妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

140.

「ケーーーーーーーン!!!」

口にかまされた轡(くつわ)を噛み切ったその若者の叫びは、遠く見守るシンの耳に届くだけでなく、その冷えた魂をも揺り動かした。

自分とは無関係な若者とはいえ、磔にされて非道な拷問を受け続けているその哀れで酷い姿を見るのは、
それ以上に残忍な結果を幾多も生み出したシン自身にとっても、凄惨極まりない光景と言えた。
だが!
ボルゲとかいう謎の大男によって今にもその幕を閉じようとしていた北斗神拳の長い歴史を救ったのは、まさにその若者の叫びだったのだ。
記憶を失い、本来なら敵ではないような男に劣勢に追い込まれている腑抜けたケンシロウに対する叫び。
自分への救いを願う叫びではない。ケンシロウを思っての無私の、心の底からの慟哭だった。

「これで目醒めねば、キサマはその程度だということだ、ケンシロウ

シンは思わず一人口にした。
その若者がかつて、サザンクロスでのシンとケンシロウの対決を見ていた少年であるとは、全く思いもせずに。

そして、、、
若者の叫びが、魂が、北斗神拳伝承者ケンシロウを復活させた。

ケンシロウ、、、」

凄まじい強さだった。その姿はまさに闘神の化身。鋼鉄の拳が打ち込まれ、ボルゲの身体はボコボコに変形して行く。
ボルゲという男も、一軍を壊滅させるほどの常軌を逸した超人的な強度を持ってはいる。
しかし、それもケンシロウの前にはほとんど無力。いや!まるで無力だった。
もちろん、南斗聖拳を究めたシンであれば瞬く間に、あのボルゲも悪臭を帯びたただの肉の塊に変えられる。

そこではないのだ。
シンがケンシロウに刮目したのはそこではない。

いかなる敵をも砕き滅ぼす南斗聖拳と、北斗の拳は質が違う。結果的な殺傷力は同じだと仮定しても、北斗神拳にはラグがある。
その数瞬の重みがある。
敵に敗北を認めさせる時間がある。

そして何より、熱い。

あんな熱い拳は見たことがない。あれほど思いの篭った拳を、シンは知らない。
ケンシロウの激しい怒りのままに自分自身が受けたかつてのものとも、まるで重みが違う。

「まさに、、」

理由もわからぬまま目が潤むのがわかる。

「まさに、、北斗神拳

自身が発したその言葉が、シンの本心を表すものだった。
これが北斗神拳、、、
かつて、ユリアを守りながら乱世を生き抜くのにはあまりに甘過ぎると、そう思わせた青っちい男が、今では鋼鉄製の巨木のような男に成長している。

北斗神拳を超えたいという気持ちに付け込まれ、或いは敢えて飛び込み、いつの間にか想像以上に南斗宗家に毒されていた。
南斗三面拳との修練には、この上ない感謝と意味はあれど、あの三人も結局は騙されていた被害者なのだ。

そう、南斗宗家は呪う者たち。

真実はどうであろうと関係ない。呪い憎むことで成り立つ組織。ただそれだけのこと。それだけが存在意義。

ケンシロウの熱き思いと拳が、遠く見ていただけのシンの思いを洗う。
拳士として純粋に北斗神拳を超えたいという思いと、南斗聖拳伝承者としてその名の復権させるという願いは、宗家に植え付けられた憎悪によって靄がかかってしまっていた。
魔神にならずとも、禁断の魔界に足を踏み込んだシンの魂を救ったのは、北斗神拳伝承者ケンシロウだった。
ケンシロウの圧倒的に熱い拳だった。

「はぁ〜、やはりケンシロウ様は凄いですね」

シンの感傷的な思いを、背後からの力が抜けたような声が遮断する。良くも悪くもシンは我に返った。

「蝙蝠、、、その姿は!!」

振り向いた先の蝙蝠は全身が血塗れだった。しかし、足跡には血の跡がない。返り血か?

「ああ、これはですね、、あっと、お久しぶりですシン様。これはですね、ほとんど返り血ですんで問題ありません。ちょっと一仕事ありまして」

一仕事と簡単に言えた様子ではないが、蝙蝠はいつもの通りであった。

「それにしてもケンシロウ様、、私にはもう言葉では表せませんよ、あれは」
「ああ、奴は最高の拳士だ」
「あれ?随分とあっさり認めるんですね」

遠く、最後はボロボロの筈の若者が手にした短刀でボルゲにトドメを刺しているところだった。

だが、、、、

「あ、あぁ、、あの若い御仁、、、もう、、」
と蝙蝠が言う通り、あの若い男の命は今にも消え掛かっている。
そして、、、、

「残念ながら、、ですね」

若い男は死んだ。ケンシロウを目醒めさせて死んだ。様子からして彼らが昨日今日の間柄ではないことは明白だった。
かつてはシンと同じ南斗聖拳のシュウが、そしてレイが、敵という一面も持つ北斗神拳の男ケンシロウに自らの光や命を託して死んだ。
俺のためにそこまでしてくれる者はいるか?
自問しても浮かび上がる像はない。

恐らく、あの若い男やシュウたちだけではない。
他に何人もの男たちがケンシロウに託しているだろう。この乱世の光となるであろうケンシロウに、自分の願いと命を。
北斗神拳伝承者だからというだけではない。ケンシロウという人間だから、というだけでもない。
北斗神拳伝承者ケンシロウだから、己の全てを賭けたのだ。
もしかしたら、、、あのラオウでさえも。
それが否定したくてもできないほどに伝わって来る。

「シン様、、」
「何だ?」

蝙蝠は神妙に、そして少し覗き込むようにシンを見つめた。
「あの人に勝てますか?」

直球だった。南斗聖拳の全てを破壊する突きのように真っ直ぐな問いだった。だが、その問いが、ただの好奇心によるものではないこともわかる。
シンはすぐには答えず、かわりに他のことを話し始めた。

「俺は南斗宗家と接触してから、北斗神拳の実態がどれほど悪で、そして南斗聖拳を、あらゆる手段で虐げて来たかを聞いた」
「、、、はい、、」
南斗聖拳が一枚岩になれば、北斗神拳にとって最大の脅威となる故、組織内に分断の種をばら撒いたともな」
「、、、はい、、、、」
「、、ケンシロウを見てわかった。それは全て嘘だ。そう、嘘だ。南斗宗家は嘘でも構わない、そんな連中だったな」
「はい」

蝙蝠の相槌は早かった。

「その宗家は、我らが滅ぼします」
「何?」
「ナンフー様の協力を得られることになりました。それで先程少しだけ仕掛けましたので、このザマです」
と、血で汚れた自身の姿を説明した。

「ナンフーと手を組んだのか、、、、サウザーの子は大きくなっていたか?」
「それが、ナンフーというのは少し私の読みも外れまして、つまり一言で言うと、南斗将星専属シュメの存在意義を肯定する為というか、、、」
「なるほど」
「はい、左様なところでございました。サウザー様のお妃と御子息はどこかで匿っているそうです」

蝙蝠と、そして手練れ揃いの将星付きシュメたちが動き出した。
だが一つ、腑に落ちないことがある。

「蝙蝠、何故お前は宗家を滅ぼそうとする? 将星のシュメならまだわかる。サウザーが宗家を敵として見定めていたからだ。だがお前はわからない」
「それは、、、直接お見せした方が良いでしょうね」

蝙蝠は彼らしからぬ深刻な顔を見せる。シンとの戦闘中でさえ、これほど締まった顔はしていなかった。

「コウケツという、かつて拳王に仕えていた男がいました。ケンシロウ様にアレされてしまいましたがね」
「それで?」
「その男はですね、まあ、簡単に言います。人間の死体を田畑の肥料に使ってたんです」
「死体を、、」
「どう思います? 率直に」
「、、、」

非道なことには間違いないが、シン自身もある意味では荒地に死体をばら撒いて来ている。
しかも、生きた人間を「解体」してばら撒いたことを考慮すれば他人のことを悪く言えた立場ではない。

「いろいろとお考えでしょうけど、やっぱり人の道を外れてますよね。てなことを言うとシン様も、自分もそうだ、なんて言うのでしょうけど」
と、蝙蝠は飄々と言ってのける。
だが、それが今回ばかりは見せかけの態度だと感じ取れる。

「南斗宗家の人間も、ですね、、中には洗脳から覚める人もいるんです。もしかしたら、たくさんいるのかも知れません」
「蝙蝠」
「ですがね、人間てのは、、、心は自由だなんて昔はよく聞いたものですが、実際そんなことはない。特に私らみたいな特殊も特殊な世界の人間はね」

南斗聖拳、南斗宗家、そしてシュメ。
普通や一般という言葉とは絶対に相入れない。

「それでもです。少しでも自分に何かできないかと協力してくれる方々はいるんです」
「その一人がリハクか」
「知ってましたか。私あの方大嫌いなんですが、今回は感情抜きで付き合ってますよ。あの方も宗家を憎んでます。滅ぼしてもいいくらいに」
「ただの、北斗憎しのカルト集団というだけではなさそうだな」

もちろん、ただそれだけの集団でないことは理解している。南斗鳳凰拳以外の南斗聖拳秘伝書を保管していたり、南斗聖拳の歴史にも明るい。

「ですので、やはり直接、、、いえ、とにかくご案内します」

と、蝙蝠はシンの返事も待たずに歩き始めた。
他の選択肢も思い浮かばずに仕方なく、その後に続くシン。
最後もう一度、遠くを振り返った。

ボルゲの手下どもが四方八方へと逃げ去る中、ケンシロウは若い男の遺骸を抱き上げ、静かに引き返している。
そして、やはりまだまだ少女の枠を出ない若い女が涙を吹きながら、頼りない足取りでケンシロウの後を追っている、、、