一人のシュメが人質の救助が完了したことを告げた。
「うむ。だがまだだ。供物にされようとしている子供たちがいるかも知れん。慎重に進むぞ!」
モウコは自らも気を引き締めた。白の街から大きな門を抜ければ、さらに奥に続いた道があるが、、、狭い。
このような事態を想定した何かしらの罠があると考えて間違いない。
フラフラ、、、フラァフラァ、、と、男がふらつきながらモウコの元に近付いて来る。
「ん? ヨギ! どうした!?」
と声をかけるモウコの脇では蝙蝠も怪訝な目を向けている。
「ヨギ!」
そのヨギという男の目は虚ろ。
直後だった!
「うぐごご!!」
と身体内部の異変を伝える不気味な声を発した後、、、ドバッ!!
胸の中央が内部から破裂した。
その血を顔に受けながらモウコは動揺もせずに言う。仲間を失うのは辛いが、このような死は常に突然訪れる世界の住人なのだ。
「これは北斗の、、、、」
「、、、ですねぇ」
「しかし、ケンシロウ様の筈はない。他に北斗神拳を使う者が?」
「まさかいないとは思いますがね、、、いや、現にいるのでしょうが。どうやら銃器を備えた賊たちではなく、コレが奴ら宗家の隠し玉、、というところですか」
「な!!」
不意にモウコが彼らしからぬ動揺を見せた。蝙蝠もその視線の先を向く。
「!」
蝙蝠は唇を噛み締めた。、、、その視線の先の彼は、もう助からない。
シュメ最強のあのリュウキが、二人の元に足取りも不確かに歩み寄って来る。
彼自身の二本の剣が背面から突き刺さり、左右それぞれ両方の胸から貫き出ていた。
駆け寄ろうとするモウコを手で制し、何かを伝えようとしている。既に声は発せられない状態だった。
逃げろ
彼の口の動きがそれを告げていた。
リュウキが「逃げろ」と伝えるのであれば、その判断に間違いはない。
モウコはシュメの棟梁。シュメを統率する者として、ここで無駄に果てることはできない。悲しむのは後からでいい。
「四(シ)!」
とリュウキが倒れるのを他所目にモウコは大声を上げた。四は退却、それも「仕事」途中であろうとも、とにかく退却しろという緊急の符号だった。
それを聞いたシュメたちがそれぞれ「四!」と叫び、聞き逃す者がないよう伝えて行く。
「蝙蝠、退くぞ!」
「いえ、、、」
「どうした!?」
と言った途端にその理由を理解した。
二人の退路を塞ぐようにして一人の男が立っている。
「逃げようにも、あの御仁がそうはさせてくれなそうです」
蝙蝠が冷たい目で謎の男を見据えて言った。
「そのようだ」
と、モウコも男を見て得心した。
状況からわかる。戦士としての経験でわかる。忍としての勘でわかる。
その男が北斗の拳の使い手であり、リュウキを殺したと。
そして、逃亡を試みたとて、それが失敗に終わることを確信した。確信させるだけの要素を感じさせる。
「困りましたねえ。我ら二人がかりでも北斗の拳士にどこまでやれるか」
「蝙蝠逃げろ。互い別の方向へ疾れば一人は助かる」
「モウコさん、あなた逃げる気ないでしょ? いいんですか? シュメの将が簡単にやられるわけにもいかんでしょ」
違うのだ、、その男ははっきりとモウコを標的にしている。
「お前ら!」
その謎の男が言った。
「北斗の拳士と言ったか?」
余裕のある声だった。この後の死闘への緊張感がまるでない?、、、そうではなかった。
あのリュウキを全く無傷で倒す男。死闘というよりも一方的な虐殺になるであろうことから溢れる余裕なのだ。モウコはそう理解した。
「北斗神拳?、、、あんな人の寝込みを襲う拳と一緒にするな」
敵兵がその男の背後に集まりつつある。もちろん自動小銃を持った兵たちもその中に含まれる。
「俺の名はシュライン。お前たちが北斗神拳と見誤った俺の拳は、、、西斗月拳という」
「!」
セイト、、、西の斗であろうか?
蝙蝠もシュメの棟梁モウコも聞いたことがなかった。
北斗神拳とは異なると言っても、内部からの人体破壊と、あのリュウキを無傷で倒す強さから考えて、、大きな差は感じられない。
細かい点はともかくとして、少なくとも二人がかりで挑んだところでどうにもならないのは変わりがないだろう。
蝙蝠も同様のことを考えていた。
シンとの戦闘は、その性格を熟知していた上に入念な準備があった。今回のこの事態とは置かれた状況が違う。
「フッ、さっきの二刀持ちの奴は、偉そうな顔してやがったから俺が直々に相手したが」
と余裕の笑みのまま自身の後ろを振り返る。
「お前らはこいつらで十分だな」
既に銃で狙いを付けられている。正規に訓練された兵はいない。常識の範疇にない能力の持ち主である二人なら、或いは逃げることも可能だった。
全てはタイミング次第。だが、最高の機は逸した。シュラインからの圧力が彼らに逃亡の機を奪ったのだ。
それは圧倒的な実力差が可能にする彼の射竦め(いすくめ)の術、一種の金縛りであった。
蝙蝠とモウコとて、放たれた弾丸を避けることはできない。撃たれる前までが勝負なのだ。
、、、それぞれが覚悟を決めた時であった。
銃兵たちの背後に、横に一閃したオレンジ色の光線が見えた。その光は僅かな遅れの後に揺らめく炎となった。
同様の光、そして揺らめく炎が数度煌めくと、銃を持った敵兵が燃えながら「崩れて」行った。
「こ、これは!?」
蝙蝠が声を上げた。
「その者たちの命を奪うことは許されない」
炎で身を包んだ若い男が言った。
メラメラと燃え盛り、そしてクネクネと揺れる炎である。
「あの方は、、、」
モウコが険しい目をしながら静かに言った。
「仮面の下は醜く焼けただれていると聞いていましたが、そんなことはなかったようですね」
と、蝙蝠が抑揚もなく言う。
「フッ、、こんな時に現れるのだから、俺は「持ってる」ようだな」
と若い男が笑った。
「はん? 何を持ってるってんだ? 若造」
そう返したのはシュラインである。兵たちのやられ振りを間近に見ても臆するところはない。流石の手練れ、謎の流派西斗月拳の使い手である。
「何だっていいさ。アンタには分からねえよ、、オッサン」
そして、まだ周囲に残る兵たちを静かに睨み付ける、というより、それはまるで流し目を送るようでさえあった。だが、その効果は覿面(テキメン)。
それもその筈。燃えながらバラバラに崩れる味方の最期を目の当たりにしたのだ。既にその場が自分たちの持ち場でないことを理解できないほど奴らもバカではない。
「そうそう、逃げとけ逃げとけ。残ってたって死ぬだけだ。どいとけよ、雑魚は」
と、シュラインに向き直り、「アンタの相手は俺だよ、オッサン」と笑いかけた。若造と言われたのが気に障ったらしい。
「はん、、何なんだよお前は? 若造」
シュラインも自分の姿勢を崩しはしない。
「わかったよオッサン! とりあえず名乗っておくか」
炎と光を発しながら男は自分の武舞を披露した。
力強いその武舞は、肉眼にも氣眼にも残像をもたらす活き活きとしたオレンジ色が煩わしく、そして同時に美しい。
上に向けたその猛禽類のような指四本で「クイックイッ」とシュラインを挑発する。
「相手してやるよ。かかって来な、オッサン!」