妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

7.村

「どこから来た? どこへ向かう?」
薄暗い一室に入ると、決して威圧的ではない落ち着いた声で女が訊いてきた。
「あてはない」
両脇を抑えられながら生気に欠ける声で短く返答した。しかし、この短い一言が全ての真実だった。

「花さん、タジフのところのスパイかも知れない」

と、彼の右腕を抑えている男が低い声で言う。女長は「花さん」と呼ばれているようだ。
「タジフのところの者なら右胸にタトゥーがある筈」
すると両脇の男が彼のボロボロの衣服を乱暴に引き剥がし、その痩せた身体が露わにされた。
「ひどい傷だ」と女長は怪訝な表情を作り彼の背面に廻った。背中にも同様の大きな傷跡があり、思わずその惨さに目が留まる。タトゥーどころではなかった。
戦闘でこんな形に傷が付くとは思えない。つまりは拷問の類であろうか。そう判断した。
楽観的すぎるところではあるが状況的に脅威でないと考えると、この謎の放浪者への見方も変わる。銀色の髪と髭は汚く伸びているがその下にある端正な顔に気づいた。
気に入ったようである。なんだかんだ言っても女は美形な男を好む。
「この身体でスパイも何もないでしょ。少し休ませてから彼にできる作業を振り分けて」
そして彼の方に向き直ると「あなた戦える?」と言うとそそくさと出て行ってしまった。軽いがしっかりとした足取り。すべきこととしたいことが一致している人間の足取りだ。
取り残された男たちは一瞬だけ唖然とした表情をしたが、「あれがこの村の長、花さんだよな」と言わんばかりの仕草を見せると、すぐに再び厳しい表情に戻り、上半身裸の彼を両脇から抱え直した。
「この身体では戦闘どころか力仕事も怪しいな。花さんに感謝しろよ。あの人はすぐに人を信用してしまうが俺たちは違う。お前がスパイだったら俺たちの処理は早いからな」

脅しのつもりなのだろうか。少しも脅された感はなかった。


村をまとめている花は50前後の年齢か。気さくで頭の回転が早く、小さな気配りも出来る。元からの人格特質なのか旧いあの社会の中で形成して行ったものかわからない。
眼鏡の奥は優しい目をしているが、同時にこちらを値踏みするように観察しているような感もある。旧世界での職業の名残りであろうか。
女であるゆえ他の女たちも相談しやすいようで、また男たちもそんな長を支えようという気構えが感じ取れた。


村には子供は少ないが、それでも立派な労働者だ。まだまだ幼い子が赤子の世話したり、退屈な作業にも加わっている。これは大人の工夫であろうがゲームのようにして楽しそうに手伝わせていた。
一言で言うなら良い村と言っていい。彼は表の世界に生きてはいなかったが南斗の村にも、時折優しい日向を思わせるような時間はあった。
しかし、今は平和なままいられる時代ではない。
もっともだ、平和だったと懐かしまれるあの時代が、平和だったと思ったことは彼にはない。平和の裏側には、まさに平和を支える裏側がある。彼はそこの住人だったのだ。
それこそ、中心に近い人物だった。