たった一人、、この状況下にあっても尚シンの勝利を信じるたった一人の男、自分自身のため、彼は荒い息遣いの中でも改めて構えを取った。
この日の中だというのに、無想転生を使うケンシロウの実体は見抜けない。
そのケンシロウは究極奥義を解きシンの前に悲しい目で立っているが、そこに突き進んだところでまた実体を虚とし、南斗聖拳の全てを無効化するだろう。
どうすればいい、、、、と思考のループに陥りそうであった。いや、答えは既にある。常にある。元からそこにある。そう言い聞かせる。
自分の半生と、そして南斗宗家で学んだ全ての中に答えはあるはず、、、そう信じた。
ケンシロウが間合いを詰める。ゆっくりとだ。そんな中、なんとなくだがシンは思った。
無想転生の発動中はこちらの攻撃は効果がない。だが、その最中に受ける反撃そのものは、ややその威に欠けるのではないか?
思いながらも先程は一瞬意識を失うほどの衝撃をその身に浴びているが、秘孔点穴による絶命の一撃ではない。
或いは秘孔点穴が効かないシンの胴体を単に力で撃ったから、という考えはある。頭部だけは点穴を恐れ、より強固に守っていたのもあろう。
憶測に過ぎないが、やはりここ一番の一撃となると、「実体化」する必要があるのではないか?
所詮は憶測に過ぎなかった。
しかし、今ケンシロウは実体化して彼に迫っている。
時間はない、、、シンはまたも予想する。悲観的で且つ現実的な予想だ。
シンの経絡秘孔は変異しているが、シン自身の氣の流れを、恐らくケンシロウは既に見切っているはず、と。
即ち、ケンシロウの次の一撃は変異したその後の秘孔を極めるだろう。
ジャリッ!
ケンシロウが踏み込み、右拳を撃ち放たんとする!
「ふん!」
「!!」
ケンシロウの剛の一撃! 秘孔点穴であればもちろんのこと、そうでなくてもシンの命を粉々に砕く必殺の剛拳!
身体中が軋む、悲鳴を上げる。自身を信じても肉体は限界を超えている。戦える状態ではない。呼吸が乱れて調わない。
それが故にシンには力みがなかった。勝利を引き寄せんとする意思は強くとも、肉と骨は限界を迎えていた。
重い身体を支える力が不意に消えた。シンの身体は左に傾き、結果幸運にもケンシロウの一撃を回避した。
ヴォン!!
外れたケンシロウの剛拳が数メートル先の壁を破壊し、ついで勢い余ったケンシロウが前のめりになった。
「!」 無駄な力!あのケンシロウに!
よろけた身体を踏ん張ったつもりはないが、左脚が体重を支え、そして反発力を生んだ。
刹那の僥倖、ケンシロウが右体側を曝け出し、その何かのまぐれのような一点に、シンは、ドン! と肩をぶつけた。
「(これは!?)」とシンが自身の動きに驚く。
その衝撃に、最強者がバランスを崩して距離が空いた。
、、咄嗟に出た。場面を意識して肩を当てたわけではない。単に、鍛錬の結果が生んだ条件反射的な無意識の体当たりでもない。
「(タジフ、、)」
岩のような身体をした戦士タジフが思い起こされた。
タジフは強い肉体の持ち主だったが、「常人」だった。どん底から立ち上がり新たに復活した南斗聖拳の前には敵ではなかった男だ。
なのに、、タジフから受けたただの体当たりはシンの魂を、、揺らした。
乱世を生きるタジフの強かさと、愛する者を喪い、乱世を憂い、ただ死に場所を探していたその瞳の中にある悲しみがシンに何かを感じさせた。
あのただの体当たりに、人間の感情全てが詰まっていたのではないか?
一方、その不意の一撃はケンシロウの切れかけた集中力を回復させた。
ケンシロウの受けたダメージも深い。その上での究極奥義無想転生であった。ケンシロウでさえ代償なくして使える便利なものではなかったのだ。
だからこそ集中に欠け、氣配が強く、無駄に余る一撃を放ち、シンに見切られるを許した。
反省や後悔をしない。ケンシロウはしない。ただ鋼鉄の塊のような意思で自身の拳技を調え直す。
かと言って、今すぐに無想転生というわけには行かない。ケンシロウもそれほどまで追い詰められていたのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ」
シンの体当たりは鋼の男にダメージを与えるものではない。回避の延長にすぎない。寧ろケンシロウを刹那の呆けから目覚めさせてしまっている。
客観的にも主観的にも、より多くのダメージを抱えているのはシン自身である。ガルゴ戦が思い出された。
ガルゴの強大さに及ばず、心は完全に折られた。ただ逃げに徹し、それでも拳士として身に付いた本能だけが、
幾度も襲い掛かるガルゴのトドメの一撃から彼を救い続けた。
その時は、自由の利かない身体でただ逃げ回り、避け続け、恐怖と向き合う他なかった。死物狂いで。
「(何故)、、」
何故ここで出てきた?タジフ、、、
この機において、、ケンシロウの追撃はない。重い沈黙のまま構えを解き、静かだが重厚に立っている。
「、、、」
それはもちろん油断ではない。シンの状態を見極めんとしていた。
だがすぐに何か得心が行ったのか、改めて構えながら間合いを詰める。
その一方で、シンは恍惚とも放心とも取れる面様でケンシロウを見つめ返している。彼らしい強い攻め気も、刃のように鋭い目線もない。
「シン、、、もしや」
ある疑念がケンシロウの頭を過(ヨ)ぎる。先の一撃はたしかにこちらに過失があった。見切られて当然の大振りの拳だった。
今のその損傷と疲労状態でも、南斗聖拳の窮みに立つこの男なら当然の様に躱すだろう。
躱して尚、、、逆に一撃を入れられた。氣の起こりは感じなかった。故にケンシロウの無想陰殺も無反応だった。
大振りの一撃その放出後、防御力が低くなるその瞬間に、ほんの僅かなその一瞬に体当たりを受けている。
「、、、シン!、、、、ほぉおおぅ!!」
両の拳を握り氣を洗い直す。コォォ、、、青白いケンシロウの氣が放出、、ではなく肉体を満たして行く。
さすがに恐ろしい男、北斗の拳を継ぐ者だった。肉体に負った傷、それはそれだが戦闘をほぼ最高水準で継続させる状態に持って行く。
実際のところ、、、シンは限界に来ている。それ故、無駄に動ける体力を失っている。それが幸いし、シンはこれまでない無心の集中力を得ていた。
しかし、彼はこれを「無心」とは呼ばない。この状態は彼曰く「一心」である。
無心は元斗皇拳でいうところの不完全な無想転生。一心はただ一つにのみ集中すること。
シンは一心にケンシロウの動きを待つでもなく待った。
後の先を意識するでもなくただ一心にケンシロウを肉と氣の両方で、ただ観ていた。
だらしなく口を開けるほどに、シンはケンシロウにのみ意識を置いた。
両腕はダラっと下げており、その様はサウザーの構えなき構えとはかけ離れている。全身立っているのが不思議なほどに力が抜けている。
反面、まるで北斗と南斗が相反するが如くケンシロウは力と氣で満ちている。それでいてシンにこれ以上間合いを寄せるを躊躇った。
力まないことは正しい。柔の中には力がある。、、、そういうことではなかった。
数多の実戦を経験したケンシロウが異様に感じるほどシンは得体が知れない。
過去と先程までのシンのみならず、何人もの南斗の拳士と拳を交えた。
同門北斗神拳はもちろん、華山流に泰山流、元斗皇拳と、そして北斗琉拳。その中にこんな異様な気配を持つ者はいない。
しかし、似た様を知っている。かつてケンシロウ自身が経験していた。そう、無想転生会得の前触れに似ている。