妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

19.

残る一人。だがタジフのその目に恐怖の色はまるで見えない。


タジフの戦いぶりは凄まじいものだったが、あくまで肉と骨の力だ。それを超える力は微塵も感じていない。南斗聖拳を取り戻したシンにとって敵ではない筈だ。
だがその落ち着きが気になる。クズどもの頭であってもはじめから異質なものを感じていた。狂人の目ではなかったからだ。
するとタジフが口を開いた。
南斗聖拳、キングか、、、南斗聖拳は初めて見た」
フッフッフッフ、、、意外にもタジフは下を向いて笑っていた。
「拳王配下として、拳王の力も見ている。そしてこの南斗聖拳。フフ、、ありがたい。これでやっと本当に諦めがついた」
「死に場所を探していたのか。だがそれならなぜこんなクズどもを率いていた?中央に行けば聖帝軍との小競り合いはある筈だ。そこで戦えばよいだろう」
「フフ、そんな半端な戦いでは俺は死なんからな。俺が行けば勝ってしまうだろう?一応は不可侵の関係にある拳王と聖帝だ。今はままごとみたいな戦闘しかないのだ」
「ならばなぜこんな僻地で賊をしていた?」
不思議とこのタジフとは言葉を交わしたかった。
「わからん、だが会えると思っていた。北斗だろうと南斗だろうと何だろうと、俺を殺してくれる男をな。それにはこのクズどもに任せておくのが一番だ。もう本当の生ゴミになってしまったがな」
「拳王に挑めばよかったろう。あの男なら間違いなくキサマの望むものをくれる筈だ」
ハッハッハッ、、タジフは豪快に笑った。
「俺も一応は配下の兵だ。兵士として上に背いたりはしない。それよりも、俺はあの拳王が、、、大っ嫌いなんだ。一人でどこまでも突き進むような力がありながら、軍を持ち、それでいて実は誰も必要としていないような、、いや、とにかく嫌いなんだ」
とまた笑った。
「あんな奴にはやられたくないんでな。ふう、さて」
タジフは鉄の棒を捨て去った。
南斗聖拳相手にこんなもの役に立たんからな」
そして巾着の中身を探りはじめた。


拳銃なら対処できるが村人に銃を向けられることを恐れた。あるいは手榴弾の類か? 自分相手には無意味でも村人までは守れない。もっとまずいのは起爆装置だが、今さら村人を巻き込むような男ではない気がした。

 

「それは、、」
タジフが取り出したものは全く意外なものだった。一対のナイフと赤いベレー帽だった。
「レッドベレー、、、キサマはレッドベレーの生き残りだったのか?」


ゲリラ戦において赤いベレー帽は明らかに目立つ。言うまでもなくそれはデメリットだ。作戦の成否に関わる大問題だ。
だが、そのデメリットを抱えたまま困難なミッションを次々と完了させて行ったならどうなるであろうか。
レッドベレーは恐怖の象徴として知れ渡ることになる。
敵の返り血を意味する赤。目立つことでレッドベレーの参戦を敵に知らしめ恐怖させ、戦意を落とす。

任務遂行そのためには残忍な行いも躊躇なくこなす精鋭中の精鋭レッドベレー。


「いいや。残念ながら違う。俺は以前の世界で格闘家だった。この身体のおかげでトップクラスのファイターだった。そんなことはもういいか。このナイフは、、、」
ナイフの角度を幾度も変えて愛おしそうに見ている。
「このナイフは俺がGOLANで最も世話になった男のものだ。俺よりでかく、そして遥かに強かった。そして」
とナイフを一旦腰に挿すと、赤いベレー帽を真剣な眼差しで見つめた。
「このレッドベレーは偉大なる我が総統の遺品だ!」
大佐は自らを総統とは名乗らなかった。呼ばせてもいなかった。だが、ゴッドランド建国が実現すればいつまでも大佐とは呼べまい。
かと言って国王ではあるまいし、元帥ともまた違う。
総統、、、総統があの方に最もふさわしい呼び名だった。
タジフはレッドベレーを被り幾度か角度を直してから、再び一対のナイフを両手に握った。
やはり夢だった。あの強さの次元が違う大佐を倒したケンシロウという男の存在を知り、拳王の神懸りのような力を間近に見、その拳王と互角にやり合った聖帝という男の名も知った。
そして聖帝とは別の男による南斗聖拳の魔性のような強さも今ここで見た。
ゴッドランド建国など、初めからあり得なかったのだ。神は我々を選んでなど、、、なかった。
、、、、、知っていた。


「なるほど。だがキサマが愚劣なクズであることに変わりはない。死にたいのなら弱者を虐げなくともいずれは強者に出会ったろうに」
自棄だった。自暴自棄だったからだ。

タジフ自身は泣いて命乞いする無抵抗の者を虐殺したりはしていない。逃げる者を追い、背中から襲ったこともない。女たちを犯したりもしていない。
だが、部下のそんな行いは容認していた。なんでもよかったのだ。食糧があり、戦いがあるならどうでもよかったのだ。


ダッ!岩のような男がシンに向かって走り出す!
ナイフを構えて走り出す!
その目には怒りも狂気も、恐怖もなかった。純真とまでは言わないが、曇りのない澄んだ目だった。
何より、シンを本気で倒しに向かってくる。
「うおお!!」
右手に持ったナイフを切り上げる!
シンは難なくかわし、その右腕に掌底を打ち込んだ。完全破壊!
「むおう!!」

タジフは右腕を失っても全く失速しない。むしろ、喜びを感じているかのようだ。


ドン!!

南斗聖拳の氣を纏ってはいても、体重差そのものが変わることはない。タジフの右肩の突進を受けシンの身体は体勢が崩れはしないものの僅かながら後退した。


「キサマ、敢えて!」
左手のナイフがシンの胸に浅く刺さっている。十字形の傷の僅かに下だった。ナイフの鋭利さとタジフの突進力。本来なら骨を断ち内臓を裂く。しかし、氣で強化された骨が重い一撃を止めていた。
「タジフ、キサマは愚劣だ。矛盾を抱えたままの愚かなゴミだ。だが、自身の道に殉じる姿は見事だ。タジフ、俺はキサマを忘れない。この傷同様、心に刻もう」
「フッ」
タジフはナイフを抜き、そして再度シンに突き刺そうと試みる。本物の殺気だった。純粋でさえあった。
ズバッ!!
胸の中央、心臓をシンの右手が通過した。
外部から突き入れ全てを破壊する。そのある意味ではありふれたこの一撃の突きこそが南斗聖拳の奥義である。
タジフほどの男とは言え常人の域にある。その常人の身体を破壊するには不必要なほどの鋭さ、裂の氣であり、タジフへの敬意を意味する全力を込めた一撃だった。
「グブッ」
タジフは空を見上げたままドスン!と後ろに倒れた。

「見事だ、タジフ。お前は強かった」