妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

89.

シンには帝都攻め参戦の理由はない。

南北の一体化が巨大な力を持つのなら、ここでケンシロウの前に姿を見せ協力を申し出るのも他人目線なら面白いだろう。
北斗の軍の連中も、北斗神拳伝承者のみでなくそこに南斗六聖拳の生き残りが加わるとあれば彼らの戦意は大きく上がる筈。

だが、その気はない。

元々シン本人にとって帝都の圧政などは少しも影響していない。苦しむ民がいることはよく知っているが、ボルツの言った通り、この乱世に一定の秩序が敷かれたことは評価しなければならないとさえ考える。
帝都を陥したとして、望もうが望むまいが北斗の軍の幹部たちが新たな支配者にすり替わるだけのことであろう。
自由を掲げた叛逆も、彼らの勝利の後、支配する側に回ればいずれは腐敗する。 

「それともまさか帝都を滅ぼしておいて、「あとは知らん」ということではあるまい」
シンは一人呟いた。

二棟並んだ高層ビルの一方は傾いてもう一方に寄り掛かっている。
その最上階、強い風に銀髪を靡かせながらシンは旧世界の墓標と、かつて在りし日の繁栄を想いの中で比べながらその滅美に耽っていた。


帝都から各方面放射条に伸びる道路はある程度綺麗に整備されており、帝都の軍用車が通行するのに際してその利便性を発揮している。
その主要道路を一台の赤いバイクが疾走しこちらに向かっている。

ほどなくしてバイクはシンのいるビルの下に止まった。降りた男を遥かに高みから見下ろしシンは言う。
ガルダ、、、か」
ガルダもシンの存在を認め、下から見上げ返している。はじめからここにシンがいることを知っているということだ。

しばらくして屋上に出る扉が開かれた。
ガルダは相変わらず派手な服で身を装っている。そして前回同様、右目周りには鉄仮面を取り付けている。

「驚いた。アンタ本当にまだいたのか」
無言のシンに対しガルダは続ける。
「言ったろうよ。ガルゴという男がアンタを狙うって。何故この地を離れない?」

前回初めて会ったとき、ガルダはいきなりシンに襲いかかっている。
正面からであり、そして攻撃の兆候も隠さずであったから不意打ちとも言えないが、理由もわからないままの急襲であった。


「まさか俺が、アンタじゃガルゴに勝てないなんて言ったから意地で残ってるのか?」
今回はガルダに敵意はないようである。もっとも、以前の戦いにしてもガルダは全力ではなく、そしてボルツ戦直後のダメージと疲労が重なったシンが本領を発揮できている筈もなかった。

「俺の身を案じるのか?」
ただの勘でこちらの居場所を知ったわけではないだろう。南斗にシュメがいるように、この別枠の南斗にも、下働きがいるのか。そうでないなら元斗や帝都に属する者かも知れない。

 

「俺がアンタの身を案じているというより、アンタの身を案じている連中がいる」
「何?」
シュメのことであろうか? しかし今更シュメのことを改めて話に出すとは思えない。
「アンタはある連中から期待されているんだよ。保険みたいな位置づけにしてもな」
「誰なんだ?」
「南斗宗家だ」
あっさりとガルダは答えた。

「南斗宗家だと!?」


南斗の歴史上遥かな昔に滅びている筈だ。
拳の力を絶対の権威として重視する聖拳の士たちを格式的伝統的政治的財政的そしてほとんど宗教的な儀式と慣習で支配し利用しようとしていた拳士ならざる者たち。
力では聖拳士たちを制御できぬ故に南斗の中に混乱と分裂を生じさせ、拳士の中で特に力ある者には巧みに取り入り操ったという。
敵対する者に対するそのやり方は実に卑劣で汚らわしく、聖拳士たちの愛する者を殺めるのはもちろん、その子らを煮て喰ったとさえ伝えられる。
当然の流れとして南斗組織が自壊寸前にまで追い込まれるほどの内紛が勃発した。最終的には宗家を滅ぼすに至ったが、南斗組織そのものも衰弱化。

それを一時的にせよ保護・援助したのが北斗神拳と伝えられていた。この古代の出来事はシンも含む一部の南斗聖拳拳士にとって屈辱と受け取られている。

 

「南斗宗家は滅んだ筈だ」
「知らないさ。でもあれは紛い物じゃない。人数もそれなりにいる。それにあんな薄気味悪い奴らを偽者で構成できはしない。滅びたフリして世界がひっくり返るまで隠れてたんだろう。今でも隠れてはいるが」
忌々しげにガルダは言った。


「そいつらが何故に俺を案じる?」
「もう南斗聖拳はアンタだけだろ? 北斗神拳を滅ぼすのが奴らの悲願だが、できるなら南斗聖拳でってことだ」


南斗孤鷲拳南斗水鳥拳南斗白鷺拳など様々な流派があっても一言で自分を「南斗聖拳」と称することがある。
しかし、108派に数えられない南斗神鳥拳の使い手ガルダは決して自分の拳を「南斗聖拳」と呼ばない。ルーツは南斗聖拳であっても南斗神鳥拳はあくまで別個の拳であると自負している。
そしてその考えは宗家の者たちも同様のようで、現存する真の南斗聖拳を使う者は唯一人シンだけというのだ。


「それにしても北斗神拳を滅ぼすとは随分な」
「アンタは北斗を超えるべく南斗聖拳として生きてるのではないのか?」
「、、、」
「拳では超えて、しかし北斗神拳の命を奪いたくはないなんて、そんな甘いことを思ってるのか?」

ケンシロウには憎しみも怨みもない。十字の傷を刻まれていても、元はこちらに責がある。そう、元々は友だったのだ。
少年時代から勝ち気で高慢な性格。それでいて拳の才に恵まれたシンは周囲から恐れられ忌避される対象だった。
そんなシンにも屈託ない笑顔で近づいて来たのは他門の、しかも北斗神拳門下のケンシロウだった。
年齢は同じ。拳は表裏一体の南斗聖拳北斗神拳。物理的な距離においてもとても身近な存在だった。
ラオウとトキがいる以上、ケンシロウが伝承者になることはないだろうし、シンにも南斗最強のサウザーという巨大な男がいた。
だからこそ共に互いの拳を高めて行くべき間柄だった。


シン唯一の友だった。

 

ただ、同じ女を愛したが故に、、、


「おい、何を物思いに耽ってる!?」
ガルダは皮肉めいた顔を作る。
「これじゃあ、アンタに期待するだけ無駄だな。ならば奴らは保険のそのまた保険に期待するだけだ。そっちの保険の方が質がいい。俺のことだ。それに北斗神拳が滅びるなら是が非でも南斗の手でってわけではないようだしな」

 

南斗宗家が今期待しているのは元斗皇拳のファルコであった。