妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

80.

急ぐでもなくシンは中央帝都に向かっていた。

急ぐ理由もない。

途中の大きな街で食糧と水を買う際、その時にある噂を耳にした。

 

西の中枢郡都、、、、
市都(シティ)よりも強固ではないかと噂されたその郡都(エリア)が陥ちたというのだ。
その郡司令は闇世界の秘拳華山流の達者であるバスク。その拳その強さは帝都の将軍に準ずるほどであった。シンもその名は聞いたことがある。
規模や兵力ではシティよりも小さいながら、そのエリアが攻略困難と言われていたのはバスクがいたためだ。

そのバスクを倒した男、、、
北斗神拳伝承者ケンシロウが遂にその姿を現したのである。

 


ザァー、、、
雨が強い。
雨水が小さな流れとなり、また別の流れと混ざる。さらに大きくなった流れはまた先で別の流れと交わる。そしてまた大きな流れとなる。
街から離れた傾いたビルの中でシンは一人雨宿りしている。


「あの頃と比べたら村の規模は三倍にはなってます。食物のことが心配されたんですけど、人が集まれば知恵と経験も集まります。俺自身も大地と自然の生産力には驚きました」
ダンから村へ寄るように誘われたが、あの村へ、つまりはリマや花のいる村に顔を出すことは憚られた。
「そうですか。残念です。花さんやリマも会いたいと思うんですが。リマなんて今は一児の母ですよ。まだまだ年若いのに。今の時代には普通かちょっと早いかなくらいですが」
「そうなのか」
あのリマが、、とシンも懐かしく振り返る。

今のシンはキングと称していた頃のように無駄な殺はしていない。
それでも殺は殺。あの時よりもまた多くの殺を犯している。再度村を守ったからといって、あの真の強さを教えてくれた恩人たちに合わせる顔はない。
南斗聖拳は「人」と共にはいられないのだ。北斗同様に南斗も乱を招く。
「ダン。これからも村を頼む。そして南斗を名乗りたいなら今の拳を棄てろ」
ガチョウが暴れても所詮はガチョウだ。その馬鹿げた流派に囚われるな。さほど鋭くはなくとも「聖拳」を持っているのだ。その拳を高めろ。
「は!」
単純で愚直。だが悪ではない。この男一人でも野党程度なら十分に対応できる。
「任せたぞ」
その一言の重みと恐ろしさにダンは半ば震え上がった。
このダンも自分の拳を高めることができたなら、その時自分が「人」の領域にはいられない人外の化生であることを思い知るだろう。

そしてガルダのことを思い起こす。
「神鳥拳を身に付けてもサウザー亡き今、俺に目的はない。じゃあサウザーを倒したケンシロウを喰らうか? それほど俺は単純ではない。アンタの真の力はまだ見てないが、それでも六聖拳の力は知れた。もう用はない」

奴はどこへ行く? 何を目的としているのか。
あの手、右目の鉄仮面、そして銀髪。


銀髪、、、、

「孤鷲拳期待の少年シン、白髪になったようだ」
「白髪ではない。あれこそ聖銀羅髪だ」

少年シンの「聖拳」が鋭さを増し、岩を断ち斬るようになった頃、師父は彼を不気味な洞穴へと導いた。進むと中は広くなっており、そこに松明が照らす薄汚い寺院が姿を見せた。
獣臭いその中を行くとその匂いが発せられている獄が並んでいる。
師父が言う。
「シンよ。此奴らは我ら南斗に敵した者や裏切り者たちだ」
美しい黒髪の少年シンは努めて無表情を作り彼らを見据える。寺院と思えたのは外観だけ。要は監獄に他ならない。
「此奴らが生かされている理由はわかるか?」
少年はその理由を瞬時に理解した。遂にこの時が来たのだ。来てしまったのだ。
「察したか。流石だ。そう、この者たちは試し斬りのために生かされておる。岩を斬ろうが死体を断とうが生き胴でなくては南斗聖拳を身に付けることはできん」
生きた人間を斬る感触と、何よりその覚悟。南斗聖拳を受け継ぐことの重さと暗み。
寺院の体をなしているのは、ここに即葬るためであろう。この洞穴の更に奥は広大な墓場ではないか?
続く言葉はこれまで聴いたどんな師父の言葉よりも冷たく、どこか機械的で人間離れした響きがあった。

「斬れ」


数日、彼は寝床で震えてまともに寝れなかった。物心ついて以来、涙したことがないというシンでさえ、自身の拳が人を殺めるものだという現実に恐怖した。
その数日は師父もシンに関わらずにあるがままにさせていた。
面倒見の良かった兄弟子ジュガイも彼を遠ざけ目を合わせることもない。

わかっていた。試されているのだと。

さらに数日が経ち、、
「!」
ジュガイはシンを見て驚いた。綺麗で長い黒髪が白く変質し始めている。やつれて落ち窪んだ目は幽鬼のようだった。
だが優しくジュガイは微笑んで見せた。
「出てきたか」

南斗聖拳の過酷な道を進むのはシンの想像を遥かに超えていた。肉体や氣の鍛錬だけではなく、精神の鍛錬即ち暗殺拳の使い手になるという覚悟も繰り返し学んできた。
だが、その苛烈な宿命と罪を背負えるか否かは、その者に拳への適性があってもまた別の話である。ある者は精神を病み、またある者は髪が全て抜け落ちた。
若くして白髪になる者もおり、シンも同様かと思われた。

そうでないことをシンは自ら証明していく。

「ジュガイよ」
師父は鋭い視線をシンに向けるジュガイに言葉をかけたが、これ以上の言葉は無駄と判断した。ジュガイの思いはわかる。
「鋭い。昨日は一昨日よりも鋭く、昨日よりも鋭い今日となっています」

南斗孤鷲拳の伝承者となれば、それが意味するのは南斗六星の一人であるということでもある。
ジュガイには南斗孤鷲拳を受け継ぎ南斗六星の一角を担うというその資格は十分にある。それでも、同時にシンの成長を無視できない。
師父自身も迷いの中にあった。
二人の伝承者を出すことは禁じられてはいない。だが南斗の将になれるのは、その一門において一人のみ。
ジュガイの拳技も成長しているが、シンの力も日に日に、ジュガイよりも早く伸びている。
南斗鳳凰拳を除いた、他の一子相伝ではない南斗聖拳も、将を継ぐ六聖拳に限っては事実上の一子相伝である。
「やはり南斗の道は修羅の道。同門の仲間と思っていてもいずれは、、、」
とシンを見るジュガイの目に、これまでのような暖かさはなくなっていた。

その長い髪の全てが銀と化した頃、シンは南斗六聖拳の一つであり、源流直系の誉れ高い孤鷲拳の継承を終えた。
聖銀羅髪、、、南斗の道を歩むその苦痛から白髪となり、尚もその道を究めんとした者には氣の働きが毛髪に影響を与え銀となる、そう伝えられる。つまりは、「乗り越えた者」なのだ。
暗殺拳南斗聖拳だからこそ、人の命の重さを知り、人を殺めることの罪の深さを理解していなければならない。
もちろん、他の伝承者がそうでないように、この「乗り越える」ことが南斗聖拳に必要な要素ではない。
それでも聖銀羅髪は半ば因習的ながら、その者が敬意を表するに値する拳士である、ということを示すものとなっていた。

生憎、、、シンはその後、狂気に身を任せ多くの悲劇を乱世と化した新世界にもたらしたのだが。


ガルダも銀髪なら、奴もまた乗り越えた者。自分を天才ではないと言い切ることが逆に奴の強さを感じさせる。
だがシンも、自身の「死」をさえ乗り越えた男。しかし、傲ることはない。多くの助けがあっての「復活」なのである。

ケンシロウ、、、」
今ならはっきりわかる。北斗神拳伝承者を善とは言わないが、悪が北斗神拳を伝承されることはないだろう。
北斗神拳が現れたということは、あの天帝にさえ清算すべき咎があるということか。
それをあの元斗がどう阻む?