妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

120.


北斗神拳も、はじめから北斗神拳であったのではない。元は北斗宗家にまで遡る」
シンはバルバとともに闘技場をぐるりと廻っている。

「北斗宗家、、、」
南斗聖拳六将の一人であるシンでさえ、この名は噂程度にしか知らされていない。


北斗神拳即ちリュウケンたちと南斗聖拳孤鷲門は地理的にも近く、交流も他の南斗と比べても盛んな関係にあった。
修行時代を振り返っても、ケンシロウから北斗宗家なるものの話を聞いたことはないが、時たまリュウケンが長期に亘り北斗の寺院を空けることがあった理由は、その宗家に出向いていたのではないか。
この当時のケンシロウは伝承者最有力候補トキが壮健であったためか、その辺りの内情はまだ知らされていなかったということだろう。

 

「シンよ、北斗の拳には他にも流派がある。これも知っているか?」

バルバは琉拳を含む北斗三家拳と、そして亜流である北門拳なる流派の存在を伝え、その特徴を大まかに説明して行った。
シンにとってこの南斗宗家宗主バルバという老人は気に入らない不気味な男ではあるが、知識だけは無駄にあるようで、軽視はできないと改めてわかって来た。

 

北斗三家拳は、その基盤こそ北斗神拳だがそれぞれの特徴から分派したと考えると南斗聖拳と同様にも思える。

だが決定的に違うのは、、、、その北斗流派の中で最強という一本柱は常に北斗神拳だったということだ。これはまるで不変の真理のようでもある。
一方で南斗源流直系の拳は鳳凰拳に敗れ、結果、孤鷲拳を名乗ることとなり、「南斗聖拳」という名は一つの流派ではなく「総称」と化した。
北斗神拳が持つ絶対性は、現在の南斗の状況とは悲しいほどの違いがある。現在と言っても、南斗は既に崩壊し多くの拳士たちは乱世に散ってしまったが、、、

それも北斗神拳元斗皇拳の手によって。

元斗はまだいい。元斗が滅ぼした南斗聖拳はそれこそほとんど名前だけ南斗を借りた下賤な流派だ。しかし南斗六聖拳は自分も含め半分以上が北斗神拳によって滅ぼされている。

しかも、六聖拳のユリアに至っては「北斗の女」だ。今更ながらの私情などないが、それであっても南斗聖拳の威厳は木っ端微塵に砕かれていると思えてしまう。

 

シンの拳、、、源流に最も近い拳南斗孤鷲拳は南斗という枠の中で敗れた拳。
そして南斗聖拳源流を破り最強となった鳳凰拳でも北斗神拳に破れた。


南斗聖拳北斗神拳に勝てないのか?


シンもサウザーも一度は勝ちはしたが、その後の再戦では撃破され、真の勝者となったのは北斗神拳だ。
負ければ「次」のない戦いで生き残り、二度目の対決は相手を確実に葬るというこの辺りも究極の実利実益を選ぶ一子相伝北斗神拳の強かさであろう。


「バルバ、、、」
俺は悪魔に魂を売ろうとしているのか?
いや、バルバは不気味だが悪魔ということではないだろう。
、、、、本当にそうなのか?

 

バルバはシンの心が少しずつ変化しているのを感じ取っている。それを見極めながら話を進めて行く。
「北斗宗家の拳、、、それこそが北斗神拳の前身。そこに現在の北斗神拳の代名詞である経絡秘孔点穴の秘術が併さり最強の拳が完成された」

併さり?

「ではどこから秘孔術は来たのだ?」
南斗聖拳にも秘孔点穴の術はある。その数では北斗神拳と比較にならないが、幾つかの点穴術を会得することも南斗聖拳には必須なものだ。
それは大元が北斗神拳であったことの名残りだ。

シンの問い掛けにバルバは低い声で笑う。
「シンよ、、こちらからも質問するが、そなたは北斗神拳をどう見る?」
「どう見るとは?」
「善悪の二元で答えずとも良いが、北斗神拳はその名の通り、神の拳か? それとも邪拳いいや、悪魔の拳か?」
「俺たちが善の筈はなかろう。光の当たらない場所が俺たちの歩む道」
自分という存在がどれほど「人間」とかけ離れているか、それは良くも悪くも知り尽くしている。

「陰の道が悪とは限らんのではないか? それどころか闇だからこそ光を敬い、護る者もいるだろう」
「俺に何を言わせたい? それより俺の質問に答えろ」

バルバは「おお、聞く耳を持たぬ者よ!」とでもいいそうな大袈裟な仕草をして、唐突に言い放った。

「西斗月拳」
「!?、、、、セイトがあの西斗であることはわかる。ゲッ拳、、、月、、月か?」
「そうだ。北斗宗家は西斗月拳の秘奥義である秘孔点穴術を奪った」
「奪った?」
北斗神拳は最強の暗殺拳として恐れられているが、時に天帝守護の役割を賜り、時には乱世の英雄を護る善の拳。そう聞かされていないか? そう思ってはいないか?」

それはシンも思っていたことだ。ラオウやジャギのような男もいはしたが奴らは北斗神拳伝承者ではない。
先代リュウケンにしろ、ケンシロウにしろ、北斗神拳は絶対的な意味では悪の拳ではないと言える。
南斗聖拳の中にも、究極と謳われる暗殺拳北斗神拳を超えんとした者は少なくなかったが、だが、北斗神拳を悪と言い切る者はいなかった。確かにいなかった。

 

シンは更に考え耽ける。

目的のために人を殺めることを厭わないという点では南斗聖拳も悪であることを否定できないが、それは必要悪とも言えなくはない。
平和なら平和で、それを維持するためには表の世界の人間が知らない熾烈な闘争が闇の世界では常時繰り返されて来た。
一方で組織として一つにまとまってはおらず、多数の流派が六本柱をそれぞれの中心として立て、時には互いに反目さえしていた。それが南斗だ。

 

仁や義、慈愛を宿命の星とした者がいたその反面、妖(アヤカシ)や覇道を宿命として負った者たちがいた。
自身の宿星である殉星は、愛に殉ずると伝承されているが、本質的には善悪に属しない我道の星。


悪、、、、、

ユダや特にサウザーはこの乱世の支配者を目指して大きな戦いと時に残虐な行為を繰り返したが、覇を為しさえしていれば、後世には英雄として歴史に名を刻むこともあっただろう。
対してシンは神が見棄てたこの世界を、たった一人の女の心を変えるただそれだけのために、多大な悲劇と血と、そして死で満たして行った。それが間違いだと知っていても貫いた。

知っていて自分のやり方を変えることを拒んだ。これは紛れのない悪だ。

 

「南斗が乱れるなら?」
不意を突くバルバの言葉に戦慄した。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、暴走した南斗聖拳を止める、、つまり拳の戦いで撃破し抑え付けるその役目を常に担っていたのは、、、、

「嘘か真か、悪への刑の執行者として天が遣わしたその者は?」

神が見棄てたこの世界に神が遣わしただと?

だが、その名は、、、
北斗神拳、、、」


「ならば北斗神拳は?」

くっ、、、結局バルバが言わせたいことを言わされる。
北斗神拳は善の拳だと言うのか!」

そうだ、、、そんな善悪論は抜きにしても、正直なところケンシロウは仇ではない。

既に失われた南斗聖拳の誇り、いいや南斗聖拳伝承者である自分のプライドのため北斗神拳に勝利することを願った。

だが、そのプライドは北斗神拳でさえない元斗の男ガルゴによって粉になるまで砕かれた。

 

そうだ、、、かつての自分であるキングや悪の帝王サウザーは北斗の「善」の拳に打ち破られたのだ。

今更、北斗神拳を敵として憎むことはできない。北斗神拳はただ悪を滅ぼしただけなのだ。 、、、そうなのか?

いずれにせよ、勝てないという劣等感が俺の心に重く巣食っていて、それが闇を引き寄せる。自ら更なる災いを求めてしまう。

 

ニィヤァ、、、フードで隠れた顔半分。バルバの口が大きく横に伸びた。薄い唇は更に伸びて薄くなり、青白い乾いた皮膚を鋭利なメスで深く切ったようにも見える。

「そうだ。北斗神拳は善!」

「、、、、、、」

俺には返す言葉が見当たらなかった。

俺はこの時、バルバの手に堕ちたのだ。

北斗神拳を善と認め、北斗神拳に破れた南斗聖拳の拳士たちは悪であったという答えに導かれた。

だからこそ、次のバルバの言葉は意外であり、そしてこの期に及んでもまだ自分を正当化したいという俺の気持ちを安堵させた。

 

「では、、、その北斗神拳の善を、、、これから覆してゆこう」