どれほどの時を聚聖殿での修練に費やしたか、、、
闇夜の山中、シンは仔細に至るまで自身の修練を振り返る。特に三面拳と共に技を磨いた日々を。
、、、、南斗聖拳に刻み込まれた無念さは事実であろう。
故にシンは、ケンシロウに対してではなく、南斗聖拳の限界を定め、管理していた北斗神拳への憎悪が増す。
ピカッ!
雷光が照らしたシンの髪は光を吸収する黒だった。
憎悪とともに南斗の裂気を両手に集める。黒い闘気が特に指先を中心に集まった。
肉眼でも視える赤黒いガスのような瘴気。
雷光激しく、雷鳴が耳をつんざくような最中、シンは右の突きを宙に放った。
闇が斬る。
空気を黒く鋭い氣が斬り裂いた。
赤黒い残氣がシンの突きの軌道をなぞる。
線が残るため、拳の筋が見切られる、、、
そんな心配は無用だった。
その速さはシンのこれまでに突き出したどれよりも、そして見た如何なる突きよりも上だったからだ。
次いでシンは呼吸を調え、その場に立ったまま深い瞑想に入った。
脳内で自分にできる全ての拳技を思い描く。その全てがかつての自分を大きく、そして赤黒く超えていた。
だが、、、
シンは魔界になど堕ちてはいない。
バルバが案内した先人たちの血と呪いが染み付いた古の修練場、、
彼は予想を超える経験を得ていた。
バルバは北斗神拳をより憎悪するためにと、考えたであろう。
その意に反して、彼が見たものは、、、、、
カッ!!
更に激しい雷光が山間の向こうまでも照らした。
ドクン!!
「!!」
「あれは!?」
ガゴォ!!!!
鼓膜を破るような豪音が、誰も聞く者のいないシンの言葉を完全に掻き消した。
「何故、、ここに」
見紛うわけはない。あんな巨馬は他にない。そして、その上に座している男は奴以外に考えられない。
「ケンシロウ!」
暗殺拳南斗聖拳、、、常住座臥戦いの中にある。「今はダメだ」なんて言葉は通じるわけがない。
しかし、、、
唐突がすぎる宿敵の登場には、流石のシンも動揺を隠せなかった。
堂々と追えばいい。
そう思いながらも、シンは気配を消してケンシロウに追い付くため、速足で歩き出した。
確かめたいことがある。
どうしても腑に落ちないことがある。
それが確信できないことには戦えない。
追われる男が北斗神拳でも、追う男は南斗聖拳。幸いにしてか、魔界に堕ちていない彼からは勝手に溢れ出る赤黒い氣はない。
闇夜の豪雷が気配を消してもくれる。
それでも十分に距離を取ってケンシロウを追った。
、、、どうしても確かめたかった。
それにしてもだ、、、
「、、、」
巨馬に跨り雨に打たれるケンシロウからは、地上最強の拳士の片鱗など微塵も感じられなかった。
むしろ、とぼとぼと馬に揺られる力無い姿からは、まるで孤独な囚人といったような印象しか伝わって来ない。
あれがサウザー、ラオウ、そして魔神カイオウとやらを倒した闘神の化身と呼ばれる男なのか?
北斗神拳伝承者なのか?
「ん?」
巨馬が歩みを止めた。
勘付かれたか?
その直後だった。
「うっ、、ぐう、、胸の傷が!」
突如、彼の背中にまで達した北斗神拳による深い十字傷が疼いた。
それはすぐに強い痛みに変わる!
「うぐぐぅ!」
文字通り胸が張り裂けそうだった。
あまりの激痛に意識が朦朧として消えかける。
ドゴォ!!
すぐ近くで発せられた雷の一閃がケンシロウの背中を照らしたのを見た。
(奴にも異変が!?!?)
バリバリバリ!!
ドゴォ!!!!!
、、、、続く豪雷がシンの意識を真っ白な無へと連れ去った、、、
・
・
・
・
・
、、、
、、、、視線を感じる、、、
「は!?」
ガバッとシンは気絶状態から身を起こした。
泥色の野ウサギが慌てて逃げて行く。視線はそれのものだったようだ。
頭がズキズキ痛み、聴覚も完全ではないが、それらも徐々に回復してきているのが感じられた。
先ほど激痛をもたらした胸の十字傷にも、今は特段これといった変化は見当たらない。
「俺は何故ここに?」
記憶の混濁も起きていた。
「! そうだ、ケンシロウ!」
シンは既に明け方の小雨の中、ケンシロウを探した。
崩落した一角、その端に大きな黒い塊がある。
近寄ると、それは予想通り、巨馬黒王の亡骸だった。真横に倒れたその巨体からは生命の小さな反応も見当たらない。
「、、、、ケンシロウは!?」
見事なまでの巨馬黒王の亡骸を放置するのには気も引けたが、今はケンシロウを追うべきだ。黒王は宗家の者たちに任せればいい。
北斗憎しのあ奴らに任せるとなると、その背を許した者が北斗の面々となれば、馬刺しにでもされるだろうが、それは禁じればいい。
シンはケンシロウの足跡を探し、暫くして不規則な歩みの跡が続いているのを見つけた。その後を追う。
「!」
100歩も行かぬ内にその足跡は崖へと続き、そしてなくなっている。その先は一気に急斜面だからだ。
ここから転がり落ちたと思われる跡も残っている。
ズザザッ、、ザザッ、、
シンは崖を滑り降りてケンシロウを探した。崖は直角に切り立ってはいない。だが、かなりの急斜面だ。
さっき見たよれよれの足跡から考えれば、ケンシロウの状態も普通ではない。
崖からの落下で命を落としてはいないか?
急な斜面が終わりを迎えようとしていた。
その先はまさに断崖絶壁!
ケンシロウであっても、ままならぬ状態で落ちていれば命はない!
最強の北斗神拳は崖から落ちて、その幕を閉じるのか?
「ふざけるな!ケンシロウ!」
こんなところで死んではおるまいな!
俺は北斗神拳を、キサマを超えるために拳を磨いたというのに!
「!」
だが直後に、シンは幸いにも木の幹にかかり、それ以上の落下を免れていたケンシロウの姿を認めた。
ケンシロウの生存を知り、不思議な安堵感に浸るも、それは一瞬。シンは気絶したかつての友を肩に載せて急な斜面を逆に登り始めた。
肉体のみの力では救出も困難が故、シンは南斗聖拳の氣を解放した。にもかかわらず、ケンシロウの意識は戻らない。
山道に戻っても同じだった。
シンは気絶したケンシロウの背を岩にあずけて座らせ、その様子を見た。
ケンシロウは気絶していても精悍な顔をしていた。
年月と、そして劇的で特濃な歩みが故か、お互いに変わりはしたが、それでも旧き友の面影が消えることはない。
まさかこんな形で再会するとは、、、
南斗宗家が伝える悪辣で邪智深い北斗神拳という印象は、とても今のケンシロウからは感じ取れない。
果たして、ケンシロウは無事なのか?
気を失っているだけならともかく、、、
いや、北斗神拳伝承者が気絶していること事態が異常事態だ。
シンは多少強引と思いつつも、ケンシロウの状態を確かめる方法を選んだ。
「ケンシロウ、、、」
そして、シンは殺気を込めてケンシロウの胸に突きを放った!
シュッ!!
ピタッ、、、
突きはケンシロウの胸に触る直前で止まった。かつて自身が付けた、南斗の傷痕を色濃く残す鍛えられた胸の前で。
だが生憎、、、その突きを止めたのはシン本人だった。
はじめから試すための突き。
だから、ケンシロウは反応しなかったのか?
それとも或いは?
だが仮に本物の殺意には反応したとしても、絶対の利は今シンにある。
だからといって、こんな倒し方をしても全く論外だ。南斗聖拳の勝利どころか寝込みを襲う卑しき拳として蔑まれよう。
その汚名は必ず南斗聖拳の価値と質を損ない、早晩、泰山流や華山流に喰われることになる。
北斗神拳を滅しても、すぐに南斗聖拳もその後を追うことになる。
殺すのが目的ではない。
超えることが目的なのだ。
「表裏一体か、、不思議なものだな」
とシンが呟いた時、、
「うっ、うう、、、」
「!!」
ケンシロウに意識が戻る?
不覚にも心の準備ができていない。
なんと声をかける?
まるで、好意を告げると決めた相手と、曲がり角でいきなり出会ってしまった少女のようだ、と己を毒づく。
そしてケンシロウの目が、、
シンは覚悟を決めた。
、、、開かれた。
「う、、こ、ここは、、、」
その目はまだ焦点が定まらないといったところだ。意識も明瞭ではない。
「うう、、これは一体何が、、、」
ケンシロウの目は確実に、、確実にシンを見ている。
「、、、ケンシ」
言いかけたシンをケンシロウのまさかの言葉が遮る。
「あんたが助けてくれたのか?」
「、、、俺が、、わからないのか?」
その問いに、ケンシロウは不明瞭な意識ながらもシンの顔を見つめた。
「、、、わからない、、、いや、それどころか、、、」
「ケンシロウ、、、」
その囁くようなシンの声はケンシロウに届いていない。
「俺は、、一体、、、、誰なんだ?」