妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

130.

流石は三面拳最強と噂される男ゲッコウだった。


彼の南斗月辵拳は孤鷲拳と似た実利追究の拳。実際かなり似ていた。そしてゲッコウの戦法は拳士ではなく戦士と言う方が合っている。
拳士という括りで捉えてしまうと見えなくなるものがある。それをゲッコウは思い出させてくれるのだ。

「シン様、一つお約束を」
「何だ?」
「この美しい竹林を損なわぬよう手合わせ願いたい」

実際、この竹林は先の世界戦争や災害とは無縁の美しさだった。今や世界は広大な荒野となり果てたというのに、この地だけはまるで別世界のようで綺麗に竹の緑が映えている。
この竹林という地の利をゲッコウは一方的なに活かしていた。
竹林のしなりを利用した動き。ゲッコウの巨躯にも負けない力強さだ。一方でそのしなりを利用しシンの動きを阻害する。柔らかい地面や新竹が邪魔で鳳凰拳張りの神速が使えない。
なるほど、このための「約束事」か、、、いつものシンであれば邪魔な竹を全て切り取ってしまうだろう。
このような環境を自分の有利なように扱う発想や着眼には、シンも感心の連続であった。これも六聖拳より劣った流派が故に凝らした工夫なのだろう。

本来は全局面戦闘術である暗殺拳南斗聖拳もこうあるべきだ。北斗神拳の介入により、こういった面もいつの間にか忘れるように操作されていたのであろうか。


拳の質は、ゲッコウという男の人間性を表すかのように実直で嘘偽りがない。言い換えれば分かりやすいとも言えるのだが、完成された武技の安定性が、その欠点を補って余りある。
ゲッコウとの手合わせは、シンにとって己の「南斗聖拳」の現時点での完成度を知るのに有用それ以上だった。

 

木製の柄杓で湯を取り、茶こしを入れた白磁の急須に満たしていく。これを手に取りゲッコウ本人と客用つまりシンの茶碗に茶を注いだ。
湯を入れてすぐである。茶のことを知らず関心のないシンでも早すぎると思うほどである。
するとゲッコウは急須を下ろし、同じ手で茶碗の湯を捨てた。単に茶碗を温めていたのである。
少し間を置き再び急須を手に取ると軽く振り、二つの茶碗に交互に注いで行く。これら一連をゲッコウは右手でのみ行い。左手は木のテーブルの上に置いたままである。
茶の作法のことは知らないシンであっても片手でのみ、というのには疑問を持ったが、だからと言って、これが無作法には思えなかった。
寧ろ、睫毛さえ生えていない異様な風態でも、よく見れば整った顔立ちのゲッコウが茶を淹れるその姿は、それはそれでわりと様になっていた。
片手のみでも片手間で淹れた茶ではないと、そうわからせる上品な香りと味わいである。

「今日は上手くできました」
同じ茶でも、湯加減はもちろんのこと、その日の天気、茶葉の抽出に要す時間など小さなことで味は変わるという。
シンはそんな些細なことに気を留めたことは一度もなかった。どうでも良かった。
「いつも上手く行くわけではありません。いえ、それどころがだいたい上手く行かない。だからこそ、よくできた時の美味さは格別です」
「たしかに、、、」
と、シンも茶碗を傾ける。
「美味いな」
ゲッコウが微笑んだ気がした。

「ところで」
以前から気になっていたことを訊くことにした。
「ゲッコウ、お前は目が見えぬのか?」
そうじゃないとは思っている。思っているが、この男の所作からは南斗仁星のシュウを思い起こさせる何かがあった。
「、、、それを見抜いたのはシン様あなたが初めてです。私に盲目を思わせるような至らぬ点がありましたか?」
と言うゲッコウの目線は真っ直ぐシンの目を見ている。
「逆だ。逆にあまりに正確な動きだったからだ。普通は茶器の置き場所などは何となく机の上に置くものではないのか?」
と、語りかけていてもゲッコウの目に盲目を思わせる点はない。
「お前の場合はそれが正確すぎている。脳内で完全に置き場所を決め、それを記憶に留めている。再度手に取るにしても正確過ぎる。そんな気がした。これは手合わせの最中でも感じたことだ」
「そうでしたか。シン様は同じ六星としてシュウ様とは何度もお会いしていましたな」
ゲッコウはシュウのことを知っている。どこまで知っている? 噂で聞く程度なのか、それ以上なのか、、、、、

「あの方は私と違って全盲です。私は僅かに光を捕らえることができます。つまり物の陰を見ることはできるのです。特に動く物を捉えることに不便はありません。しかしながら、このような茶器の類は見るのに不便があります」
「直接にシュウを知っているのか?」
「はい」
あっさりとゲッコウは答えた。南斗宗家は南斗聖拳本組織からは古代に滅びた敵と見做されていた。その宗家の拳士が南斗聖拳組織の内情に通じている、、、、

「あの方の場合は氣を反射させて、物体の在り処を捉えます。他に私と同様の方法もお使いでしたか。流石は盲目の闘将シュウ様」
と静かに茶を飲み干す。
「宗家の人間は幾人も紛れ込んでいたのか?」
コト、、とゲッコウは小さな茶碗を置いた。
「南斗正司教の正体はバルバ帝です」
!、、、なるほどそういうことか、、、とシンは得心が行った。
サウザーが南斗の帝王を名乗り、分裂した組織を一つに、つまり我がものにせんと企てていたとき、その過程で滅びし怨霊とも言える宗家の存在には薄々気付いていた、、、そうバルバから聞いている。
それでいて、宗家の手がかりを掴もうにも掴み損なっていたのは、正司教本人がバルバだったからなのだ。
シン本人に、南斗孤鷲拳そして南斗六星の一人であるという聖認を与えた組織上形式のトップであったあの老人が、まさかのバルバだったとは、、、顔も何かしらの手を施していたのか似てもいない。
サウザーに土下座し平伏しながら、その実は舌を出して笑っていた。
なるほどサウザーでも宗家の実態を明かすことができなかったわけである。サウザーの「身内」に宗家が、、、宗主のバルバが控えていたのだ。

「南斗三面拳、、、何故お前たちほどの拳士がバルバに仕える? お前たちも人質を?」
「私たちは人質など取りません。南斗宗家は今や滅びゆく南斗聖拳を蘇らせる、真に南斗聖拳を愛する集団。いずれは北斗を廃し表に出るでしょう」
そう話すゲッコウの顔はまるで能面のようにも思えた。白くて本来の表情とはかけ離れていて、固まっているような、、、、何かのスイッチが入ったかのように思えた。
この手の顔には覚えがある。というより見飽きるほどよく知っている。
南斗下流諸派が六星を神の如く崇め、自分たち南斗聖拳こそが絶対の正義だと信じている、特に若者にありがちな顔だ。下流が故に最上層である六星たちの人間臭さを知らない。
簡単に言えば洗脳されている人間の顔だ。そしてこれは上層部からすれば好都合でしかない。揺るがない信念の持ち主と言えば聞こえはいいが、これがゲッコウという男なのだ。
だが、、これは問題ではない。シンにとって重要なのは六聖拳を中心とした上位南斗聖拳の融合だ。戦いにおける柔軟性を為すことだ。単に引き出しを増やすということでもない。
バルバが言うには、それでさえ完成ではない。その先がある。鳳凰拳は秘伝の書が存在しないため除外せざるを得ないとして、他全ての南斗聖拳奥義に通じなければならない。
そこに到達して漸く次の段階に移れるのだ。バルバの言葉、「闇で斬れ」とは?

「美味い茶だった。結構なお点前と言うべきか?」
ゲッコウは僅かに頷くとほとんど見えない筈の目で美しい竹林に目を移した。シュウと同じだ。ゲッコウは見えている。
見方が俺とは違うだけ。

シンは竹林を後にした。