。

ゾワッ
南斗の真拳を得ていても、こんな人間を見るのは初故に、シンの身体が粟立った。

 

「ジョウ!! ジョウ!! 我が主は狂われた! 罪少なき者も咎多き者も変わらず突き討つが紅き聖なる血穢れの拳。主は間違われた!

ジョウ!! ジョウ!! この「呪聖殿」におわすのに、我が主は答えを誤られた! ジョウ!! ジョウ!! ジョウ!!」

 

そんな自身の強い不快感を恥と感じ、早々と打ち消すべく、シンは右足を踏み出した。
その一歩、地に着いた感覚に違和があった。厚く積もった灰を踏んだような感覚に近い。だがもちろん、灰や砂埃が舞い上がることはない。
既に、この暗がりに乗じバルバの暗黒の闘気、北斗琉拳でいうところの魔闘気に似た濃度の高い粘液がシンを捕まえていたのだ。

 

「!」

「愚かなり!愚かなり! 我らが主よ、、ジョウ!!」

「!?」

その叫びとともにバルバが両腕を上げると地面に敷かれていた黒い「膜」が持ち上がった。

その膜は包み込むようにして183cmの鍛えられた鋼の肉体を楽々と宙に浮き上げた!


シンの全身を捕らえた膜、、重さも強い圧力も息苦しさもあった。
押し潰すようでいて、逆に四肢を離れ離れに引き裂くような力も感じる。
両腕を上げたバルバの赤黒いローブもはだけ、その下はどこぞの宗教指導者のような高貴な衣装を纏っていた。
しかし、いかに着飾ろうと、その不気味を通り越した両の眼の黒い穴、そして瘴気と呪いの言葉と意味不明な叫びを撒き散らす穢れた黄黒い口が全てを損なう。

窮地に陥りつつも、シンにはまだ少しの余裕があった。

何故なら、これが今の彼自身を倒せるほどのものなら、初めからバルバが北斗神拳に挑めばいい。
つまり、この力は言わばまやかしの類ということだ。

もう一つある。

ファルコと同じ金色の闘気を纏い、元斗最強の名をも分かった男。
天帝守護のために、誇り高き元斗皇拳の戦士でありながら、暗殺の汚れ仕事を請負い、その名を元斗の歴史に残さず散った男。
元斗聖穢の拳、金獅子ガルゴ!

シンを苦しめ勝利したガルゴの力の一つ、、、、影力。
闇に堕ちた心と、生命力を削っての黒い闘気。
バルバのものと全く同じではない。ないが、同じ範疇には分けられる。

「(南斗聖拳の裂気で、、闇をも断つ!!)」

呼吸もままならないが体内の氣を練り、指先に集める。繰り返し繰り返し磨きに磨いた南斗至高の極意。

だが、、、

「!?」

低く、そして高い大きな笑い声が聞こえた。
バルバの笑い声だった。
一つの声門から発せられているとは思えないほど様々なこの世のありとあらゆる禍々しい叫びが掻き混ぜられているようにも聞こえる。

南斗の裂気が散る?溶ける?

墨汁に浸した筆を水入れに突っ込んだように、全てを破壊する南斗の氣が融けていく、、、氣の密度が保てない。

これが、、幾世代にも偽りの呪いと怨みを継承してきた南斗宗家の、その中でも傑物中の傑物バルバの力!!

 

「間に合うか!?」

その声の主は蝙蝠だった。
西斗月拳シュラインの相手はガルダがしている。その隙に蝙蝠はその場を離れた。

「モウコさん! 申し訳ありませんが先に行きます!」

シュメの棟梁から見ても別次元の高域でやり合うガルダとシュラインから一瞬目を離し、彼は蝙蝠に頷いた。

、、、胸騒ぎがしたのだ。
蝙蝠は手練れの忍にして南斗聖拳の一派の使い手。そんな彼の勘は幾度も彼自身を万策尽きる手前一歩から救って来た。
その蝙蝠が目にした光景。いや、それは「光」という字を使うには適さない、「闇景」ともいうべき事態だった。
邪悪な魔術の使い手が自分の真の主、南斗聖拳伝承者であるあのシン様を!冥府の呪力で苦しめている!
今にもそのお命を絞り千切ろうとしている!!

「なるほどまさに!!」

蝙蝠は駆け出した。
途中、黒いローブを着込んだ僧兵が行く手を阻んだ気がするが、ほとんど無意識に大きめの苦無で退けた。
もうその記憶も残らないほどに、蝙蝠は意識をシンの救出にと集中させていた。
それほどに蝙蝠は急いだ。疾った。無論、肉体を超える力、南斗蝙翔拳の力で!

あらゆる魑魅魍魎の封印を解いたが如きのバルバだが、それ故に南斗の氣全開で迫る蝙蝠の気配には感づかない。
もちろん、追い込まれているシンも気付かない。自身を飛車角金銀に詰め寄られた王将のように思えていた。

何故そんな間抜けなことを思い浮かべるのか?

 

「シン様!!」

蝙蝠は理解した。この「場面」なのだと。この「時」なのだと。

ここでシン様をお救いできなくては、大ファンなどと威張れませんよ、、、

不思議と穏やかだった。指の間を通り過ぎて行く風が優しく感じられた。石畳を叩く急ぎの足の筈も、フカフカな赤絨毯を歩いているかのような錯覚をした。


その蝙蝠でさえ、黒い呪怨に蝕まれたシンが笑ったことには、少しも気が付かなかった。