妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ⑩

俺は天帰掌を解き、前方への警戒に特化した構えに移った。
トキは両手の高さをずらし、掌をこちらに向けている。空気の流れを探しているかの様。まさに受けの構えだ。俺の構えに形は似ている。
違うのは俺が足捌きに重点を置くため身体を浮かしているのに対し、トキは何と言おう、「地についている」とでも言おうか。

重心は前後にブレず真ん中にある。完全に中央で真下だ。
これほどバランスの取れた構えは見たことがない。性質上、南斗聖拳が選ぶ構えではないが、同門のケンシロウともまるで異なっている。

「どうしたレイ。来ぬのか?」
挑発ではない。それはわかる。「では、こちらから行くぞ」とのお決まりの科白は続かない。険しい眼差しで風を探すように構えたままだ。


そうだ。これは俺が教わるための手合わせ。俺から頼んだことだ。
トキは北斗の男でありながら、南斗の男である俺に自らの秘拳を授けるというのだ。これほど感謝すべきこともそうはない。

「トキ、感謝する」
「感謝するのは早い。場合によってはそなたの命を奪わねばならない」
一瞬、、血の気が引いた。この期に及んでまだ俺には、この手合わせが死闘ではないという甘えがあった。
何故トキは奥義天帰掌を見せ、そして俺も天帰掌にて応じたのか。天帰掌は軽々しく見せられるものではない。だから奥義なのだ。


俺はトキ目掛けて最速で突っ込んだ。
今更「行くぞ!」などという言葉も、様子見も必要はない。
もちろん、ラオウ戦の時のように闇雲に、そして意地になり突っ込んだわけではない。
俺の初弾は右手の突き。トキを殺すつもりで突いた。南斗水鳥拳は突きよりも斬断の方が多い。

水鳥拳の動きは「舞」だからだ。

自然と直線的な突きよりも曲線を描く動きに合わせた斬となる。舞衣装の袖の下に全てを斬り裂く刃を忍ばせるのだ。
突き主体のシンの流派孤鷲拳は剛の拳寄りだろう。俺の水鳥拳は柔に寄っている。南斗聖拳でも最も柔に寄っている。

だが、ここは敢えて突くことでトキの柔拳を体感しなくては!

「!」

トキはその心臓を狙った俺の突きを、後方に重心を移動することで狙いからずらし、そして俺の突いた右手の甲に触れた。
「!!?」
引っ張られる!?

俺は「あの時の」ラオウと同じように拳を逸らされ押し流された。

 

なんだ?この感じ?

 

俺は自分に追加された勢いを制御できず前方にバランスを崩した。だが、幸いにしてこの世界では起きなかったトキラオウ戦を見ていたおかげで、その後のトキの動きが読める。いや、知っている。
トキの追撃を回避すべく勢いを活かしてそのまま前方に進み距離を空けた。そして振り返る。その場でただ振り返っていたなら既に秘孔突きの一つや二つはもらっているだろう。
振り返りながら斬撃を加えたところで、トキならその半円の動きの先を取る。背後に回られるだろう。

 

トキ!

あのラオウが恐れるだけのことはある!


先ず、、先ずだ、、、俺の全力の突きを容易に見切ったそれ自体が流石と言うべきだ。そればかりかその突きに触れて力をコントロールするとは!
俺の突きに込めた力にトキの力も上乗せされ、俺の手は制御困難な状態にまで重くなっていた。

「なるほど、、、、、本当に私の拳を「見ている」のだな」

そうだ。今のが初見なら、こちらの突きを流された直後に、北斗の死拳をもらう羽目になっていただろう。

それにしてもだ、、、今の一合だけでも得たものは大きい。
最小限の重心移動だけで身体を操作し俺の突きを避けている。その全てが一瞬だ。氣の力なくしては最小限の動きと言えど、あの一瞬で身体を動かすことはできない。
なのに、氣が働いた気配がない。氣配がない。無駄がない。
それでいて研ぎ澄まされている、というような鋭利な印象がない。、、、自然だ。まるで、はじめから、、、この宇宙ができた時に、はじめからそのように定められていたかのような自然な滑らかさだ。
そして、更に驚くべきものを、、、確かに俺は味わった。
もう一度それを味わい知りたい。
拳士としての好奇心が湧き上がる。

 

「えいやぁ!!」
直線の一撃なら躱せよう。ならばこの連突きならどうだ!?

スッ、、フゥッ、、、

「!」
退がって間合いを外すか。そうだろう。そうなるだろう。こちらとしても先ほどの一撃ほどわかりやすくはしていない!

 

天地一体、、、

ふと俺の脳裏に浮かんだ言葉だった。俺が言葉で言い表そうとするよりも先に、トキの動きを感じて言葉が浮かんでいたのだ。
このフロアタイルを敷き詰めた床は、土やアスファルトよりも滑りはいい。いいが、スケートリンクのようなものではない。
今は汚れて、ワックスなどとうの昔に蒸散して飛んでいる。滑るような足場ではない。

 

、、、地についている、、、、

 

吸い付いているかの様に。それでいて湖面を優雅に進む白鳥を連想させるほどに滑らかに俺の間合いを外した。
この南斗水鳥拳伝承者の俺が、北斗神拳の男に優雅な白鳥を思い起こされることになろうとは。

何という柔らかで継ぎ目のない足捌きなのか。


だが!
俺はトキを追う。
背後に退がるトキよりも前方に進む俺の方が有利。これは人間の理。トキでも覆しはできない、、、だろう。
俺は夢中で突きを放った。殺意が故にではない。一つでも当たればトキを殺すことになろうが、そんなことは考えなかった。ただ単にトキを捕まえたいと、そう願った。虫網を持って蝶を追いかける少年のように。


どう出る!?
これだけ突きの弾幕を張っては前には出れまい。単発の剛拳で迫った「あの時の」ラオウよりも隙はない筈だ!

 

「ここだ」
実際にはトキはそんなことを口にしていなかった。ただ、そう言ってもおかしくはないトキの動きを見て、勝手に声が俺の中で響いたのだ。
俺の腕は斜め上と斜め下に左右それぞれ広げられていた。伸ばし切られていた。俺の腕を広げて伸ばしたのは、、、またあの力だ。
トキという拳の達人を前にして、両腕を広げて立っている。「さあ、突いてこい」と言葉よりも饒舌にトキに語りかけている。

 

俺は空に逃げ場を求めた。