妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ.26

「うっ、、ぐぅ、、、」

両肩が痛む。レイの奥義で斬られた両肩がだ。
あれは別世界の話の筈だ。時を遡った俺の今の時間軸では起きなかったことだ。
恐らく、俺がトドメを受けたあの強烈な瞬間を、心が現実にしようとしているのだ。
俺は鏡に写して自分の肩を確認した。うっすらと赤い筋が両肩に浮き上がっている。

やめろ!あれはなかったことになった。俺は奴の拳刃をこの身体に受けてはいない!


レイ、、、
それにしてもレイ。何だ?こないだの、あの華麗とは対極のような動きは、、、、。
新しい足捌きを学んででもいるのか、動きに精彩が欠けていた。俺が知っている最強華麗なる南斗水鳥拳と別物だ。
奴としても、あの世界のレイとは状況が異なっているのだから、あの冴えやキレがなくても不思議はないのだが、かつて心奪われた昔のレイにさえ遠く及ばないではないか。
「だが、、、」
俺は一人呟いた。
あの動きからザラつきが落ち、女の柔肌のように滑らかなものとなったとしたら?
南斗水鳥拳の極みは脚の運びにある。リズムではなく、連続する流れだ。緩急もありつつ湖面を滑るような動きを、二本の脚で為すことに、水鳥拳の極意がある。
それを究めた者が宙を舞えば自ずと、空での舞いも冴え渡るというもの。
かつて心を奪われた奴の空舞の威。こちらを明らかに狙って来ている、殺りに来ているというのに、この俺に迎撃も回避さえをも忘れさせた、あの最後の奥義。
喰らった直後の、我に帰った瞬間即ちケリが着いたその時を思い出し、俺はゾッとして、そして同時に記憶の中のレイに再び酔った。両肩が再び痛む。今度は胸に至るまで痛みが走った。 
鏡の前に立っても、今の俺がするのは南斗紅鶴拳の基本的な型だ。それを繰り返し、俺も自分の拳から澱を取り除く。奥義とは基本の積み重ねの先にある。
かつてのようにポーズを取り、弱い自分を強いと褒める他者の言葉を求めていない。
今のレイはあの死を前にした最期の拳域にいない。それでも、別の手段であの拳域に到達しようとしている。あの不自然な動きは、恐らく進化の過程だ。言わば成長痛のようなものだろう。
レイ、、、奴がサウザーに付くことは先ずあり得ない。となれば、やはりレイと戦うのはこの俺の宿命か。もう一度やり合うことになるやも知れぬ。こないだのはやり合った内には数えない。
俺が望むのは奴があの時の南斗水鳥拳の極致に至ること。それを迎え撃つ俺も、南斗紅鶴拳の極限に達することだ。
それでなくては最強華麗なる南斗六聖拳同士の血闘ではない。





一人で周囲を散策しながら、俺はトキの柔の拳の動きと南斗水鳥拳を融合させるべく修練を続けていた。自分でも大分それなりになって来ていると感じる。少なくとも、当初よりは遥かに。
俺がいるここは、ビルに囲まれており目立つ場所ではないが、どこかで聖帝軍の斥候が見ていることも考えられる。十分に時間をかけ、周囲を遠くまで警戒し、俺はシュウたちのアジトに戻った。


「お帰りなさい!レイ様!」
という門兵の挨拶が明るい。笑みを浮かべてさえいるではないか。理由はすぐにわかった。
この匂い、、知っている。俺も自然と目元と口元が緩む。
匂い、、、と言えば、この時代の人間は匂う。あの豊かだった時代は、ほんの僅かな体臭でさえ悪と見做されるようなところがあったが、今となっては水は貴重だ。昔みたいに毎日身体を洗うなんてことはできない。
だが、雨は割と普通に降るし、それらの雨水は可能な限り無駄なく貯めておく。そのまま飲むことは難しいが、身体を拭くなどに困ることはない。

住人が多い村なら寄せ集めた部品で、そこそこの大きさの浄水器も作られていたりもする。
もちろん、当てのない長旅を続けるというのなら水のために命を落とすことになろう。それでも、元からの気候からして降る時は降る。恵の雨という言葉は、きっとこの時代の全ての生存者にとってリアルなものだ。
話を戻そう。そう、昔と比べたら確かに人間は匂う。だが、それは悪臭というよりも人間本来の匂いであって、不潔さを意味するものではない、、、

いや、それは苦しいか。とにかく、基準が「以前」と変わっているのだ。鼻にツンと来るような匂いでないなら、この時代では正義だ。
そう言う俺自身も、今身に付けている衣服はインナー以外、数日も洗っていない。
「シュウ、入るぞ」
俺はノックもせずに扉を開けた。
「レイ」
クールか! どこへ行っていたんだ!? お前という男は!
ケンシロウ!」
やはりそう、この匂いはケンシロウのものだった。だがケンシロウはいつもの革ジャケットを着ていない。筋肉量の多い人間は体温が高く暑がりだが、同様に筋肉質の俺にとっても決して暑い部屋ではない。
「シュウ、どこでケンシロウと?」
その時、気が付いた。シュウの左頬がやや腫れ上がり、青く内出血していることに。
「どうしたんだ?シュウ」
ケンシロウは一人用のソファに前傾姿勢のまま無表情で座っている。まさか、お前が? それで革ジャケットを損なったのか。 だがどうして?
北斗神拳伝承者の力を知るには、私も命を賭ける覚悟が必要だった」
「シュウ! ケンシロウ! まさか?」
シュウは答えず、静かに微笑しただけだった。
「強い! 私の南斗白鷺拳も通じず、だ」
「そうなのか」
ケンシロウの強さは俺もよく知っている。あの蛮族との戦闘中、敵の策により俺はケンシロウとやらざるを得なかった。
俺には躊躇いや迷いもあったが、それでも俺の本気の突きを見切っていた。
その後もケンシロウの拳を何度も俺は見てきた。
しかも、この世界では回避された拳王ラオウとの絶人の域にある対決を見ている。あれはもう人間同士の戦いではない。神々の戦いだ。南斗六将の一人たる俺がそう感じたほどだった。
「そしていま」
とシュウが話を続けた。
サウザーのことを伝えたところだ」
なるほど、ケンシロウが沈黙していたのは、そういうことか。この男は感情をあまり出さないからな。この男なりに考えているのだろう。
だが、遂にケンシロウと合流できた。今回はシュウまでいる。サウザーにはユダが付いたが、それ以上の駒が揃った。
もちろん、兵数そのものでは比較にならないほどの差はあるが、賢くやればこの勝負、勝てる!
俺は明るい未来を思い描きながら、この日は休むこととした。




「なに!?」
「すまんレイ。ケンシロウは一人で行ってしまった。仲間たちは止めようとしたようだが、、、」
いいさ、それはいい。ケンシロウを止めるなんて無理な話だ。それにしても、、、
「たった一人で向かうか! 、、ったくあの男は」
まさか、、まさかあいつなりに気を遣ったのか? 敵が俺たちと同じ南斗では、と?
「シュウ、俺は一足先にケンシロウを追う」
と言ったが、奴はどっちに向かったんだ。俺は暗殺拳南斗聖拳の使い手だが、足跡を見て標的を追うという能力を持っていない。
というよりもここは廃都市。荒れてはいても舗装された地面だ。犬のような嗅覚も俺にはない。どうする?
だが、直後ピンと来た。
ケンシロウならダイレクトにサウザーの元に向かうのでは?
カサンドラに真昼間の真っ正面から堂々と攻めて行ったことを思い出す。
俺も南斗の男として、北斗神拳伝承者とともに敵の元に赴くということに軽く興奮していたが、今振り返るとあれは無謀な行為と言ってもおかしくはない。
いや待て待てレイ。とりあえずはサウザーの元に向かわねばならないのだ。ならば俺もまっすぐあの聖帝十字陵を目指せばいい。
つまりは聖帝勢力の中心部に向かうということだ。水、食糧、その他物資は持って行く必要はない。現地調達は容易だ。大した準備は要るまい。
「レイ!気を付けろよ!」
「レイ!気を付けて!」
む?
「あ! バット! に、リン!」
何故ここに? 急遽俺は二人の元に寄り話を聞いた。アイリと、そしてマミヤのことが気にかかる。


「そうなのか」
全く、この二人は! あの村はリュウガの直轄になって以来、確かに住みやすくなったという。それは安心だ。だがこの二人はケンシロウが恋しくてたった二人で街を出たという。
俺がユダと一悶着した時は既に村にはいなかったらしい。
それにしても、こんなまだまだ少年少女の二人がどうやってここまで?
まさか、、、この二人はケンシロウとともに過ごした時間が多かったがため、所謂「感応者」なのでは?
戦闘能力が向上しているとは感じられないが、危険察知能力が著しく発達した可能性がある。いや、北斗神拳伝承者の孤独を少しでも埋めるべく、天が遣わした小さい友人、それでいいのかも知れん。
「バット、リン、俺は大丈夫だ。もちろんケンシロウもな。あいつの強さは知ってるだろう?」
と、俺の身をも危ぶむ二人を安心させる。逆にこの二人はシュウといるのだから安心だ。
俺は軽い別れを済ませてケンシロウを追う。
今はケンシロウに追い付くことが急務なのだが、バットたちの言葉が離れない。
「アイリさんは村に残ったんだけど、、、」
「マミヤはよ、やっぱり拳王の下っていうのが嫌でバイクで旅立っちまったんだ」
予想通りだ。
全く!どいつもこいつも好き勝手に! どれだけ危険か知らないわけはないだろうに、好き勝手に行動する!
アイリ、、、以前ユダはあの村に攻め入ろうとしていた。あの謎の男たちが監視を続けているならまだいいが。でなければリュウガが先日の報を受けて常駐していれば、ユダとて安易には攻め込めないだろう。
ケンシロウ、アイリ、マミヤ、、、これでは気を病みそうだ。
しかし、今最も集中すべきことはケンシロウに追い付くこと。ケンシロウの強さは知っているが、、、、
俺はサウザーの不敵な顔を思い出す。サウザーは危険だ。
南斗聖拳最強の男。南斗聖拳では倒せない男。あの拳王が戦いを避ける男。何も知らずに正面から挑んでいい相手ではない。
だが、ケンシロウは正面から行くだろう。まずはケンシロウを落ち着かせなければ。
と言ったところで「じゃあ二人で行くぞ」とはできない。結局はケンシロウ頼みなのだ。
考えもまとまらないままに俺は先を急いだ。

後ろからシュウが声をかける。

「レイ、私たちも後から追うが、すまない、こちらは簡単には動けないんだ」

「ああ、わかってる。だが、シュウが来る頃には全てカタがついていると思うぞ!」

俺は願望を口にした。南斗の拳士がすべきことではない。俺なりに傍で聴いているバットとリンを気遣った結果だった。