妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

114.

「ところでシン様、、、」
仮の隠れ家に戻る車内、蝙蝠はそれまでの雑談とトーンを変えて話を振った。

「最近シン様に接触してきた者たちはおりましたか?」
「お前だけだよ」
と、とりあえず冗談めかしてシンは答えた。

ケンシロウ様とファルコ様の戦いの後、私はそのまま提督直轄軍の残党たちと共にあのエリアに避難したんですよ」
「、、、」
「何故でしょうね。帝都に残ってその後の北斗様元斗様を観察した方が面白いに決まっていたんですが。不思議なものです。するとあのエリアのタワービルの屋上で微かな光を見たんですよ」
「光を」
ガルゴの放つ金色の光、元斗の氣に他ならない。

「ところがこれもおかしな話で、気にはなったんですが、好奇心に任せて手軽に見に行ってはならない、、そのように思いましてね。もちろんいくら身の軽い私でもあのビルの屋上へ行くのは難儀ですけど」
「正解だったな。俺とガルゴのあの死闘に水を差してはほしくなかった」

 

「、、、、ちょっとクルマ停めますね。ガソリンを補給します」
タンクを傾け給油している蝙蝠の顔はどことなく思い詰めていた。

バタム!
無言で昼過ぎの旧国道を進んで行く。以前と比べると、この頃は襲って来る賊も随分と減っている。今日はその影さえ見ていない。
代わりに旅人のグループを遠くに見つけた。彼らもこのクルマに気付き慌てて隠れるが、こちらが徒党を組んだ問答無用の輩だったら間違いなく襲われていただろう。
まだあの戦いのことを知らないのか、方向からして彼らは帝都に向かっている。光り輝く希望の街という噂を信じて。

長い沈黙を破ったのは今回も蝙蝠だった。訊ねたいことはシンにも多くあるが、まだ身体には怠さが残っている。話すのも面倒だった。

「いきなり直球でお聞きしますが、南斗宗家からの接触はありましたか?」
顔は平静を装っているが、その声色には嫌悪の響きがあった。
「直接はないが、南斗亡星の男ガルダから話は聞いている」
ガルダ様から、、ですか。何と仰ってました?」
「宗家は俺がケンシロウを倒すのに期待してるそうだ」
「、、、、」
「お前の見立てではファルコを凌いでいたケンシロウと、ガルゴに惨敗した俺とでは比較対象になるまいがな」
「まさか、、、シン様。同情のコメントを期待してますか? この蝙蝠ごときに」

同情? そんなつもりはないが、自嘲気味なのは確かだ。ガルゴから逃げ回っていた記憶が少しずつ鮮明になって来ている。認めざるを得ない事実。晒した醜態。

「ですが、、、考えようですよ。シン様」
「、、、」
「野球だのバレーだの、それこそ格闘技でさえ負けても次があります。負けから学ぶことがありますし、それは大きな経験になります。心が敗北に支配されていない限りは」

そう、それが問題だった。「アンタ敗北に呑まれたな」とはガルダに言われたセリフだが、ガルゴに負けた今回の心的ダメージは記憶が戻りつつある現在、お陰でますます深くなりそうであった。

「普通、、まあ私たちの「普通」ですが、負けたり失敗したら、次なんてありませんよね。南斗様なら尚のこと。敗北や任務失敗は直結してますから、死に」
「、、、」
「ところが、シン様は二度も敗北を喫しながら、あ、二度もなんて失礼。とにかく「普通」あり得ない経験してるんですよ。これを乗り越えれば更に高い地点に立てるんじゃないですか?」

慰めなのか本音なのか、、、しかし、敗北から学べることはあるかも知れない。何せあの、、
ケンシロウ様がそうですよね」
と、蝙蝠はシンの思いを代弁した。
「シン様に負けて、立ち上がり成長し、ラオウ様にも殺される寸前まで追い込まれ、サウザー様にも一度完敗してからの復活劇です。負けてそのまま終わりとならなかったから今のケンシロウ様は神人の強さを得ている」
「そう、だな」
あの自らの兇行、急襲を思い出す。同時のケンシロウ北斗神拳伝承者でありながら青臭くて腑抜けた顔をしていた。
それが今やサウザーラオウをも倒す男になっている。

過去を振り返るシンの思いを余所に蝙蝠は続ける。
「負けてシン様も、境界線を「見た」んじゃありませんか?」
「境界線、、、」
、、、、、、境界線!

「私は南斗様の、そしてシン様の大ファンです。前にも言いましたが、覚えてます?いや言いましたっけ? 南斗様は強さと脆さの両方を持っている。だから美しいと」
蝙蝠が運転席の窓の開度を広げた。

「いい風です。そちらももっと開けますか?」
シンは答えず自分でボタンを押し込んだ。やや湿気を孕んだ空気だが気分はいい。どんよりとした思いも少しだけマシになる。

「断言します。ファンだからの気遣いではありません。負けた次がない世界の方に次がある。今度立ち上がったとき、シン様は私などからは見上げても点にしか見えないような高みに上がってますよ、更にね」

まだこんな俺と南斗聖拳に期待している。本当にどこまでも変わった男だ。
倒れたならまた立てということか。この落ち込んだ谷底から這い上がった時、見える景色は変わっているだろうか。


「無想転生、聞いたことはあるか?」
「はい? ムソウテンセイ? ムソウは夢に想うですか?何も想わないですか? それとも古今無双の無双ですか? テンセイは輪廻転生のテンセイですか? リンネテンショウと本当は言いますが」
「無意識無想の無想だ」
「無意識無想、、、ああ、以前お話した、、しましたよね? 殺気を読み無意識に相手を討つ境地。武の極み。まさに究極というやつですね」
「それともまた違う。北斗神拳の究極奥義だそうだ」
北斗神拳の究極奥義無想転生。それは私も初耳です」