妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

14.

リマとコミュニケーションを取るのは難しい。何を話そうにも共通の話などあろうはずはない。それよりも、彼女は言葉を失くしていたのだ。

両親との辛い別れが、特に父親との凄惨極まる別れがその幼い心に深い傷を刻んだのだ。
だが、今ではただ近くにいるだけでどことなく空気が柔らかくなるような感覚があった。作業の合間に二人壁にもたれかかり呑気な青空を見ている。
変に器用に立ち回ることなく、黙ってそばにいてやろうと考えたシンだが、それが却って良かったのかも知れない。
余計な世話が好きな女たちも長の考えとあっては、とりあえずそれに従い心配そうに見守ってはいたが、それも初めのうちだけだったようで、結果として村全体のシンに対する警戒心も和らいでいる。
元から長による案であるし、シンという男がリマにイタズラをするような変質者であるとも思えなかった。
この時代、悪は悪であることを隠さない。仮に悪であるなら容赦ない断罪の剣が振り下ろされる時代だ。
謎の多い男シンが善かというと、それもわからないが、少なくともタジフたち獣の輩のような目はしていない。
むしろその目は虚しさと悲しみを色濃く映している。


かつての彼の気質は激しく炎のよう。プライドも高く人を寄せ付けない男だった。
当然だった。若くして南斗六聖拳の一つ孤鷲拳を継承し、そのまま組織の頂点である南斗六将の一人に数えられるに至ったのだから。
狂気に陥ったこともある。その結果、どれだけの災禍をもたらし悲劇を生んだであろうか。
だが、彼の中には弱き者に対する慈悲が微かに息づいている。ましてリマのようにまだ幼く無力、そして孤独な子には自然と守りたいという気持ちも湧くものだ。
全く反対側同士の存在だった。


これが長の狙いだったのかはともかく、シンの中にあるほんの小さな優しさを見抜いたかもともかく、周囲との関係が幾分か、ほんの僅かであるものの改善が見られている。
しかし、この幼い彼女が抱える心の傷はかなり深刻なものだった。まだその笑顔さえ見たことはないし、泣きそうな顔をしていることも多々ある。
「リマ、辛いか?」
自然と話しかけていた。自分でも不思議なことに言葉が出ていた。
リマは今にも泣き崩れそうな顔で、首を横に振った。痛ましかった。辛くないはずはないのに、気丈に振る舞う姿に痛みを覚えた。
「リマ、、面白いものを見せてやる」
シンが自身の無精髭を撫でると、それが音もなく綺麗に落ちて行く。髭のなくなった、その思いがけないほど端正な顔を見てリマは一瞬ポカン、、となったがすぐに照れを隠すように下を向いた。
それを微笑ましく思ったが、シンはふと気付いた。「力」が戻ったのだろうか?


夜、激痛の中で「力」が戻っていないことを再認識させられた。紙切れ一枚も切ることができなかった。

 


「あんた笑えるんだな」
そんなことを言われ、自分がここ数ヶ月も笑っていないことに気付き、同時に自分自身がこの村の者たちに親しみを感じ始めていたことに驚く。そして高笑いでも嘲笑いでもない自然な笑みを見せたことに自分で戸惑った。

人は変わる、とはいうが、「力」を失くした自分がこの数ヶ月で順応を始めたというのだろうか?
どんな顔をして自分は笑っていたのか?
そんな考えを打ち消すように彼はかぶりを振った。
だが思い起こせば彼の周りに、ここの住人たちのような自然な笑顔を向けた者はいなかった。歳若い頃から拳の才能は群を抜いており、10代前半で既に南斗の大人たちでも敵わないほどであった。
彼の資質と南斗聖拳源流直系である孤鷲拳の融和性はほとんど奇跡的なもので、周囲からは天才と評されることも珍しくなかった。まだ若い彼が思い上がるのも当然と言えた。


、、、二人いた、、、


腫れ物のように扱われ、恐れられ、崇められるようなこともあった。だからこそ心を頑なし、触れるものを全て傷つけるような彼だったが、自然な笑みで接してくれる者が二人いた。
後悔はない。自分のやり方を通すしかなかった。そしてあのやり方が、この今の世界においては正義だった。


突然!
女たちの悲鳴が上がった!
「なんだ!一体!」と男たちが各々に粗末な手製の武器を持って悲鳴の方へ走り出す。
シンも片手で扱える短い槍を手に後に続いた。