違いはある。明白にある。シンの目はただ見開いているのみで、悲しみを思わせるものがない。
それがシンの悲しい目かと言えば、それももちろんにして違う。
では、先のシンのまるで読めなかった動きは何なのか?説明がつかない。
ケンシロウの癖が出た。全てを見切り、知り、自身の分身とする北斗神拳の性質が故に、今この状態にあるシンを戦いの中にあって観察する、、、
肉眼よりも氣眼で対する超越者の拳。シンはタジフの体当たりのみでなく、氣を消し一瞬氣眼から「消えて」みせた。
真円真球のようなケンシロウに開いた刹那一点のスキ、正に盲点。だから氣なくしても効果があった。しかしそれは狙って為したわけではない。
ケンシロウはそれがわかっている。それが異様なことと理解していても、もうこれ以上の躊躇はない。
ケンシロウは互いの間合いを割る寸前から加速し、連撃打を放つ!
「あたたた、、あたたあ!!」
これで極まるとは思っていない。これで決まりとなど考えていなかった。であってもケンシロウの拳を避けた後方上へのシンの空舞には驚かされていた。
この舞台となっているインペリアルタワーは、二人がいるこの展望階から上が折れて倒れている。
その破れた天井を超え、シンは跳んでいた。その様は、、、「レイ、、」そうケンシロウは口にした。
そうではなかった。
レイではない。南斗宗家の三面拳ヒエンの影である。
氣の適性が悪く、、もっとはっきり言えば才がないため、ヒエンは水鳥拳も紅鶴拳も会得はできなかった。
それでも氣の使い手ではある。才能が足りない分、技の鍛錬と工夫は絶やさず、そして学ぶ姿勢を失わなかった。
その後シンは着地したが、その時はまた気配が変わっている。数秒待ってケンシロウは出た。
「ほおぅあ!」とケンシロウは大胆にも南斗聖拳を相手に横蹴りで跳び込んだ。
それを無表情なシンは膝を上げると、器用に膝下を動かして払いながらケンシロウの蹴り足を床面に導きバランスを崩させた。
そこを、シンは気配なくスッと突く。速い突きだが、先までの速度はない。
「!」
それでもケンシロウをあわや取らんばかりの突きだった。そしてこれも無想陰殺が発動しない。
ケンシロウは不思議なことに、意識的に無想転生を使うべきか?という矛盾とも取れる心境に至った。
その思考の乱れが微かな氣の乱れとなり、結果それが感応し、シンは我に返った。
だが記憶はある。自分がある種の催眠状態にあったことを、一歩遠くから、或いは高所から見ていた。感情は働かず、ただ観ていた。
そして理解する。
何故に悲しみの果てに無想転生があるのか。
北斗神拳の奥義に達していることは条件として、生死をかけて闘った強敵は、、全て友と呼べるのだろう。
その強敵は強敵(トモ)となった時、この世にいない。そんなことを繰り返して来た。北斗神拳という最強の拳故に激闘に勝ち強敵を葬った。
更に、北斗神拳には他流からすれば余りに忌まわしい水陰心がある。闘うが故、その全てが記憶に残る。
死んで行った強敵たちへの強い思いが深い悲しみとなりケンシロウの中に沈んで積み重なる。積み重なり黒い水面から顔を出す。
「(皮肉なものだな)」
活性化した北斗神拳伝承者の脳は記憶力にも長ける。
敢えて記憶を消す或いは置き場を変えることができても、超人だからこそ、常人の忘却との差を知るのは困難。比較した結果でしか理解できない。
「(なるほど、な)」
ガキの頃、お前はよく笑っていた。感情豊かだった。
それを変えたのは北斗神拳の厳しいサダメと、そして俺だろう。青臭かったお前に地獄を見せた俺だろうよ。
だがそれだけではなかったか。お前は最強故に、最強北斗神拳故に幾人もの敵を倒し、その思いを、望もうが望むまいが、受け止めて来たのだな。
俺にも少しだけ、そんなのがあったってことか。
タジフ、、蝙蝠、お前はまだ生きてるよな、、ガルゴ、、ライデン、、ゲッコウ、、、ヒエン、、、、ジュガイ、、
特に三面拳だった。南斗宗家へのシンの訪れは彼らの死を意味していた。
才が欠けている分を補った技術と工夫と知恵は、遥か格上のシンを教え成長させた。最後はシンとの勝負で死すまでが、、決まっていた。
それに耐え切れずヒエンは狂い仲間を超え兄弟と呼ぶ二人を手にかけた。そして負けるはずのない悲しき戦いにシンは臨んだ。
そしてガルゴ、、、戦闘中にも成長し続けるシンの拳を見ていたかったとさえ言っていた。
‥俺は守りたいものの為、死んで行った友の為に戦った。飽くなき血を求める修羅の心よりも、それが強かった‥
‥シン、自分のためにしか戦えない者に、、、俺が負けることはない。頂点に達した者同士なら、その小さな差が勝負を分ける‥
そうだった。南斗聖拳の為か俺の為か、何度も自問し、迷い揺れていた。
そして尚、俺は自分の勝利を自分の為に信じ続けた。
俺の中には俺しかいない。ただ一つの例外ユリアはあったが、、、例外だ。
なのにケンシロウ、、お前と来たらその質朴に見える顔をしながら、、
ならば、北斗神拳の究極とは愛なのか?
ガルゴ、、俺はここへ来ても自分の為にしか戦えぬ。
ここまでか。
「ケンシロウ、、、」
「なんだ」
「驚いてるようだが、俺は無想転生修得とは行かないようだ」
「、、、、」
「ケンシロウお前は、俺と比べて感情表現に乏しい男だと、そう思っていた」
「、、、シン、、」
「フフ、確かにその怒りは感情が噴火した勢いだったが、普段はそれだ」
シンは笑った。シンはわかった。
「なのにその厚い面の皮の下には誰よりも深い愛があると?」
「それは、わからない。だが、、誰よりも愛深き男、、ラオウもその愛故に深い悲しみを得て、無想転生を会得していた」
「! あの、ラオウが!?」
愛深き、と言えば南斗聖拳にあっては、実はあの悪の帝王サウザーだった。愛深き故に歪み、悲しみを否定するが故に悪に走った。
「そうか、それが、、」
あの鳳凰拳無敵の秘奥義に達したのだ。その無敵を破ったのは、更に愛深き男、このケンシロウだと?
「フフ、、、フハハハハ」
シンはいかにも彼らしい高笑いをした。笑えてしょうがない。最強を目指し南斗聖拳を研いで来たが、その行き着く先は「愛」だというのだ。
「ふぅ」
笑って爽快であった。そして決まった。覚悟がだ。
「ケンシロウ!」
微笑のままシンはケンシロウに目を向けた。
「ここまでだ。北斗と南斗の違いというよりも、俺の性格というか、、俺に無想転生は無理だった」
「、、、」
「いやもちろん、はじめから戦いの最中に会得できるなんて思ってもない。まず無想転生を味わってもいなかったのだからな」
一転、シンは真顔になった。
「一つ、、頼みがある」
「うむ」
ケンシロウは闘気に満ちているが、ダメージは深い。シン自身もボロボロだった。シンは少しの間目を閉じ、想いを走らせた。
「俺が敗れるなら、南斗聖拳はここまでだろう。滅ぶだろう。南斗が滅ぶなら、そのまま滅びるにまかせてくれ」
「シン、、、」
「だがお前の中には腹が立つことに南斗聖拳がある。ここからが重要だ!」
ケンシロウは口をへの字にしたまま推し黙り、シンの続きを待った。口がへの字でも機嫌が悪いのではない。シンの真意を汲み取ろうとしている。
「次代の北斗神拳伝承者の成長のために南斗聖拳という敵は必要かも知らんが、、、他のどんな理由であれ!」
力を込める。
「北斗神拳が南斗聖拳を復活させるな! それだけは、なしだ!」
それに対してケンシロウは意外なことを口にした。
「そんなことはしない。南斗聖拳の誇りを汚す気はない」
よく言う、、南斗聖拳を虐げて来たのは北斗神拳だろうに、、とシンはこの期に及んで毒づいた。
次いでケンシロウは更に意外な言葉を発した。
「南斗聖拳とは、そんなにヤワだろうか」