妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

138.魔神

数時間が経過していた。


バルバは一人落ち着きもなく、目の前の黒い鉄門が開くのを待っている。
そこから離れた石道の曲がり角では、黒いローブを着込んだリハクが遠く隠れるようにして覗き見していた。
事実、隠れていた。

南斗五車星を束ね、慈母星ユリアに仕えていたリハクが、その一方で滅んだ筈の南斗宗家の人間だったと知られれば、
鉄門の向こうから現れる魔神と化したシンには「即断」される恐れがある。
そう判断してのことだった。


「まだ、、、来ぬか」

このバルバの独り言からしばらくして、、、鉄門の向こうに気配があった。
バルバは期待と、そしてある種の恐怖から身体をすくめて、その門が開かれるのを待った。

そして、、、

重い鉄門がゆっくり開く。

黒いガスのようなもの、つまり北斗琉拳でいうところの魔闘気が、下から漂い出るのでは?との予想を立ててさえいた。
その予想に反して、両開きの門はゆっくりと何事もなく開いて行く。暗がりの向こうから門を開けているのは間違いなくシンその人。

 

「、、、、シンよ、、どうであった?」

シンの姿に変化はない。
バルバの予想では人外の魔性、それこそ魔神が現れると踏んでいたのだが、、、

先ほどと何ら変わりがない?

「、、、シン、、ん?」

見間違えかと思った。
彼の銀髪が一瞬だけ真っ黒に染まって思えた。その茶色がかった瞳が漆黒のような影を含んだように思えた。
かの修羅の国の魔神カイオウは、常に魔闘気が溢れ出すため、それを防ぐために鎧を全身に身に付けていたという。

比較するとシンの有り様は至って静かなものだった。
北斗琉拳南斗聖拳の性質上の違いから、シンにカイオウと同様の変化が起きずともおかしくはないが、

それにしてもシンの変化は乏しいと言わざるを得ない。

 

「、、、、」

失敗、、したのか?


「見えた。声を聴いた。話もした」

唐突にシンが話し出した。
一点を見つめるシンの目は、暗い石壁を貫き遥か遠くに思いを寄せているかのようである。

「、、、、シン、、そなた」
「南斗の先人たちの魂、この手にしっかりと受け取った。この両手は、、遂に聖拳となった」
「おおお!!」

歓喜していた。
南斗聖拳は復活したのではない。
今この時に、新しい拳として産まれたのだ!
それも無駄に魔闘気を垂れ流すような無様な魔性ではない、暗殺拳の名にふさわしい洗練された至高の美しい拳だ!
闇で斬る、まことの南斗聖拳に到達したのだ。
闘神、最強の拳、呪うべき憎むべき、あの北斗神拳を破りうる拳が遂に誕生したのだ!

 

、、、との演技をしながら。

 

「だが」
「?、、どうした? シンよ」
「まだ完成はしていない。旅に出る。短い旅だ。それで、俺の南斗聖拳北斗神拳に挑む最後の資格を得るだろう」
「何を言っておる? 資格だと? そなたこそ、北斗神拳を打ち破る拳士ではないか!」

バルバは昂っていた。昂って見せていた。
自分が理想として描いた最強の南斗聖拳のイメージ、、、これまでそれに最も近いのはサウザーだった。
だが、近くても決してサウザーではなかった。

シンはどうだ?

圧縮された黒鋼のよう。
無数の鋼の線条を編み上げ、魔闘気でも到底為せないような強い圧力をかけ、一つの人型に魂と命を込めて錬成された創造の極み。

近い。

近いが、、今一つ足りない。

 

「我が主よ」
バルバは囁いた。

この邪悪で年月を経た蛇の本音は読めない。
いかにシンが魔神となって現れようと、自身の狡猾さで配下に、もっと言えば手駒にできるという思いは少しも変わらない。

おもむろにシンが歩き出した。

「主よ、どこに行かれる?」と言いたくなるのをバルバは堪えた。
あまりに芝居がかっていないか、と。

それにしても決意が見える。
シンの歩みが先ほどまでと異なっている。
いや、この聚聖殿すなわち南斗聖拳創生の地に、シンが足を踏み入れて以来見たことのない、強い確信に裏打ちされた迷いのない歩みだった。
全てが揃った者の足の運びだった。

厳密には全て揃ったわけではないが、流石のバルバもこれには素直に感心しないわけには行かなかった。

バルバだけではない。
隠れて遠くから見ていたリハクでさえ、予想を全く裏切ったシンの変貌ぶりにはただただ圧倒されていた。

「これほどとは、、、このリハクの目をもってしても、、、」

と言い終える頃には、南斗聖拳伝承者シンが、身を潜める彼の前を横切るところだった。
先ほどまでシンに処断されると隠れていたのが、今ではそれをさえ忘れている。

「リハク」
「は!」

とっくに知っていたのか、、、リハクは恐怖でもなく、陶酔でもなく、ごく当たり前のようにシンに返答した。
まさに母星南斗聖拳に仕える南斗五車星然である。

「しばらく一人で外に出る。今からだ。その準備をしつらえろ」



「バルバ帝、、」

リハクは軽い興奮も落ち着き、バルバに問い尋ねた。

「シン様は、何を観たのです?」

狭く暗い石道を二人は並んで話している。本来、リハクと言えど南斗宗家宗主と並んで歩ける立場にはない。
それを忘れている。
興奮が覚めているようで、彼はいまだに浮き足立っていた。
ユリアという絶対的な主人を喪って以来、はじめて仕えるに値すると感じた人物が、あのシンであったという戸惑いの中にもいる。

「先にも言ったが、幻覚だ。幻の南斗の先人たちが、北斗神拳への怨念を募らせ続けている、その光景を見せた」
「それだけであれほど、、、」
「どれほどの屈辱を受けたか、どれほどの犠牲を払ったか、どれほど北斗神拳に奪われ続けたか、、、どれほど南斗の死体を積み重ねられたか、、、
私の予想では、門を開くのは暗黒の極みに堕ちた南斗の魔神かと考えておった」
「あれは魔神とは言い難いものです」

魔神でなかったことが誇らしい。先人たちの無念は無念で受け止め、鋼鉄の意思で自制している。しかし、それは言えない。

「だから驚いておる。だが、シンの歩みが違っていることを、そなたなら気付いたであろう?」

リハクは昔を思い出す。
勝てぬ相手、拳王ラオウが迫る中、最愛のユリアの身を案じ五車星に託し、自身はケンシロウとの死闘に赴くと覚悟した、あの時の凛々しい姿を思い出させた。

何故にあの姿が浮かぶ?

そうだ!
強い決意!
あのシン様のお姿は、死をも超えたその向こうに何かしらの信念を見た者の姿だ。
決して魔神などではない!

は!?
まさかシン様は!!

その思案のスキを突くが如くにバルバが言葉を挟み入れる。

「だがもう一つの仕掛けも、我が盟主には味わっていただこうと思っておる」
「何ですと!? まだ他に!?」

ニィ、、、

「我が盟主はやはり、暗黒の魔神でなくてはならぬ。あれでもまだ北斗神拳には勝てぬ」
「し、しかし、魔神に自身を制することができますか? 暴走する力を制御できぬ者にあのケンシロウを討てますか?」
「技を究めても北斗神拳に勝てぬのだ。よいか? あの憎悪すべき北斗神拳伝承者にさえ真似できぬもの、、、わかるか?」
「、、、、いいえ」
「それが闇なのだ。深淵の暗黒なのだ。北斗神拳伝承者でも辿り着けぬ境地、それこそが怨嗟の果てに到達する、魔界!」

こ、この爺さん、、、狂って、、、

リハクも既に老齢に達しているが、バルバはさらに一回りは上の年齢だ。
闇の深さとなると、一回りどころではない。まるで世界が違う。
もちろん南斗の住人は、「異常な存在」だ。だが、バルバの異常さは意味が違う。

今更ながらバルバの狂気に身震いする思いがした。

 

「先人たちの永きにわたる怨嗟でも、やはり我が盟主の心は完全に変わらなかった」

「は、、い」

(バルバ、、、何を企んでいる)

「白の街は襲撃される」
「な!」
「拳王や聖帝が滅びて久しい。天帝は力を失い何処ぞに隠居でもしておろう。恐怖が敷いた秩序は既にない」
「、、、」

「今や唯一の抑止力、北斗神拳を恐れ暴徒は大人しくしておるが、、、いるところにはちゃんといる。飼われておる」
「どういうことですか?」

リハクが立ち止まって訊くも、バルバは足を止めることはない。

「コウケツが死んで行き場をなくした賊どもを雇った」
「コウケツ、、誰です?」
ラオウの靴を舐めるようにして生き延びた狡猾な男だ。ゴミのような人間だが、役には立った」
「そんな者が、、」
「信念もなく、恐怖には滅法弱い。だが頭は少しばかり切れた。この聚聖殿や街の食糧をはじめとした物資の多くは、そ奴によって集められていた。少し前までは」
「、、、」

リハクの心が痛んだ。白の街の住人は亡きガルダやシン本人にとってさえ大切な者たちが人質として囚われている。
この時代には有り得ない裕福な生活についている筈だ。それを?

「しかし、それをケンシロウの仕業とするには流石に無理が」

バルバを止めんと食い下がったつもりだった。

「もちろんだ」

そしてバルバは低く笑う。

「既に我が盟主の思いは北斗神拳にのみ向いている。ここで心裂かれることがあれば、その悲痛は闇を深めて行き場を探し、北斗に向かう」
「あなたは、、」
「そうよな。北斗神拳めではなく、そうそう、北斗の軍と言ったか。その残党の仕業としよう
重要なのは真実ではない。何を事実とするかということだ。わかるか? 勝者は歴史を「作る」のだ」

(惨劇だ、、、恐るべきことが起きる。
蝙蝠はナンフーを動かせたのか? 急がねばならない。

そんな罪なき命が喪われるのであれば、今更北斗神拳を倒すことに意味などあろうか?
それに、どれだけ宗家が北斗神拳を恨み憎んでも、あのケンシロウには非が見当たらない。

だからこそユリア様が愛したのではないのか?

何故今ごろそんなことを思う?
このリハク、、、いつの間にか闇に呑まれて?)

 

だが、止められない、、、身がすくみ、背を向けるバルバに白刃を突き立てる勇気が出ない。

(しかし、今ここしかない、、、)

リハクは左胸に忍ばせた短刀に手を伸ばした。その時、、、

「リハクよ、、」
「う!! は、はい」
「そなたは南斗五車星で、力においては最も劣っていた。風雲炎山どれにも遠く及ぶまい?」

バルバは僅かに背後に顔をむけているが、その表情は赤黒いフードに隠れて見ることができない。
それが逆に恐ろしい想像を掻き立てる。

「だが五車星の元締めはそなただった。そして今尚ただ一人生きながらえておる。だから、そなたは勝者だ。最後に生きておれば勝者となる」

もう少しで短刀に届く手が麻痺したかのように動かない。
その手を金縛りにしているもの、それはバルバへの恐怖以外の何物でもない。

「そなたの良心など、そんなものよ」

(見抜かれている、、何もかも、、?)

「賢く生きよ。わかるか? 魔神でさえ我らの知恵で操れる」

無力感、絶望、、、、希望は?
希望はケンシロウしかいない。

ケンシロウさん、、、このリハク、、この期に及んであなたしか頼れない)

そんな祈りに近いリハクの思いを、バルバが恐ろしい言葉で切り刻む。

「リハクよ。我が盟主が北斗神拳を滅した暁には、そなたも王族となる。王族は王の食卓にあずかるものだ」

言い残し去って行くバルバの背を見ながら、力が抜けたリハクは両膝を石面に打ち付けた。
巨体の重さが災いし、立ち上がれないほどの傷を負った。自分が老齢であることを思い知らされる。
当分はまともに歩けない。残る余生、足を引きずるだろう。

そんなことはどうでも良かった。

リハクが、かの食卓にあずかる筈はないのだ。むしろ喜んで死を選ぶだろう。
死故に恐怖したのではない。
あの光景が忘れられない。それがまた繰り返されることになるのがおぞましかった。

仮にシンが勝利した場合、この世界を支配するのは南斗宗家となるだろう。
シンを盟主と崇めつつも、その実権を得るはバルバ。
バルバの闇こそ真の暗黒。

既に魔神はそこにいたのだ。
知っていて見えなかった。リハクともあろう者が、事実を直視するのに恐怖を覚えていたのだ。
恐怖という闇に呑まれていたのだ。

リハクはヒューイ、シュレン、ジュウザ、フドウ、その勇敢なる数多の部下たち、そしてユリアに詫びた。

 

ラオウに首を掴まれトドメを待つだけに追い込まれた時、、、
あの時の無力感でさえ、今と比べるなら希望に満ち満ちていたように思えた。