妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

132.

「そろそろ時間の筈だが」

自動巻きの腕時計を見て、ガルダは一人呟いた。口調からすれば毒付いたに近い。
瓦礫が散乱したビル内の一角だが、外を通る道は広く、その見通しは悪くない。それでもガルダと待ち合わせた、あの連中の姿は一向に見えない。黒いローブの薄み気味悪い奴らのことだ。
途中で賊にでも襲撃されたか?
それならそれで、むしろそれは良いことだ。

突然、機械音がすると意味不明なモニュメントの据え置かれた床が盛り上がった。綺麗な四角形をした面が浮き上がり、それが上昇を続け、現れたのは、なんと今では動く様子を見ることもなくなった電動のエレベーターだった。
扉が開くと例のローブの男たち三人がガルダの前に現れた。
「こんな仕掛けがあったとは」
と、ガルダは皮肉めいた言葉を発した。
この時代になってからの物であるとは考えにくい。今は見る影もないが、繁栄の極致にあった旧世界の頃から既に設置されてあったのだろう。有事に備えて、ということだろうか。
こうして彼らはきっちり時間通りにガルダの前に現れた。その三人の中央の男、そのローブは黒ではなく、実際にはほとんど黒ではあるのだが、微かに赤が混じった毒々しい色をしている。このローブを身に付けているのはガルダが知る中では一人だけ。

「久しぶりだな、ガルダ
「あんたか。わざわざバルバ「殿」が姿を見せるとは、それなりの訳はありそうだ」
「私は忙しい。もちろん訳ありでなくては、こんなところまでは来ん」
こんなところ、、辺鄙な場所のことを指すよりも、ガルダと会う、ということに対しても大きな意味はないと言っているようで、嫌悪感が増す。
「あの男が期待に添えなかった。というところか」
あの男、つまりシンは南斗聖拳のまことの伝承者になるには至らなかったのだろう。そうガルダは予想を口にした。
「逆だ。思わぬ拾い物だ、あの男は。しかしまだ足りぬ」
「なるほど。俺に奴の相手をしろということか」
「それであれば私がわざわざ出向くことはあるまい? 私が来たのには、もう少し面倒なお願いがあるからだ」
「お願い?」
俺とて南斗六聖拳に匹敵する、いや、本来なら六聖拳である筈の南斗神鳥拳の拳士だ。正統血統慈母の星などが降臨しなければ、俺は亡星ではなく、別の星の名を背負うことになっていた筈だ。

 

実際には、仮に慈母星ユリアが降誕しないにしても、もう一人の正統血統者リュウガがいた。

しかし、そのリュウガはサウザーの策略により冷遇され、南斗の内乱を恐れたリュウガたちの後見人であるダーマが北斗神拳伝承者リュウケン泰山寺への口利きを頼み、そうしてリュウガは引き取られた。

一方でガルダの故郷は叛意ありとの根拠のない疑いをかけられ、サウザーによって滅ぼされている、、、ことになっている。

何もかもサウザーが悪い。しかし、憎むべきサウザーを倒すにしても、若いガルダは自身の流派南斗神鳥拳の奥伝に達する前で勝ち目はない。

元斗の男ガルゴに師事することで奥義を得たが、その時サウザーは既にケンシロウによって敗れている。

ガルダの鬱屈とした思いは晴れないが、南斗神鳥拳を究めたとて、南斗最強の鳳凰拳、しかも破格の男サウザーでは元々勝ち目は薄かった。

それを内心認めているところがある。認めざるを得ないところがあった。

 

バルバの無思慮な言葉には腹も立つが、彼の苛立ちは自分と、そして先代伝承者である母の不遇に対する怒りも混じり込んでいる。
しかし、どうであれ人質を取られた身では強くも出れないのが悲しい現実だった。
人質と言っても、この時代にあっては嘘のような贅沢で安全な暮らしを提供されている。ガルダが従順であるうちは、愛する者や親しい者たちを失うことはない。
それにしても「お願い」とは、相変わらずこの男は俺を舐めている、、、と毒付いてもその「お願い」を断ることはできない。強要と何が違うのか。

「そうだ。今回のお願いは楽ではないぞ」
「だから何なんだ?」
苛つきを隠す気もないガルダが問い返す。
「フッフッフッ」と低く笑ってバルバは言う。
北斗神拳と死合え」
「!」
北斗神拳を倒すのはこいつらの悲願。しかも南斗の拳にてそれを為すことに意味がある。その南斗の拳の使い手こそが、あのシンである筈だ。
シンを思わぬ拾い物とまで評価しながら、俺に北斗神拳との対決を命じるとは?
「シンがかわいくて手元に置きたくなったか?」
真相を知るよりも先に嫌味で返すガルダ。対するバルバの言葉は、意外且つ冷酷なものだった。
「そなたが北斗神拳に勝てるとは思っていない」
「何だと、、」
「少しも思っておらぬ」
これには腹立ちを超えて怒りも湧くが、相手があのケンシロウとなると、確かに勝利するのは容易ではない。
噂によると、、、と言うよりも情報源からすれば単なる噂ではなく、ほとんど正確な報せを受けている。ケンシロウはあの修羅の国を制覇し、現在その力は神の域にあると。
修羅の国そのものは崩壊して当然の無茶苦茶な制度が敷かれた、国体を為していない名前だけのものだったらしい。だがケンシロウはそこで苦しむ民を救う為に海を渡ったのではない。
言ってみれば奴の私用だ。天帝の片割れを救うという大義名分があったにしても、人様の国を掻き回しておいて、後は知らんというのは、如何にも北斗らしい。
まさに北斗現るところ乱あり、だ。

「そういうことか」
怒りを抑えてガルダは言う。
「勝てぬなら、せめて腕の一本でも取って来いと」
「それさえも期待はしておらぬ」
バルバの言葉にはまるで遠慮がない。
「負けてよい」
この言葉にはガルダの怒りも吹き飛んだ。
「どういうことだ。俺と戦えば、ケンシロウは更に俺の拳を吸収して大きくなる!」
バルバは「本当にそうかな?」というような顔を見せた。流石にそれを言葉にするのは憚れたのだろう。
「奴めは既に元斗皇拳も見切っておる。そなたの南斗神鳥拳は南斗の中でも元斗寄りの拳。今更北斗神拳がそなたの拳に何かを見るであろうか?」
ガルダが南斗神鳥拳の奥義に達するのには、確かに元斗の男ガルゴの拳を見る必要があった。
だが、南斗神鳥拳は決して劣化元斗皇拳ではない。速さと鋭さと、そして空中での優位性の追求は他の南斗聖拳と同様だ。
ガルダ自身はサウザーを中心にした、いや、サウザーが中心となった南斗聖拳組織には恨みもある。
であろうと、彼もまた「南斗聖拳ではない」、亡星の南斗聖拳の使い手であるという特異な立場ながら、強者としての誇りは有している。
その自らの誇りである南斗神鳥拳を虚仮にされたようでガルダの感情は昂る。格下に見られていることに我慢がならない。これを抑えられるのは、やはり人質たちを思うからである。

「負けてよい。それでシンの北斗神拳に対する憎しみが増すのだ。それで良い。いまだにシンの北斗神拳への怒りと憎しみは不足している。これではシンは次に上がれない」
「奴は、、シンは仕上がって来ているのか?」
「もう少し、と言ったところか。本人は自覚しておるまいが、既にそなたでは全く以って敵わないであろう」

気に入らない。あのシンに差を付けられたのか? そして、こんな不気味な男の糞みたいな野望のために命を捧げろと?

「この願い、受け入れてくれぬか?」
と、バルバは薄ら笑いを浮かべて見せる。今日のバルバは顔色がいい。両脇で立ち尽くすだけの供の者たちも同様だった。
ガルダは目をきつく閉じ、暫くして「わかった」とだけ答えた。
愛する者との別れはいずれ来る。それが遂に訪れたのだ。
しかし、ガルダがこの世を去った後も、人質に取られた者たちの暮らしは保証されるのか?
そういうことにはなっている。
だが、それこそそんな保証はない。どこにも転がってなどいない。探しても見つかる当てはない。

「もし」
「ん?何だガルダよ」
「もし、俺がケンシロウを倒せば、それならそれでいいのだろう?」
バルバは供の男に目で合図すると、男はエレベーターのボタンを押してドアを開いた。
後方に振り返りながら、バルバは背中越しに言う。
「そこまで期待はしておらぬ」
エレベーターのカゴの中で見せる、反吐が出るような薄ら笑いは重いドアに遮られた。
エレベーターが下がり、床面は全くの元通りとなった。
南斗神鳥拳の伝承者ガルダでさえ、南斗宗家に逆らうことができない。というよりもバルバに逆らうことができない。
南斗神鳥拳という有り余るほどの力を持ちながら、たった一人の老人を討つことができず、そればかりか理不尽な命令を下され死地に赴くことになった。

ケンシロウ、、、、、
奴と戦う、、、それを思い、ガルダは背中が寒くなるのを感じだ。
ガルダは自らを「熱く」するため、メラメラと輝く炎の氣を纏い、決意を胸に歩き始めた。