妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ13

手合わせだったにしても、それは決して「ただの」手合わせだったのではない。
こちらとしてもトキを殺めかねない力を出し、そして俺も、この命を失いかねない戦いであることを覚悟した。
その割に、かつて栄えた時代の跡を少しだけ残しているホテルのロビーに大きな変化はない。
ケンシロウラオウがここでやり合えば、このホテルそのものが倒れていたかも知れない。大袈裟だろうか、、、考え直しても大袈裟とは思えない。

 

「レイ、そなたは強い」
トキの言葉は俺を慰めようとしているのだろう。気を遣ってくれるな、トキ。俺は恥ずかしく情けなく、目線を下げた。半端な白鷺拳を使用したため右足ブーツの先端が破れている。
「何を言う。俺とあなたの実力差は隔絶的とも思える」
トキは優しくかぶりを振った。
そして、旧ホテルのカウンターにちょこんと跳び乗った。その少し猫背の座り姿は先ほどまでの拳神トキとは大きなギャップがあり、どこか滑稽で普段より親しみやすく、可愛らしくさえある。
「昔だ。北斗四兄弟がとある裕福な要人に招かれ、豪華な料理を馳走してもらったことがある。そこで出されたステーキの話をしてよいか?」
トキ、急に何を? 北斗の連中を招くとは、その要人とやらも世界有数の権力者だったのだろう。

「もちろんだ。続けてくれ」
「うむ、、、そこで食した肉は世界でも最高級のものらしく、なるほど確かに最高級というのも納得だった。旨かった」
トキは昔を懐かしんでいるのか。
「私たちは特殊な世界の住民。それ故に金のことで気に病むことはない。だが、そんな私でも人並みの金銭感覚は持っていたつもりだ」
「うん」
「私はその肉の値を聞いて驚いたよ」
「最高級とくればな」
「それまで食した最高に旨い肉を100点としたとき、その肉は110点というところだろう。ところが、その値は数倍、いや、もっと上だった。そう、この10点の差というのは、、、」
トキの言いたいことが何となくわかって来た。
「少しの違いなのだ。その少しの違いが価格にはずっと大きく反映される。そういうことなのだ。私とそなたの拳には、実はそれほど大きな違いはない」
「フッ、、だが既に旨い肉を最高の肉にするには大きな手間がかかる」
自分で言っておいて思う。俺は旨い肉になっているのかと。
「その通りだ。レイ、そなたは南斗水鳥拳の拳士としてかなりの実力をもっている。だが、そこからまだ足りないピースを得、隙間に埋め込んで行くのは簡単ではない」
トキ、、、やはりこの男は聖人だ。闇の世界という汚物溜まりに咲いた艶やかな花だ。しかし、急速に枯れつつある。

「しかし、それができ、南斗水鳥拳レイという完成形が出来上がれば、少しの差という実は大きな差、そなたの言葉を借りれば隔絶的な違いを持つ拳士となっていよう」

トキ、、、

「トキ、あなたは先ほど、自分は天才ではない、だが自分より拳を追究した者はいないと言った。それはどういうことなんだ」
トキは再び昔を懐かしむように微笑んだ。
「私には、大きな目標がある。幼い頃からずっと追い続けた大きな背中がある。あの男がいたからこそ、私は少しでも近づこうとして拳を磨き、磨き、磨いて来たつもりだ」
「それは、、まさかラオウ?」
「その通りだ。あの男こそ、私の拳士としての原点。是々非々で言わせてもらうなら私はあの男を誰よりも尊敬している。もちろん是々非々で言うならだ」
その割には、「この世界」では起きなかった二人の戦いはなかなかに嫌悪感丸出しだった。憎悪と言ってもいいようなものだった。俺はその自分が「観たもの」を簡単に説明した。トキが「キサマァ!」と言い放ったこと、ラオウが自分諸共トキの足を封じ邪な笑みを見せたことなどを。


「フフッ、そうだったのか。だが、それは、そのような舞台だったからだ」
「舞台?」
「うむ。我らはこの乱世を踊る演者に過ぎないと、時折そう思うことがある。その時には、そう、実際にはこっちで起きなかったその時が、二人の決着の時でないとわかっていたのだろう。きっとそうだ。私ならそうする、そうなる」
あちらの世界の「私」とこの世界の「私」。どの世界でもいい。この人を無駄に死なせないでくれ。
北斗四兄弟として、命に届く危険の中、常に競い合い、ときに励まし合い、ときに憎み合い、敬い合うような環境なら、その絆は何よりも強くなろう」
ラオウや会ったことはないがジャギに、励まし合うだの敬うだのあったのか?
ジャギ、、、黒いヘルメットの男。ケンシロウに譲ったが、本来なら俺が斬り刻みたいところだった。
ラオウ、、、、自らに挑んだ者には、ただ倒すだけでなく新血愁を突き、激痛の中に迫り来る死の恐怖を与えるという、誇り高き筈の北斗の拳士としては外道も外道の屑野郎と思っている。
「だから、これはケンシロウにも言っていないが、私とラオウは実の兄弟なのだ。今言ったように血肉よりも深い絆が北斗三兄弟にはあったと、そう思っているが」
今度は三兄弟と言うか、、、、、
「すまん。つまらぬ話だった」
「そんなことはない。似ていない兄弟だな。よくある話だが」
「レイ、、、そなたの拳にはまだ先があるのだ。まだ南斗水鳥拳は究まってはいない。私がそうであるように、誰か目標を、もちろん今いないのならだが、目標とする者を作ってみてはどうだろう」
「うむ」
そうだな、トキ。あなたの言う通りだ。目標を持つのは大切かも知れん。だが、その目標はある。たった今できたんだ。


トキ、あなた以外に誰がいようか。