妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ.30

「ありがたい」

そう言ったのはセイランだ。
左手の指を二本失って尚、ありがたいと言えるその理由を知りたいところだ。

「やはり強者と拳を交えるということには大きな意味がある」
と、セイランは口元に笑みを浮かべ俺を見る。
もう既に、調気により奴の手と腹からの出血は止まっている。
俺も、同様に浅く斬られた肩の血を止める。

「拳から無駄を削ぐというのは難しい。果てしない反復の先に見えることがあるかも知れぬ、という程度のものだ」

セイラン、、、
ジリッ、砂を踏みしめる俺の足が小さな音を出す。油断なく奴の動きを見る。ここで重要なのは洞察と対応。
この男との対決において、指二本取ったことは、思ったほどの有利ではないようだ。そんな有利を信じ、迂闊には仕掛けられない。

そんな不気味さがある。

「実戦にあって己が拳を存分に振るう。これはいかなる鍛錬でも再現できぬ」
言いながらセイランは構えたまま、ゆっくりと、ジリッ、、、ジリッと近づいて来る。

一足一刀の間合い。

南斗聖拳、、、
高い技術を有していても、基本的には筋肉と骨だけで動くだけの常人の武術とは、南斗聖拳の間合いは別物だ。
俺も奴も速く、そして全てを断ち斬る剣を持っている。

「繰り返した我が攻め。実戦での間合いでの攻め手。鍛錬では気付かぬ無駄を知れた。俺の拳は洗練された」

はじめの印象と違い、この男、、わりと話す。

「そして俺の刃のバリは、、レイ!キサマによって取り除かれた!」

指を失いながら、、、なんて、、前向きな考えだ。
俺はその考え方に鳥肌が立つ。この死闘の中にそんな発想をするのは、それは決してポジティブというものではない。

「人を斬るのに刀は一本でいい。二本の指を失ったところで、俺の拳にある無駄を削ぎ落とした程度のこと。もうこの二本の指が落とされることはないのだから」

ジリッ、ジリリッ、、、

俺は呼吸に意識を移し、奴との間に張られた間合いを脳内で可視化した。

俺の一歩の踏み込みで届く間合い。
それと、これまでの戦闘で予測する奴の間合い。
だが、南斗聖拳には飛び道具がある。
指先までの空間把握では遅れを取る。その遅れは直結している、、、

死に、、、


奴はミリ単位で間合いを詰めて来る。
自分の間合いに入って仕掛けるか?
俺を先に動かした上での間合いを測っているのか?
それとも南斗の「長い手」で間合いを崩すか?

読み合いだった。

ツー、、、、
俺の頰を伝う汗は冷たかった。
その冷たさが俺に、俺の方も追い詰められていることを悟らせる。
俺はいつもよりほんの少し構えを低めた。

心は決まった。

左手左足を前に構えたままだが、ここで構えを大きくは変えられない。
構えを変えることに意識を逸らした瞬間を、この男セイランは見逃さないのではないか?
見ろ、奴の顔を。
目は血走り、笑っていやがる!
感じているだろう寸断される恐怖より、この戦いが楽しくて仕方ないのか?

俺なりに可視化したドーム型の間合いと、奴に見る予測のドームが、、、、
今触れ合う。

ビリビリ、ビリビリッ

そんな音と火花が俺の脳内でイメージされた。

ドームは真球を真っ二つにした上半分ではない。俺を中心に後ろはやや短く、横はやや広く、前には長い。

奴のドームは攻撃により特化した拳のため、俺のそれよりも前が長く、後ろがより短い。

そんな歪なドームがせめぎ合うかのようだ。

 

そして、、、
奴の注意深い前進も止まった。
俺の予測は正しく機能していた。
もう一つ言うなら、そこで止まったセイラン!
奴もこちらの間合いを正確に読んでいるということだ!

目を逸らせない。
それ以上に氣を逸らせない!

俺たちの呼吸は、まだ合ってはいない。
あえて合わせていない。

吸気がピタリと合った時、、、、間違いなく俺たちは同時に出る、、、
そうなった時の結果は、もちろん読めない。

要素を探せ!
勝ちにつながる小さな要素を!

お互い陽を背負ってはいない。風はほとんど吹いていない。
気を散らす砂煙も、用心しながら進む旅人の姿もない。
既にこの辺りの地面の状態は完全に記憶してある。

ふと、、、
ケンシロウと向き合った時を思い出す。
南斗虎破龍と北斗龍撃虎、、、あの時を。
、、、あれは演技だった。牙一族を騙すための演技だった。
演技だったが、、、そこに油断はなかった。ケンシロウと拳を交わすに際して、油断などできようか。

それも今は雑念だ!

その隙を感じてか感じずか、セイランは動かない。奴も奴なりに意識が彷徨うのを制御しているのか?

全身に冷たい汗を感じる。

このセイランよりも確実に強い男サウザー
その拳を、奴は知っているのか? そうなのか?セイラン!

俺は、、、トキの拳を知っている!

、、、、トキなら?

フゥゥゥゥゥ、、俺は長い息を吐いた。
これに気付かないセイランではない。奴も呼気を合わせ、、た!

あまりに長く吐き続け、酸欠を感じた時だ。
俺は息を吐くのを止めた。奴も止めたのがわかる。

二人だけの無音で色もない世界で、、、
俺たちは同時に、、息を吸った。肺の膨らみを感じ、全身の血管を、毛細血管の隅々まで、氣が通る。


、、きっかけなどなかった。

ただ、呼吸が合ってしまったのだ。

バリン!!

ぶつかり合ったドームが割れた!
イメージの中に視えたドームが割れ落ちる!

前に出る俺の速さを、空気が壁となって遮ろうとする!

ピゥ!

交差!!


しかし、直線と直線がぶつかり合った末に通り過ぎたのではない!
俺の直線は、その瞬間に上に跳ねた!

ザッ!
セイランが俺の背後で足を止める。

スゥ、、
俺はほとんど音を立てることなく着地した。膝が地に着くほど低く、座り込むように着地した。
セイランの向き直っての二撃目は来ない。それを知っているからだ。
だから、この柔らかく低い着地でいい。


互角だった。
南斗鵷鶵拳のセイラン、、、まさに六聖拳に並ぶ男だった。

たまたまだ、、、
たまたまの勝利だった。

賽を投げ、奇数が出るか、偶数が出るか。仕掛けのない賽を振った偶然の結果に過ぎない。
だが、俺は生き残り、俺と互角の力を持つセイランはここで斃れる。
リアルタイムで成長を見せたセイランが生き残れば、奴の拳は更に高まっただろう。
だが、奴が積み上げ、研鑽した南斗の拳技はここで消えた。

俺の100と奴の100が交差しても、互いにゼロにはならず、一方の100だけがゼロとなったのだ。

俺は運良く勝利した。
だが、、、もしかすると勝敗を分けたもの、、、それは、、、、

俺はかつてラオウに、、馬上のラオウに飛び込んだ。
100の放物線で飛び込んだ。100と100をぶつけてゼロにするために。
それを、ラオウは俺の100が弾ける爆心地を見切り、ぶつけるのではなく、意表を突いたマントによりずらすことで俺の100が発せられるのを、、未然に防いだ。
100にこだわった俺は、目の前のマントさえ切り裂けずに自由を奪われた。
どうだろうか?、、、マントを斬ったとして、結局はそれで俺の100は逸らされた筈だ。

ゼロにされた俺は、いや、ゼロのまま100になれない俺は、、
たった一本の指で破れ去った。

 

もちろん、「こちら」では起きなかったことだが。

 

、、、、、、、

、、、、、、俺は、、、セイランとの衝突点に、、100を置かなかった。


はじめ、お前が逆十字形に舞ったのと同じように、衝突の手前で俺は身体の上下を入れ替えた。
100を透かされたお前に、俺は上から10を置いた。たった10を。

だが、お前ほどの男なら、俺のこの動きも読みの中にはあったのではないか?

やはり運、、、ただそれだけだ。

だが、このほんの一瞬で、、、奇数か偶数かで、お前はゼロになり、俺は100より少し上になった。

これが死闘。

これが南斗聖拳の戦いなのだ。