妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

136.

蝙蝠は片膝を着き、高き座に就く男に頭を下げた。
広い部屋の壁際には武装した腕利きたちが蝙蝠をやや遠巻きに取り囲んでいる。

「それで頼みとは?」
低く渋い声。その主は、、
「はい、ナンフー様」
ナンフーとはサウザーの遺児を護る南斗将星直属のシュメたちである。ナンフーつまり南風、ミナミカゼ。強い南風をサウザーという。聖帝サウザーのものとスペルに違いはあれど、この国の言葉で表す場合に違いはない。
そのナンフーは顔の全てを包帯で覆い、しかも日によって、中身が入れ替わるという。つまりは、役割のことである。
それが蝙蝠が手にした情報と、そして確信に近い憶測だった。

「滅ぼすに値する敵がおります」
北斗神拳は我ら一丸となっても倒せぬ」
短めの白髪混じりの髪を後ろに撫で付け、顎髭も半分以上は白い。目尻の皺も深く、見た目は渋くていい男である。その名を蝙蝠は知っている。
モウコ。
シュメの実質的な棟梁であり、統率力、決断力に優れた生まれついてのリーダー。そしてその優れた資質の基盤となるのが、、、
「(やはり、、)」
蝙蝠はこの男と対面し、兼ねてからの疑問を解消するに至った。
モウコ、この男は「感応者」だった。それも生半可はレベルではない。シュメの掟に従い南斗聖拳を学んではいないが、その戦闘能力は並の南斗拳士でも太刀打ちできないであろうほどだ。
掟を破り、南斗蝙翔拳を得たこの蝙蝠と比較しても互角以上の力を有しているのは間違いない。しかも、蝙蝠が様々な道具と術を駆使するのに対し、このモウコは「感化」された身体能力による徒手空拳だけでも蝙蝠を凌ぐ程である。
それなりの南斗聖拳を身に付ければ、いや、あるいは六聖拳に数えられるほどの能力の持ち主であろう。

北斗神拳ではありません。ずばり言いますが、、」
モウコを前に、そして武装した腕利きのシュメたちに囲まれても、蝙蝠のペースは変わらない。
「私の、そして多分、ナン、、いえ、モウコ様たちにとっても敵である者たち、即ち南斗宗家です」
取り囲むシュメたちの氣が僅かに乱れた。それでも外面上に変化が見えないのは、流石は南斗将星付きのシュメである。
モウコは暫く無言を貫き、蝙蝠を観察し続けている。嘘偽りがあれば蝙蝠の氣に乱れが表れるからだと。そして蝙蝠の言葉に嘘はないと判断するに至った。
「南斗宗家か、、、サウザー様もその陰には気付いていたようだが、結局サウザー様が南斗の帝王になるにしても、何の邪魔もなかった。実在していたにしても、力無き者たちであろう」
「いいえ、彼らは狡猾です」
本当は「彼ら」とさえ言いたくない。蝙蝠が奴等を憎むのには、それなりの理由もある。
「更に言えば、私の雇用主でもあります。とは言っても、、」
と話を続けようとしたが、流石に周囲のシュメから「何!?」等の声が上がり、蝙蝠の言葉を遮った。
騒つくシュメたちだが、モウコが黙って手をかざすと、水を打ったかのような沈黙に帰った。
「続けろ」
「はい。彼らは基本的には愚図の群れですが、統べる者だけは一筋縄では行きません。名はバルバ。南斗宗家宗主。彼らの最大の武器は情報網。恐らく、その点において旧世界の設備もある程度は機能していると思われます」
「、、、ほお」
「もう一つ、これも最大と言ってもいい武器があります。徹底した非道ぶり、ダーティーとでも言いましょうか」
モウコは笑った。他のシュメたちにも笑いが伝染する。
「非道? 我らは南斗様に仕える、シュメであろう?」
「しかし、義はありましょう!」
蝙蝠らしからぬ力を込めた言葉に、流石のモウコも息を呑んだ。他のシュメたちも、この時漸くにして、この蝙蝠という男が噂以上の達者であることに気が付き始める。
「義、、、な」
「我らシュメは、、いえ、私は破門されていますからシュメではないのですが、続けますよ?」
「フッ 続けろ。我らは将星付きだ。貴様らのことには関知せん」
「ありがとうございます。では、続けます。如何に我等シュメが人外の道を歩んでも、それが南斗様、そして我等に資することないのであれば、私利私欲のために他者の尊厳を傷付けることはありません。違いますか?」
尊厳を傷付ける、とは随分ソフトな表現だと蝙蝠は心中で一人おどけた。だが言いたいことは伝わっている筈だ。

「だとしたら、それで?」
流石に風格がある。過去に対面したサウザーほどではなくとも、蝙蝠はモウコにその像を見た。
サウザー様が子供たちを拐って労働力とした。強制労働に就かせた。これをモウコ様たちはどうお考えに?」
「善悪は我等の領分ではない。南斗の将星が命じたことに口出しできる身分ではない」
「はっきり言います。サウザー様は、、おかしくなっておられた」
「!!」と殺気に近い害意を放ったのはモウコではなく、他のシュメたちであった。
「我らが盟主をそう言うのであれば、それなりの覚悟はあろうな」
今は亡きサウザー。しかし今だにサウザーは彼らにとって聖帝なのだ。だからこそ、その遺児を担ぎ、彼が成長するまでナンフーの役割を演じるのだろう。

「しかしながら! 或いはの憶測ですが、サウザー様はそうすることで、子供たちを死の荒野から守っていたのではないですか?」

破綻した論理である。孤児であるならまだしも、無理やりに親から引き離された子供たちも少なくはない。そのために繰り返された悲劇は数え切れない。
だが、、、
サウザー様は、、、私が知る限り、最も愛情深き方だったのかも知れぬ。あれほど輝く目をした少年にも会ったこともない。これは闇の組織シュメの人間だから、他にシュメの子達しか知らぬのだろうということではない」
「はい」
「あの方は南斗の希望だった。15になるまでは、、、」
武威は遠く過去に遡った。

 


「お呼びでしょうか、オウガイ様」
その姿勢の良い後ろ姿は隙だらけに見えて、その実わかる者にはわかるのだが、顕微鏡サイズのスキもない。その背中がいつもと異なる何かを物語っている。

「伝承の儀を執り行う」
「、、、、遂に」
伝承の儀と言っても儀式的なものではない。証書を授けるような式典の筈もない。
新伝承者の力と資格を計る死斗なのだ。
サウザーの本当の力を見るため、こちらも手を抜けない。だが、このオウガイ、敗れるであろう」
「オウガイ様」
「本望だ。それも一子相伝の秘拳、南斗鳳凰拳の宿命」
オウガイは確かに強い。しかし、南斗最強のオウガイも今は下降線を辿っている。一方でサウザーの光は輝きを増すばかり。
「モウコよ」
「は」
サウザーを頼む。一子相伝の厳しい宿命に、サウザーは呑まれてしまわないか、そんなことを思うこともある」
異例なことだった。シュメは明確に南斗の下に位置する組織である。オウガイにしてもサウザーの後見人とまではモウコに願わないまでも「頼む」、とは異例中の異例だった。

 


オウガイ様の言った通り、サウザー様は暴走し、南斗の光だったのが、真逆に反転してしまわれた。しかし私は、サウザー様を諫める立場にはない。
ただシュメの役割、存在意義を守るため、悪の帝王と呼ばれるまでに堕ちたサウザー様にも仕え続けた。それがシュメの存在意義だからだ。そして、これもまた宿命か運命か、道を外れた南斗の鳳凰北斗神拳によって撃ち落とされた。


「蝙蝠」
「はい」
「お前の話、聴いてやってもよい。確かにサウザー様は道を誤られた」
周囲のシュメたちの気配が騒めくが、皆一様に同意しているのか、声を発する者はいない。
サウザー様が集めた子供たちはケンシロウによって解放された。だが、戻る場所のない子供たちはどうなったか、わかるか?」
「大半はユリア様の街へ、極一部はシュメに、他に残った者たちは行方を眩ませたまま。そんなところでしょうか」
「察しが良い。流石はあの蝙蝠」
話が通った。蝙蝠はこのシュメの棟梁が自分の話に乗ったとの小さな達成感を得た。
「話を聴いてもいい。だが」
モウコの目が鈍く光る。



「なるほど。して、その話が、真実であるという確証を出せるのか?」
これも想定内の事態。当たり前だ。それにしてもモウコは表情に、蝙蝠の話を聴いても大きな変化を見せなかった。ある程度は察していたのかも知れない。
しかしだ、それと別に考えても今や人数も減ったシュメの忍たちを戦闘に繰り出すというのだ。蝙蝠という不気味な男の話を鵜呑みにするような軽率さはない。
「確証、、、ではこのようなのはいかがでしょう」
と、蝙蝠は黒い衣服の懐に手を差し入れた。武具を取り出すその仕種に動揺するシュメは誰もいない。数の優位に恃むのでもなく、ただオウコの力を信頼しているからだ。
とは言え、流石に一流のシュメたちである。動揺はしないが油断もない。
そんな緊迫した空気の中、蝙蝠は白刃ならぬ黒刃の短刀を抜き出した。蝙蝠は「聖拳」を会得できなかったが、氣を刃に込めることができる。
刃渡りは短くても、氣の効果による切断力は並の刃物の比ではない。それを手にした者が蝙蝠という手練れであれば、数が多かろうと油断などできよう筈はなかった。

「私の忍働きも不便になりますが、この左腕、差し出しましょう」
蝙蝠が刃に氣を込めた。
「待て」
「、、、」
「貴様の本気を見た。だが、貴様自身が誤解か或いは偽の情報を掴まされている可能性はある。貴様の言うことを、貴様の案内の元に確かめさせてもらう」
「はい」
「それで錯誤あれば、貴様の喉元は容赦なく裂かれるであろう。それがシュメを動かすということだ。更に言うなら貴様は掟破りの罪人」
「この我が願い、成就を見るなら如何様な裁きも受けましょう」
「!」
飄々として掴み所のない蝙蝠が見せた、静かながら強い意思表示にモウコほどの男が威圧された。結果、シュメたちに囲まれていても場を支配したのは蝙蝠であった。
「(なんという手練れよ、蝙蝠)」
モウコは久々に「現場」に出て指揮官としてではなく一工作員として、この手練れ蝙蝠と一仕事してみたいものだ、と思うに至った。

 

「だが蝙蝠よ、先にこれは否定しておく。ナンフー、、その名が意味するところは貴様の予想ほど浅くはない」

「、、、あれ、間違えてました?」

と、もういつもの蝙蝠である。

「正解ではないが、遠からず。全てが片付いたならその真の意味も理解できよう。ただし、それはまだまだ先の話かも知らぬ」