妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

146.

シンは聚聖殿のほぼ中央に位置する、南斗を祀る古の祭壇の前にいた。
闇の中、その燃え盛る炎の前で護摩を焚いているのは南斗宗家宗主バルバである。

その煙はもうもうと上がり、煌めく星の夜空へと吸い込まれて行く。
シンは、北斗七星があるかも知れぬ天を見上げる気にはならず、だだ言葉を発せず赤黒いローブの背中を見ている。

何を祈念しているのか? 相変わらず北斗神拳をただ呪っているのか?

それが何であるにせよ、シンの心は決まっている。バルバに対する明確な殺意がシンの心内に宿っている。

この決定は揺るがない。

 

「来られたか、我が主よ」
バルバは背を向けたまま言う。
主、、、、そんなバルバの安い佞言に乗せられるわけもない。そもそも、シンには南斗宗家を継ぐつもりはない。

 

「その箱はこの私からの贈り物だ。開けて中を確かめてほしい」


やはり振り向きもせずにバルバは言った。
シンが右側に目をやると、そこにシンプルだが上等な材質でできていることがわかる四角い箱があった。

贈り物という言葉に期待したのではない。
この期に及んでバルバが自分に何を渡したいのか、それが気になった。
炎が照らす中、シンはその箱の蓋を持ち上げた。布、、服のようだった。
「これは何だ?」
「それはいずれ我が主に献上したいと思っていたもの。手にとってみよ」
「、、、」
暗い中、そして炎の光が正確な色を判断を難しくさせているが、それは赤い戦衣装であった。

南斗の拳法着に似ているが、滑らかで柔らかな手触りでありながら脆い質感ではなく、かなり高貴なものだと理解できる。

腰帯の色は、、見づらいが恐らく青紫。そして、この時代の標準装備とも言える肩当てはなかった。

 

南斗星君は赤い衣装を纏っているという。南斗聖拳真の伝承者にして、その名をかけ北斗神拳に挑み、永久に滅ぼすそなたに相応しかろう」
南斗星君は命を与えるというが、南斗聖拳は奪う」
北斗神拳を滅ぼせば、南斗聖拳は宗家に命を与えるであろう」
バルバが立ち上がりシンに向き直る。
「そして南斗宗家の新たな、、」
「その気はない」
食い気味に言い放ち、バルバの言葉を遮る。
「バルバ、お前はバカじゃない。俺がここに来た理由がわかるだろう」


無表情で言うシンの顔を炎が照らす。


北斗神拳ではなく、南斗宗家を滅ぼすとでも、、、言うのか?」


フードで隠れてバルバの目は見えない。


北斗神拳は倒す。宗家の人間も皆殺しにするわけではない。三面拳たちのように邪心なくとも宗家に仕えている人間も多い」
「では、、、この私を?」
声に凄味が加わった。その口から放たれた悪臭に瘴気が混ざる。
「そういうことだ。キサマと司祭たち上層部の、人を食らう悪鬼たちは滅ぼす。そうでなくては俺の心に曇りが残る。それでは北斗神拳に勝てぬ」
「愚かな、、、あの悪の極み北斗神拳を倒すのに清流のような心が要るとでも? 南斗聖拳はそんな清いものか? それに、そなたは北斗神拳を倒す、ただそれだけを思い見て魔道にさえ堕ちたであろう」
「闇で斬る、か。そう俺は確かに闇を得た。だが、俺は呑まれてはいない」
「そんな者はおらんのだ!」

バルバが昂る。

 

「闇は便利な道具ではない。踏み込んだが最後、戻ることはできぬ!」
次いで、ニヤァ、、、とバルバは口を吊り上げる。
「その力こそだ! まことの闇こそ!北斗神拳を打ち倒すもの。北斗神拳にも真似できぬ力なのだ!」

「もし、、、」

シンが冷静に言い返す。

 

「俺個人の力であれば、確かに闇に呑まれ、魔人と化したであろう」
「しかし、闇の力は手に入れていたであろう、、、主よ」

と、バルバがシンを覗き見る。落ち窪んだ暗い二つの穴だ。

俺はお前の道具になる気はない、シンは心内で呟いた。

 

「俺が、古代南斗の修練場で見たものを、、まだ話していないな。いや、いずれこの場面が来るを、俺は知っていたのだ。その時に話すことになろうと」


「おい、そなた」
黒ローブの男が、やはり隣の黒ローブに話しかけた。二人ともまだ比較的若く、カクついた動作はない。目の下に痣もない。
「さっきから落ち着きがない。らしくない。どうされた? 敵の襲来に慄いたか? それなら案ずるな。銃を持った兵士たちに加え、バルバ帝が連れて来たあの拳士がいれば、ここは安全だ」
という男本人にも多少の不安はあるが、自分たちが命じられた役目を放棄はできない。


「それにシン様がバルバ帝の元へお向かいになったであろう。正にこの門を通って。あのお顔を見たであろう? 精悍が過ぎて震えるほどだった」


古く大きな黒い鉄門。その両脇に立ち、警護するのが今の二人の役目だった。
彼らも自動小銃一丁と剣を一振り備えているが、多数の敵兵がなだれ込んで来れば、そうそう長くは防げるものではない。
仮に敵兵が押し寄せる事態ともなれば、奪い取られた銃器もあるだろう。
何にせよ、ここに敵兵が姿を現したとき、彼らの命運もここに尽きる。外で戦う謎の拳士がそれを阻止するか、或いはシンがこの門の奥から戻るのが早いか、だった。

 

「やらかしたのだ」


かなりの間を置いて怯える男が答えた。


「ん? 何をだ?」
「ガスが出なかったのだ」
「、、ガス、、?」
「わからんか!?」


男は取り乱し気味に言った。


「シン様が禁区にお入りになったろう。あの古の修練場に!」
「あ、ああ、それのことか」
「そこで幻覚作用をもたらす薬剤を噴霧させる手筈だった。シン様でも感知できないだろうガスだった。何度も点検し、確認し、抜かりはなかった」
「、、、ダメだったのか?」
「そうだ、、、」


男は冷や汗が伝う顔で、縛られて動けないかのように小刻みに震えながら、真っ直ぐ前を向いて続ける。
「それが何故かやっとこの本番に! 出なかったんだ!、、、しかもだ!!」
「な、なんだという!?」
「シン様に覚醒を促すための、、、」

 

シンを闇に堕とすことを彼らは覚醒と考えていた。強ければいい、拳技であの憎き北斗神拳を超えられるなら、何だろうと構わない。
そんな「教育」が行き届いていた。

 

「ああ、、」
「あの「劇団員」たちが誰一人来なかったんだ!!」
「声を控えられよ! それは我らの命だけでは済まぬ話ぞ! 何故今迄黙ってい、、、」

 

言いかけて男は納得した。
そう正に、自分たちの命だけでは済まない。バルバ帝が怒り狂う姿が目に浮かぶ。どんな目に合うか、、、、

だがだ、、、

「しかし!禁区から戻られたシン様は魔人になっていたんだろう? 上手く行ったんじゃないのか?」
「いや、ガスは放出されてない、一切。もちろん劇団員もいなかった」
「、、、、だが、、、だが結果的に目的は成し遂げられた。それなら、それで、、」
「それならそれで、では何故シン様は魔人になってお戻りになられたのか?」

 

とにかく、彼らは幸運の訪れを信じ、沈黙を貫くことしかない。それしかないと、二人同時に心を決めていた。

故に彼らは思考を止めた。