妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

143.

荒野を一人行くケンシロウの後を、その男は追っていた。

男はケンシロウとの戦いを思い出す。
北斗神拳は闘神の化身とはよく言ったものだと、そう感心するしかなかった。あの強さは他に喩えようがない。
昔この目で見た拳王ラオウ剛拳も「神」を彷彿とさせるには十二分なものだったが、そのラオウを倒し、
真の北斗神拳伝承者になった今のケンシロウは、この荒れ果て乱れた世に降臨した一本の柱だ。

ケンシロウ

その気配に気が付いていないわけではないが、名を呼ばれケンシロウは漸く男に顔を向けた。

ガルダ

そこに立っていたのは南斗神鳥拳伝承者のガルダであった。


・・・時間は遡る・・・


「あたぁ!!」
「ゴフッ」

ケンシロウの神の拳がガルダの腹部を捉えた。
その強烈な衝撃とともに、自身の経絡秘孔を通じて北斗の氣が疾るのを感じた。

「こ、これが北斗の拳
「おおおお!」

ガルダの腹部に拳を置いたままケンシロウが力を溜めた。
しかし、その間に逃げることはできない。先の一撃でガルダの身体はほとんど機能不全と言っていいような状態に陥っていた。それほどの衝撃だった。
というよりも、ガルダが動けないことを知った上でケンシロウは力を溜めているのだ。


ガルダに、、、、悔いはなかった。

自ら望んだ戦いではない。バルバに命じられた故だ。
何故バルバの命令に従わねばならなかったか、、、、宗家に人質として囚われた者たちのことが脳内をよぎる。
だが、自身の持つ力を存分に出し切れた。結果として北斗神拳伝承者に通用はしなかったが、いずれいつかは訪れる死をこのような形で迎えられるなら拳士としては本望。
はじめから勝てないともわかっていた。
ここでケンシロウに敗れ、南斗聖拳真の伝承者となるだろうシンが北斗神拳への憎悪を増すための犠牲、ただそれだけに過ぎなかった。

それが俺の分だ。

本当なら自分の手でその翼を真っ赤に染めてやりたかったサウザーは既にいない。
そのサウザーを倒した男の同じ拳で生涯を終えるのは、奴と同列に収められるようで幾分か気分は曇るが、言ってみれば、「最後にいいものを見た」というところだ。

さあ、トドメを刺せ、ケンシロウ、、、

ガルダは目を閉じた。

「、、、?」

予想していたケンシロウの次撃が来ない。
ガルダが目を開けると、ケンシロウは拳を戻し、どこから見ても隙のない最強者の構えを解いていた。
そうか、、ガルダは独りごちた。
一撃、この一撃で、既に俺は死んでいる、というやつか、、、

ガルダは気付かぬ内に口元を緩めていた。穏やかな笑みを浮かべていた。
悪くない人生だった。
村を襲い先代伝承者であった母の命を奪ったサウザーを憎み続けた短い人生だったが、才なき自分がここまで南斗神鳥拳を会得できた理由でもあった。
多くの敵を無惨に切り裂いた自分がこんな気持ちで世を去れるのだから、まことにこの世は、人というものに不誠実だ。

ガルダは愛した人たちの顔を思い浮かべた。
これで最期だ、、、

ドズッ!!

「ヴッ!」

甘い死の夢想を打ち消すケンシロウの二指による疾風が如き突きがガルダの胸を撃っていた。

「くぉ、、貴様、ケンシロウ

最期の安らかな思いを苦痛にて打ち消すか!?
ガルダがそう思った時、自分の体内の変化に気が付いた。

「は? 身体が!?」

体内に満ちていた北斗の氣による蠢くような違和感が消えていく。

「秘孔の術を解いた」

そういうケンシロウの声はどこか悲しげでさえあった。単に年若い自分に温情をかけたということではないのが何とはなしに理解できた。

「!?、、、な、何故だ、、、」
「ならば言おう」
「、、、」
「お前の目は何者かのために死するを決めた者の目だ。俺はそれと同じ目を幾度か過去に見ている」
「な、、何を甘いことを! そんな話は要らぬ! どうあれ俺はお前を倒すために全てを尽くした!!」
「俺は、そんな目をした男を討つことはできない。それに、これ以上続けても意味がないことはわかっているだろう」

ガルダと真逆の落ち着いたケンシロウの声が、彼に冷静さを取り戻させた。

ガルダ、先ずはお前の訳を聞いておきたい。その悲しき目の意味を」
「ケン、シロウ、、、」





ケンシロウ、、南斗宗家はシンに、アンタへの憎悪を増し加えるためにと、南斗神鳥拳伝承者である俺の敗北と死を添えるつもりだった」
「、、、、」
「だからケンシロウ、俺の生存をシンに知らせれば無駄な戦いを避けることが可能なんじゃないのか?」
「いや」

ガルダにとってはまさかの否定だった。

「これは北斗と南斗の宿命だ。互いに研磨し合うのがサダメ。今のシンはかつてと違い、南斗聖拳の名をかけて俺に挑もうとしている」
「、、、ケンシロウ
「俺はその熱き思いを無碍にはできぬ」
「たとえそれが、どちらかの命を、、或いは双方の命を落とすことになってもか?」

双方の命とは言ったガルダだが、ケンシロウの強さは南斗神鳥拳の伝承者である自分から見ても世界が違うが如きである。
シンとて以前やり合った時とは違っていても、さりとてとても勝ち目がないように思えた。

「わかった。どうやら俺には理解できない深いところがあるようだな。じゃあ一つ頼みがある」
「、、、」
「俺がシンの前に顔を出せないなら、せめて遠くで北斗と南斗の宿命の一戦、検分させてもらいたい。言うまでもないが決して邪魔はしない」

対して、ケンシロウの沈黙は快諾を意味しないものの、それは否定ではない。

ガルダケンシロウに別れを告げ、その場を後にした。
棄てた筈の命がつながった。この時のガルダは、南斗宗家に対する勝利が近付いていることを、まだ知ってはいなかった。